37話大きな前庭
「だからよぉ!これはどういう事かって言ってんだよ!カレン!!なあ?!」
「……で、ですから、そ、それは」
「てめぇの不手際だろうっつってんだろが?!ああ!?ちげーのかよっっ?!!」
「ですから……そ、そんな、物が入る事は……ぁ、あり得なく……て」
「いぃ加減にしろよなぁ!カレン!!あ゛あ゛っっ?!!」
何だコイツ?
なんでカレンを名指しで言い掛かりをつけている?
「カレンの地元の知人だから、彼女を呼べと言われたので連れて来たのだけど……」
「ちょっとそういう雰囲気じゃ無いわよね」とエリス・シャード先輩が眉根を寄せて仰った。
テーブルに着いているのは、見るからにチャラそうな一組のカップル。
男の方は見るからに柄が悪く、耳や鼻に見せびらかす様に大量のピアスを付けてる。何だその鼻ピアスは?鼻環か?牛なのか?
女の方も、お世辞にも品が良いとは言えない。胸元を大きく開いて、化粧も濃い。ギャルか?盛っている頭がキャバ嬢っぽい?やっぱこの世界にもギャルって居たのか!
男は威嚇する様に大声を上げ、女は萎縮してるカレンを、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら眺めている。
……どうにも気に入らないな。
「なんでカレンちゃん、あんな相手に弱気な態度になってるんだろ?」
ホントにそうだ、ミアの言う通りだ。
カレンは、あの程度の連中に凄まれたからって、簡単に怯む様な子ではない。
それは、今朝の一件を見ても分かる。
今朝の3人は、そこの輩よりもずっと危ない雰囲気を纏ってた。
「シフォンケーキに、髪の毛が入っていたと言っているらしい。しかもそれがカレンの物だと」
はあぁ?!何言ってんだコイツら!そんなモン入ってるワケ無いじゃん!大体にして、給仕したのカレンじゃないでしょ?!そんなん、ただの言いがかりじゃん!!
アルファ・ムーンベス先輩の説明を聞いて、頭の中でプチプチ音がし始める。
ユラリと前へ出ようとしたら、ビビがわたしの肩に手を置いて引き止めた。
「アルマさんに任せましょう」
見ると、いつの間にかアルマさんが前に出て、カレンを後ろへ下がる様に促している。
「失礼致します。
「あ゛あ゛ぁン?!!」
「御用とお聞きしましたが、どうかなさいましたか?」
アルマさんが、男と話をしながらこちらに目線を送り、カレンを後ろへ下げろと目で指示をする。
わたしは頷くと、カレンの肩に手を添え、そっと後ろへと誘導した。
「おおい!待てよカレン!てめぇナニ勝手にバックレようとしてんだっ?!!」
後ろに下がるカレンに対し、男が声を荒げて呼び止めようとするが、わたしは素早くカレンを自分の後ろに隠し、そのままエリス先輩にお預けした。
エリス先輩は、直ぐにカレンをスタッフルームへと連れて行き、男の眼から完全に隠してしまう。アルマさんはそれを確認すると、小さく笑顔で頷いた。
そして、スッと右手を顔の高さまで上げ、指をパチリと一回鳴らす。
お?凄い。一瞬で魔法が展開されたぞ。
コレって確か、音を外に漏らさない風属性のフィールドマジック『
アンナメリーが、わたしにオイルマッサージをしてくれる時、部屋で使ってくれるヤツだ。
どうしてもあのマッサージされちゃうと、つい声が必要以上に……ゲフンげふん!いや、何でもありませんよ、なんでも!
