30話ご令嬢のお仕事

 アーヴィンの宣言を受けて、ニヴン家の次男達、随分驚いたような顔してるな?まさか、本気でアーヴィンが決闘を受けるとは思っていなかったとか?

 いや、さすがにそれは無いよねぇ、あそこまで煽っておいてさ。

 まあ、アーヴィンは次男に煽られて決闘を受けた訳では無いんだけどもさ!わたしが威圧ったからなんだけどもさ!


「アーヴィン……一切手を抜かず、迅速に事を済ませ、その上で、十分に加減は間違えないよう、に」

「…………凄ぇハードル上げて来て無いか?」


 どうせだからダメ押しぎみに圧っておく!うむ、仕合うからには存分に力を見せて差し上げなさい!

 生半可な内容だったら、アムカムの女達が許しゃしませんの事よ?!


「イベントの会場は、此処で良いのかしら?」


 そんな風にアーヴィンにプレッシャーをかけていると、鈴を転がしたような楽しげな声が聞こえて来た。

 このテーブルの周りに野次馬として集まっていた人の塊が、まるで海が割れるとでもいう様に左右に引き、道が開かれて行く。

 そこへ、満開の薔薇の花を背面一杯に背負い、一歩足を踏み出す毎に、その花弁が辺りに舞い散り踊る様な幻視をさせながら、何人もの取り巻きの方達を連れられて、こちらに来られる方が居た。

 それは、キャロライン・ゴールドバーグ元公爵家御令嬢その人だった。


 生徒達が開いた花道を、華やかで雅なオーラを纏い振りまきながら、キャロライン様がこちらに近付いて来る。

 脚を進める度に、キラキラと煌めく光の粒が花弁と一緒に宙を舞っている様だ。勿論幻視だが!


「あら、キャリー、ごきげんよう」

「コリンもごきげんよう。それで?催し物はまだ始まっていないの?」

「もう!珍しくサロンから食堂に降りて来たから、どうしたのかと思えば……」

「だってぇ、イベントが始まりそうだと聞いて、もう居ても立っても居られなくなっちゃたんですもの!」

「何を言っているんだミス・ゴールドバーグ!そんな遊び半分で来られては……」

「あら、フリッツにナンシー!お昼だと言うのに大変ね。いつもありがとう、頑張ってね」

「……!お、恐れ入りますキャロライン嬢」

「あ、ああ、お気遣い感謝する……、い、いや!そうでは無くてだな!!」


 そんなキャロライン様に気軽に声をかける人が居た。ウチのコリン姐さんだ。

 そしてそして、やっぱりこの眼鏡の先輩は苦労人な方だ。

 普段からキャロライン様に振り回されているのだろうと、今の遣り取りだけで伺えてしまう。

 まあ、普通に考えて、この方を御せる人がそうそう居るとは思えないんだけどね!


 アーヴィンも、眼鏡の先輩お二人がタジタジになっているのを見て、少し引いているな。

 ん?次男が小さい方の眼鏡女子の先輩を見て驚いている?最初から居たんだけどな。居る事に気が付いて無かったのか?

 まあ、小ちゃい人だからね……って言ったら失礼か。


「先日ぶりねスー?ご機嫌はいかが?」


 顔を引き攣らせぎみのアーヴィンを、横目で面白そうに眺めながら、キャロライン様はわたしの方に足を向け、声をかけてくださった。

 わたしは直ぐに席を立ち、カーテシーを以ってご挨拶をさせて頂く。

 わたしが席を立つのに合わせ、ビビ、ミア、カレンも立ち上がり、わたしに続いて頭を下げた。


「ご機嫌麗しゅうございます、ゴールドバーグさ……」


 だけど、挨拶が終わる前に、キャロライン様はズズイッと前に出てきて、わたしの鼻先にそのお顔を近付けた。


「キャリーよ!キャリー!そう呼ぶって約束したでしょ?スー!」

「ぁ、で、ですが、ここでは……」

「キャリー、でしょ?」

「あ、えー、キャ、キャロラインさ……」

「キャリー」

「キャ、キャリー……さ、ま」


 ぁふあ、めっちゃ顔が近いわ!近すぎる!こんな圧で迫られたら、逆らえ様もないわさ!

 キャロラインさ……じゃなくて、キャリー様!は、やっぱり危険なお姉さんだ!


「……ふふ、いい子ねスー」

「ふぎゅみゅ?!」

「へぇー?いつの間にか、随分ウチのスーと仲良くなってるじゃないか?」

「うふふふ、そうよ?私達お友達になったんですもの!」


 ぎゅぎゅーっ!とキャリー様に抱き締められ、変な声が出た!

 それを見たカーラが、少し目を細めながらキャリー様を問いつめる様に声をかけたけど、キャリー様はそれに怯みもせずに楽しそうに笑っている。

 カーラだけでなく、ジェシカやアリシア、そんでミアまでが凍てつく波動を発していると言うのに!

