52話アニーの剣

 アニーが「自分に任せろ!」と言い出して、間もなく2週間が経とうとしていた。


 当初、それは中々の騒ぎになったが、アニーは父親であるフィリップから、幾つかの約束事を取り付ける事で、その行動が許された。


 一つ、双子と常に一緒に仕事をし、決して目を離さず面倒をみる事。

 一つ、仕事は学校が終わってからの1時間だけとする事。

 一つ、双子が仕事を終えたら、家まで安全に送り届ける事。その時は必ずアーヴィンに付き添ってもらう事。


 これらの約束を守る事で、アニーは双子と一緒にトビーの食堂で働く事を許されたのだ。


 仕事は食堂内の掃除だったが、アニーはそれに喜んで取り組んだ。

 スージィに言われた事、教わった事を思い出しながら、床を箒で掃き、テーブルを磨く。「家事のひとつ一つの動きを、シッカリと意識して身体を使えば、質の良い鍛錬になる」というスージィの言葉。

 そして、「身体のバランスを取り、無駄な力を抜いて、必要な力を必要な場所に入れるんだ、よ」というスージィの教えを思い出しながら行う労働は、アニーにとっては楽しみでしか無かった。


 アニーは双子にも、スージィから教わったやり方を「鍛練をするつもりでやるのだ!」と得意気に教えながら一緒に作業をしていく。


 自分の言う事を素直に聞いて、慕って来る幼い二人の存在は、アニーにとっては新鮮な喜びだった。


 仕事が終わった後に振舞われる果実水と甘味を、三人で一緒に食べる事も、本当に楽しいひと時だ。


 この2週間はアニーにとって、嘗て無いほど、喜びと充実さに満ちた時間となっていた。





 そして双子を送り迎えするにあたり、フィリップからもう一つ条件が付け加えられた物があった。


 それは、街中を双子と歩く時は必ず帯剣する事。


 これはフィリップからしてみれば、娘を守る為の御守代わりの様な物だ。


 だがこの事は、アニーを殊の外喜ばせた。

 父の思惑はどうあれ、ソレは彼女のヤル気を上げるご褒美に、他ならなかったのだから。




 嘗て貴族制度があった頃、ミリアキャステルアイの生徒は、学外で帯剣する事が当たり前に許されていた。

 それは、彼等が貴族の子息達である事を他に知らしめる為であり、力の象徴でもあったからだ。



 だが貴族制度が廃止れた現代では、生徒達が街中で帯剣する事は殆ど無い。

 しかし、そんな中でも例外はある。


 一般生徒では、『学外研修』と呼ばれる奉仕活動を実施している時などは、護身の意味合いもあり、帯剣が許される場合がある。


 もう一つは、彼等が『騎士科』に在籍している、もしくは騎士となる事が確定している者達。つまり、騎士候補としての務めを要求される生徒達だ。


 それは、他者を護る者の『証』でもある。



 故に、アニー・クラウドは今、自分が帯剣を許された事を大いに誇りに感じていた。


 尤も、腰に下げた物は、鞘や持ち手こそ本物の様に確かな作りだが、収まる物は模擬剣、銀箔が貼られた木剣でしか無い。


 それでも、アニーは誇らしかった。

 腰に吊るされた物が、例え本物では無くとも、帯剣を許されたと言う事実が、敬愛してやまない人々へ、少しでも近付けたと感じられたからだ。


 今日も、仕事を終えた双子をその家へと送る為、2人を守る様に誇らしげに連れ立って歩いている。

 それを見る街の人々の目も、ほの温かい。



「さあ!ダン!ナン!行くわよ!」

「はい!アニーおねぇちゃん!」

「うん!アニーおねぇちゃん!」


 今日も双子を引き連れて、アニーは2人の住む養護施設へ颯爽と足を進める。


 ここ2週間でこの光景を見慣れた街の人々も、彼女達の姿をホッコリと見守っていた。

 時折「お疲れ様!」「ガンハリなよ!」などと声をかけられると、元気良く返事を返すアニーと、「後で食べなさいよ」と飴玉などを手渡される双子達。

 これもまた、定番の遣り取りになりつつあった。