というか、アルマさんの魔法、アンナメリーが使うモノより展開速度が全然早い。魔法密度もかなり高いし……凄いなアルマさん。
今、音が外に漏れない吸音の見えない壁が、わたしの後ろからグルリと、アルマさんを含めて男女の居るテーブルを囲んでいる。
最早コイツらがどんなに怒鳴り声を上げたとしても、周りには一切音が漏れる事は無い。
「てめ!どういうつもりでカレンを引っ込めやがった?!あぁっ?!!」
「どういうつもりか?は此方の台詞で御座います」
「なんだと?!!」
「当店の商品に、
「言いがかりじゃ無ェ!よく見ろ!こうして髪の毛が入ってんじゃねぇか!!」
「此方が、当方の従業員の物だと?」
「だからそう言ってんだろうが!どう落とし前着ける気だよ?!あぁあっ?!!」
「この髪が、特定の女給の物だとも仰っていたご様子ですが?」
「ああ!そうだ!そりゃカレンのだ!カレンの髪だよ!!へへっ!だからよ、アイツに落とし前着けさせんのがよ、筋ってモンじゃねぇか?ええ?!」
「はあ、それも根拠が御座いませんね。どうやって彼女の髪が此処へ混入するのでしょう?」
「ああん?だ、か、ら!よ!!そりゃカレンのモンだって、さっきから言ってんだろうがっっ!!」
「理由を、その根拠をお聞かせ願えませんか?」
「わっかんねぇ奴だな!オイ!俺達がそう証言してんだよ!証言!!」
「その、証言とやらに、どれだけの根拠があるのか?と申し上げていおります」
「ってめぇ!客の言う事を信用できねぇって言うのかよっ?!ああ?!!!」
「ちょっとアンタ!アタシ達はお客様なのよ?!分ってんの?ねぇ?!」
「お客様……ですか?」
アルマさんが口元に手を当てて、小さくクスリと笑いを零すと、DQNカップルの眼の色があからさまに変わった。
「アンタ!どういうつもりよ?!!」
「なに笑ってやがる!てめふっざけんなよ?!!」
「私共は、私共がご提供差し上げております商品及びサービスを、納得が出来ると対価をもってご購入頂いております皆様を、お客様とお呼びしております」
「ああ?!なにワケの分かんねぇ事言ってやがんだ?!」
「私共では、ゆすりたかりをする者を『お客様』とは呼んではおりません」
「てめぇ!オレ達がフカシこいてるってぇのかっ?!」
「おや?ご自覚はお有りで?」
「……いい加減にしとけよ?てめぇ、あんま舐めてると、タダじゃ済まねぇぞ」
「さて、タダでは済まないとは?具体的にどういった事なのか、御教え願えませんか?」
人差し指を顎に当て、小首を傾げながら可愛らしく聞いているけれど……、アルマさん、それメッチャ煽ってますよね?
「だから!タダじゃ済まねぇっつってんだろうがよっ!!」
「どうにもいけませんね。先程から貴方の発言は抽象的で、なんら具体性が見受けられませんが?」
「店にも!従業員にも!……良くなぇ事が起きるかも……そう言ってんだよ」
ほぉ、
アルマさんは眉を寄せて口元に手を置き、悩んでいる風だけど……、でも、口の端が小さくピクぴく動いたよ?
「……困りました」
「はっ!分かったんなら、ちったぁコッチの言う事聞いと……」
「相変わらず発言が具体性に欠けています。……ひょっとして!言語の理解できない類の方ですか?」
「なっっ?!!」
ぶふぉぉっ!
おっとイカンいかん。アルマさんの煽りに、思わず噴き出しそうになってしまつた。
平常心、平常心。わたしはクールなウェイトレス。
「てンめぇ!もう只じゃ済まさねぇぇ!覚悟は出来てんだろうなぁ?!あ゛あっっ?!!」
男はそう怒鳴り声を上げながら、恫喝するようにアルマさんを睨みつけてテーブルを蹴り上げた。
でも、ウチのテーブルは重厚なローズウッドで出来た分厚い物だ。
その辺の
何と言っても、かなりの重量だからねー。
今の蹴りで、少しは音を立てたけど、ちょっと揺れた?程度だし。あれは蹴った足の方が痛い目見てるな。
