35話路地裏の騒動

 昨夜、我々は叔父様から、中々に重い爆弾を投下されてしまった。

 ……しまったワケ、なのだが……。

 だが、そんな事を今日になっても気にしている者は、ウチらの中には1人もいやしない。

 ま、考えとかなきゃいけない事は、色々あるのだけれどね……。

 やはり皆、これはコレ!それはソレ!!といった切り替えが凄い。

 この辺は、流石アムカムクオリティと言ったトコなんだろね!


 軽く皆で朝の鍛練をこなした後、朝食を頂き、叔父様の領事館を後にした。

 領事館を出てまず向かったのは、カレンの居る児童養護施設だ。

 前の日から、朝迎えに行くから、一緒にお店に出勤しようって話をしていたからね。


 アーヴィンとロンバートは領事館を出ると、そのまま河港へ向かうと言うので、領事館を出た所で別れ、ビビとミアと三人で向かう事になった。



 そんでカレンの所へ行って、わたし達が遭遇したモノ…………。それは!そこに居たのは!紛う事なき天使達だったのですよっっ!

 ナニ?このカッッワイイ子達?!!


 男の子のダン君と、女の子のナンちゃん。二卵性双生児って聞いていたけど、メッチャそっくりよ?!

 今年6歳と言っているから、アムカムのアンジェちゃんと一緒だね。

 って事は来年から学校か。アニーの二つ下って事ね。


 カレンと同じ鳶色の髪はフワッフワで、まるで綿毛で出来てるのか?この子達はっ?!って感じだ。

 目は2人とも、綺麗な澄んだセルリアンブルーで、キラキラと光るビー玉みたいだ。

 なんでもこの子達のお目々は、お母さん似なのだとか。


 そんなキラキラした大きなお目々で、コチラを上目遣いで見上げられた日にゃ、コッチのハートはもう、ズッキュンバッキュン!ですわよっ!!


 最初は少し警戒していたのか人見知りしてたのか、カレンにしがみついて、その後ろから出てこなかった2人だったけど、「お姉ちゃんの友達だよ」と膝をついて目線を合わせていたら、段々距離を縮めてくれて、最終的には抱きしめさせてくれた。

 もうね、もうね!もうだわよっ!!


 ビビに後ろから、「相変わらず小さい子には直ぐ懐かれるわね」と言われてしまったけど、羨ましいなら羨ましいって言えばいいのよさ!うへへへ……。

 あ、イカン。頬の緩みが止まりません!

 カレンが毎週外泊許可を取って、この子達に会いに来るのは、無理は無い事だと思うよ!ウン!無理は無い!!

 こんな可愛い子達と、数日でも離れているなんて、とてもじゃないけど耐えられないよね!ウン!ワカル!!


 これは、なんとかするべき案件だ。早急に各方面に相談しようと、その時わたしは心に誓ったのだ!



 双子ちゃん達と触れ合っていると、施設の入り口から恐る恐る此方を伺う視線がある事に気が付いた。

 どうやら双子ちゃん達と同じく、この施設が預かっている子供達のようだった。この子達は、滅多に見ないミリアキャステルアイの制服を着た女子が、カレン以外に何人も来ている事に興味を引かれたらしい。


 子供達に向かって、叔母様から頂いた焼菓子の包みを開いて差し出して「食べる?」と問えば、あっという間に子供達に群がられ、子供まみれになるわたし。

 ビビが後ろから、「ほらね」と言う視線を投げかけている。放っておいてちょうだい!



 わたしが子供まみれになっていると、玄関の中から「申し訳ありませんね」と、初老の男女が頭を掻きながら顔を出して来た。

 カレンによると、この施設を管理している方々だと言う。「いつも笑顔を絶やさない、人の良いご夫婦だ」と紹介されたのだけれど……。

 そうなのか?う〜〜む。


 確かに笑顔ではあるけれど……、「ニコニコ」と言うよりは、「ヘラヘラ」?

 どうにも態度にも、卑屈さ?を感じるんだけどなぁ。う〜〜むむむ……。


 ここに居る子供達は、双子ちゃんを含めて全部で8人。最年長でも8歳だそうだ。

 少人数とは言え、こんな手のかかる幼い子達を、四六時中面倒を見ているのだ。ご苦労も大変なのだろう事は、容易に想像ができる。

 10歳にならない子供達ばかりなのも、10歳になる前に、引き取り手……養子縁組や、奉公先なんかを見つけているからなんだとか。

 ほむ、意外とやり手なのかな、この方達。

「ご苦労されているのですね」と労りの言葉をかけると、「いやぁ、ハハ……いやー」と頭を掻きながら笑っている。

 むむぅ、やっぱり笑顔に卑屈さを感じるなぁ、目線を全くこっちに合わせないし……。


 でもまあ、ここに居る子はみんな元気で可愛い子達ばかりだ。大変な境遇であろう子達を、ちゃんと面倒を見ているのだ。ちょっと胡散臭さを感じても、そこはこの方達を評価して良いのかもしれない。


 しかし、こんな嬉しい出会いが待っているとは、思ってもいなかったな。

 思わず、存分にこの幸せ時間を堪能してしまったよ!


