6話坂の上の学園
「みなさん!緊急便のハトが届きましたよ!」
「なに?お嬢に何かあったのか?!」
「ちょっと待ってください!今、交感します…………!!」
「どうしたミリー!何があったのだ?!!」
「落ち着いてくださいケネス。どうやらお嬢様方の乗った馬車が、盗賊集団に襲われたようです」
「なんだと?!」
「それで?!どうなった?何があったんだ?!!」
「ランドルフもルフィーノも落ち着いて下さい!慌てなくとも、結果など分かり切っているではありませんか!勿論瞬殺です!!」
「「「ををぉ!!!」」」
「うむ!流石だ!流石お嬢だ!それで?!詳細は?!詳しく!!」
「ですから慌てないで下さいケネス!えーと……乗客を傷付けようとした盗賊団のリーダーの顔面を、一瞬で、指先一つで粉砕して瀕死にさせたそうです!」
「「「ほおお!」」」
「他の賊は、ソレを合図に皆で片付けたそうですが、その後処理で、予定より随分遅れてデケンベルに到着したようですね。細かなディテールは、学校に落ち着いてからレポートを送ってくれるそうです」
「うむうむ!なるほど!なるほどな!いや!さすがだ!初っ端からやって下さる!」
「嬉しそうですねケネス。でも!お嬢様の活躍を、此処だけで喜んでいる場合ではありませんよ?!あたし達はこれを、記事にしないとイケないのですから!!」
「当たり前だ!今季からは自分たちが、ファンクラブ会報の担当を任されたんだからな!」
「随分気合が入っているじゃないかランドルフ!」
「何言ってやがる!お前は違うのかよルフィーノ?!」
「言うまでもないだろうが?!何より今回の目玉は、お嬢の入学だからな!!」
「そうですよ!今回のトップはお嬢様の制服です!制服姿ですよ!制服っっ!!あの制服を着たお嬢様!!もう絶対可愛らしいに間違いありませんよ?!!くぅぅぅーーー!!!!」
「落ち着けよミリー。お前がヒートアップしてどうする?お前が編集長なんだぞ?」
「は!申し訳ありませんランドルフ。つい想像と妄想の波に飲み込まれるところでした」
「しっかりしてくれよ?!編集長!で?お前は見送りに行くと息巻いてたが……、お嬢の制服姿は見られたのか?」
「くっ!残念な事に、仕事でお見送りには間に合いませんでした!なので……、なので!お嬢様の晴れ姿を、いち早く拝見することは叶わなかったのですぅぅ!!!」
「わ、分かった!相当悔しいのは分かったから、血の涙を流すのは止めろよ!!見ているコッチが辛くなるだろが!」
「くぅぅ!続けざまにお見苦しいところを、お見せしてしました……申し訳ありません」
「いやまあ、気にしなくて良いんだけどな、病気なのは今更な事だしな……。それよりも!そうなるとお嬢の写真はどうなるんだ?」
「今、サラリと気になる事を言われた気がしますが……。大丈夫ですよランドルフ!今回、写真はカロンが撮影していますので、ソレを今現像して貰っています。今日の夜にはコチラに届く手筈です」
「なるほどカロンか!アイツなら安心だな!だが……、そうか、今回オレ達会報担当者の中で、お嬢の制服姿を見られたのは、唯一カロンだけと云う事か……」
「そうなのですよルフィーノ。悔しい事ですがカロンなら信頼できます……くぅっ!」
「……だから、血の涙を溢れさせるなよ…………」
「く!しかし!何はともあれ!今回から、あたし達5人が会報担当なのです!そして現地特派員はアンナメリー!皆、同じミリアキャステルアイ寄宿校の同期です!力を合わせてお嬢様の魅力を伝えてまいりましょう!!!」
「「「おおぅ!!」」」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「パルウスでの事は、もうご存じだったのですね?」
「ああ、『ハト』で連絡を受けていたからね。此方からも人を向かわせてあるから、後の事は気にしなくて構わないよ」
「お手間をおかけ致します」
「だから気にしないでおくれスージィ。むしろ、事の知らせを受けたアムカムの連中が、はしゃぎ過ぎてやしないかと、そちらの方が私は心配だよ?はは!目に浮かぶようじゃないかね?」
叔父さまのお話に、 そうですね……と、少し乾いた笑いが出てしまう。
アムカムへは、アンナメリーが既に『ハト』を使って知らせたとドヤ顔で言っていた。一体いつの間に?!そして何故ドヤ顔?!!
