9話懐かしい再会

「スーーーーーーっっ!!」

「はにゃみゅ……!」


 真っ先に抱き着いて来たのは、案の定ダーナだった。


「お?また育ったか?ウンウン、いいねいいね!どんどんあたし好みになって来たな♪」

「にゃっにゃっ?!ダ、ダーにゃ?!ぃいきなり?!にゃにゃめにゃぁあぁーー!」


 ダーナが、右に左に上に下にと、その存在感を確かめる様に手指を動かしまくる。

 いつもの様に、ダーナのセクハラに悶絶していると、やっぱりいつもの様に、パコーーーーンッ!と良い音がその後ろで響く。

 ダーナの頭が硬質な物で、思い切りブツ叩かれた音だ!


「あがっ!アガガガつ!あたまがっ頭が割れる!割れたわれたたぁたぁあーーっっ!」

「だからダーナ!いい加減にしなさいっ!」


 コリンが、運んできたティーセットを乗せていたトレイで、思い切りダーナの後ろ頭を殴った音だった!

 ダーナは頭を抱えて床をゴロゴロ転がっている。


 ここは、女子寮に幾つかある、大きめの談話室の内の一つだ。


 わたし達三人が、部屋の片づけが終わる頃を見計らい、コリンがやって来て此処へ連れて来てくれたのだ。

 お茶を入れて来てあげるから待っていてね、とコリンが席を外した隙に、談話室にやって来たダーナに発見され、そのまま襲われてしまったのだ。


 談話室はとても大きくて、ソファーやテーブルがいくつも置いてあり、奥には、バーカウンターの様なものまである?!うそ!ここでお酒迄飲めちゃう造りになってんの?!マジかよ!!


 あ、なんだ、飲めるのはコーヒーとかお茶なのね……あービックリした。専用のバリスタがいらっしゃるそうで、お飲み物はなんでも淹れてくれるのだそうだ。


 たしかに後ろの棚に並んでいるのは、コーヒーや、お茶の類ばかり。あ、コーヒーの香りが移っちゃうから左右の棚で入って居るモノが違うんですね。


 ほう、コッチの棚にあるのは果実ジュースなんですね?イチゴジュースやアップルサイダー、ジンジャーエールやら他にも色々あるそうな。


「夕食には、まだ少し時間があるからね」


 と、コリンがポットのお茶を、茶器に注いでくれた。椅子に座り、淹れて貰ったお茶とクッキーを頂くと、ホッと人心地ついた気がする。


 なんだかんだで、今日は色々あったからねー。


「そんなワケで、スー。紹介するよ!あたしと同室のアマンダだ!」

「ご、ご無沙汰しております姫様!ワンドのアマンダ・リーです!」


 なにが『そんなワケ』なのか分からないけれど、頭頂部のダメージから復活したダーナが、一緒に談話室に来ていた自分と同室の方を紹介してくれた。

 紹介されたアマンダさんは、背中に届く長いシルバーブロンドが綺麗で、優し気な青い目をした綺麗なお姉さんだった。


 アマンダさんは、わたし達と同じアムカム郡の、ワンド村ご出身なのだそうだ。


 話しを聞くとこのアマンダさん、昨年の収穫祭の時にアムカムに来られたそうで、その時に、一度ご挨拶頂いたそうなんだけど……ヤバイ!覚えていない!


 ひぃ~~~!申し訳ありませんーー!!大変失礼いたしましたーーー!!!

 大慌てで謝罪すると、逆に恐縮されてワタワタさせてしまった!


 そうやって二人でワタワタし合いながら、これからは後輩なのでコチラこそよろしくお願いします!と言ったけれど……、やっぱりココでも姫様呼びをされてる?!


 その呼び方は勘弁して下さいくださと、頬に熱を帯びるのを感じながらアマンダさんにお願いしていると、アマンダさん以外にも人が集まって来て、『姫様、姫様』と揃って声をかけまくって来りゅ!


 どうやら皆さん、アムカム近郊からの人達らしいんだけど、お願いだからソレは止めて!と更にワタワタするわたしを、ビビ達はニヨニヨとしながら眺めているだけで、全く助けてくれる様子が無い!!

 なんかシドくない?!!


「いた!ホントに居た!」

「スー!久しぶりーー!!」

「あぁーもう!こんな美人さんになっちゃって!!」

「カ、カーラ?!ジェシカ!ま、待っ!!アリシア!そっ、そこはにゃめっっ!にゃぁああぁ!!」


 人が集まり始め、にわかに賑やかさを帯びてきた談話室に、更なる襲撃者が加わった!

