8話新しい部屋
寮の部屋は、思っていたよりもずっと広いものだった。
南側の大きな窓は、部屋の中を陽の光で溢れさせていた。
開けてある窓からは、日よけのカーテンを揺らしながら外の風が吹き込んでいる。
室内にそよぐ風は、敷地内の木々の香りを乗せて来ていて、とても心地が良い。
部屋の中にはドレッサー、机、本棚、そしてベッドがそれぞれ二つずつ、左右の壁際に置かれていた。
ベッドとベッドの間は結構広い。間隔は、2メートル以上はあるんじゃないかな?
部屋の中の家具はどれも、派手さの無い質素な物だけど、とても調和の取れたシックなデザインをしている。
わたしは室内の造りを見ながら、部屋の中央にまで足を進めて行き、そこにあるベッドに腰を落とした。
ポフンと、お尻が沈むクッションの具合も良い。
思わずその心地のよさに、そのままベッドに上半身も倒れ込む。
ウン、やっぱりこのベッドは寝心地が良いゾ。
両手を広げ、仰向けでベッドに身体を預けていると、寮生活での睡眠に、何の心配もいらないと確信してしまう。
やっぱり寝心地の良さは、新しい生活を始める上で十分救いになる物ねー。
正直言えば、知らない人と同室で生活をしなくてはならないという事に、結構わたしはビクビクしているのだ。
これが、ビビやミアとか同郷の子だと言うのであれば、また違ったのだろうけど、アムカムに関係しているどころか、これが全く縁もゆかりも無い人なのだそうだ!
これはビビらずにはいられないよ?
ソニアママやハワードパパとも別れて、一人遠くで生活をしなくてはならないと言うだけで、胸の中では猛烈に心細さが渦巻いてしまうと言うのに……。
救いなのは、アンナメリーが一緒に来てくれた事だ。
アンナメリーが傍に居てくれるだけで、今のわたしがどれ程の安心感を得られている事か!
つくづく、アンナメリーをわたしの侍女にしてくれたソニアママには、今更ながら感謝の気持ちで一杯です!
でも、それでも、不安が綺麗に無くなるワケでも無いのが困ったモノなのだ。
せめて、まだ到着していないという同室の子が、カワイイ良い子であります様にーー……と、今は心より願っている次第であります。
さてさて、こんな風にベッドの上で寝心地の良いからって、大の字に身体を投げ出しているトコなんて見られたら、はしたない!とアンナメリーに叱られてしまうかな?
でも、しょうがないよね?長旅で疲れたモン!
昼間にこんな風に身体を投げ出せるのは久々だし、この開放感は気持ちが良い。
馬車は思ってたよりもずっと快適だったけど、それでも!毎日ほぼ一日中馬車の中って言うのは、やっぱ疲れるものねー。
しかし……、なによりも一番疲れたのは、最後のラッキースケベ発動だったけどさ!!
何故このタイミングで発動するかしらね?!
この旅の最後の最後で!
いや!新生活の第一歩でか?!
それとも、そういうタイミングだから起きるのかっ?!
う”~~~っ!思い出すとまた顔が熱を持ってくる!
イカン!やめやめ!折角気持ちよくベッドを堪能してるのに!とっとと気持ちを切り替えねば!!
おっとそうだ!ベッドが良くても肝心の枕が無いとね!
わたしは、持ってきた鞄を開き、中から愛用の枕を取り出した。
それをベッドに乗せて、それを抱きしめ改めてベッドに身体を放り投げた。
う~~ん、コレ、これよ。これでグッスリ眠れるにょ……。
枕に顔を埋め、大きく息を吸い込むと、アムカムの自分の部屋にいる様でドンドン落ち着いて来るのを感じる。
あぁ、やっぱりわたし、それなりに新生活を迎えて緊張してたんだなー。
リラックスする身体を感じて、そんな事を改めて自覚した。
よし!さっさとこの自分の分の空間を、自分色に染めて落ち着きを確立してしまおう!
もっと枕に沈んでいたい思いを振り切り、わたしは鞄の中から私物を取り出し、自室の整理を始めてしまう事にした。
とりあえず次に鞄から引っ張り出したのは、モコモコッとした茶色の塊。
そう!これはブラウンクロウラーのぬいぐるみだ!
ぬいぐるみは50センチ以上はあって、実にリアルな大きさだけど、モコモコッとした感じはやっぱりチョ〇パンっぽくて、なんとも可愛らしい。
なんと言ってもこれは、お裁縫の得意なフィオリーナの力作なのだしね!!
ブラウンクロウラーは魔獣だけど、子供たちには人気がある。なにせ、子供達のお小遣いのタネだ!
いつだったか、このブラウンクロウラーが好きか嫌いかってな話が出た時に、わたしが好きだと答えたのをフィオリーナが覚えていて、この冬にプレゼントしてもらった物なのだ。
それ以来この子は、わたしのベッドのお供になっている。もうこの子無しでは眠れにゃい!
そして、もう一つぬいぐるみを引っ張り出す。
コッチは、手のひらに乗っかるくらいの大きさの、チョットいびつなジャッカロープのぬいぐるみだ。
この子はなんと!あのステファンが作ってくれたモノなのだ!!