この『ハト』と云うのは、伝書鳩を模して造られたクレイゴーレムの一つだ。
元々この世界にも、伝書鳩は通信手段として使われていたのだけど、クレイゴーレムは生きた鳩と違って疲れを知らない。
どんな長距離でも休む事無く飛んでいけるし、飛ばす術者ともシンクロしているので、途中で事故があって届かなかったのか、確実に届いているのかも分かる。
クレイマジックの技術が進んでいる昨今では、伝書鳩よりも利便性が高いと、重宝されている通信手段なのだそうだ。
『ハト』は、使用する術者と術者。或いは、場所と場所を繋いで使用される。
前者は、使う者の魔力値に依り、距離、速度、情報量が大きく変動する。
後者は、使用者を選ば無いが、その速度、情報量は、内蔵された
何方にしても、『ハト』はコスパ(主に速さ)を追及しているので、マナの流れが安定している場所でないと、巧く飛ばす事は出来ないらしい。
イロシオの様に、魔力流が荒れている様な場所では、まともに使用出来ないそうだ。
それでも、普通に利用出来るなら、100キロ程度の距離なら、2時間もしないで到着すると言うのだから大した性能だと思う。
「今日明日にも、犯人達への尋問は始まるだろう。
フィリップ叔父さまが爽やかな笑顔で、物騒な物言いをされた。
それにビビとアンナメリーは、「当然です!」「是非もございません」と、コチラも穏やかな笑顔で、決して穏やかでは無い殺気を隠そうともせずに答えていた。
嫌だわ、なんでこの子たちって、こうも物騒なのかしらン?
ビビやアンナメリーが、剣呑な殺気を発していたが、リリアナ叔母さまとアニーが出してくださったお茶菓子は、そんな殺伐とした気配など物ともせず、馬車の中を甘い香りで満たしていた。
ドライフルーツの焼き込まれたクッキーはどれも素敵で、濃縮されたフルーツの味を、サックリしっとりと柔らかいクッキー生地が、ホロホロと砕けて溶けて口の中へ雪崩れ込む。ドライフルーツの甘みと酸味。そこに香ばしい小麦とミルクの香りが、まとめて落ちて来るのです!
更に、これも叔母さまの手作りだという、一口大のガトーショコラを頂くと、口の中で幸せと一緒に溶けて行くみたいで、ほっぺたが落ちないよう頬に手を添えて、思わず顔をフルフルと揺すってしまう。
そんなわたしを見るアニーは、次はこれもソレも、次々と叔母さまお手製のお菓子を差し出してくれる。
もう幸福感で、身も心も溶けてしまっていますのよ?!
ビビやアンナメリーの剣呑な雰囲気なんて、どこ吹く風ですわよ?!
そんな風に、叔母さま自慢のスイーツに長旅の疲れを癒されながら、わたし達を乗せた馬車は、デケンベルの街中をゆっくりと進んで行ったのだ。
やがてわたし達を乗せた馬車は、少し小高い丘の様な、市街からは幾分高い位置にある場所を進んでいた。
市街から続く坂道を登り切ろうとする頃、どこかの宮殿を思わせる槍を模した鉄柵が、道の右手に現れ始めた。
柵はどこまでも伸び連なり、その内側は木々が立ち並んでいて、この丘の頂の殆どを柵が囲っているように見える。
柵を右手に見ながら、坂を上り切り平坦になった道を少し進むと、やがて大きな門がわたし達を迎える様に姿を現した。
それはやはり宮殿の門の様に荘厳で、石造りの立派な二本の門柱の上で、鳥が大きく羽を広げた様なアーチがそれを繋ぎ、そこには百合や薔薇などの草花が、細かく丁寧に装飾されている。
ここはミリアキャステルアイ寄宿校。わたし達がこれから過ごす学び舎だ。
この正門の前で、来た道を振り返って見れば、デケンベルの町並みが一望できる。
正に、絵に描いたような山ノ手の学校なのだ。
「本当なら長旅の直後だ、屋敷でゆっくり休養させたかったのだが。入寮の手続きに間に合わなくなるからね……。許しておくれ」
「そんな!叔父さま!お気になさらないで下さい!」
「暫くは大変でしょうから、落ち着いてから週末に家にいらっしゃい」
「はい!叔母さま!必ず伺います!」
「スージィ姉さま!絶対すぐにいらしてくださいね!」
「うんアニー!直ぐに行くね!」
この正門が開けられているのは、午後の4時までだそうだ。
後1時間もしないで、この門は閉じられてしまうらしい。
叔父さまのお屋敷まで行っていたら、閉門に間に合わなくなってしまうので、残念だけど今日はもう、お邪魔することは出来ない。
馬車が予定通り到着していれば、皆でお茶をするくらいの時間は取れていたのに……。
思い返すだけでも、つくづく忌々しいチンピラ共だったよ!もうちょっと、骨身に染みさせるべきだったか?
