7話女子寮の寮監
入校証を貰って来たコリンとアンナメリーが、何やら騒がしかったがどうかしたのか?と聞いて来たので、『あくが滅んだ』とだけ伝えておいた。
二人は、顔面を押さえて、プルプルしているアーヴィンを見て、得心が言ったと云う様な顔をしたので、多分理解してくれたのだと思う。
「ちゃんと、顔の青痣は消して上げなさいよ?」
そうコリンが、ビビの耳元で小さく呟くと、ビビは「しょうがないわね!」と言いたげに大きな溜息をついた。
そうね!
馬車から降ろされたわたし達の荷物は、守衛室に置いておけば後でそれぞれの部屋まで運んで貰えると云う事なので、そのまま手荷物だけを持って、他の大きな荷物は、守衛さんにお願いして校内を進む事になった。
守衛さんからは入校証を頂き、ソレを首から下げ、コリンに連れられて門をくぐれば、そこには緑深い木々が立ち並んでいた。
そこは、とても手入れの行き届いた公園の様だった。
赤いレンガで敷かれた道は、木の間を緩やかなカーブを描いて、敷地の奥へと続いている。
石の匂いの街中と違い、ココには土と緑の匂いで満ちていて、何かほっとする。
もう、とうにお茶の時間も過ぎているけれど、夏の陽射しはまだ強い。
木蔭の道を歩けば、蝉の鳴き声の響く中、穏やかな風が木々の囁きも運んでくる。
道の脇で木蔭を作っている木は、ハナミズキかな?確か試験を受けに来た時は、白い花が咲いていたと思う。
細かくひび割れたような樹皮の幹は太く伸びて、広げた枝ぶりに茂る葉が、わたし達に優しく影を落としてくれている。
大きな鞄を持ちながら歩いているけど、この木蔭でそよぐ風がとても心地良い。
コリンに先導されて、しばらく木蔭の道を進んでいくと、遠くの方の木々の中、新緑の合間にオレンジ色の屋根がチラチラと見え隠れしていた。
多分、あれが校舎だ。
あのオレンジ色の切妻屋根は急勾配で、アイボリーの漆喰で塗られた建屋は、確か3階建てだった。
試験の時にはあの中で受けたけど、とても綺麗な建物だったのを覚えている。
その建物を左に見ながら、それを回り込む様に更に林道を進んで行くと、木々の奥にまた建屋が現れた。
学校の敷地内だと云うのに、その建屋は柵にぐるりと囲われている。
でもその柵は、学校周りを囲っていた様な荘厳な鉄製では無く、木の杭に板を打ち付けた、普通の家屋敷で見られる木製の物だ。
更に、柵の内側には金木犀が植えられていて、生け垣を作っているので、建屋全体は見通せないけれど、白い壁の建物だというのは、遠くからでも見てとれた。
やがて木柵が白い柱で止められて、建屋のある敷地へと入る入り口が現れた。
入り口は、白く塗装されたその柱だけで門扉は無い。
その入り口から先は、白い石で敷き詰められた、広場の様な空間が広がっていた。
円形に白い石畳が敷き詰められた内側には、花壇の花で囲まれた芝生が青々と茂り、更にその中心では涼し気な噴水が上がっている。
そして、その白い広場には、やはり白いベンチや、大きなパラソルと丸テーブル、そしてそれを囲む数脚の椅子。
広場の端にある、白い壁の可愛い建物の中にもテーブルが幾つも並んでいて、中でお茶を飲んでいる方たちの姿がうかがえる。
なんだこれ?ココはおサレなオープンカフェか?!学校の敷地内なのに、なんでこんなものがあるの?!!
わたし達が、その目の前の空間に驚いている間に、コリンは広場の中をどんどん進んで行った。
テラスのベンチやテーブルには、人が疎らに座っている。
そこにあるベンチの一つには、大きく伸びた木の枝が木蔭を作り、涼し気に風が揺らいでいた。
そのベンチに座る人物が、コリンが近付くと直ぐに気が付き、読んでいた本を閉じ、眼鏡を右手の中指でクイッと持ち上げながら、此方に向けて顔を上げて口を開いた。
「やあ、予定より随分遅かったね。何かあったのかい?」
それは、わたし達もよく知る人物。わたし達のひとつ上、コリン達と同学年のウィリー・ホジスンだった。
ウィリーは、立ち上がりながら、そんな風に疑問を口にしてきた。随分長い時間、ココで待っていたみたいだ。
きっと、ウィリーにまでは、パルウスでの件の報せは届いていないんだね。
「詳しい事は後で二人に聞いてウィリー。今は皆を寮まで連れて行かないと。貴方は予定通り、二人を男子寮へお願いね」
「フム、そうか分かった。それじゃアーヴィン、ロンバート行こうか。久しぶりだねミア、スージィ、ビビ。また後で土産話でも聞かせてくれ」
ウィリーはアーヴンとロンの肩を叩いた後、わたし達に向け微笑んだ。
フム、なんか暫く見ない間に、ウィリーのイケメン係数が上がっているのかな?
