42話ルゥリィ・ディートの憤懣

 ルゥリィ・ディートはその日の夕刻少し前、依頼した結果を聞く為、やはり前日と同じカフェテラスの一角で、目的の相手が来るのを待っていた。


 その表情に現れる苛立ちも隠そうとせず、始終不機嫌そうな言動が目立っている。

 店員にも横柄な態度で、お茶の替わりを持って来させていた。


 今日は昨日とは違い、このカフェテラスには1人で座っている。

 勿論レイリーは誘ったが、「行く気がしない」「結果なんかに興味は無い」と、素っ気なく同行を断られていたのだ。

 今現在の彼女の不機嫌さの、その原因の最たる要因だ。


 思い出すたびレイリーのその時の対応が、ルゥリィの苛立ちを大きくして行く。



 程なくして、目的の相手がこちらに向かっている事に気が付いた。

 ノタノタと人混みを抜けているその姿に、ルゥリィは大きく舌打ちをする。


 人がわざわざ待ってやっているのに、何故もっと急足で来れないのか?!

 実際の所は、足をもつれさせながら、やっとの思いで進んでいるのだが、彼女にそんな事に気付く様な気持ちの余裕は無い。


 だがルゥリィは、相手が近付く程に、その姿が普段とは違う事に眉根を寄せた。


 いつもは乱れを許さぬ様に、シッカリと纏められた髪は、所々が解れてばらけ、装いも乱れており、薄汚れてさえ見える。


 常に最新のファッションを追っていると公言する彼女からは、想像も出来ない状態だ。


 ようやく辿り着いた相手に向かい、ルゥリィは苛立ちを隠そうともせず、荒々しく声を上げた。


「何グズグズしてんのよカティア!アンタ1人なの?!」

「ふっざけんじゃないわよ!なにさ?!あの魔力オバケは?!!」


 自分のぶつけた罵りに、まさか反抗するような言葉が返って来るとは思わず、ルゥリィは一瞬言葉を失ってしまう。


「……は?魔力オバケ?」

「あんなの相手にさせるって、どういうつもりさ?!」

「どういう事よ?!カティア、何があったのよ?」

「うっさい!パーカーも捕まっちまった……!」

「捕まった?アンタ達なにやったのさ?!」

「ちっくしょうが!あんなのの相手が出来るかっての!!アンタ!アタシらを殺す気か?!」

「ちょっと?言ってる事が分かんないんだけど?!」

「死にたいならテメェで勝手に死ねよ!アタシらを巻き込むなっ!!」


 カティアは、言うだけ言うと、そのまま後ろも見ずに去って行った。

 地元の先輩とは言え、今まで文句らしい文句も言われたことの無い相手からの激昂に、ルゥリィは少なからずのショックを受け、暫しその場で惚ける事になる。



 だが直ぐに、自分が罵られた事に対する怒りが、ジワジワと腹の底から湧き上がって来た。


 魔力オバケ?魔力量が学園一だとかって言う、あのデカいやつの事か?

 アイツも今日、カレンと一緒に居たのか?

 バカでっかい魔力にあてられ、ビビったのかカティアのヤツ!情けない!!

 普段は余裕ぶってるくせに、イザとなったら怖気づいたって?!みっともないったらありゃしない!


 何なのさっ!!気に入らない!!!!


 レイリーもあの決闘騒ぎの後から、妙に大人しくなっちゃって!チクショウ!アイツらのせいだ!!



 ヴァン様に、カレンを気にかけろと言われてたのに!何やってんのさ!!



 カレンのヤツ!あんな連中に取り入って!チクショウ!気に入らない!!




 そもそも、最初っからカレンは気に入らなかった!

 なにがムナノトスの跡取りよ!

 家は借金だらけで、もう没落が決まってる旧子爵家じゃない!

 それがいきなり現れて、レイリーの婚約者だとか突然言い出した!


 気に入らないのは、レイリーがその事を、イヤだと思っていないのが分かるからだ!

 レイリーは、カレンが相手にしないと、あからさまに機嫌が悪くなる!

 ホントに気に入らない!


 家格だって、貴族制度のあった大昔じゃないんだ!

 今じゃグルースミルの中心であるノトス市の、市長であるウチの方が上なんだ!

 それなのに、何を言われてもすました顔をしているし!

 気に入らない!


 なんであんな奴がわざわざグルースミルの学校まで来んのよ?!

 貧乏なムナノトスの学校に通ってりゃいいのよ!!


 ミリアに来てからだって、コッチには一度も顔も出さずにいるし!

 おかげでレイリーの機嫌は日に日に、目に見えて悪くなってった!

 本当に気に入らない!!



 それに何なんだアイツ等は?!

 いきなり現れて、アタシの邪魔ばっかりしやがる!

 カレンをいつもの様にシメてやろうと思えば、突然間に入ってコッチを睨め付けて来る!どういうつもりさ!


 何かとカレンの事を後ろに隠して、挙句の果てはレイリーに怪我までさせて!ふざけやがって!


 何がアムカムだ!

 所詮北の果ての田舎者の野蛮人の成り上がりじゃないか!

 それが一端のセレブを気取りやがって!マジで気に入らない!!


 何なんだあの赤毛は?!北方の姫だとか言われて、思い上がってんじゃないのか?!あんなの、ただ周りが少しばかり優秀だってだけで、持ち上げられてるだけの山猿じゃないか!ふざけんなよ!


 魔力オバケって何だよ!

 あんなのただ魔力がデカいだけだろうが!

 魔法を使おうとして、いっつも暴発させてるって聞いてるぞ!

 未だに一回も、まともに魔法を使えてないって話じゃないか!

 そんなヤツ、一体どこにビビる必要があるってのさ?!


 全く、どいつもこいつも気に入らないったらありゃしない!!


 気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!!気に入らない!!気に入らない!!気に入らない!!気に入らない!!気に入らない!!!気に入らない!!!気に入らない!!!

 気に入らないっ!!!!!


 ルゥリィ・ディートはその日、己の中で膨らみ続け、視界が赤くなる程の憤りによって、自分自身の感情が占拠されて行くのを感じていた。

 最早、自分が真面な思考が出来なくなっている事に気付く事さえ出来ずにいる。


 元々のその怒りの種が本来、何処から来た物かなど、今の彼女には知る由も無い。


 膨らみ続ける憤懣が、今にも頭の中で破裂しそうだと感じたまま、宵闇が迫ろうとする街の中を荒々しい急ぎ足で、学園に向け進んで行った。

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