40話アニーにおまかせ!

「どう言う事だ?ロン」

「見た通りだ」

「いや!わかんねぇって!!」


 ロンバートの淡白な答えに、アーヴィンが思わずツッコミを入れる。


 大体にして状況がよく分からない。

 食堂の中で、そこの責任者である料理長を探してみたが、中には居る様子が無かった。

 ふと、表が騒がしい事に気が付き、外に出て来てみれば、当の料理長がアニーを前に顔を引き攣らせている。

 この短時間に何があったと言うのか?


 意味が分からない。


「オイ!アーヴィン!ロンバート!お前らこの子の知り合いか?!」


 料理長であるトビーが、アーヴィンに助けを求める様に声を上げた。


「ああ、そうだけど」

「なら何とかしてくれよ!」

「いや、だからどう言う状況だよ?」

「この人が、この子達にらんぼうしようとしていたのよ!」

「して無ぇって!!」


 アニーが、小さな子供2人を庇う様にトビーの前に立ち、鋭い視線を投げつけていた。

 それに対し、トビーは誤解だとアーヴィンに訴える。


「うん、やっぱり分からねぇ。トビー、取り敢えず何があったんだよ」


「このチビ供が、仕事をさせろとか言うから、そんなの無理だと追い返しただけだ」


「この子達、扉から転がり出て来たわ!この人こんな小さな子を放り出したのよ!!」

「い、いや!扉を開いたら、そのまま転がって行っちまっただけで……」


 アーヴィンは知っている。経験則で知っている。

 女の子が荒ぶっている時に、下手に異を唱えると碌な結果にならないと言う事を。


 特に、激情的な女の子ほど、一旦火が付いた時には決して触ってはいけないと知っている。

 身近な所で、物凄く良く知っている!


「いいわけをするのは男らしくないと思うわっ!!」


 それまで以上の怒気をはらんだアニーの様子に、アーヴィンはそれ見た事かと天を仰ぐ。

 トビーが何か一言返すたび、アニーの口撃は激しさを増す。


 兄貴たちも言っていた。

 たとえどんなに幼くとも、女の子は女の子だ。怒り狂っている女の子に逆らってはいけないのだ。


 こうなってしまったら、下手な刺激は命取りに成り兼ねない。

 アーヴィンは、言葉に殴られサンドバックになっているトビーから、静かにそっと目を背けた。


 そして、解決の糸口はこちらにしか無いという様に、もうひと方の当事者へ言葉をかける。


「お前ら、このおっちゃんに酷い事されたのか?」

「そ、そんなことはないの」

「なにも、されてないの」


「でも、入り口から放り出されたんだろ?」

「び、びっくりしてころんじゃったの!」

「ボクもいっしょにころがっちゃったの!」


 息のあった2人だな。よく見れば2人共ソックリだ。

 コイツら双子か?


「何でお前ら、こんな所に来たんだ?」

「おしごとをもらいにきたの!」

「おかねがほしいの!」


「仕事?」

「まえにマークがいってたの!」

「ここでおしごとしてもらったって!」


「マークって誰だ?」

「まえにいっしょにいたの!」

「いっしょにいたおにいさんなの!」


「何でお金が欲しかったんだ?」

「おねえちゃんがたいへんなの!」

「おねえちゃんをたすけたいの!」


 なんでその『おねえちゃん』が大変なのかを聞いても、どうも要領が得ず良く分からない。

 しかし、2人が本気で仕事を求めている事は、アーヴィンにもよく分かった。


「トビー、前に子供に仕事させた事あんのか?」


 アーヴィンは、いつの間にかトビーに対する怒気をわずかに緩め、この子達の話に聞き耳を立てていたアニーと、やはり大人しくなっているトビーに目を向け、その厳つい顔の男に問いかけた。


