53話アーヴィン・ハッガード探りを入れる
「よう、もう出て来たって良いんだぜ?」
苦しげな呻きを漏らし、石畳みの上に男が4人転がっている。
それを見下ろしていたアーヴィンが、建屋の陰に居る人物へと声をかけた。
ここまで、アーヴィンはまだ剣を抜いていない。
最初、施設の入り口横に居た男に声をかけた所、いきなり胸倉を掴んで来たので、そのまま腕を極めて脇腹に軽い一撃を入れたら地面に転がった。
それを見ていた仲間らしき男達が、次々と喚きながら出て来たので、同じ様に入れた軽い一撃で、全員が転がってしまっただけだ。
今アーヴィンは、まだ出て来ていない1人に向け、声をかけた所だ。
そのアーヴィンに応える様、身に付けた派手な装飾品をジャラジャラと鳴らしながら、男が1人、建物の陰から姿を見せた。
身に纏う服の生地は高級そうだが、堅気では無いのは明らかだ。
男は整った顔を歪め、アーヴィンを睨みつける。
「随分、威勢の良い兄ちゃんだな。罪も無い一般市民に、コレは余りな仕打ちだと思わないのか?お前、騎士候補じゃないのかよ?」
男は、アーヴィンの襟元に光る騎士団を示すバッチと、腰に下げたショートソードを見ながらそう言った。
「全くだよ。いきなり襲いかかって来るとかさ。おっかなくてしょうがないよな」
アーヴィンは、「ついついビビって手が出ちゃったよ」と付け加えながら、自分のシワになった襟元を指先で軽く弾き、悪びれる様子もなく男の言葉に答えた。
「お前よぉ、過剰防衛ってしってるか?」
「知ってるぜ?でもホラ、全員無事だろ?」
「道に転がってる時点で、無事とは言わねえんだよ!!」
まるきり此方を恐れる風でも無ければ、警戒してる様子も無い。男は大きく舌打ちすると、その軽い態度を崩さぬアーヴィンを、忌々しげに再び睨む。
「細かい事気にする奴だな?五体満足で生きてるんだから問題無いだろう?」
「ちぃっ!イカれたガキか!」
顔を顰めながら、男はジリジリとアーヴィンとの距離を測る。
背側の腰に忍ばせたナイフからは、手を離さない。
背後に回した右手が何を握っているかなど、アーヴィンにはお見通しだが、軽い調子を崩す事なく男と対峙する。
「お前、騎士になろうって奴が、その御大層に腰にぶら下げた物で、一般市民脅してんじゃねェぞ」
「は?何言ってんだ?自分より弱いヤツ相手に、こんなの態々抜かねぇぞ」
「!この、クッソがっ!!」
男は、あからさまに自分を弱いと言って来るアーヴィンに、思い切り毒づく。
どうにも良くない。少しばかり煽ってやれば、直ぐ隙を見せるだろうと思っていたが、結果は全くの逆だ。
話をする程コチラの頭に血が昇る。
ガキの癖に、なんてやり辛い奴だ!
「こ、この人……、え、えっと、ろろりごって人!」
「なんだって?」
「お姉ちゃん、この人にお金あげないといけないの!」
「……ふーーん」
双子の1人ダンが、指先を伸ばして舌足らずに男の名前を告げた。
同じく双子のナンが、この男の為に姉が大変な目にあっていると明かす。
指を差された男は、双子を睨め付けるが、双子は直ぐにアニーの小さな陰に隠れてしまう。
「チビ共、中入ってろ」
「で、でも!」
「チビ二人を守るのが、お前の仕事だろ?」
「……わかったわ」
アーヴィンは、子供達と男の間に入り込む様に動き、下げた右手を振りアニーに下がれと促す。
そして左手は、ソードベルトの鞘紐に指先を這わせていた。
軽い調子を崩さぬ癖に、油断のならない目付きで自分の動きを追うアーヴィンに、男は思い切った動きが取れずにいる。
「……で?えーと、ロロリンゴさん?アンタ、女の子にカツアゲしてる人で良いのか?」
「は!バカ言うなよ!コッチはなぁ、貸した金を返して貰おうとしてるだけだぜ?どうしてもって言うから、親切にも貸してやったんだ!その相手にこの仕打ちはどうなんだよ!?治療費出してくれんだろうな?!あ?!」
「ひとつ聞きたいんだけどさ、その金を借りてるのって、誰よ?」
「ああ?!そんなの、ココの管理人に決まってンだろうが?!」
「やっぱり俺には関係無い話じゃねぇか。酷い奴らだなお前ら!無関係の人間にイキナリ襲いかかって来たのか!」
「クッソがっっ!!」
「やっぱ衛士詰所にとっとと行くか?」
「ぃや、まて、待て待て!関係なくは無ぇだろ!」
「どこがだよ?」
「お前、あのガキ共と知り合いなんだろ?」
「……それで?」
「元々の返済期限は過ぎてんだ。それをガキ共の姉ちゃんが待ってくれと言うから、コッチは温情かけて待ってやったんだぜ?」
「……」
「待つって約束は明日までだ。俺達はちゃんとそれに間に合うのか?って確認に来ただけだ」
「ふーーん。そんで、もしも金借りたヤツが返せなかったら、どうなるんだ?」
「そりゃお前!ココを出てって貰うしか無ぇよ。可哀そうによ、ガキ共の住む場所が無くなっちまう」
