5話デケンベル中央馬車ステーション
大きな北門をくぐると、直ぐ目に入るオレンジ色の瓦屋根が、視界一杯何処までも続いている
色とりどりの家々の壁は、どれもとてもカラフルに染め上げられ、色彩豊かな絵本のページを開いているようで、見ているだけワクワクしてしまう。
整然と敷き詰められた石畳みの道はとても広く、そこを多くの馬車や人々が行き交う様子は、正に都会の風景そのものだ。
アーヴィンやミア、ビビまで、車窓の外の風景に夢中になっている。
皆!そんな口をポカンと開けて、街を見入るのはお止めなさい。田舎者だと思われてしまいますわよ?
「お嬢様……お口が」
……はぅっ!わたしとした事が!
試験の時に一度来てはいるのに、やっぱりこの街の大きさに、圧倒されてしまうと云う事かっ?!
そしてわたし達に注がれる、ロデリックさんとクゥ・エメルさんの、ホンワカとした視線がナンカ痛いの……。
やがて馬車は、デケンベルの中央馬車発着場へと到着したが、ここもまた、コープタウンとは比べ物にならない賑やかさがあった。
そこには大小様々な馬車が停車していた。
ある馬車は人が乗り降りをしている為、僅かにその車体を沈み込む様に揺らしている。
ある馬車は、出発を待っている為か、馬が静かに待機している。山高帽を被った、御者と思われる男たちが、御者席の下で葉巻をくゆらしたり、手に持った新聞を夢中で読んでいたりと、思い思いに休憩を取っている様だった。
向こうの方には、乗車場に入る順番待ちをしている辻馬車なのか、小型の馬車が横に揃って綺麗に並んでいる。
やはりどこを見ても、大勢の人たちが行き交い、
馬車を誘導する人の声。出発時間を知らせる鐘の音。それはまるで、嘗て居た世界で見ていた、駅での喧騒を思わせた。
まずアムカムでは、見る事のない人の数だ。
やがて停車場に到着した為、馬車の扉が開けられ、街の外気に触れた時、わたしは軽く眩暈に似た感覚に襲われてしまう。
馬車から降りる時に、わたしの手を取ってくれていたアンナメリーが、その一瞬のわたしの変化に気付いたのか、心配そうな目線を送ってきたのだけれど、その感覚は一時だけのものだったので、アンナメリーに大丈夫だと微笑みを返し、直ぐに馬車のステップに足を進め、そのままデケンベルの石畳の上に降り立った。
足を付けたその地は、確かにアムカムとは違う土地だ。
前に来た時も思ったけど、ここは空気がまるで違うのだ。
アムカムに、当たり前の様にあった土と草木の匂い。どこかの竈から流れて来る、少し燻ぶった香りが混じる空気。
いつでも頬を撫でる風は、季節ごとに咲く草花の存在を乗せていた。
でも、ココの風には、土ではなく石の匂いが乗ってくる。
きっとこれは、敷き詰められた石畳と、密集した家々が、陽射しを受けて暖められた空気なのだろう。
暑い真夏の日に、コープタウンの裏通り……、建物が密集してるセシリーさんのお店の近くでは、これに似た匂いがしていたと思う。
でも、似ているだけで全然違う。
そして行きかう人々の匂い。香の効いた煙草の匂いや、女性が纏う香水の香り。
どこかの店先から漂う、肉類を焼き上げている様な食欲をそそられるものや、パンを焼く時に上がる甘い匂い。
漂う空気だけでも、とにかく情報量が多いのだ。
馬車から出ただけでクラリと来るのも、しょうがないと思うのです。
「今回の旅は、私の人生に於いて最も充実し、意味深い物でした。お嬢様に出会えた感謝は、百万の言葉を持っても表せるものでは有りません。どうか、機会がありましたら我が商会へお越しになって下さい。いつでも歓迎致します」
「お嬢様、本当にいつでもいらして下さいね?お役に立てる事があれば、何でも致しますからね?」
「い、いえ!こちらこそ、旅の間色々お世話頂き、ありがとうございました!」
わたし達の後から馬車を降りた、ロデリックさんとクゥ・エメルさんから、ご丁寧にお別れの言葉を頂いた。
3日半という旅路の間、お世話になりっぱなしだったのはコチラだと云うのに、勿体ないお言葉だ。
お二人がわたしの手を握り、真剣な眼差しでそんな風にに仰るものだから、ちょっと焦って陳腐な返ししか出来なかった気がするけれど……、それでも、最後にお二人に怪我が無かった事だけは、本当に良かったと思うよ。
「スージィ姉さまぁーーーー!!」
ロデリックさん達とのご挨拶を済ませていると、停車場の喧騒と人の波の間から、わたしの名前を呼ぶ声が響いて来た。
人混みをスルスルと躱しながら、背中まであるユルフワなサンディブロンドの髪が風に揺れ、青い目からキラキラと煌めきを溢しながら、真っ直ぐこちらに突っ走って来るのは、もう直ぐ8歳の誕生日を迎え、今年2段位に上がる、わたしの可愛い従妹のアニーだ。
「アニー?!お久しぶり!来てくれたの?!」
アニーの身長に合わせて、少し身を低くしたわたしに向かって、アニーは一直線に飛び込んで来た。わたしはそれを綺麗に空中で受け止め、腕に抱えてクルリと回る。
そのまま頬を摺り寄せて、再開の喜びを伝え合った。
アニーはくすぐったいのか、クスクスと笑いながら首を竦めて見せる。
その仕草もホント可愛い!