 それを物ともしないキャリー様の丹力がスゲェです!キャリー様が引き連れて来られたお姉さま方も、みんな目を丸くされているよ?!


「もう!キャリー?余り、みんなを揶揄うのは止めて欲しいんだけど」

「あらコリン、私そんなつもりは無くてよ?それで、手続きはコリンが進めていて?」


 コリンが、手に持った書類をパタパタと振りながら、キャリー様を諫める様に声をかけた。

 キャリー様はそれを見ると、わたしの頬に手を当てながらわたしから離れ、コリンの近くへとテーブルを回って近付いて行く。


 ここまでのキャリー様の行動を見ている人達の、その反応は様々だ。

 実に色んな思惑感情を内に抱き、複雑な人模様が出来上がっている様だ。

 キャリー様の存在感の凄さが伺える。この学園で、一体どれだけの影響力を持っておられる事やら……。

 当のキャリー様は、実に楽しそうな笑顔で、お連れの方達を引き連れてコリンの元へ向かっているけどね。


「とりあえず、双方決闘をする意思は確認できたわ。後は当人同士に申請書を提出して貰って、委員会が承認すれば直ぐにでも始められるわ」

「まあ!素敵!」

「『決闘』の動機は『互いのプライドを守るため』で良いかしら?」

「宜しいんじゃないかしら?酷く下らない理由だけど、『決闘』の動機付けとしては定番ですものね」

「貴方たちもそれで良いわね?動機なんて、その程度のものでしょ?」


 辛辣っ!キャリー様もコリンも実に辛辣っ!!

 コリンが持っていた書類に記入をしながら、キャリー様とこんな会話の遣り取りをしている。

 それを聞いているカーラ達は苦笑を浮かべ、次男の顔は引き攣り、アーヴィンは諦めた様にため息を吐いていた。

 始終粗野だった次男も、コリンやキャリー様方先輩には、荒い態度はしていない。

 流石にこの不作法者達も、キャリー様の事は存じ上げているのだろう。あのルゥリィ嬢でさえ、キャリー様が近付くと、次男の袖を掴んで幾分顔色を悪くしてるものね。



「おいハッガード。お前、本気でこの決闘を受ける気なのか?」

「本気も何も、宣言しましたので」

「あんな煽りを、いちいち真に受けるとは……」

「いえ、あんなのは別に気にもなりませんが?」

「では何故受けた?!」

「強いて言えば……人命救助?すかね?」

「なんだそれは?」



「後は当人同士のサインを貰わないとね。はい2人とも、ここに名前を記入して頂戴」


 書類を整え終えたコリンが、ここへサインを入れろと、アーヴィンと次男の前にそれを突き出す。

 次男はその書類をひったくる様に取り、荒々しくサインした。

 アーヴィンは、渋々ながらも諦めた様にサインをしている。


「……はい、良いわよ。後は、承認を貰うだけ。キャリー、お願いできる?」

「勿論。……はい、これで良いかしら?」

「ありがとうキャリー。後は会長のサインがあれば完了だわ」


「……二人とも、仕事が早過ぎやしないか?」

「あら、アンソニー!ちょうど良いところへ」

「まあ、会長!偶然ですね」

「二人とも分かってて言ってるよね?確信犯だよね?」

「何を言っているのかよく分からないわ、アンソニー」

「全くですよ会長。私たち、普通に仕事をしているだけですよ?」


 見る間に書類を片付けて行く二人に声をかけたのは、生徒会長のアンソニー・ラインバーガー様だった。

 ラインバーガー様に気が付いた周りの女子が、忽ち色めき立つ。

 そらそうだよね。なんと言っても女子人気ナンバーワンの会長様だものね!


 それにしてもこの一帯、一気に顔面偏差値上がったな。

 学園一の美貌を誇るキャリー様が、その中心にいるのは勿論なんだけど、その取り巻きのお姉様方も美人揃いだ。

 キャリー様と3人のお付きの先輩に、二人のメイドさん。このメイドさんは先日のお茶会でサロンにいた人達だな。ウチのアンナメリーと同じく、キャリーさまの侍女の方なんだろうな。

 やっぱ公爵家だけあって、専属メイドも二人もいるんだろうね。このメイドさん方も当然お美しい!


 更にラインバーガー様を筆頭に、生徒会の皆様も美形揃いだ!まるでこの辺一帯に、光の柱が立ち昇っているみたいだよ!


 で、ラインバーガー様は、流れる様に書類を処理して行く二人に胡乱な目を向けたけど、当の二人にはサラッと往なされている。

 それにしても、コリンとキャリー様、やっぱりこの二人友達だったんだな、凄い息があってるから、なんかそんな気はしてたんだ。

 ああ!でもラインバーガー様!この方も苦労人な方だったのか?!

