31話お昼の決闘

 それから二人は執行部の眼鏡のおっきい先輩、フリッツ先輩に連れられて食堂を後にした。


 その後はもう生徒の大移動だった!『わあっ!』とばかりに声にならない声が食堂内に響いて、生徒達が第三講堂へと移動を始めたのだ。

 学園の生徒達って、娯楽に飢えているのかしらね?ちょっとコチラが引く位の盛り上がり方だわよ。


 第三構堂は、食堂の西口から出て本校舎側に進むと、校舎北側にある多目的ホールだ。

 石造りの古い重厚な建築物で、昔この土地を神殿庁が管理していた頃に建てられた物の一つなのだそうだ。


 色々なイベントや集会で使われるこの講堂一階のホールも、今回は座席が全て片付けられ、磨き上げられ、鏡面のような仕上がりの大理石の床を露にしている。

 二階にも座席があり、三列になっている座席には100人以上が収納可能なのだ、とコリンが教えてくれた。


 建物は東西に長く、中の広さは幅が15メートル程、長さは凡そその倍、約30メートルってとこかな?大体小学校の体育館ってな感じの大きさだ。

 体育館と大きく違うのは、やっぱりその内部の装飾だ。元神殿関係の建物だけあって、荘厳だけど落ち着きのある造りをしている。

 天井には丸く大きな天窓があり、お昼の暖かな光をホール内に溢れさせていた。


 生徒達が次々と講堂内へ押しかける中、この決闘の主役である二人も、ホール中央へと姿を現した。


 二人は、その制服の上に何やら身に付けていた。

 身体には厚手の丈の短いチョッキの様な革防具、なのかな?

 手にはグローブ、脚にはブーツ、そして肘当て膝当てを付けている。

 頭には、白い色のボクサーが付けるヘッドギアの様な物を被っていた。


 そして二人の手には、其々ブロードソードの様な木剣が握られている。これで完全装備って事なのかな?

 多分生徒会の人達なのだろう、二人のその装備具合を、色々とチェックしている人達が居る。


 それにしても、観戦に来ている生徒達の騒めきが凄いな。生徒会の人が、二人に装備に不具合が無いか聞いてる様なんだけど、殆ど聞き取れない。まったく、どんだけ盛り上がってんのさ?!


「今度こそテメェに俺様の力を思い知らせてやる!覚悟しやがれ!!」

「……ああ、精々頑張らせてもらうさ」

「けっっ!!」


「いいか?お前たち、最後にもう一度確認をするぞ」


 支度を終え、中央に向かい立つアーヴィンと次男の間で、フリッツ先輩が二人に向かい声をかけた。


「これは『決闘』だ。試合の様に判定や一本先取、時間制限等のルールは無い。相手が負けを認めるか、戦闘不能に陥るまで続けられる。分かっているな?」


 これが決闘をする事を、フリッツ先輩が止めていた理由なんだろうね。

 試合とかと違って、大怪我をする事もあるぞ、と仰りたいのだと思う。うん、厳しそうな見た目なんだけど、結構優しい方なんだろうな。


「勿論、これ以上は危険だと判断した場合は、速やかに決闘を止める事になる。その場合の勝敗は此方が判断する。良いな?」

「ああ!構わないぜ」

「了解です」


「ではレイリー・ニヴン!アーヴィン・ハッガード!両者の決闘を、この生徒会執行部、フリッツ・ラインバードが此処に見届ける!双方構えよ!!」


 ホールの中央で、5メートル程の距離を開けて立っていた二人が、先輩の声で構えを取る。

 次男は、両手で持った剣を真っ直ぐ立てて右側で構えた。剣術の基本的な構えの一つだね。


 対するアーヴィンは、右の剣を肩に担ぐように構え、左手を前に突き出した。

 うーむ、「首を置いてけ」とか言い出しそうだ。


「覚悟は良いな?…………はじめっっっ!!」

「ぅらあぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁーーーーっっっ!!」


 フリッツ先輩の始めの合図とともに、次男が剣を振り被り叫びを上げながら、勢いよく走り出す。

 その勢いのまま、振り被った木剣をアーヴィンに叩き付けるつもり……なんだろうな、あれは。


 もう、ダメダメにも程があるぞ。

 腰は落ちてない、脚運びはバラバラ、身体の軸もブレまくり、そして何より足が遅い!ほんの5メートル程度の距離に、なんでこんなに時間かけてんの?ドタドタとした足音が聞こえて来そうだよ?!


 対するアーヴィンは、微動だにせず次男の接近を待っている。

 軽く開かれた左手は、前につき出しピクリとも動かしていない。


 漸く自分の間合いに到着した次男は、そこで更に木剣を振りかぶって……、そこから、飛び上がった?


 何故飛んだ?!何故そこまで走って来た勢いを止めてまで、ダダンッとばかりに床を蹴って跳び上がった?!


 ンで、そのままアーヴィンに向かって振りかぶった木剣を振り下ろす。

 何ちゅうか、隙だらけが過ぎませんかぁ?ボディを狙いな、ボディを!とか言われちゃいそうよ?!

 更に振り下ろされた剣筋も、ヘロヘロしてて遅くて虫でもとまりそうだ。


 何でここまで酷いの?逆に感心するわ!学園って、こんなもんで入学できちゃうわけ?!


