38話悪役令嬢現る?!

 今日は大変だったろうからと、カレンを早上がりにする様にアルマさんに言われた。

 更に、もう来客数も落ち着いたし、カレン1人で帰すのは心配なので、わたし達も一緒に上がって良いよ……と。

 そんな訳で、いつもより1時間以上も早く、わたし達はお店を上がらせて貰って、揃って家路へとついたのだった。


 街中を、学園へと帰る道すがら、カレンから話を聞けば、今日の連中はカレンが通っていた学校での、学年がひとつ上の二人なのだとか。

 地元の先輩って事か?と聞けば、そういう訳でも無いのだと言う。


 うん?どういう事?



 カレンの地元はムナノトスだ。

 ムナノトスは、色々な不幸が重なり、数年前から自治体の経営状態は酷く宜しくない事になっている、と叔父様にはお聞きしていた。


 ムナノトスで大きな事故があってから、自ずと人口も減少し、自治体の収入も右肩下がりが加速するという負のスパイラルに陥っていたそうだ。

 当然の様に福祉などに回す予算も減って行き、多くの人材も手放す事になったのだとか。



 当時から二つの属性に適性を持っていたカレンは、周りは当然のようにミリアキャステルアイへの進学を期待していた。

 しかし、それを指導する為の人材がムナノトスには居らず、進学の為の資金すら儘ならぬ状態だったカレンは、学園への進学を諦めていたのだそうだ。


「そんな時に助けて下さったのが、ローレンスおじ様だったんです」


 と、カレンさんは仰る。


 グルースミルの頭首ローレンス・ニヴン。

 ここのトコ、ちょくちょく聞く名だ。


 ローレンス氏は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を上げている事で知られる、『アフィトリナ大商会』の商会長でもあると言う。

 かの商会は、特にここ4~5年での成長が著しいのだ。とは叔父様のお言葉。


 カレンのローレンス氏への信頼の厚さは、その言葉の端々から窺える。


 カレンへの支援を申し出たローレンス氏は、二属性を持つカレンの才能を埋もれさせるのは惜しいと、進学の為の勉強をさせる為、魔法指導が出来るグルースミルの学校へ通える様に、取り計らってくれたのだそうだ。


 先の二人は、そのグルースミルの学校の上級生なので、地元の者というのとは少し違うのだとカレンは言う。


 またグルースミルか……。


 どうにもココの所のおバカ達のせいで、わたしの中ではグルースミルってとこの印象は、かなり悪い物になっている。


 例のアーヴィンとの決闘騒ぎの決着で、『レイリー・ニヴンはアーヴィン・ハッガードに関わってはならない』との決定は下された。


 本当なら『アムカムとその関係者に関わるな!』ってな決定にして欲しかったのだけどね!

 しかし、『決闘』ってものは、『個』対『個』に限定されたものなので、集団に影響を与える様な決定は出来ないのだそうだ。

 もし多くの人間に影響を与えたいのなら、『集団戦』でやるしかないのだとか。


 でも、そんな事は学園が許可を出さないだろう、とコリンは言っていた。

「どう考えても殲滅戦にしかならないもんね」とはカーラの弁。

 そんな分かり切った惨劇は、人道的見地からも許可が下りないだろう、と更にジェシカにも言われた。


 なにさ?人道的見地って?!


 まあ、そんなこんなで、グルースミルの人間に積極的に関わり合いを持つ気は、実際のトコそれ程無かったんだけど、カレンの話を聞けば聞くほど、情報収集だけでは収まらない様な気がしてきた。主にわたしの気分的なモノ、と予感?


 そんな会話をし、そんな事を考えながら街中を学園に向け歩いていると、わたし達に声をかけて来る者が居た。


「オイ!ちょっと待てよ」


 そいつらは、唐突に我々の進路を塞ぐ様に現れた……つもりなのだろう、当人たちからしてみれば!

 ま、カレンは驚いていたけど。

 まあ当然の様に、わたしや、ミア、ビビには、コイツ等が囲んでいるのは丸わかりだった。


 そりゃね、これだけ周囲に不穏な気配をダダ漏れにさせてたら気付くよ。周囲の通行人だって避けて通ってるものね。


 ンで、目の前には、今日お店に来ていたDQNカップル。

 更に、複数の人間が周りを囲む様に集まって来る。ふむ、バカップルを含めて10人程かな?


 わたし達を逃がさぬ様に男達が囲んだ後、チャラ男がズボンのポケットからナイフを取り出し、それをチラつかせながら「こっちへ来い」と顎をしゃくった。

 ポケットから出したナイフは、シャコン!とか言って刃を出してた。

 バタフライナイフってヤツか?この世界にもあるんだねぇ。

 でも、刃が小っさい!