「さて、先程から申し上げておりますが。どうされる御つもりなのか、お聞かせください」
「こ、こんなモンが入った商品出す店なんざ、こっから先、まともに商売なんぞ出来ると思うなよ!出るとこ出て!証言してやるっつってんだ!!」
「なるほど、この髪の毛の持ち主を割り出すと云う事ですね?その髪の毛が誰の物かが分かれば、商品の信用を落とそうとした者も自ずと知れますからね!なるほど、なるほど!」
「ぁ、え?ああ……」
「早速、衛士隊詰所に向かい、事の真相を明らかに致しましょう!」
「衛士?!ちょ!ちょっと待てよ!オレ達はそんな事は……」
「衛士隊からの申請があれば、直ぐに神殿庁からハイプーリストクラスの神官が出向される筈です。その方に『再生の癒し』を使って頂けば、忽ち髪の毛は元の身体に戻ります!誰の身体から離れた物なのか、明々白々、一目瞭然ですから、ね?!」
「い、いや、そこ迄の事は……」
「ああ!大丈夫ですよ?普通に神殿庁のハイプーリストの方に『再生の癒し』を使って頂いたら、1回に中金貨の2~3枚は必要になりますが……」
「「……!!!」」
「ウチのお店には、ミリアキャステルアイの優秀な生徒さん達、聖女候補の方々もいらっしゃいます。彼女達にお願いをするのがよいでしょう。何より、時間の節約にもなります!」
お金の節約とは言わないんだねー、アルマさん。
二人の顔色が、スゲー悪くなってる気がするんだけどー。
まあそりゃ、1枚5
クプル変換だと10,000~15,000
大体アウルでの取引なんて、わたし達一般庶民はあんまりする機会は無いからね。
「な、何もそこまでするとは……、言って、無ぇ……」
「おや、ではどうされるおつもりだったのです?」
「…………チィッ!!」
「帰るぞ!!クッソ!!」
「おや?髪の事はどうなさるので?」
「知るかよ!!」
「そうですか……。では、ありがとうございました。お会計は310
「なにィ?!!」
「お支払いをお願い致します」
「てめぇ!こをなモン出しといて、金を取る気か?!」
「そうよ!まだ口も付けてないのに!!」
まあ普通にお高いからね、ウチのお店は。
お茶が一杯110
カットケーキが90
普通のカフェでは、コーヒーが一杯40
このケーキだってホールで買えば480
日雇いの人の日当が250~280
実に、わたしらの様な庶民の感覚とはかけ離れてるからねー。気持ちは分かるよ、気持ちは、ウン。
だがしかし!そんなお高いケーキを、こんなモンにしたのはお前達だ。
キッチリお支払いは、して頂きます。
「っざけんなよ!クソ!どけっ!!」
まあ、パンチってワケじゃなく、
その部位で、「邪魔だ!」ってな感じで、わたしを振り払う様に、肩先を狙って腕を振り回して来たワケだ。
なんでコイツがわたしにそんな事をして来てるかと言うと……、わたしが通路の真ん中に立ち塞がって、コイツの行く手を阻んでいるからだね!
ま、佇まいだけは静かに楚々として立ってはいますが。
アルマさんが、わたしをココに残し、わたしごと『
アルマさんスゲーよ!抜かりが無いね!!流石皆の頼れるお姉さんだよ!!
ンにしてもコイツ……かなり酷いヤツだね。女の子に向けて、本気で拳を当てに来てるよ。
コレ、普通の女の子なんかに当たったら、結構酷い事になると思うんだけど。
ま、わたしには当たらないけどね。メッチャ動きがトロイし。
わたしは、下ろしていた左手を自分の右側へスイッと上げて、肩に迫る
具体的には人差し指、中指、そして親指だね。
その三本の指に、瞬間手にフレンドリーフィンガーを纏い、真綿で包む様に、更には指の関節や手首もしなやかに使って、クッションの様に優しく受け止めて差し上げたのだ。
そうしないと拳が砕けるとか、指が拳に突き刺さるとか、スプラッターな惨状が広がりそうでコワいものね!ホントにね!!