 カーラ、ジェシカ、アリシアのアムカムの先輩女子三人だ。



 この寄宿校では、夏と、年をまたぐ冬に長期休暇があり、その時には寮を出て、帰郷することが許されてる。

 アムカムの皆も、いつもその時に里帰りをしていたのだ。

 でも、三人とも今年は、夏も冬もコチラでやる事があるとアムカムに帰って来ていない。


 なので、こうして顔を合わせるのは実に一年ぶりなのだ。

 一年ぶりに三人と再会するのは、わたしとしてもホントに嬉しいのだけど!こ、これは……ちょ、ちょっとぉ……!!


「クンカクンカ……うん!スーだ!確かにスーだ!」

「ンむむ、む、これは!感触がまた一段と……!」

「むぅ!このパープルのレース、作りが細かい!綺麗!!」


「だ、だからソコを嗅がない……にゃぁああ!にゃんで摘まむにょぉぉ……!なぁ?!め、捲るなぁああ!!」


 いつもの事と言えば、いつもの事なのだ。

 久々に三人に会えば、いつもの様にこうやってもみくちゃにされる。

 分かってはいたんです。分かってはいたんですけどね!!


 でも!一年ぶりとあって、今回のこれは一段とヒドクありませんこと?!

 あり得ないトコにまで手をツッコまれて!クンカクンカされて!捲られて!

 さすり回されるわ、揉まれるわ、摘ままれるわで!セクハラというレベルを超えていません事ぉぉ?!!


「ひにゃっ!にゃ!ぃにゃ!ぃにゃあぁああぁあぁぁぁああーーーーーっっっ!!!」


 自分では止められぬ恥ずかしい声が、室内に響き渡ってしまふ……。

 挨拶をしに来てくれた初対面の人達が、白昼堂々繰り広げられるわたしの痴態を目にして、盛大に引いているのが分る……シクシクシク。


 存分に堪能した三人に解放されたわたしは、いつもの様にレ〇プ目のまま椅子に力無く沈み込み、真っ白になりながら口から魂が抜けかけていたのだった。ぁうっ!


 思う存分に堪能して、わたしから離れた三人は、ビビやミアとも再会の挨拶を交わしている。

 おかしいな?どうしてそっちは普通な挨拶なんだろ?


 でも、ミアの顔が微妙に引き攣ってるのは気のせいか?後から来たアンナメリーも、後ろに立って頬がピクピクしている様な気がしる?

 ま、わたしは今、魂が抜けかけているので良くワカラナイのですが……。


「ねぇスー、今日は色々あって疲れたんじゃ無い?少しゆっくり外の空気でも吸って来ると、気持ちも落ち着くわよ?」


 コリンが、気遣う様に優しげな言葉をかけてくれた。

 カーラ達との間に身を置いているのは、これ以上の暴虐からわたしを庇おうとしての事なのだろうか?

 でも!ダーナもコリンも、さっき一緒になって、スリスリクンカクンカしてたのは、シッカリわたし気付いていますけどねっ!!


 それでも!コリンのお気遣いはありがたく受け取り、そっと屋外に出てみる事にした。

 みんなは、なかなか緊迫感のある波動を放ち、睨みあっているんだよね……。

 一体何が、彼女たちをそこまで熱くさせているのだろらうか?!


 そう言えば昔もアムカムで、よくこんな風にぷんスかプン!と角突き合わせていた事が時々あったっけ……?


 ンで最後には必ず「どうなのさ?!スーーっっ!!」と私の意見を求めて来る。

 大体わたしは「わ、わかんないモン!そんなのわかんないぃーーっっ!!」と叫びながら逃げ出すんですけどね!

 だってわかんないモンねぇ?根本的に、何の意見を求められているかが謎なのだ!そんなの答えられるわきゃないわよ!!