 後ろを着いて行くアーヴィンも、慣れた物である。

 彼はまだ入学して間もない新一回生であるにも関わらず、既に『騎士候補』として認められ、街中での帯剣を許されていた。


 今、アーヴィンが身に付けている剣は、彼愛用のツーハンドソードでは無く、学園から支給されたショートソードだ。

 多少物足りなさを感じる物の、街中ならコレで十分だろう、とアーヴィンは思っていた。


 アムカムの森の魔獣が相手であれば、些か心許ない武器だが、ココは森の中じゃない。

 寧ろ、取り回しやすいコイツの方が、ココでは使い勝手が良いのかもしれないなと、その柄に手を添える。


 しかしフィリップからは、街中とはいえ、充分警戒は怠らぬ様に言い含められていた。それは此処最近、不穏な事件が相次いでいる事に起因していた。


 フィリップは、此処最近の事件には、恐らく例の『バックドア』が絡んでいると睨んでいる。


 バックドア絡みの事件は、数年前から報告はされていたが、その殆どがスラム街か、周辺の町々で起きていた物だった。

 しかし、今月になってからはその件数も目に見えて増えており、遂に先週には、市民街からも同様の事件が、数件報告され始めていた。


 市民街とは貴族制度があった頃、平民街と呼ばれていた地区だ。

 嘗てはマグアラット河を挟んで、南側が貴族街。北側が平民街として住み分けがなされていた。


 現在では、一般家庭の大小の家屋敷や、アパートメントが整然と立ち並ぶ、普通の静かな住宅区画や、大小の商店が居並ぶ商業区画、町工場や中小の工業施設が置かれる産業区画が並べ置かれている。

 この、一般市民の生活域は、河の中州であるウルブ島から始まり河の北側へと広がるのだ。


 そして、肉体労働者達が仕事の疲れを落とす為の酒場等の歓楽街は、このウルブ島を挟んだ両岸に多く存在している。


 双子たちの住まう施設は、マグアラット河の南岸とはいえ、その歓楽街が目と鼻の先にある。子供が住まうには、決して環境が良いとは言えない場所だ。


 とはいえ、そうそう間違いが起きる事は無い筈だ。だが、十分に警戒は怠らぬ様に、とアーヴィンはフィリップから強く言い含められていた。





 やがて、見慣れた目的地である双子が暮らす施設が見えて来た。

 その建物は、尖がり帽子の様な急勾配の三角屋根で、青紫色の切妻造りだ。

 下町の作りなので、他の家々と密着して建っている。

 決して整っているとは言い難い石畳の道は、荷馬車が辛うじてすれ違える程度の道幅だ。


 アーヴィンは、その施設に続く緩やかな傾斜のある直線の道を進みながら、僅かに眉根を寄せた。


「アニー、少し待て。おいダン、ナン。アレはお前らの知ってる奴らか?」


 アーヴィンは3人の前に進み出て、待てと言う様に下げた右手を僅かに開く。問われた双子は顔を見合わせて直ぐ、「知らない」「見た事がない」と揃って首を振った。


 いかにも堅気には見えない男が、その建屋の入り口の横の壁に、身体を預けて立っているのだ。

 それ以外にも、路地に続く道の角々に、数人の男が様子を窺う様に潜んで居る事に、アーヴィンは気が付いていた。



 首をコキリコキリと鳴らしながら、「なるほどな」とアーヴィンが呟く。


 昨日今日と、姐御が珍しく「気を付けて行ってきな」とか声をかけて来たのはこういう事か。何となく動きを掴んでたって話か?


 狙いはアニーか?それとも双子の方か?

 まあいいや、連中から直接聞きゃ済む話だ。


 最近ちょいとばかりストレスが溜まってる。


 学内では、必要以上に気を使って手加減して来た。

 なのにビビ達は、街のゴロツキ共をシバき倒したとか得意気に話してる。

 だから今回は、オレの番だと思って良いよな?


 そんな事を考えながら口元を僅かに緩め、アーヴィンは前へと足を踏み出した。

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