まあちょっと見には、爽やか系メガネ男子ですから、女子人気はありそうな気はするけどね……。
でも、中身がムッツリなのを、わたし達は知っている!
昔、他の男の子と一緒に、捲られたわたしのスカートの中身を見ようとしていた事実は、決して消えてなくなる物ではないのだけどね!!
それはわたしの記憶の保存箱へシッカリ収められ、何時如何なる時でも、元の採りたての生き生きとした新鮮野菜の様に、鮮度そのままで取りだす事が出来る。
わたしの中でウィリーは、未だにムッツリさんとして登録されっぱなしなのだ!
ウィリーは、わたしがそんな内なる評価をしているとも知らず、また眼鏡にかかった前髪を、頭を軽く揺すって払った後、また眼鏡をクイっと上げて、コチラに向けニコリと微笑み軽く手を振るという、イケメン仕草を
「わたし達も行きましょうか」
三人を見送ると、コリンは再びわたし達を先導して、ウィリー達が進んだのとは逆方向に進み始めた。
すると直ぐ、さっき柵の外側から見えた建物が現れた。白い壁のアパートメントみたいな建物だ。
これが、わたし達がこれから生活をする寮なのだという。
それにしても、ココまでの道すがら、何人かの生徒の人とすれ違っているけど、その度にコリンに「ごきげんようソンダース様」と言いながら挨拶をしていた。
それに合わせてコリンも「ごきげんよう」と返していた。
それとも、コリンは学校内では有名人なのかな?みんなちゃんと名前を呼んできているものね……。
そんな事を考えているうちに、コリンは建物の中央にある両開きの大きな扉を開いて、わたし達を寮の中へと招き入れた。
寮の玄関ホールは、二階までの吹き抜けでとても広く、ステンドグラスから差し込む陽の光が、キラキラと床に彩を与えていた。
正面には大きな階段があって、踊り場からは左右に階段が別れ、そのまま二階に続いている。そしてその踊り場には、大きなロングケースクロックが此方を見下ろす様にして、フロア全体に、ゆっくりと時を刻む音を響かせていた。
何だろこれ?ちょっとマジで、庶民とは縁遠いトコロへ来ちゃった気がドンドンして来たよ?大丈夫なのか?わたし?!!
思ってた以上のエントランスホールの荘厳さに、わたし達が思わず息を飲んでいる間に、コリンはホールに隣接している、厳格そうな大きな扉をノックしていた。
「ミセス・シェルドン。新入生を案内してまいりました」
「ご苦労様でしたミス・ソンダース。ありがとう、後は
その扉から出て来たのは、細身でスラリとしていて、とても姿勢の良いご婦人だった。
ひっつめたグレーの髪を、カチリと頭の上で固め、高い鼻の上には四角の眼鏡が乗っていた。お歳はソニアママやエルローズさんより、一回り位お若いのかな?でも、エルローズさんとはまた違った厳しさを持たれているのが、その佇まいからも良く分かる。
その方が、コリンと言葉を交わした後、コチラに視線を向けただけで、皆ついピンと背筋が伸びてしまう。
「お名前を伺えますか?」
「は、はい!スージィ・クラウド、です!」
「ベアトリス・クロキと申します!」
「ミ、ミア・マティスンでご、御座います!!」
目の前で名前を聞かれ、つい直立不動で答えてしまった!
この方の眼力、緊張感がッパないっス!!
「……確認致しました。皆様ようこそ、我が伝統あるミリアキャステルアイ寄宿校女子寮へ。
手に持ったバインダーの書類に目を通し、わたし達の名前を確認すると、寮監様は真っ直ぐな姿勢でピクリとも動かずそう仰った。
なんだろ、やっぱり緊張感がすンごい。思わずわたし達3人は、ゴクリと生唾を飲み込んでた!
「……そして、ミス・バイロス。貴女ですか…………」
「ご無沙汰しておりますミセス・シェルドン。ご健勝で何よりでございます」
「貴女こそお変わりなく……いえ、多少は変わっていて頂かないと困りますが、ミス・バイロス」
「御心配には及びませんミセス・シェルドン。このアンナメリー・バイロス、決してご期待には背きません」
「そうですか?……そうですね、確かに貴女になら、安心して仕事をお任せする事は出来ますが……ですが、決して、決して問題などは起こさぬ様、起こさせぬ様、くれぐれも宜しくお願い致しますよ、ミス・バイロス」
「しかと心得て御座います、ミセス・シェルドン」
なにか良く分からない会話を、寮監様……ミセス・シェルドンと、アンナメリーが繰り広げていた。
最後には、額に軽く手を置いて、いやいや、と言うように小さく頭を揺すったミセス・シェルドンが「もういいです、兎に角宜しくお願いしますよ」と言ってその会話は終わりになった。
なんだろねー。アンナメリーがこの学校の卒業生なのは知っていたけど、この寮監様ともお知り合いだったんだねぇ。ま、当然か!