 今は主に、ミアとアンナメリーが唯ならぬオーラを放ちながら、カーラ達と睨み合っている。

 やっぱり今回も、いつもの様な雰囲気だっので、トットとこの場を離れられるのは有難かった。


 わたしはコリンの陰に隠れ、気配を消してスススーーーっと、誰にも気取られる事なく、談話室を抜け出す事が出来たのだ。






     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「寮の敷地から出ても良いけど、その先の庭園より向こうへ行ってはダメよ?その先は本校舎の敷地になるから。休みの間は、許可無く本校舎への立ち入りは禁止されているからね」


 コリンにはそう教わっていた。

 校舎まで行く気はないけれど、庭園はちょっと興味がある。何しろ、何日も馬車に押し込まれていた長旅の後だ。やっぱり、広い空間に居られるのは気持ちが良い。


 学校の敷地に入ってからは緑も多くて、結構ホッとしてるけど、ココの庭園は手入れが行き届いていると聞いているし、どうせだからそこまで足を延ばしてしまおうと思った。


 オープンカフェのある広場を通り、寮の敷地の入り口である白い二本の柱を抜けて、歩いて来た赤いレンガの道を少し戻ると、すぐに右に入る口が現れる。

 来る時も、この小道の先に草花が茂っているのは見えていた。

 その入り口にある小さな階段を降りて、小道を少し進めば、そこには緑と花に溢れた庭園が広がっていた。


 綺麗に整えられた生け垣が、整然と並び幾何学的な紋様を形作っている様だった。

 一段二段と更に階段を降りてその中に身を置けば、庭園の形状は分からなくなるけれど、辺り全てが花と緑に囲まれる。


 そこに咲いているのはダリアかな?黄色のマリーゴールドが可愛らしい。

 まだ暑い日差しの下、夏の花達が力強くそこかしこで咲き並んでいた。

 少し先には、ココからでも荘厳な造りだと分かる東屋ガゼボも見える。

 アムカムハウスの庭園よりも、此処って凄いんじゃないかしらん?


 まあ此処も元々、地元を収める領主のお城だったって話だから、その中の庭園が見事な造りなのは、当たり前の話なのかもしれないけどね。


 正面に見えるアーチになっているトコロは、きっと薔薇園なんだろうな。

 ココは薔薇園が自慢なのだと、コリンも言っていたしね。


 今は薔薇の季節では無いから、花はついていないのだろうけど、きっとシーズンにはあそこ一面が薔薇で埋まるんだろうな。

 あ、でも夏に咲く品種があるみたいだ。チラホラと白く花を咲かせているのが見える。もう少し近くに行って見よう。



「おや?新入生かな?迷子にでもなったのかい?」


 アーチに近づいた所で、唐突に声をかけられた。


 薔薇園の辺りで、庭仕事をしている人が居るのは分かっていたので、邪魔をしないように静かに近付いたのだけれど、気取られてしまった様だ。

 まあ狩りじゃないから、気配を消していた訳じゃないんだけどね。


「ふむ、迷ったという訳でもなさそうだね?ひょっとして散策でもしてたかな?」


「あ、はい!大きな庭園があると聞いて、見学に参りまし、た!」


 植込みの向こう側から顔を出したのは、大きな麦わら帽子をかぶった作業着を着た男性だった。


 多分、庭師の方なのだろう。年齢は30前後?アラサーかな?

 気だるい感じの半目が優しそうで、どこかで見た事がある様な懐かし気があり、妙に安心感を与えてくれるおじさんだ。


 あ、アラサーで『おじさん』は失礼かな?

 嘗ての自分が『おじさん』と言われ、胸を押さえて膝を落とす姿を幻視する。


 ……ウン!『おじさん』は可哀そうだな、わたしも少し胸に痛みを感じてしまふよ……。ここは『おにいさん』にしよう!『おにいさん』と呼んでおこう!


 庭師の『おにいさん』は手に鋏を持っていた。この暑い中、一人で薔薇の剪定をしていたようだ。


「暑い中ご苦労様、です。ココ、お一人で手入れされているんですか?大変です、ね」

「うん?まあ、一人とは言ってもボクがやっているのは薔薇園ココだけだからね。そう大変でもないよ。それに、この時期の手入れは大切だからね。出来るだけ手を掛ける様にしてるんだ」