あれ?そう言えばつい最近も、こうして幼女に飛びつかれて、抱きしめた事があった様な気がするな?
まあ、学校の年少の子達も、事あれば直ぐ抱き付いて来るんだけどね!
わたし的に、可愛い子はいつでもウェルカムだし。可愛いは正義だもんねっ!!
アニーは、10歳以上年の離れたウィルが大好きな、お兄ちゃん子で、ウィルとよく似たサンディブロンドと、とても綺麗な青い目をしている。でも髪は、お兄ちゃんより少し茶色味が強いかな?
わたしの事は、新しいお姉さんが出来たと懐いてくれていて、アムカムに来るたびに引っ付き虫になる可愛い子だ。
「到着予定を随分過ぎてしまったが、みんな何事も無くて何よりだ」
「お疲れ様、スージィ。知らせは届いていますよ。皆さんご苦労様でした」
「わざわざお出迎え頂いて、申し訳ありません。フィリップ叔父さま。リリアナ叔母さま」
「気にしないで良いよスージィ。我々の可愛い姪っ子が来るのに、迎えに来ない訳があるものか」
「そうですとも。さあ、早く私の愛らしい姪を抱きしめさせて?」
アニーの後から少し遅れて来られたのは、デケンベルに住むハワードパパの弟である、フィリップさんと、その奥様であるリリアナさんだ。
つまりウィルとアニーのご両親!わたしにとっては叔父さま、叔母さまだ。
叔父さま達は、毎年収穫祭の時には必ずアムカムにいらっしゃる。お会いするたび良くして頂く、とてもお優しい叔父さま叔母さまなのだ。
フィリップ叔父さまは、ハワードパパを少し小柄にした感じで、目元がとても穏やかでお優しい方だ。
リリアナ叔母さまは、スラリとしたスタイルがとても素敵なご婦人だ。ウィルたち兄妹の髪は、叔母さまからの遺伝なんだろうね。
「いらっしゃい、スー、ビビ、ミア、アーヴィン、ロン。長旅大変だったでしょ?疲れてはいない?」
リリアナ叔母さまとのご挨拶を済ませると、家族の一員然として、叔母さまの後ろに佇んでいたもう一人から声が掛かった。
「ありがとうコリン。見ての通り皆元気です。コリンもわざわざ、お迎えありがとうね?」
「いいのよ。可愛いスー達の為ですもの!」
当然だと言う様に笑顔を向けながら、わたし達と同じ制服を着たコリンが、そこに佇んでいた。
コリンはわたし達と同じ制服を着ているけど、そのスカートはエバーグリーンで、リボンタイも同じ常緑色だ。
ミリアキャステルアイ寄宿校では、学年ごとに制服は色違いになっているのだそうだ。
「コリン姉さまは、スージィ姉さまたちがいらっしゃるのを、ずっと楽しみにしてらしたのよ?!」
アニーが、わたしの傍から離れ、コリンに駆け寄り抱き着いてそう言った。
そのままコリンと見つめ合いながら、二人コロコロと笑い合っている。
……ふむ、アニーがアムカムに来る度、コリンと会うと仲良さそうにしていたのは、見ていて知ってたけど……。コリンがコッチに来て、更に仲良しさん度合いがグンと上がったのかな?
