36話休日のお誘い

 穏やかな日差しが秋を告げる休日のお昼前。

 叔父様方三人は、前日のお話し通り『大きな前庭ビックフロントヤード』へといらっしゃった。

 しかも開店と同時だ!

 今日最初のお客様だ!


「やあ、スージィ。もう随分と此処にも慣れたようだね」

「本当に。制服も、とても似合っているわよ」

「スー姉さま、かわいい……」


「い、いらっしゃいませ叔父様、リリアナ叔母様、アニー。ようこそおいで下さいま、した……」


 昨日のウチから、皆で顔を出すと言われていたから分かってはいた事だけど、身内にこうやって働いている所や、お店での制服姿を見られるのは、中々に恥ずかしい物がある。

 しかし!ここはちゃんと店員として対応をする事が、プロというものではなかろか?!とわたしは考える!

 そしてしっかりと腰を曲げ、叔父様達をお迎えしたのであった。


 叔父様達が、わたしを口々に褒めて下さるのは勿論嬉しい事なのだが、これもまた相当に恥ずかしい!!

 わたしが恥ずかしがっているのを見て、後ろでプークスクスしているビビとミアの視線が、余計にわたしの羞恥の心に拍車をかけて行くぅぅ!!ちくそー!

 顔がものごっつ熱っいんですけどー!どーしてくれんのよーー?!!


 それでも給仕はちゃんと出来たと思う。

 満足気にお茶を飲まれる叔父様や、美味しそうにシフォンケーキを食べているアニーや叔母様を見て、そう感じるのです。

 ま、いつまでも恥ずかしがっていてもしょうがない物ね。曲がりなりにも、もうプロなのですから!プロ!



 それにしても、今朝は本当に危ない所だった。

 危うく遅刻をするところだったのですよ!


 まあ、この世界、タイムカード的な物があるワケでは無いので、時間に対しては意外と結構、かなり緩い物がある。

 だがしかーーっし!わがし!

 わたしの中の何かが叫ぶ!始業10分前には出勤するのが基本だと!仕事を受ける身であれば、それが当然の事である!と!!


 ところが!暴漢からお助けしたご婦人方にお暇を告げた時点で、既に始業5分前だったワケなのですよ!

 焦りました。

 とぉぉっても焦りました!

 プロとしての意識が育っていたわたしにとって、これは見過ごしてはいけない出来事だったのです。


 あの現場からお店までは、直線距離で凡そ1キロ!普通に道なりに進んでいたら、まず間に合わない距離だ。

 わたしはそう判断した次の瞬間、ミアを背負い、ビビとカレンを其々両脇に抱えていた。

 カレンはいきなりわたしに抱えられた事で、凄いビックリしてたけど、ビビが諦めた様に嘆息し「危ないから目をシッカリ閉じて、歯を食いしばってなさい」ってな事をカレンに言っていた。

 わたしは「行くよ」と3人に声をかけ、そのまま石畳を蹴って近くの建屋の屋根へと跳び上がり、そこからお店へと向け突っ走った。

 背中のミアはわたしにギュッと抱き着いて来たが、胸部のそれはクッション代わりになるので、わたしにとっても幸せ感覚だ!

 右に抱えたビビはギュッと目を閉じて、身体を固めて防御態勢に入っていた。

 左のカレンは跳び上がった時に「はひゅっ?!」とか変な音を出していた様だけど、まあ大丈夫だろう。


 まあ、そこから1分も掛からずにお店に着いたのだから、何の問題も無いわけですよ!はっはっはっはっ!

 ……と思ったのに。

 ビビに「非常時でもないのに!もう、こういうのは金輪際ごめんだからね!!」と、息巻きながら詰め寄られた。

 ミアは「吹き飛ばされなかったのは奇跡だったよ……。今度、防風の魔法は無いか先生に聞かなきゃ」とか言っていた。

 カレンは「あれ?地面?あれ?生きて……、あれ?」とかおかしな事を口走ってた。


 あれぇ?何がまずかったというのだらうか??

 無事、遅刻をしなかったのだから、なにも問題無いと思うんだけど……ねぇ?



 まあ、そんな事よりも、今日は折角の機会なので、叔父様方にも、この可愛いわたしのルームメイトのことは紹介しようと思うわけで。


「……は、初めまして。カレン・マーリンと申します」

「初めまして、スージィの叔父のフィリップ・クラウドだ。君の事は聞き及んでいるよ」


 カレンを連れて来ると、少し緊張した面持ちではあったけれど、叔父様に丁寧なご挨拶をしてくれた。

 それに対して、叔父様がにこやかにお応え頂き、叔母様やアニーも笑顔のご対応をして下さった。

 あえて言うけど、アニーの笑顔は値千金だよね!

 それを見るカレンの目元もコレまた緩む。うみゅ、よく分かるよその気持ち!カレンも幼女系には弱いのは、わたしもちゃんと知っているからね!!