 わたしの魅惑の太腿に括り付けてあるスローインナイフの刃の、半分の大きさも無いんじゃないかな?

 いや、勿論対抗して取り出したりなんかしませんよ?


 まあこれは……脅してるつもりなんだろうね。

 一々言う事を聞いてやる必要も無いんだけど……。まあ、ここは大人しく付いて行く事にする。


 スッと手を上げて、戦闘態勢に入りかけてたビビとミアにも、付いて行く様に促した。


 カレンは……、かなり落ち着いているな。


 普通の人から見たら結構な人数に囲まれてるワケだから、多少は気圧されてるかと思ったけど、そんな様子は全く見えない。

 堂々とした様子で、一緒に付いて来ている。


 ってか、その足運び、まるで武道家みたいなんですけど?!

 今まさに立ち合おうって言う様な……10人位、幾らでも相手になりますよ!ってな気迫すら感じるよ?!

 普段のカレンと、同じ人物とは思えない程の気合いと高揚感が見て取れるよ!


 あ、でも走ったりして身体動かしてるときは、今の雰囲気に近いか?

 今朝の路地裏での事を見ても、荒事が意外と平気?

 チンピラみたいのが相手なら、闘志が上がる?


 でも、そこのDQNや、あのニヴンの子倅こせがれ相手だと、かなり委縮しちゃう様に見えるしなぁ……。

 う~~ん、ワカラン!



 と、そんな事を考えてる間に、目的地に着いた様だった。


 通りからひとつふたつ裏通りに入った所にあった、建設現場?かな?

 幌みたいなおっきな布で建物が覆われていて、レンガとか建材が積み上げられた山が、幾つかその前に置かれている。


 アーヴィンやロンバートが、組合の仕事の初日に行ったって言っていた現場って、こんなトコだったのかな。

 今日は休日なので、現場で働く人夫の人達はいない様だ。

 ま、だから連れて来たんだろうけどね!

 

 現場への入り口かな?チンピラ仲間の様な男が2人、テントの入り口みたいに幌をめくって、わたし達を誘導する。


 連れて来られたのは、建物の中の一室。

 壁は、漆喰が塗られていない部分が多く、あちこちレンガが剥き出しになっている。工事中なのが良く分かる。

 内装に使う資材も、床のそこかしこに積まれていた。

 結構広い部屋だ。食堂とか会議室とかに使われるのかな?


 まあ、何に使われるかはどうでも良い。要は、わたし達やDQN共含め、14~5人が余裕で入れる位大きな部屋だって事だ。

 路地裏とか、廃墟、廃ビルとか、こういった工事中の現場の中とか、やから強請ゆすりや喧嘩で使う場所の、定番中の定番だものね!


「おいパーカー!ミリアの学生だぜ!ホントにやっちまってイイんだろうな?!」

「ハ!ビビってんならトットと帰れ!」

「バーカ!ミリアの女だぞ?!こんな機会逃がせるかよ!!」

「やべぇ、上玉揃いじゃねぇか」

「たまんねぇなオイ!見ろよあのデカさ!」


 はい!アウト――ッ!!


 まあね!こんな場所に女の子を連れ込んで、10人以上の男共で囲むとか、それだけで犯罪だものね?有罪ギルティだよね?!

 よーし!検挙だ検挙!!青〇ぁ!確保ーーーっ!


 てな感じでヤル気になってたわたしの腕を、後ろからビビがそっと掴んで引っ張って、耳元で小さく呟いて来た。


「アンタ、ここが街中だって分かってるでしょうね?森の中じゃないって、分かっているでしょうね?!」

「……わ、わかってる、しぃ?」


 ギギギ……と首だけはビビに振り向けたけど、視線だけはソッチに向けられず、明後日方向だ。


「てめぇがいくら可笑しな術使えたってな!これだけの人数が居りゃ、どうしようもねぇだろ!!」


 おや?お店に来たやからが何やら喚き始めたぞ。コイツ、わたしに言っているのか?

 変な術とは失礼だな!アレはただ、関節をめただけなのに。


「さっきは、随分と舐めたマネしてくれたじゃねぇか?!あ゛あ゛?!」


 やからが更にイキリ始めた。

 店を出る時に、ガクブルしてたのを忘れたかな?