「いやぁ……仕事?」

「どうせだまして、こき使ったに違いないわ!」

「い、いや!そんな事は……。あぁ、でも仕事って言うかな、ありゃぁ……」

「何か、心当たりあんのか?」

「この前、迷い込んでた小僧がいてな。残りモン食わせてやったら、お礼だとか言って床掃除手伝ってくれたんだわ」

「……」

「な、なんで嬢ちゃん睨むんだよ?!ンでな、駄賃だっつって、5クプル銅貨渡してやった事はあったけどな……」


「5cクプルねぇ……。お前ら、それの事か?」

「「よくわからないの」」

「わからないけど、おそうじしたっていってたの!」

「どうかもらったっていってたの!」


 どうやらこの双子は、前に聞いた話を頼りに、2人でここまで仕事をさせてもらいに来たらしい。


「わたしたち、おそうじするの!」

「ぼくたち、おしごとさせてほしいの!」


 この食堂の責任者はトビーだ。

 たとえこんな幼い子供相手でも、ここで仕事をさせるとしたら、それはトビーの独断で決定できる。

 後で姉御にどう言い訳するかは知らないけどな……。


 アーヴィンは、双子からトビーに目を向け直し、探る様に問いかけた。


「どうなんだよトビー。コイツ等に仕事させる気あるのか?」

「なに言ってるのアーヴィン!こんならんぼうな人にこの子達をまかせるなんて!」


 アニーは、怒りの籠った眼差しを蓄え「こんならんぼうな人」という一言をトビーに叩き付け、コイツにこの子達を任せるなんて承服出来ない、とアーヴィンに訴える。

 きつい眼差しを突き付けられたトビーは、一瞬「うっ!」と怯んだ様子を見せるが、それでも自分の意思を通す。


「だ、大体だな!厨房は刃物は置いてあるし、火も使う!油なんかひっくり返したらどうなると思ってんだ?!こんな小っちぇガキ、入れられるワケねぇだろが!」

「でも、前にやらせた事あんだろ?」

「あれはホールの掃除だったんだ。厨房にゃ入れさせて無ぇ」


 なるほどな、とアーヴィンは嘆息し、アニーに宥める様に話しかけた。


「まあ、あれだ、トビーは口は悪いが、こう見えて優しいおっさんなんだよ。要は子供に怪我させたくないんだ。子供が心配でしょうがないんだろ?な?」

「……うるせぇな」

「やめろよ赤くなるなよ……いいおっさんが気持ち悪ぃよ」

「うるせぇな!!」


「そんなの信用できないわ!この子達を、こんな人にまかせるなんて危険すぎるわ!」


 2人の様子を胡乱な目で見るアニーは、やはり信じられないと突っぱねた。

 アーヴィンが、残念な物を見る目でトビーを見る。


 だか、未だ荒ぶるアニーに、小さな手が伸ばされた。


「おねがいおねえちゃん!わたしたちおしごとしたいの!」

「おねえちゃんおねがい!ぼくたちおそうじしたいの!」

「……?!」


 アニーは、傍に寄って来た双子に両脇から袖を掴まれ、大きな目で見上げられながらされたお願いを、真正面から受け取ってしまった。

 そしてその一瞬、思わず固まっていた。

 その潤んだガラスの様な、セルリアンブルーの瞳に見つめられ、胸の奥から何かが込み上げて来るのを感じていたのだ。


「……おねえちゃん?」

「おねがいなの!おねえちゃん!」

「おねえちゃん!おねがいなの!」


 双子に「おねえちゃん」と呼ばれるたび、胸の奥の何かが大きくなっていく。二人から目が離せない。


 今、アニーの中で何かが渦巻いている。


 大好きなウィリアムお兄さまにコリンお姉さま、そして凛々しいスー姉さま……。


 自分はこれまで、『妹』という庇護される側の存在だった。

 憧れるお兄さまやお姉様達に、常に守られていると言う実感や喜びもあった。


 だが同時に、そこに追いつきたい、並び立ちたいと言う渇望も、常に自分の中にある事も自覚していた。


「……おねえちゃん?わたしの事?」

「「そうなの!おねえちゃんなの!おねがいなの!!」」

「……!!」


 今ここに、自分を「おねえちゃん」と呼び、頼り縋って来る幼い子たちがいる。

 自分が兄たちに頼る時の様な目で、自分に何とかして欲しいと縋って来ている。


「……わかったわ」


 その時、アニーの中で何かが生まれたのだ。


「わかったわ!全部わたしにまかせておきなさい!!」


「「はあぁぁ?!!」」


 アーヴィンとトビーが、「この子は突然何を言ってるんだ?」と同時に声を上げていた。

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