46話魔法模擬戦

 先生の開始の合図と共に、ルゥリィ嬢達三人は手に持ったワンドをミアに向けて翳し、其々詠唱をし始めた。


「ふむふむーー、魔法術式のーー展開もースムーズですねーー。魔力経路へのーー流入もーー、滞ってはーーいない様ですーーー」


 開始の合図をしたと同時に、試技場を取り囲み、観客席となっている生徒集団の只中に戻って来たジョスリーヌ先生は、わたしの前で何やら解説的な呟きをし始めた。


「展開速度がーー遅いのはーーー、新入生ーーですからねーーー。こんなものーーでしょーーー。まぁーー十分ーー、優秀ーー優秀ぅーーー」

「先生、彼女達は優秀なのです、か?」

「そりゃーー、そうでしょーー、でなければーー今ここにはーー居ませんよーーー」


 言われてみればその通りなんだよね。難関のミリアキャステルアイに合格しているんだもの、優秀じゃ無い訳が無いって話だ。


「しかーーし!初手からーーダメダメですーー。もーーダメダメですよーーー」

「はい?」

「何のーーためにーーー、3人でーー組ませたのかーー分かってーーいませんーーー。スリーマンセルのーー意味がーーありませんよーーー!」

「「ああーー」」


 思わず、ビビと2人で揃って納得してしまった。

 そうだよね、ありゃ無いよね。


「え?そ、それって、どういう事ですの?」


 それを脇で聞いていたコーディリア嬢が、意味が分からないと聞いて来た。

 隣に居るカレンも不思議がっている感じだな。


「だって!3人も居るのに、全員揃って攻撃態勢に入るとかあり得ないでしょ!」


 つまり、ちゃんと役割分担考えろって話だよね。


「どんなーー手をーー使ってくるかーー分からないーー相手にーーー、初手にーーこれはーー悪手としかーー言えませんーーー」


 アムカムの人間にとっては当たり前の事なんだけど、やっぱり他所の人はそんな事考えないのかな?


 ジョスリーヌ先生はそこん所、ちゃんと模擬戦前に3人に、「チームで挑む理由を考えるように」と伝えておいたそうな。


 全く持ってその通りだよね。

 相手は動かない的じゃない。何をするか分からない相手に警戒するのは当たり前だ。


 両者の間は、魔法模擬戦なので20メートル程の距離が空いてはいるけど、これが魔法限定の勝負でなければ、ミアはきっと一気に間合いを詰めて、ケルナグールで決めてしまうに違いない。

 3人揃って悠長に詠唱させる暇など、まず与え無い。


 でも、今日のミアは動かない。

 



 そして、やっとの事ルゥリィ嬢が放ったのは、火属性の『ファイアーボール』。

 お付きの2人は其々『ウォーターボール』と『エアースフィア』だ。


 じつに基本に忠実で、お手本の様な初期魔法の発動である。

 でも、発現した火の玉やら水の玉は、みんなピンポン球くらいの大きさしか無いんだけどね。

 それでも先生によれば、十分上出来な部類だそうな。


 ルゥリィ嬢が、自分の放った魔法に満足したのか、思い切り口角を上げた。

 でも、魔法の弾速は決して速くはないよね。

 あれならアムカムでなら……、ステファン辺りなら、余裕でヒョイヒョイ避けちゃうと思うんだ。



 ミアは、やはりまだ動きを見せない。

 微動だにせず、静かに口元に笑みを湛えている。

 まるでソレの到達を待っているかの様だ。


 撃ち出された魔法がミアに当たると確信し、ルゥリィ嬢の笑みが更に深まった。


 その時、ミアは自分の胸元で軽く指を弾く。


 パチリ、とミアの指先が軽い音を飛ばしたのと同時に、飛来していた全ての魔法が霧散してしまう。

 ファイアーボールもウォーターボールもエアースフィアも、まるで見えない壁に阻まれたように、唐突に立ち消えてしまったのだ。


 ま、実際に、見えない壁に阻まれたワケなんだけどね!