 でも、そんな幸せなひと時は、あっという間に過ぎてしまう。

 直ぐに、お店に向かわなくてはいけない時間になってしまった。

 後ろ髪を引かれながらも、「また来るからね!」と子供達に手を振って、この日はお別れをした。



     ◇



 こちらが近道だとカレンに教わって、少し進んだ路地中で、それは起こった。

 もうね、やっぱり風紀や治安が悪そうな土地だなぁ、とか思っていたら案の定って感じ?


 ちょっと先を歩いていた女性2人連れに、前から歩いて来た男達がいきなり襲いかかったのだ。

 襲われた2人は、「きゃぁっ!」「やめて!離して!」などと言って抵抗している。

 どうやら物取りが、女性2人を襲うトコロに出くわしてしまった様だ。


 確かに男達は、怪しい気配をダダ漏れで振り撒いてたから、警戒はしていたのだ。

 コチラに向かって来た瞬間に、その場で瞬殺してくれるわ!ってな心持ちだったのは、わたしだけで無くビビやミアも同じだった筈。

 なのに、目の前で犯行に及ばれたものだから、ついたたらを踏む感じになって、わたし達は間抜けにも初動が遅れてしまったのだ。


 だけどそんな中、カレンだけはいち早く動いていた。


 男達は3人。その賊の一人が女性に手を伸ばした瞬間に、カレンは走り出していた。

 そして、その男の後頭部に後ろから、遠慮のないあびせ蹴りかまし、忽ちそいつを昏倒させてしまったのだ。

 彼女が普段見せている、自信なさげな態度からはかけ離れた動きだ。

 まるで無意識に、考えるよりも先に、身体が勝手に動いてしまった、とでもいう様な反応だった。


 だけど、仲間がその場で倒された事に気付いた男の1人が、カレンを視界に捉え、怒りを滾らせた目を向け、その手に持っていたナイフを握り絞めた。

 そしてそのナイフを突き出そうと動こうとした時、突如その足元にある石畳の一つのブロックが、急速に伸び上がり、下から男の顎を勢い良く打ち抜いたのだ。

 男は、顎を上に上げたまま2~3メートル上昇して、そのまま力無く石畳の上に落下した。

 ああ、コイツも意識はとうに無いよね。顎を打たれた時に、何かが割れた様な音も聞こえたから、コイツの下顎は大変な事になっていそうだよ。

 これをやったのは当然ビビだ。ビビもカレンが走り出すと直ぐに地に手を当てて、魔法の発動を始めていたのだ。


 ついでに、魔法の発動を始めていたのは、ビビだけじゃない。ミアも同時に祝詞を唱えていた。


 仲間二人がノックアウトされた事に気付いた最後の男が、慌ててそこから離れようと、女性から奪った鞄を持って走り出そうと足を踏み出した瞬間。その場で盛大にひっくり返ってしまった。ドゴンッ!と顔から石畳に突っ込んだから、顔面はちょっと大変な事になったのではなかろか?


 そうなのだ、男の足にはミアが魔法で出した植物の蔦が絡まっていたのだ。

 蔦はそれだけでは終わらなかった。どんどん男の全身に蔦は伸び、ギシギシとその身体を締め上げている。


 あ、なんか試験の時のミアが使った蔦の魔法で、的になっていた丸太が、ギシギシと音を立てて擦り潰されて行った様を思い出したよ。

 ミア、程々にしとこうね?あ、今ポキポキとかなんかが続けて、幾つも折れる音が聞こえて来たヨ。


 あっという間に、3人の賊が行動不能にされてしまった。

 わたしが手を出す前に終わってしまったので、手の中で握っていた指弾用の小石を、パラリと地面に落とした。

 え?いつの間に小石を握っていたのかって?

 これはカレンが動いたのとほぼ同時に、足元の石畳みのブロックの一つを踏み砕いて作った物なのだ。

 ちょこっとだけ上げた踵を、石畳のブロックの一つに向けて勢いよく踏み抜いて砕き、バコンッ!と弾け飛んだ破片を素早くキャッチして、手の中に収めたワケですよ。

 カレンにもしもの事がありそうだったら、瞬時に賊の額を撃ち抜いてくれよう!と思っていたのだけど、カレンてば全然危うげも無いんだもの。

 う〜む、凄えなカレン。やっぱり今度、アムカムウチのトレーニングに連れて行こう。

 なんとなくアリシアの戦闘スタイルに似ている様に見受けられるから、きっとアリシアを紹介すれば、カレンにも良い刺激になると思う。

 アリシアもきっと喜ぶ!ウン!そうしよう!今日にでも、寮に帰ったら誘ってしまおう!


 と、そんな事を考えていたら、カレンがわたしを呼んでいる。どうやら、襲われた女の人の1人が、賊に殴り倒されて昏倒しているらしい。

 急いで近寄って様子を見ると、成程、顔にしこたま殴られた様な痕がある。うわっ奥歯まで折れてんじゃん!女性の顔を何だと思ってやがんだこのカスはっ!!