 ってか、キャリー様だけでなく、コリンも振り回す側?!


「会長!申し訳ございません!自分達が居ながら、この様な不始末を!」

「大丈夫だ。気にしないでくれ、フリッツもナンシーも良くやってくれた」

「ですが!この様な事態を招いたのは、自分の不徳の致すところ!」

「そんな事はないよ、2人は良くやってくれている。何時も面倒ごとに当たって貰ってるんだ。本当に感謝しているよ」

「勿体無いお言葉です!会長!」


 何でだらう、『部下を労う上司の図』の筈なのに、何故か『慰め合う被害者同士の図』に見えてしまうのはどうしてなのでせう?

 

「アンソニー!アナタも早くサインを入れてくださらない?」


 そんな生徒会の皆様の遣り取りなど気にも止めず、キャリー様がラインバーガー様に書類を突き出した。


「……構わないけどね。でも、他の者達の承認がまだの様だけど?」

「わたしが審議委員長ですもの。他は後閲で問題無いわ」

「成程、確かにね。それで、決闘する場所は決まっているのかい?」

「第三構堂がこの時間は空いている筈です。既に使用申請書は作成済みです」

「……う〜ん、でも今からだと、午後の授業に食い込んでしまうのではないかな?」

「あらアンソニー!今始めないで、いつ始めると言うの?そうでしょう?ねぇ貴方。時間はかからないのでしょう?」

「!……はい。5分は必要は無いかと」


 キャリー様に突然話を振られて、アーヴィンは一瞬ビビったクセに、そんな様子はおくびにも出さず、胸に手を当てながらシラリと答えていた。


 何だその騎士っぽい振る舞いは?アーヴィンの癖に!アンタそんなキャラじゃ無いじゃん!


 それを見ていた野次馬の女子の中には、ほぉ……、って感じで、ため息を漏らしてる子なんかが居たりする。

 ダメよ騙されちゃ!これ、アーヴィンですからね?!


「て、てめ……、ふ、ふざけやがって……」


 それを見ていた次男はと言えば、顔の青筋を更に増やしてヒクヒクしてる。

 そらそうだよね。アーヴィンに、5分で終わらせる、って言われちゃってんだもの。

 でもね、止めろよ?抑えときなよ?

 キャリー様や、ラインバーガー様の前で暴れたりしたら、アンタ本当に洒落にならなくなるからね?

 眼鏡の先輩もそう思ったのか、次男の肩に手を置いて何か耳元で小さく囁いている。

 そうすると、次男は肩を震わせ、苦虫を噛み潰した様な顔をした。


「良いわね貴方。期待できそうよ」

「……恐れ入ります」


 誰だ?コイツ。

 全然アーヴィンらしく無いゾ!これもやっぱりビビの仕込みの成果って事なのか?!

 まあ、確かにキャリー様に対して、いつもの態度で話されたら困るんだけどさっ!


 すると、そのアーヴィンと、殺気を駄々洩れにしている次男の前に、ラインバーガー様が静かに歩み寄って来た。


「後日日を改めて、と云う事も出来るが……、君達もこれで良いのかい?」

「問題ありません」

「今この場で叩きのめしてやる!!」


「……よし、分かった!では後の事は我々に任せて貰うよ。ミス・クラウドも、それで構わないかな?」

「え?ぁ、ハ、ハイ!お手数ですがよろしくお願い致し、ます。ラインバーガー様」


 シッカリと見定める様にして、二人の意思確認をした後ラインバーガー様は、なんでか分んないけど、わたしにまで確認を取る様に聞いて来た。

 まあ確かにアーヴィンはアムカムウチの者ですけどね!

 アムカムウチの者が皆様にご迷惑おかけしちゃってますから、クラウド家の娘としては、よろしくお願いするしかない訳なのですけどね?!


「これでこの決闘は正式に受理された!此処からの仕切りは、生徒会執行部が行う!ナンシー、第三講堂の使用準備を頼む」

「承知しました」


「講堂の使用許可は、生徒会ウチの優秀な書記コリンが、既に処理を済ませていてくれたからね」

「ありがとうございます、会長」


「フリッツには進行及び審判をお願いしたい、頼めるかな?」

「お任せ下さい!」


「救急の人員も準備させないとね。急いで神学科に連絡を……」

「私がいるわよアンソニー」

「ああ、ジェシカ。君が居たね。ここは頼めるかい?」

「任せて。ちょうど良い機会だから、2回生の実習に使わせて貰うわ。神学科!医療班の生徒を集めて!緊急実習よ!!」


「ふむ、素晴らしい。さすが『鉄の爪の聖女』ジェシカ・カーロフだ」

「……ちょっと?」

「あ、すまん……」


――――――――――――――――――――

次回「お昼の決闘」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る