「ムナノトスの旧子爵家のご令嬢と、スージィが同室になったのも、何かの縁なのだろうな」


 そんな事を、叔父様はカレンを見ながら仰った。

 あれ?わたしはルームメイトの事は話してはいたけど、カレンの事は言っていないと思ったけど……。

 でも、なんか叔父様、カレンの事をご知っている雰囲気だな?なんでだろ?


「どうだろう、折角お近づきになれたのだ。今度是非、スージィと一緒に屋敷に遊びに来ては貰えないかな?」


 おおぅ、叔父様イキナリだな!イキナリだけれども……。

 良いんじゃないの?イイんじゃないかしらん!


「叔父様!カレンを連れて行っても、宜しいのです、か?」

「ああ、是非ご招待させておくれ。良いだろ?アニー」

「はい!もちろんです!ぜひ、いらっしゃってくださいませ!」



「あ、あの……、お、お誘いは嬉しいのですが、休日はまだ幼い弟、妹と過ごす様にしておりますので……」

「叔父様、カレンは弟さん妹さんを、施設に預けているの、です」

「……施設に?それは……、ミリアの生徒の身内を、外の……?」

「叔父様?」


 あれ?叔父様、イキナリ考え込んじゃたよ?

 カレンの弟妹の施設の事、なんかあるのかな?

 ま、確かに件の施設は、全く問題が無いとは言えないのだが……。


「ふむ、失礼で無ければお教え願いたいのだが……、その施設は、どなたかのご紹介なのかな?」

「……あ、は、はい、ニヴンの小父様からのご紹介で……」

「ニヴン……ローレンス・ニヴン。確か、グルースミルの……ふむ」

「小父様をご存じなのですか?」

「ん?ああ、そうだね。ニヴン氏はグルースミルの頭主でもあり、商団の代表でもあるからね。アムカム総領事の私としては、多少の付き合いはさせて頂いている」


 ほほぉ……、ウチの叔父様ってば、あの短絡お馬k……ゲフンゲフンな、次男のお父さんと、実は面識があるって事だったのね?

 コリはコリは意外な繋がりっていうか、世間は狭いって言うか、確かにカレンとは、何かしらのご縁があっちゃったりするのかもね!

 そんな事を思っていたら、後ろからビビが小さな声で「アンタもアムカムの次期頭首なのだから、いずれ顔を合わせる事もあると思うわ」てな事を言って来た!

 ぐひぃぃっ?!相手は現頭首。ンでわたしが次期頭首?!

 いあいあいあいあ!わたしが次期頭首とか言ってるのは、ビビのフカシですよね?!そうですよねっ?!!

 ねぇっっ?!!って縋る様にビビの事を盗み見れば、「いい加減腹決めろや」ってなジト目でコッチを見返して来りゅ!


「……そうだな、いずれはその辺りの事は、私の方でなんとかしてみよう、ウム」


 少し驚いた様に目を開けて、「そうだったんですね」と言うカレンの答えの後、叔父様はボソリとそんな事を仰ってから、何やら考え込まれている。

 叔父様は何をすると仰っているんだろうか?ニヴン家の子倅こせがれ絡みの事だろうか?「あまりカレンにちょっかい出してくれるなよ」的な?

 う~~ん、でも叔父様は、あんまり子供のやる事に、口を出されるタイプでは無いからなぁ。また違う事かな?


「無理の無い範囲で構わない。時間の折り合いがついたら、是非我が家にいらして欲しい」


 最後に叔父様は、カレンにそう仰っていた。


 その後、ボチボチとお客様が入り始め、わたし達の仕事ぶりを満足げに眺めた後、叔父様達はお店を出られた。

 お帰りになる時には、オーナーのドナルドさんや、アルマ・マルマさんもお見送りに出てこられていた。

 流石叔父様、お顔が広い。


 それにしても叔父様、アルマさんとも顔見知りだったんだね。

 ここは、「流石ベテラン、アルマ姉さん!」と言っておくべきなのだろうか。


 叔父様達はこの後、アルファルファ大通りでお買い物とお食事をして、午後にアーヴィン達の様子を見に行くのだと仰っていた。

 例の『姉御あねご』への挨拶も兼ねているそうな。

 わたしもそのうち、是非その『姉御あねご』にお会いしたいものですわ。



 やがて程よい忙しさの中、午前の時は過ぎ去り、ランチタイムの喧騒も乗り切って、白い壁の時計は穏やかに午後の時を刻んでいた。


 そして、お茶の時間が近付いた頃、そろそろ忙しさのピークが来るなと思っていたそんな時、テーブルの一つから大きな声が響いて来た。


「だからよ!責任者を呼べって言ってんだろうが!!」


 おやぁ?何かトラブルかな?


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次回「大きな前庭」

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