 この暴行犯の顔に、思い切り蹴りを入れてやろうかしら!と思った時、ビビが転がっているヤツ……最初にカレンが蹴り倒したヤツ……の頭を、サッカーボールでも蹴る様な勢いで蹴り飛ばしていた。……かなり良い音がしたな。

 どうやらコイツが、この女の人を殴り倒した犯人らしい。犯人は、「ぁぎょっっ」とか変な声を上げた後、動かなくなったけど……まあいい、放って置こう。

 今は怪我をした女の人が先決だ。


「ジュディ!ああ!何てこと……。ジュディ!お願い目を開けて!!」


 襲われていたもう一人の女の人が、倒れているかたに縋り付いて名前を呼んでいる。

 お歳は30代前後かな?品の良い装いをしていて、どこかの旧貴族の奥方様、と言った雰囲気を持っておられる。でも、今は相当に動揺されている様だ。無理も無いのだが、頭に衝撃を受けた人の身体を揺するのは、結構危険な行為だと思うので、まずはその方の手に自分の手を添え、そっと声をおかけした。


「落ち着いて下、さい、……奥様」

「ぇ?あ……ぁ」

「ご安心くだ、さい。今、治療を致し、ます」


 わたしは直ぐに、倒れている女性に手を翳す。

 この方は歯も折られているから、わたしの『手当て』でも直しきれないな……。

 やはりビビの『癒し』も、被験者の治癒力を活性化させ、治療に当てる物だからチョット無理だ。

 コレをこの場で完治させるなら、わたしの『ヒール』しかないかな。

 というワケで、このまま『ヒール』を使う事にする。


 わたしが『ヒール』を唱えれば、忽ち女性は光に包まれる。

 その光は小さな柱になり、直ぐにそれは収束する様に細くなって、最後には弾ける様にして光の粒になって消えて行った。

 

「こ、これは……高位神官様の癒し……?」


 光に包まれた女の人を見て、ご婦人がそんな事を口にした。

 いや、別に高位の治癒魔法では無いのですけどね……。


 ふむ、顔の傷はもう無い。腫れも綺麗に取れている。歯も戻っているね!ウン、問題無い。

 そのお顔をよく見れば、まだお若くて美人なお姉さんだ。二十歳そこそこって感じかな?

 意識も戻ってきた様で、目を少しずつ開け始めた。

 ご婦人は、もう大丈夫なのか?と言いたげに、コチラを覗き見て来たので、わたしが頷くと、安心した様に再び女の人にそっと声をかけ始めた。


「ジュディ……、ジュディ、大丈夫?」

「…………ぁ、あ!オーナー!ご無事ですか?!お怪我はされていませんか?!!」


 凄いなこの人。ジュディさんと呼ばれた女の人は、目を開けると直ぐ、自分の事よりもまず、ご婦人の心配をし始めた。

 ご婦人の方も、お姉さんが大丈夫だと確認すると、力強く抱きしめて、お互いを気遣い合っている。


「ごめんなさいジュディ!アナタの言った通り、安全な大通りを行くべきでした!」

「この辺りは本当に物騒なんです。ああ、でもオーナーがご無事で良かった!」


 おや?やっぱり、ここら辺はかなり物騒なんではないか?

 なんでカレンは「普通よ?」みたいな顔してる?あれ?カレンの感覚ってばチョとおかしい?



「申し訳ございませんでした、お礼も申し上げず……。大変なところを助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 ご婦人が、お姉さんの手を取ったまま、わたし達に向け丁寧に頭を下げられた。


「いえ、偶々通りかかった、だけです、ので。お気になさらないで下、さい」

「ミリアキャステルアイの生徒さん達ですね?これだけの癒し……、やはり神学科の、将来の聖女候補なのでしょうね」

「い、いえ!わたくし、そのような者で、は!」


 突然『聖女』とか単語が出て来て、思わずビビった!そんなワケ無いじゃないのよさ!

 ミアもビビも、なにニヨニヨしてんのさっ?!カレンも、「おお!」みたいな顔しないの!


「あ、あ!衛士の方達が来られた様、です。ので!わたし達急ぎます、から、こ、これで失礼致し、ます!」


 路地の入口から、衛士の人達が走って来るのが目に入った。

 意外と衛士さん達の対応が早いぞ。

 この辺りを巡回してるのかな?やっぱこの辺りの路地は、思った以上に治安が悪いって事じゃない?


 賊の3人は、ミアが出した蔦でグルグルの簀巻きになっている。

 後の事は、プロの衛士さん達にお任せするのが正しい市民の選択だ。

「こいつらが犯人です!」と転がる男達を指差しながら、衛士さんに声をかけた後、ご婦人方には「それでは失礼致します!」とペコリと頭を下げ、その場から大急ぎで皆を引き連れ走り去った。


 ヤバいな、意外と色々時間を取られてしまったゾ。

 急がないと、お仕事に遅刻をしそうだよ。


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次回「休日のお誘い」

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