45話魔導クラスの小騒動

「おやーー、アムカムのーー姫様ーーー。お待ちーーしてましたよーーー」


 魔法試技場内に入ると、そんな緊張感の欠片も無い声がわたしを呼び止めた。

 ジョスリーヌ・ジョスラン先生だ。


 このハーフエルフの先生は、わたし達が今やって来た魔導科の担当なのだそうだ。

 でも、なにやら待っていたとか言われたけど、何の事だ?


 いや、それよりも新入生が模擬戦するとか聞こえたが、大丈夫なのか?と聞けば、年に1人2人は尖った子は居る。ある意味恒例行事みたいな物なので、問題は無かろう……と先生は仰る。


「まあーー、何かーーあってもーーー、アムカムのーー姫様にーー放り投げればーーー、何とかーーしてくれるーーーと、教授せんせい方もーー仰ってましたしーーー」


 なななな何ンて事を言ってくれているのだあのトンデモ三博士と、このオトボケ助手先生はっ?!!

 この方達のわたしに対する認識って、一体どーなってるのさっっ?!

 ちょいと小一時間ばかり、問い質してやりたくなってくるのよさ!


 てか、俄然不穏な雲行きを感じてしまったんだけど!模擬戦ってそんな本格的な事すんの?!


「いえーー、新入生ではーー、そんなーー大層なものはーー使えませんからねーーー」


 ジョスリーヌ先生が言うには、新入生レベルでは基本魔法を撃ち出すのが精々なので、大した事にはならないだろう、と仰る。

 入学試験の時、受験生達の放っていた魔法がわたしの頭の中を過る。


 ナルホド、あんな程度なら心配する事も無いか……。

 どちらにしても、それに近い事はやらせて、今の自分の実力を把握させる予定だったので、ちょうど良いとか何とか……。


 でも、模擬戦は3対1とかって聞こえたんだけどさ……。それってやっぱり不穏じゃね?



 そんな風にわたしが勝手に心配していると、程なくして模擬戦をすると言う生徒達が、ゾロゾロと試技場内の中央へと入って来た。


 やって来たのは、ルゥリィ・ディート嬢とその取り巻きの子達だった。

 ルゥリィ嬢達は制服の上から、ゆったりとしたフード付きのローブを纏っている。

 袖口とかに金糸で、魔法文字が縫い込まれているので、魔導科の生徒用装備なのかも知れない。


 でも、先生が「尖った子」とか言ってたから、思った通りと言うかなんと言うか、やっぱルゥリィ嬢だったか……。


 と言うことは、その対戦相手というのはまさか……。


「まさか、カレン……」


 わたしの隣りでコーディリア嬢が、小さくそんな呟きを口にした。普通なら聞き取れない程の小さな声だ。

 やはりコーディリア嬢も、自身のクラスメイトであるカレンとルゥリィ嬢の事情を、幾らかは承知しているのだろう。


 でも、こんな風にカレンの事を心配しているコーディリア嬢を見ていると、この子が実は優しい子だと判断していた自分の考えは、間違いでは無かったと改めて感じさせてくれる。


 しかし、コーディリア嬢の心配は杞憂と言うものだ。


「……ス、スーちゃん!」


 何故ならば、模擬戦の見学に集まった生徒達をかき分け、わたしを見つけたカレンがコチラへ向かって来ていたからだ。

 それに気付いたコーディリア嬢も、一瞬目を見開いたものの、直ぐに安心した様に小さく嘆息した。


「ス、スーちゃんごめんなさい!わ、わたし、わたしのせいなの……」

「落ち着いて下さい、カレン。何があったのです、か?」


 縋りつく様にわたしの両腕に手を伸ばし、カレンが早口でそんな事を言って来た。

 慌てた様子のカレンに、少し落ち着く様にとその背に手を添える。

 とりあえず、何があったのかだけでも教えて貰おう。ゆっくり言葉を選んでいれば、カレンも直ぐ落ち着くだろう。



 と、ちょうどその時、模擬戦を見物しようと集まった生徒達が小さく騒めいた。

 ルゥリィ嬢達の対戦相手が、試技場内へと入って来たのだ。


 その相手は、気負わぬ落ち着いた足取りで場内を進み、対戦者達の前に進み出る。


 そこには、静かに佇む我らのミアの姿があった。


 見物に集まっている生徒達の間から、『ほぉぉ』という溜息の様な息遣いが洩れる。

 主に男子から!