 確かに、アムカムの人間と比べちゃイケないと、いっつも耳にタコが出来るほど言われてるけどさ!これは……ねえ?あんまりじゃない?


 大体にしてだ、アーヴィンは既に基本職である『ソードファイター』になっているのだ。

 それに対して新入生なんて、よくて『ノービス』だって話なのだから、その差は歴然だ。


 一般の『ノービス』の戦闘値なんて、精々0.5前後程度の物。

 ノービスにすら至って居なければ、0.2もあれば良い方だ。


 ましてやアーヴィン達は、基本職とは言っても、その戦闘値は標準の値には収まっていない!

 そんなんでよくもまあ、アーヴィンに自信タップリで挑んで来れるもんだよ!



 次男の木剣はアーヴィンの肩口を狙い、袈裟に振り切るつもりなのだろう。木剣が迫るがアーヴィンは微動だにしない。

 アーヴィンを狙って振り下ろされた次男の木剣が、アーヴィンの首元に迫る。


 その時、それまで微動だにしていなかったアーヴィンの左手が、僅かばかり内側に動いた。

 そして一息の間、その右手が勢いよく外側に向け、振り、開かれる。

 バチンッ!と硬質の物が叩かれた様な音が辺りに響いた。


 それは、アーヴィンが次男の振り下ろした木剣の腹を、左の裏拳で派手に弾き飛ばした音だ。


 次男の木剣が突然、異常な軌道で外側に弾き飛ばされ、剰え自分の身体までもその勢いに引かれ、右側に流されて行く。


 次男が目を見開いた様だけど、今何が起きているかなど理解も及んでいないだろう。むしろ、この時点で目を見開くだけの反応が出来た事は、褒めるべき事かもしれないね。


 アーヴィンは、自分が開いた左手の動きに合わせて乗せる様に身体を回し、右手に持った木剣を、次男の左脇に向け振り抜いた。


 ブオオォッッとばかりに風を巻く音が聞こえた後に、鈍い衝撃音が辺りに響く。

 アーヴィンが剣の腹を、次男の脇にぶち込んだ音だ。


「か゜ゃい゛ょっっーーーーー?!!」


 どうやって出したのか良く分からない珍妙な音を口から吐き出し、次男が壁に向かって吹っ飛んで行く。


 空中で身体を捩じり回転させながら、4~5メートル程飛んだ後、顔面から着地して、更にそこからもんどりうって転がって、壁に叩きつけられ漸く停止した。


 ああ、これはアムカムウチの立ち合いの時、アーヴィンが気の抜けた打ち込みをして来た時に、わたしが良くかましてやるヤツだ。


 わたしがやる時は、振り下ろされたアーヴィンの剣腹に、わたしの左手で持つ剣の柄頭で打ち払い、そのまま手首を返して、こちらの剣腹をアーヴィンの脇腹へ叩き込んでいるのだ。


 その後アーヴィンは14~5メートル吹っ飛んで、壁に激突すると「痛ェッ!痛ってぇえっっっ!!」とか喚きながら転がりまわるんだけど……。

 村の外の人はどうなんだ?ちゃんと加減しろ言うたし、まぁ……ちにはしないよね?


 あ、脚がビクって動いた。とりあえずは生きてるな。


「そ、それまで!勝者アーヴィン・ハッガード!!」


 審判である先輩の勝利宣言と共に、シンと静まり返っていた講堂の中、轟っとばかりに生徒達の歓声が響き渡った。


 うん、ここまでで凡そ開始から6秒程か?

 『秒殺し』だね、アーヴィン!



     ◇◇◇◇◇



「レイリー!レイリー!!大丈夫なの?!ねぇ?!レイリー!!返事してよレイリー!!」

「離れなさい新入生!急いで防具を脱がせて!同時に状態確認!!」


「右眼窩周りに打撲痕。意識はありませんが、呼吸は安定しています。脈拍、1、2、3……」

「左第8、第9、第10肋骨に亀裂骨折が認められます!」


「眼窩、頬骨、鼻骨に損傷は無いわね?頭骨内部にも出血は……無しか」

「せ、先輩!カーロフ先輩!右手が……」

「あらら、弾かれた時の勢いで外れちゃったのね……。手根骨の位置を整えないとね。橈骨、尺骨に問題は無いわね?靭帯には損傷があるから、『癒しヒーリング』をする時はそこも意識して」

「はい!」

「あなたは肋骨を接ぎなさい。骨にズレは無いからそのまま接骨の『癒しヒーリング』をかければ大丈夫よ」

「は、はい」

「そしてあなたは顔に『癒しヒーリング』ね。頭骨に大きな損傷は無いけど、眼窩周りや頬骨にはそれなりにダメージはあると思うから、ソコは意識するように」

「はい」

「さあ!このまま担架に乗せて医務室に運ぶわよ。なるべく静かにね」

「「「はい!」」」


「…………」

「アナタも、泣かなくても大丈夫だから……まあ2~3日は青痣くらい残ると思うけどね。ホラ、付いて行って上げなさい」

「……はい」



「骨にひびは入れても内臓にダメージは無し、か……。『一切手を抜かず、十分な手加減』、ね。……結構なお手並みだわね、アーヴィン?」


――――――――――――――――――――

次回「赤い記憶」

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