ニヤリと、男が嫌らしく口元を歪めた。
「こっちも慈善事業でやってんじゃ無ぇからな。それより何より、借りた物を返すのは人として当然だろう?!なあ?!」
「そりゃ分かったけどさ。で?なんでアイツ等の姉ちゃんに関係すんだよ?」
「いいか?テメェみたいなガキにも分かる様に説明してやる!さっきから言っている様にココが無くなると、ガキ共の住むトコロが無くなンだろ?それは困ると姉ちゃんが俺に泣き付いて来たワケだ!だからお優しい俺は、こうして取り立てを待ってやったワケだ!分かるか?!」
「だからさ、何で姉ちゃんが金を払うんだ?」
「当たり前だろうが?!待ってやってんだぞ!その利息分を払うのは当然だろうが?!」
「現金を受け取ってもいないのにか?」
「うっるせぇんだよクソ
「なるほどなぁ」
アーヴィンは、男が取り出し振り回す紙切れを、目を細めてその表面に目を走らせた。そして、ユラリと身体を揺らす。
男はその動きに、ビクリと身体を強張らせた。
「てめぇが、アイツ等の姉ぇちゃんを騙くらかそうとしてるのは、良く分かった」
「だから納得ずくだっつってんだろうが!!」
「でも、やべぇだろソレ」
「なにがだよ!」
「そんなでっち上げ素材振り回してたら、自分は詐欺師で御座い!って宣伝してる様なもんじゃねぇか」
「なにぃ?!」
「あ?まさか分かってない?マジか?!頭悪い奴ってスゲェな!」
「な?!こ、この……っ!」
男の額に血管が浮かび、見る見る顔が赤みを帯びて行く。
「あ、そうそう、いけね」
「今度はなんだ?!」
「そう言やちょっと前に先輩に、身の程知らずを煽るなって事も言われてたんだっけ!悪ぃな!」
「!!!!!」
男が腰のナイフを抜いて飛び掛かろうと、一瞬腰を沈めた。
同時にアーヴィンもソードベルトの紐を解き、鞘ごとショートソードを手の中に収めた。
だがその時、倒れていた男達が呻き声を上げながら、身体を起こし始めた。
それを目の端に捉えた男は、腰のナイフから手を離し、アーヴィンを睨め付けながら両手を脇へ降ろし、声を上げる。
「トットと立て!クズ共が!!引き上げんぞ!!」
男は連れて来た者達に引き上げだと荒々しく告げながら、その視線はアーヴィンから外してはいない。
今すぐにでも殺してやるとでも言いたげな目付きだ。
「テメェの
「オレも覚えたぜ?次にそのツラ見た時、速攻で首落とす」
「くっ!クッソ
男は、アーヴィンが本気である事を理解している。
だからこれ以上は前へ踏み出せない。
軽口を叩き続けていたが、目付きや足の運びは、自分が知っているヤバい連中を思い出させていた。
コイツも同じだ。命を刈り取る事に、躊躇いの無いヤツの目をしている。
こんなとんでもねぇイカれたガキが、なんだってこんな所に居やがるんだ?
冗談じゃ無ぇ、コイツは関わっちゃイケねぇ類いの奴だ!
男達はアーヴィンを睨みながら、静かにその場から離れて行った。
アーヴィンは油断なくそれを見送りながら、腰のソードベルトにショートソードの鞘を戻した。
「アーヴィン、だいじょうぶなの?」
「ああ、もう心配ない。アニーはもう戻れ。この場所は、衛士に言って巡回して貰おう」
「で、でも……、うん、分かったわ。お父様に警護の人をおねがいしてみる」
「ああ、それが良い。チビ共!お前たちは建物の中に入って、大人しくしてろ……、ウン?管理人はどうした?」
この騒ぎにも出てこなかった施設の管理人が居ない事に気が付いた。
普通なら、顔を覗かせる位の事はするだろう。ましてやこの施設のダンとナンが慌てて中へ入ったのだ。何があったのかと気にならない管理者がいるモノか?
「いま、いないの」
「あさからいなかったの」
「なんだそりゃ……」
アーヴィンは、前から時々顔を見る此処の管理者の事を、余り信用していなかった。どうにも挙動が胡散臭い。
さっきの連中とのやり取りでも、此処の管理者が借金まみれなのが伺い見えた。
ココの経営に金が足りなくて借金……ってな事も可能性としてはあるかもしれねぇけど、どうにもそんな殊勝なタマには見えねぇんだよなぁ。
マジで胡散臭さくてしょうがねぇ。
それにしてもアイツ、逃げ出しやがったな。
意外と冷静なヤツなのか?
名前を弄っても反応は悪かったから、アレも偽名だろうし。
でもあれだけ煽れば、最初のヤツみたいに手を出してくると思ったんだが……、いつも上手くは行かないか。
しかし参ったな。カレン・マーリンの身内か……。
逃がしたと知ったらスージィ、キレるんじゃないかなぁ?やべぇぞ……。
でもなぁ、捕まえる事なんて出来やしないしなぁ。
あーホントにやべぇ、どうしよう……。
アーヴィンは、怒れるスージィの顔を思い浮かべ、顔を顰めながらこめかみを押さえていた。
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