 まあ、分らんでも無いけどね!ミアのソレにはタップリの夢が詰まっていますからっ!生地の厚いローブに覆われていても、その圧倒的な質量がこれでもか!と存在を主張している!

 だが男共!必要以上にソレに対する不躾な視線は、このわたしが許さんぞ!くわわ!!


 ミアは身長も高く、元からスタイルも良いから、こうやって舞台に立つ様なシチュエーションでは、尚の事その壮麗な姿が際立つ事になるんだよね。


 実際、見入っているのは男子生徒達だけではない。何人もの女生徒が、我知らず吐息を漏らしている様だ。

 纏っているローブも、ルゥリィ嬢達は着せられている感が拭えないが、ミアはキッチリと着こなしていて格好良い。やっぱり手脚も長いからねぇ。

 


 だがカレンは、そんな存在感のあるミアの姿を見ても不安が残るのか、わたしの服を握る手に力が入る。


 カレンの話では、魔導科の教室に入るところで、運悪くルゥリィ嬢達と鉢合わせをしてしまったらしい。

 ルゥリィ嬢は、鬱憤を晴らすかの様にカレンを罵倒し始めたそうなのだが、そこにミアが割って入って来たのだそうだ。


 そこで多少の問答があったものの、魔導科の担当である助手先生が教室へ来られた事で、一旦中断される事になったのだとか。

 しかし、教室内で先生からのクラス説明が終わった後、ルゥリィ嬢は先生に、ミアとの模擬戦の許可を求めたのだそうだ。


 何をやってるんだろねルゥリィ嬢は?

 許可しちゃう先生も先生だよ!全く。


 ジト目をジョスリーヌ先生に送っていたら、先生はコチラを振り向きニコリと微笑んだ。


「それじゃぁーー、何か―あったらーー、お願いしますねーーー」

「ちょっ?!!」


 そんな捨て台詞をわたしに残して先生は、生徒を搔き分け試技場中心まで、軽そうな足取りで進んで行った。

 ゥキャー!なんて人だっ!!


「さぁてーー、双方準備もーー万端ーー出来た様なのでーー、始めてーしまいましょうかーーー」


「時間はーー3分間ーーー。その間にーー魔力がーー尽きるとかーーー、魔法がーー使えなくなるとかーーー、したら終了ですーー」


「ギブアップはーー早めにーー言ってーーくださいねーーー。レフェリーストップもーーありますよーーー」


 やっぱり緊張感のない声で、模擬戦の注意点を説明していく助手先生。

 このまま審判役も務めるのかな。


 ふむ、あのミアやルゥリィ嬢達が身に付けているローブは、対魔法効果が施してあるらしい。受けた魔法の威力を押さえる付与がされているそうだ。

 これで魔法ダメージは随分減らせると先生は仰っている。


 よく見るとルゥリィ嬢達の手には、それぞれ30センチ程のワンドが握られている。

 霊印エーテルシールを刻んだ日、此処で初めて魔法障壁マジックシールドの発動を試した時に使った物よりも、幾分厚みもあり、多少の装飾も施されているっぽい。先生によると、コレは魔導科の生徒用備品だそうだ。


 ルゥリィ嬢はミアを睨み付けながら、教鞭でも扱う様にそのワンドを片方の掌にペチペチと当てていた。


 でも、対するミアは手ぶらだな。ハンデとしては……どうなんだ?


「ねぇスー。ミアってば、あれ……」

「う、うん」


 ビビがわたしをそっと突きながら、声をひそめて不安げに呟いた。

 うん、分かってる。わたしもちょっと心配だよ?


「さぁーー、ではーー始めてーー下さーーーーい」


 わたし達の心配を他所に、ジョスリーヌ先生は模擬戦の開始を、声も高らかに告げたのだった。

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