ワルガキっ子のステファンは、すばしっこさはおそらく村一番だ。
昔からいたずらをしては、上級生や大人達の手をすり抜け掻い潜り、すばしっこく逃げ回っていた。
そんなだから、ステファンのシャツやズボンは、いつもどこかに引っかかっては、アチコチ裂けたり破れたりしているのが常だった。
別にジング家が貧乏だったワケではないのよ?ステファンのお母さんの修繕が、ステファンの暴虐速度に、全然全く追いついて行かなかっただけなんだからね。
そんなある日、業を煮やしたお母さんに捕獲されたステファンは、お説教とお仕置きの代わりに、自分の服を修繕させられる事になった。
最初は嫌がっていたものの、お母さんに付きっきり教わって、向いていたのか才能があったのか、ステファンはみるみるお裁縫が上達していったそうだ。
これには、ステファンのお母さんも大いに驚いたという。まあ、ステファンは元から凄い器用だからね!
そして、ステファンがある日、学校へパッチワークで作った自分用のクッションを持ってきた。
それがステファンの自作だと教えられ、その仕上がりの良さに感心したわたしが、これならぬいぐるみも作れるんじゃないか?と言ったのをきっかけに、ステファンはぬいぐるみも作り始めたのだ。
いくつも試作を重ねた末に、やっと出来上がったこのジャッカロープのぬいぐるみを、ステファンはわたしにプレゼントしてくれた。
これを見ていると、ステファンの頑張りが見える様で、貰ってからずっと大切にしているのだ。
裁縫を覚えて、ステファンのイタズラも、多少は大人しくなったそうだ。
それでも!わたしのスカート捲りを狙って来るのは、相変わらずだったけどね!
勿論!捲らせてあげる様な隙は、わたしにはあろう筈も無い!フフン!!
……そうだよ。わたしにそんな隙は無いんだよ!無い筈なんだよ!!
なのに!何でラッキースケベにやられちゃうかな?!なんであんな風如きがががっっ…………はっ!いけないイケナイ!また意識が乱れてそっち方向に……、平常心平常心!切り替え切り替え!!
とりあえず、鞄の中身をドンドン出して行く事にしよう!
お気に入りのクッションたち。ヘアブラシや鏡。愛読書や幾つもの小物入れ達。
次々と取り出しては、部屋の中をわたしの私物で埋めて行く。
鞄の大きさのわりに収納されている量がかなりあるのだけど、これは、鞄にわたし達が乗ってきた馬車と同じ様な、空間圧縮の魔法が仕込まれているからだ。
同じようなとは言ったけど、その容積の比率は随分違う。
馬車に仕込まれていた魔法の拡張は、およそ元の容積の1.5倍。対して、わたしの持つこの鞄の容積はおよそ元の5倍強はある。
これは使用魔力の供給の違いによるものだ。
馬車のフレームに刻まれた魔法印は、大気に流れるマナや、地中の地脈から自動的に少量の魔力を取り込む方式で、使用者が魔力の供給を行わなくても、魔法が起動し続ける自動化された機関なのだそうだ。こういうのを『マナアシスト』と言うらしい。
一方鞄の方は、そのフレームに魔法印が刻まれ、魔法が起動し続けるのは同じだけど、その魔力は『
『
まあ使用魔力量は、容積の大きさに比例されるんだけどね。
魔力が無くなれば魔法も切れて、鞄の中身が全部外に飛び出してしまう。
そうならない様に、中身を全部出してから『
だから馬車みたいに、常に空間圧縮魔法をかけておかないといけない物には、供給魔力を小さく抑え、途切れる事無く常時安定供給できる『マナアシスト』を使用するのだそうだ。
ちなみに、いくら空間拡張を行って容積を大きくしても、その重さ自体は変える事が出来ない。
鞄の、5倍の容積パンパンになるまで詰め込んだら、重さも当然そのまま増える。別に鞄が別次元に繋がって重さとか関係無いって魔法じゃないからね!
魔力供給量をブーストして上げまくれば、この鞄の大きさでも、倉庫一つ分ぐらいまで容積を上げられるそうだけど、そんな物持ち上げる事出来ないし、仮に持ち運びできたとしても、家の床にでも置いた日には、そのまま床が抜けて家が潰れる。実に非実用的なやり方だ!ってマーシュさんが言ってた!
だから空間圧縮をかける魔力量は、自分が持てる程度に調整する必要があるのだ。
ま、わたしの鞄の容積は、5倍くらいにしておいたけどね!
この位なら、特に力も入れず持てるし。……容積設定した時に、アンナメリーに「え?そんなに?」みたいな顔されたような気もしたかもだけど……。
アムカムの人間なら普通だよね?イロシオの探索に入る皆さんは、背嚢の容積は何時もその位にしてるものね?
コンラッドさんやジルベルトさんは、いつもその位だって言ってたもん!……普通だよね?普通……よね?!!
そうこうする内、守衛所に預けて来た荷物も届き、アンナメリーも来てくれたので、荷物の片付けは思いの外早くに終わってくれたのだった。
荷物を届けてくれた守衛さん達が、ひどく疲れた顔されていたのは何でだろうか?
とりあえず、アムカムで焼いたクッキーを幾つか包んで、お礼を言いながら守衛さん達には持たせてあげた。
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次回「懐かしい再会」
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