 やっぱ大勢の仲間引き連れて、気が大きくなったんだろな。

 外の入り口にいたヤツと、この部屋にも最初から何人か居た様で、輩共はコイツを含めて15人か。

 キャバはその後ろで、コッチを思い切り睨んでる。


 全部で16人。

 そりゃ、気も大きくなるってモノか。


「何がミリアだ!少しばかり魔法が使えるからって、偉ぶってンじゃねぇぞ!ゴラぁ!!」


 輩共やからどもが其々手に得物を取り出して、わたし達の逃げ場が無くなる様に包囲を狭めて行く。

 どいつもこいつも、手には鉄棒やらナイフやら持ってるけど、どれも貧相な刃物ばっかりだ。


 刃物を見せれば、相手が怖気づくと思ってるんだろうな。

 でも、そんなのアムカムウチの子には通じないよ?


 だからニヤニヤするな、刃物を舐めるな!少しは自分の得物の手入れをしようと思いなさいよ!

 そんなんだから、やられキャラ感全開なんだわよ!

 


「おいカレン!てめぇもミリア入ったからって、少しばっか調子乗ってンじゃねぇのか?!あ゛ぁ?!!」

「そ、そんなパーカー……、私は……、そんなつもりは……」


「そうよ!アンタがどこ行こうと、カスなのは変わんないんだからね!!」

「カティアそんな……そんな」


「カレェンン!いい加減舐めてンじゃねぇぞ!ゴラぁ!オレをおちょくった落とし前、這いつくばってワビ入れさせてやっからなぁ!!ギャハハ!!」


「お前らもう黙れ」


 輩共やからどものカレンへの暴言が聞くに堪えない!


 元々、コイツ等を一網打尽にしてしまおうと思って誘いに乗ったけれど、カレンを侮辱する事まで許した覚えはない。

 わたしは奴らとカレンの間に入り、その不快極まりない雑音を遮った。


 カレンもやはりおかしい。今まであった気迫が、例の二人に凄まれただけで消し飛んで、気弱な子に戻ってしまった。

 ……これ、なんかあるのか?


「テ、テメェ……テメェ!コノヤロぉ!!ふっざけんな!舐めんなよ!!テメェにも思い知らせてやる!覚悟しろよゴラァァアァ!!」


「わたしは黙れと言った」


 わたしは更に一歩前に足を踏み出す。

 そしてそのまま自分の両の掌を、胸元で軽く合わせる。


 わたしの意図を察したビビとミアが、わたしの真後ろで直ぐに動き始めた。

 ミアは素早くカレンの後ろに回り、その手でカレンの耳を塞いだ。

 カレンは、いきなりのミアの行動にビックリした顔してる。ま、当然だよね。


 ビビも直ぐにフィールドマジックを展開した。

 空気の壁を作る『空気壁エアウォール』だ。


 これはお店でアルマさんが使った、『吸音壁アコースティックウォール』ほど高度なモノでは無いけれど、やはり『風』属性の魔法だ。

 言って見ればエアカーテンみたいなもんかな?

 ビビはその空気の壁を、わたしと自分達の間に展開した。


 そしてわたしはその場で、合わせていた掌を軽く揉んでから、徐に両の手を打ち鳴らした。

 所謂柏手かしわでだ。

 その掌には『氣』を籠め、そして音には僅かに……ひと摘み程の魔力を乗せて。


 パァァーーーーーーンッ!!!


 と、わたしの柏手かしわでの音が、部屋の中に大きく響き渡り壁に反響する。


 これは森の浅層で、子供達が多数の魔獣に囲まれ不意を突かれてしまった時とかに、緊急対処としてわたしが良く使っていた手だ。


 柏手かしわでを響き渡らせる事で、魔獣たちの脳漿を揺らし動きを止める。

 その隙に、子供達の態勢を整えさせていたのだ。


 使う時は、咄嗟に皆の耳を塞がせていたから問題は特に無い。

 まあ、ちょっとした音波兵器だからね。

 でも、脅威値が1も無い低位の魔獣程度だと、モロに音の反響を受けると頭蓋を飛ばすヤツもいたかな?


 勿論!今回は十分に加減した物なので、そんな事にはならない!

 ……筈だ。

 多分!!


「グギャ!」「ギャぶ!」「ゲグュ!」「ボァか゜」


 部屋の中で反響した柏手かしわでの波は、輩共やからどもの三半規管と脳漿を揺らす。

 輩共やからどもは、ゴブリンみたいな珍妙な声を上げて、次々と引っ繰り返って行く。


 半分以上は意識も飛んでるな。

 残りも、酔っ払ったみたいに腰砕けになってて、立つ事も出来なくなってる。


 うわっ!ケロケロ吐いているヤツや、失禁してるヤツまでいるよ?

 こんなにも加減した上で、この状態か?

 どんだけコイツら脆いのよ?きちゃないから近付くなよな!