ピタッ!と止まった拳に、
「お支払いを拒否され、退店なされますと無銭飲食となりますが」
「ふ!ふざけ……ンなぁ?!!」
アルマさんの冷えた声が、
こいつには、自分が何をされてるのか分かって無いだろうな。只々驚いた顔をして、わたしを見上げている。
「ウチのお店には、ミリアキャステルアイの優秀な子達が、多く在籍していると申し上げました。当然、魔法だけでなく、武に於いても優秀な子達ばかりです。勿論、ミリアの生徒さんだけではなく、他の子達もとても優秀ですよ?皆、暴漢からお客様を御守できるだけの実力は、持ち合わせております。大きな声で喚けば何とかなると思っている様でしたら、認識を改めて頂いた方が宜しいかと」
そうなんだよねー。ウチのお店のウエイトレス、みんな只者じゃないんだよねー。
わたし達アムカムのメンツは言わずもがなだけど、エリス先輩アルファ先輩なんて、学園内での実力は上位なのだと言う話だ(コリン情報)。セルキーさんやメルルさんだって、その辺のゴロツキじゃ相手にならない位の実力はある。そのメルルさんに『バケモノ』呼ばわりされたカレンも、今朝の一件を見るまでも無く大概なんだけどね……。
そう!ここの
アルマさんが「ウチにたまにやって来る無法者に対しても、女の子達だけで充分対処出来るんですよ」と静かな笑顔のまま、冷ややかな口調で話を続けている。
この『戦うウエイトレスさん』を仕切るアルマさんもモチロン只者では無い事は、この笑顔を見れば分かり過ぎるくらい分かるよね、ウン。
「無銭飲食は立派な犯罪ですので、このまま衛士隊に通報しますね」
「そんなのカレンに払わせればイイじゃない!ア、アイツの髪が、は、入ってたんだからさ!!」
「やはり、衛士詰所で神殿への申請がお望みですか。どうしても責任の所在をハッキリさせたいと仰せなら、私共は構いませんよ?」
キャバ嬢みたいな
本来ウチのお店は、ご注文のお品をお持ちした時に、現金を頂く事になっている。
いつもニコニコ現金払い!のティーハウスなのです!!
だけどコイツ等は、品物が届いた時にカレンを出せ、と。知り合いなので折角だから顔を見てカレンに支払う。的な事をのたまっていたらしい。
とんでもないよね!端から、カレンに代金を持たせる気満々だったに違いないよ!
でも、アルマさんはそんな発言を冷ややかに却下する。
「そうだ!カレ……んぎっ!……ぅぎぃ!」
更に
そしたらなんか、思った以上に大きな呻き声を上げてしまった。あれ?圧が入り過ぎた?手加減って難しいな……。
そんで視線を落とすとコイツ、わたしと目があった途端ビクッ!とかなって、汗をダラダラ垂らし始めて、顔色も悪くなってきた?ヤバ、どっか具合でも悪くなったかな?
「わ、わかったわ!わかったわよ!払うからソイツを放してよ!」
そう言うとキャバ
アルマさんはそれを確かめると、わたしに顔を向けて頷いた。
わたしもそれに小さく頷き返し、
「少々お待ちください」
「な、なによ!まだなんかあるの?!お金は払ったでしょう!!」
「おつりで御座います。どうぞお確かめ下さい」
アルマさんはキャバ
そしてアルマさんは姿勢を正し、背筋を伸ばしたまま、DQNカップルに向け深々と頭を下げた。
「いずれ、お客様方のお心に気品と気高さが御宿りになり、再びご来店頂けました暁には、従業員一同、誠心誠意ご奉仕させて頂く所存に御座います」
アルマさんの言葉を聞いたキャバ
いやいや、実に癖のつっよい連中だったな。ホントにこういうのって居るんだね!
アルマさんが前に、「たまに湧くけど、その時は直ぐにぶっ叩いて履き出しちゃってね♪」とか、Gでも処理する様に軽く言ってたけどさ。
まあ、人のお店に来て好き勝手な事喚く連中に、情けなどかける必要なんて全く無いけどね!
「スーちゃん良かったよーー!!」
「はぎゅぎゅ?!!」
「最高だったよあの無言の『圧』!期待以上の仕事っぷりーー!」
「あ、あの!ア、アルマさん?」
「もぅー、こんな強くって可愛くって優秀な子!お姉さんどうにかなっちゃいそうだよ!!んみゅみゅ!!」
「はにゃにゃ?!ア、アルマさん?アルマさん!!何で抱きつき?にゃんでサワサワぁ?!!」
「んふふ、まだフィールド
「ご、ご褒美って、ナニーーー?!!!」
「アルマさんーーーー!スーちゃんにお触り禁止ーーーーっっ!」
唐突にアルマさんに抱きつかれ、何やらされそうになっていたら、ミアの声が辺りに響いた。
わ!フィールドマジックが飛んだ?アンチマジックか?!
「ふおぉっ?!ミアちゃん?!な、なんで?認識疎外もかかってた筈よ?!」
「わたしのスーちゃんセンサーは!その程度じゃ疎外できませんから!!」
「この子、意味分かんないーー!!」
わたしにも分からないけど、何かいきなりのカオスだよ!
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次回「悪役令嬢現る!」
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