わたし達を、正門前まで運んで頂いた馬車から荷物を降ろし、フィリップ叔父さま、リリアナ叔母さま、そしてアニーに、直ぐに会いに行くと約束を交わし、送って頂いたお礼を述べた。
離れて行く馬車の窓から、身を乗り出して手を振るアニーに、わたしとコリンは、その馬車が見えなくなるまで手を振り返していた。
わたし達の荷物が置かれた先には、荘厳な門がわたし達を迎える様に、その門扉を開き佇んでいる。
前回、入学試験でココに来たのは、春先の2の
この門を潜るのはその時以来で、決して初めてでは無いのだけれど、やはりこの煌びやかさには圧倒されてしまう。
そんなわたし達を、コリンが微笑ましそうに、ミカン目を細めながら見ていた。
「とりあえず、入校許可を貰ってしまいましょう?そしたら直ぐに寮に案内するわね」
先程から、わたし達と同じ制服を着た子達が何人も、門の中へと入って行っていた。
入って行く子達の内の何組かは、コリンと同じような色違いの制服を着た生徒が先導している。
やっぱりわたし達と同じ様に、新入生を地元の先輩が案内してくれているのかな?
そんな事を考えながら、門の中へ入って行く子達を横に、自分の衣装鞄を両手に持ったまま、坂の向こうに見えるデケンベルの街に視線を向けていた。
強い日差しの中、柔らかく吹く風が、頬をくすぐり髪を揺らす。
目の前の、坂の向こうに広がる街並みを眺めていると、遂に来たのだなぁと言う、新しい生活に対する、少しワクワクする期待感と僅かな不安。
そして、遠く離れてしまい、早くも頭をもたげるアムカムに対する郷愁が、胸の奥で何度も浮かび上がっては絡み合い、気持ちが複雑に揺れ動く。
でも、それでも、今ここで受ける風は、とても心地が良い。
そして、コリンとアンナメリーが、門の内側にある守衛室で、わたし達の入校許可手続きをしている時、それは起こった。
その風は、低地から高台へと向かう、上昇気流の様な物だったのだろうか?
坂の下からきた風が、丘の頂にある門へと向かい吹きあがって来たのだ。
わたし達は、突然の風に、帽子を飛ばされない様に手で抑えたが、風の暴挙はそれだけでは済まなかった。
「ぅぴゃみゅぅうっっ?!!」
「きゃっ!」
「んン!!」
一瞬の隙を突く様に、足元から救い上げられる突風に、わたし達のスカートはそれは見事に翻弄された。
咄嗟に抑え込んだけれど、後ろは完全に捲れ上がってしまって、思わず変な声が出た!
ビビとミアは辛うじて事なきを得た様だが、油断していたとはいえ何でわたしだけ?!
ハッ!として後ろを振り向けば、ババッと顔を横に逸らすアーヴィンとロンバート!
くっっっ!!ま、まさかこんなところでラッキースケベが発動しただと?!!
新たな学校生活が始まるという特別な日の今日、身に付けている『乙女の秘密』は中々に気合の入った物だ。
それは、『見えない所の身だしなみこそが女を磨く』『特別な日には勝負物を!』と言う、ソニアママの教えが身に付いているからだ。
故に、こういう日には、特別な物を纏うのが、わたしの常になっている。これは決して人様に見せる為では無く、心身を引き締める為の物だ!
それが……、それが、こうも容易く衆目に晒されるとか……!
アーヴィンの後ろの方でも、目ん玉剥いてる人とか居るし!
慌てて後ろを向いて、お尻を隠すようにスカートを押さえても、後の祭りだと承知はしておりますけれどねっっ?!!
急速に、首から上が激しく熱を帯びていくのも感じますのよっ!!
「ちょ、ちょっと待て?!オ、オレ?!まるでオレが何かした見たいな目で、なんで見る?!!」
わたし達女子3人のジト目を受けて、アーヴィンが慌てた様に両手を前に突き出しながら、イヤイヤと首を振って、訳が分からないとでも言う様に叫んでやがる!
「ロ、ロン!お前も何か言ってくれ!!オレ何もしてないよな?!!」
「……アーヴィン。無理だ諦めろ」
アーヴィンに、縋るような目を向けられたロンは、その視線を逸らせて静かに首を振った。
「な、な、な、納得できるかぁぁーーーーっっっ!!!!」
アーヴィンの悲痛な叫びが、辺りに虚しくこだました。
あく(ラッキースケベ)は滅びるべし!!
――――――――――――――――――――
次回「女子寮の寮監」
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