「うえ?……げ、なん『バキャ』ギャブッ!」

「え?ぅあ……な?『ゴキン』ゴフッ!」

「な、ななん、ぅえっ……ち、ちく、『バキボキ』ギャァッ!がびゃっ!!」


 ビビとミアが、まだ辛うじて動けている連中の意識を、次々と刈り取って行く。

 うわ、今のミアってば、まだナイフを持って、切っ先を向けて来たヤツの手首を無言で踏み潰したよ。更にその後ソイツの頭に蹴りを入れて、意識も飛ばしてる。


 相変わらずエグイわぁ。

 まあ、アムカムの人間は、自分達に敵対した相手には、ホントに全然丸っと情けをかけないからなぁ。

 カレンも心なしか顔色青くして、ドン引きしてるよ?


 一瞬で工事現場の室内が、ゴブリンの巣の殲滅現場の様になってしまった。

 死屍累々である。


 そんな中、まだ意識を保ってる奴がいる。ま、そいつらにはちゃんと意識的に加減してたからね!


「な、なんだこれ?た、立てねぇ……く、くそ、目が、目が回って……ぅ、え」

「ひ、ひぅ……うえっ!ぅお、おぷ!ぅおえェェェェェェ」


 今日、お店でカレンにイキって来た、やからとキャバのDQNカップルだ。

 やからは意識はあるけど、何があったか分らなくて幾分パニクっておる。

 キャバは……、うわぁ、なんか盛大にケロケロしちゃってるじゃん。


「アンタの魔力に当てられたのよ。少しに載せたでしょ?」


 ビビにそんな風に言われた。

 確かに載っけたけどさぁ。でも、ホントにちびッとよ?


「コイツ、僅かばかり魔力を扱えるみたいだったからね。そこにアンタの人外な量の魔力をいきなり喰らったら、こうなるって!」


 ひっど、人外だって!

 ビビにひっどいこと言われた!まあ、今はどうでも良いが。


 「な、ナニよ……な、ナンなのよ、アン……ぅえ!ぅをぇぇぇえェェェぉえェェェ」


 ダメだな、やっぱこのキャバは話が出来そうに無い。コイツは放っておこう。


 しっかし、どうしたもんかねぇ?お店を出て直ぐ、こんなに人を集めて襲って来るとか、もうこれは完全にチンピラ犯罪者集団だよね?

 こいつらを、このまま野放しにしとくのは、如何なもんだろか?

 まあ、最終的にはコイツら婦女暴行未遂犯共は、衛士隊に引き渡すけどね!


 それでも問題なのは、こんなのが街中に居るって言う事よ!何処にでも湧くかもって危険性なワケよ!

 いつまたカレンや、あの双子ちゃん達まで襲われる事態になったらどうしてくれましょう?!って事!


 いっその事この近辺、汚物は消毒して、綺麗に更地にしてしまうのが手っ取り早くて正しい回答だと思うんだよね!

 ま、そんな事は致しませんが!

 ですから、ジト目でコッチを睨むのは止めて下さいベアトリスさん!

 

 なので、ちょっと考えよう。

 少なくともカレンに目が行かない様に。

 ヘイトが自分に集まる様に、ここは行動をしてみようと思う。


 わたしは、這い蹲ってジタバタしてるやからの脇に立ち、上から声をかけた。


「さて、少しお話を致しましょう、か?」

「な、なな、なんだってんだ?コ、コレ……ギャフ!」


 ズリズリと這い蹲って、逃げようと動き回ってるのが鬱陶しいので、その肩口に足を乗せて押さえ付けた。

 ウム、これなら見上げようとしてもダイジブ!

 覗けない位置セーフティーゾーンをキープだ!これが淑女の嗜みというものよ!


「アナタ方が、どういうつもりでこの子に嫌がらせを仕掛けているのかは、存じません、が」


 イメージするのはキャリー様だ。あの醸し出される、他を圧倒するオーラ。


「彼女はわたしの大切な友人、です。彼女に害をなす者を、わたしはみすみす見逃すつもりはございま、せん……わ!」


 そして、コーディリア嬢の居丈高な物言い。


「それでも尚、無法を働くと仰るの、なら。いつでも御出でな、さい」


 わたしはそこで、自分の肩に掛かっている髪を片手で軽くフワリと払い、足元で蠢くやからに向けて冷たい視線を落とし、声高に宣言する。


「このアムカムのスージィ・クラウドが、何時でもお相手して差し上げ、ます……てよ!」


 どうだろ?悪役令嬢っぽく、ヘイトは稼げただろか?

――――――――――――――――――――

次回「マグアラット河第一埠頭」

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