「薔薇園だけでもかなり広いと思い、ます。やっぱり大変そう、です」

「そうかな?まあ、これは半ば、ボクの趣味みたいな物だから、楽しんでやらせてもらってるんだけどね」


 思わずアムカムで、いつも農家の人達と話す様な気軽さで声かけてしまったけれど、庭師の『おにいさん』はニッコリと微笑みながら、そんな風に仰った。

 本当に楽しんでやっているんだと良く分かる、屈託のない素直な笑顔だった。だからコチラも、ついつられて口元が緩んでしまう。


 『おにいさん』はその後も、ココの薔薇の事を色々話してくれた。

 今咲いている夏の薔薇の事。盛りの時期にここを埋め尽くす薔薇の事。

 とても楽しそうに話すので、聞いているコチラもなんだか楽しくなってしまい、いつの間にかその場にしゃがみ込んで、お話に聞き入ってしまった。


 図らずも、庭師の『おにいさん』とお近づきになれて、楽しい時間を過ごす事が出来た。

 それほど長い時間、そこで過ごしていた訳では無いと思うけど、ココに来た時よりも少し陽が傾いてきた様だ。

 短い筈の夏の影が、随分長く伸びていた。


 と、そこへ、人の気配が近付いてくるのが感じ取れた。


 庭園に入り、何かを探す様にしているのが分る。

 でも、直ぐに何かを見つけた様に、動きに迷いがなくなった。

 そのままコチラに真っ直ぐ向かって歩いて来る。


 わたしを探しに来た寮の誰かかな?でも、知っている人の気配じゃないしな??

 やがてその人が直ぐ傍までやって来て、コチラに向かって声をかけて来た。


「あ、あの!コチラで庭の手入れをしている筈だと聞いて来たんですが……。ウチの寮監に呼んで来いと言われまして!!」


 やって来たのは男子生徒だった。

 どうやらわたしでは無く、庭師の『おにいさん』を呼びに来た様だ。


 男子は、『おにいさん』以外、他に人が居るとは思っていなかったのだろう。『おにいさん』の傍まで近付き、そこでしゃがんでいたわたしに気が付くと、驚いたように立ち止まり、目を見開いた。


 わたしも、彼を驚かせた事を謝ろうと立ち上がり、改めて男子生徒に目を向けた。


 ふむ、タイの色がわたし達と一緒だから、同じ1回生……新入生だな。

 茶色の柔らかそうなくせ毛と、青みを帯びた灰色の目。

 うん、見た目は悪くないんじゃないかな?女子受けしそうな雰囲気だ。


 ん?でもどっかで見たような気がするな?どこだっけ?どっかで会った事ある人?

 あ、まさかさっき女子寮であったみたいに、収穫祭の時に顔合わせしていたりした人?あれ?どうだった?どうだっけ?思い出せわたし!


 なんか、向こうも似たようなことを思ってるらしい。

 思案気な顔で、顎をさすりながらわたしを見ている。


 でも、眉間に皺を寄せながら、わたしの頭の上から足の先まで視線を巡らす様子は、ちょっと初対面の女子に対するには不躾でないかしら?と思わなくも無い。


 だが、コチラも相手の事を忘れているとしたら、大変な失礼に当たる。一言言いたい所をここはグッと我慢して、彼の事を思い出そうと必死に記憶を探る。

 

 やがて彼が、わたしの足元から視線を上げ、腰のあたりに視線を移した時に、ハッと何かに気付いた様な顔をした。そして、「そうだ!」と言うように手を打った。


 なんだ?何か思い出したのか?彼の方が先に思い出したらしい事に、軽く敗北感を感じつつ、ならば何処で会ったのかの情報だけでも引き出そうと、わたしは意識を切り替え身構えた。


 恐らくは「ご無沙汰しておりますスージィ姫!」とか、最近よく言われるセリフが最初に飛んで来るのだろう。


 そうしたら「こちらこそ、ご無沙汰しております。えっと、前にお会いしたのは、どちらでだったかしら?ほほほ」とか、そんな風に答えれば、どこで知り合ったかのがわかる。


 ちゃんとした夜会なんてアムカムの収穫祭くらいしか出てないし、それ以外の物なんてほんの数回だから、どこで会ったかを聞けば直ぐに思い出すはずだ。

 多分!!


 わたしが、出来るだけ穏やかな笑みを浮かべながらも、内面では身構えていると、彼は、ソレはソレは嬉しそうな笑顔で、斜め後方から強烈な一撃を撃ち込んで来やがった!!


「あぁ!正門前!!紫色のふんどしの子!!!」


 Tバックだ!こんにゃろぉおぉぉーーーーーーーっっっ!!!!


 直後、わたしのコークスクリューが彼の顔面を捉えてしまった事は、至極、全く、全然致し方が無い事だったと思うのですよっっ!!


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次回「ミリアキャステルアイ寄宿学校」

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