魔法障壁マジック・シールドのーー展開速度がーーー、恐ろしくーー速くーーないですかーーー?!」


 ひょっとして自分より速いのではーー?とジョスリーヌ先生が、若干頬を引き攣らせながら言っている。


「それにしてもーーー、障壁シールドのーー適応属性をーーー、エゲツ無いーーくらいーー対魔法アンチマジックへーー振り分けてーーいますねーーー」


 先生は更に、口元もヒクヒクさせながら、そんな風に言葉を続けていた。

 

 魔法障壁マジック・シールドの術者は、状況に応じてその属性の振り分けを行なう事が出来る。

 その属性は大きく分けると、『対物理アンチマテリアル』と『対魔法アンチマジック』なんだけど、『対物』に於いては『サーマル』と『衝撃インパクト』に対する抵抗値を、どちらにどれだけ振り分けるのかも考えなくてはならない。


 更にはその障壁シールドの特性を、『抵抗レジスト』にするのか、或いは『反射リフレクト』にするのかも魔法起動時に決定するのだ。



 基本設定では特性は『抵抗レジスト』。属性は『対物理アンチマテリアル』枠の『サーマル』に35%『衝撃インパクト』に35%ほど。

 そんで、『対魔法アンチマジック』枠には30%くらいに籠めた魔力値が分配される様にしてあるそうだ。


 使用者は、その時々の状況に応じ、この割り振りを調整して事に当たる必要があるのだ。

 わたし達新入生が最初に教えて貰った『魔法障壁マジック・シールド』というこの魔法は、使うだけなら簡単に出来るが、正確な状況判断と熟練した技術が必要な、大変奥の深い魔法だったりするのだそうだ。


 当然魔法を覚えたての新入生に、魔力値振り分けなどという、細かな芸当など出来よう筈がない。


 しかし、そんな出来よう筈も無い事を、アッサリと熟練者並みにやってしまっているミアに対し、ジョスリーヌ先生は思いっきり引いているワケだ。





 魔法が打ち消された事で、ルゥリィ嬢は顔から笑みを消し、目を見開いた。

 だけどまた直ぐにワンドをミアに向け、次の魔法の詠唱を開始する。


 詠唱が終わり、再び魔法がミアヘと飛ぶが、またも同じようにミアの目前で立ち消えた。

 三度、四度と繰り返すが結果は同じだ。

 最早彼女達の顔には、余裕の欠片も無い。

 ミアが少し前へ足を進めると、ついには怯えの色さえ浮かべて僅かに後ずさる。


「な、何なのよ?アンタ!!魔法、使えない筈でしょ?!毎日暴発させてて、使えるワケ無いって……!!」

「う〜ん、そうなのかな?」


 ミアは小さな笑みを浮かべたまま、足を更に前へと踏み出す。ルゥリィ嬢は、明らかに顔色を無くし始めている。


 う~~む、アレはコワイ。コワいぞ!



 ミアは、その場で徐に右手を静かに前へ出すと、そこで再び指先をパチリと弾いた。

 と同時に、ルゥリィ嬢達の足元が小さく割れ、急速にそこから何が伸び上がって来た。


 伸び上がったソレは、彼女達の足首に巻きつき、忽ちその動きを封じてしまう。


「なっっ?!!」


 悲鳴のような驚愕の声が彼女達の喉の奥から漏れ出るが、ソレはそのまま更に伸び上がり、彼女達の身体を拘束する。


 ルゥリィ嬢達を拘束するソレは、ミアが操る茨の蔓だ。

 入学試験の時に的を締め上げていたヤツと比べると、随分と細くて控えめな感じがするけど、幾らかは加減している……のか?


「……アレ、やっぱりキレてるわよね?」


 ビビが、小さくわたしに同意を求めて来た。

 それに対して、わたしは何度も何度も無言で頷く。


 間違いない。あのうっすい笑みは、ミアの中のスイッチが入っている証拠だ。


 ミアが、ゆっくりと3人に向け足を運んで行く。

 その間にも茨の蔦は更に伸び上がり、ルゥリィ嬢達を包んで締め上げている。


 ちょっとばかり、ご令嬢がしていい恰好ポーズでは無くなっている気がするんだが、……大丈夫なのか?


 そしてついにルゥリィ嬢達の目の前まで来たミアは、彼女に顔を近付け更に笑顔を深めて見せたのだ。

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