アンナメリーが、この寮で仕事に就くのは知っていた筈だから、今のは事前の注意事項的なモノ?
それでも昔のアンナメリーと比べて、今も何か心配している様だったけど……。アンナメリーってば、昔この学校でヤンチャでもしてたのかな…………?
そう思ってアンナメリーの方をチラリと見ると、わたしの視線に気が付いたアンナメリーが、ソレはソレは柔らかな笑顔を返して来た。
「お嬢様、
すかさずアンナメリーがわたしの手を取って、凄く心配そうな口ぶりでそう言って来た。
なんだか、幼い子を一人にするのを危惧する様な態度だ。
初対面の方が居る前で、そんな扱いをされた事に、思わず自分の頬が少し熱を帯びるのが分る。
そ、そんなにわたしって頼りなさ気なの?もう、そんなに幼くはない見えないと思うんだけど?言ってみれば、今、高校生なのですよ!
そう!女子高生なのですよ!わたし!!
JKなのですよ?!
J!K!!
「大丈夫です!心配しないで!アンナメリーは、自分のお仕事を先に片付けて下、さい!」
「お、お嬢様…………?」
わたしは、アンナメリーのその過保護な態度に恥ずかしさを覚え、幾分むくれた様に、ついちょっと突っぱねる物言いをしてしまった。
でも、アンナメリーはその私の態度を受けて、わたしの手を握ったまま、見る見る目元を崩してしまう。
「ぁ、あ、で、でも、は、早く来てくれると助かりますので……急いで来てくれると、……嬉しい、です」
「ああ!お嬢様!畏まりましたお嬢様!直ぐに片づけて参ります!」
アンナメリーの潤んで行った瞳を見て、アッサリと自分の小さなツッパリを撤回してしまう、わたし!
些細な事で、つい拗ねた様な態度を取ってしまった事に恥じ入りつつ、アンナメリーが嬉しそうな顔をした事に、ほっとしてしまう。
「お嬢様!しばしお待ちくださいお嬢様!直ぐに参りますからお嬢様!!」
アンナメリーは嬉しそうにそう言いながら、自分の大きなトランクをガラガラと引き摺って、廊下の先に凄い勢いで行ってしまった。
「もっと静かにお歩きなさい、ミス・バイロス!」
離れて行くアンナメリーに、ミセス・シェルドンが鋭く声を飛ばすけれど、当のアンナメリーは既に廊下の角を曲がって姿が見えない。
ミセス・シェルドンは頭に手を当て、やれやれと嘆息していた。
「さて、いつまでも皆様を、此処に置いておく訳にも参りません。とりあえず、お部屋にご案内致します。
気を取り直したようにミセス・シェルドンはそう言うと、わたし達を寮の奥の、それぞれの部屋へと案内してくれた。
寮は1回生、2回生は2人部屋で、3回生から個室を与えられるようになるそうだ。
廊下で、ミセス・シェルドンから鍵を預かり、みんな自分の部屋割りを教えてもらった。わたし達3人は、それぞれ別の部屋に組み分けられていた。
部屋割りの説明をを聞きながら、ミアが「スーちゃんと別部屋スーちゃんと別部屋スーちゃんと別部屋…………」と親指に歯を食い込ませながら、呪文の様に小さくブツブツ呟いていたのがちょっとコワかったけど……。
でも、その事でミアが、ミセス・シェルドンに部屋替えを求めて騒ぎ出さないかと、内心ヒヤヒヤしたけど、そんな事も無くてほっとしたよ。
まあ、十分ミアも分別を持っていたと云う事だね!
……というか、このミセス・シェルドンに、食って掛かるとか出来る訳ないけどね!
わたしも出来る事なら、ミアと一緒のお部屋になれれば良かったんだけど、そうそうこちらの都合を、一々聞いて貰えるわけでも無いものねぇ。
ビビとミアの部屋には、既に同室になる子が入寮しているそうだけど、わたしと同室の子は、まだ学園に到着していないそうだ。
そして廊下で、わたし達に鍵を渡したミセス・シェルドンは、鍵を手に持つわたし達を見渡しこう言った。
「さあ、それぞれのお部屋にお入りなさい。ここが今日から、貴女方の
それは、静かでいて、とても優し気なお声だった。
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