駅馬車のところでは、わたし達の荷物が降ろされ始めていたので、直ぐ受け取りに行き、そのまま叔父さま達が乗ってきた、クラウド家の馬車に載せ替えさせて貰った。
この馬車ステーションには、辻馬車も居るし、寄宿校前まで行く乗合馬車も出ているのだけれど、叔父さまは、態々わたし達を学校まで運んでくれる為に、ご自分の馬車をご用意下さったのだ。
寮に入ってしまえば、外出許可が無ければ外には出られない。なので何時でも顔を見られる訳ではなくなる。折角なのだから出迎えて顔を見させて欲しい。
と、ハワードパパに叔父さまから申し出て下さったそうだ。本当にありがたいお話だ。
アーヴィンもロンも、荷降ろしを手伝っている。ふむ、アーヴィンはビビの荷物も、自分でちゃんと叔父さまの馬車まで運んでいるな。
うん、ちゃんとレディーファースト出来てるじゃない!うむうむ!ヨーシヨシ!ちゃんとそーやって、ビビの尻に敷かれて居りなさいよ!主にわたしに対するラッキースケベを発動させないために!!!
ハッガード家のラッキースケベは、時と場所と相手を選ばないから、ホントに対処しようがない!そうやって、成るべくビビとくっ付いていて、コチラに矛先を向けない様、お願いしますよ!マジで!!
荷下ろしが済む間、フィリップ叔父さまはロデリックさんと、一言二言言葉を交わしている様だった。お二人ともお知り合いなのだろうか?
馬車の旅の間には、そんな事は伺っていなかったけど……、まあ共にデケンベルが生活圏なんだから、顔見知りでも不思議はないかな?
粗方荷物の積み替えが終わった所で、改めてロデリックさんとお別れのご挨拶をして、叔父さまの馬車へと向かう。
するとアニーが、わたしとコリンの間にスルリと入り込み、わたし達の手を持ちながら、零れそうな笑顔を向けて来た。
「姉さま達とごいっしょで、スゴくうれしいです!!」
アニーは、両手をわたしとコリン2人と繋ぎ、間に挟まれて、凄く嬉しそうな笑顔を振りまいている。
わたしもモチロン嬉しいけどねーー。
それにしても、アニーのコリンへの懐き方が凄いな……。
「な、何?スー……」
「……何でもありませんわ、……コリン姉様」
「……!な、なななな!!」
コリンの顔が、見る見る赤くなってく。
ワタワタしているコリンって言うのも珍しい。
思わず吹き出してしまうと、コリンの顔が更に赤くなる。
そんなわたし達を、不思議そうにアニーが見上げている。
アニーに、何でもないよ と笑いかけ、わたし達は、叔父さまがご用意してくださった、クラウド家の馬車へと乗り込んでいったのだ。
◆
「どうだったねクゥ・エメル?」
「素直で良い子たちでしたね。みな、先行きが楽しみな子達ばかりです」
「そうだね。あの『姫』も、この先どれだけ美しくなられるのか……。実に、これからが楽しみなお方だ」
「でもあの方、ご自分がどれだけ人目を集めているか、ご自覚があまりないようですね。行く先々で、あれだけ人目を奪っていたと云うのに……。あの無法者たちにしたって、あの方が馬車から姿を現した時、皆息を飲んでいたと云うのに、あの方は全く気づいておられない。その癖、ご自身は好奇心旺盛らしく、何処にでも顔を突っ込もうとされるし……。周りは随分、ヤキモキされているのではないでしょうか?」
「はは、確かに!あの侍女の子も、町々で、随分、
「ご両親も気が気ではないでしょうね。心中お察ししてしまいます」
「無法者と云えば……。彼らは、流石アムカムの民と言ったところなのだね。子供だと云うのに、あの人数をあっという間に制圧してしまうとは!いやはや、恐れ入ったよ」
「そうですね。正直あそこまでだとは思ってもいませんでした。
「いや、はは、そうなんだけどね。結果的に足手纏いになってしまったね。面目ない」
「そんな事はありませんよ
「いやいや、それこそ、そんなことは無いよクゥ・エメル。実際、君一人でも、連中をどうにか出来たのではないのかと、私は思っているよ?彼、アーヴィン君に阻まれなければ、君が奴らを叩きのめしていたのではないかな?」
「……それは、どうでしょうか?流石にあれだけの人数でしたし……。それに、私は彼に止めて貰って、正解だったと思っています」
「ほう?それはどういう事だね?」
「……あの時、私が強襲しようと接近した時。あのリーダー格の後ろにいた男が、私に気が付き反応していたんです。慌てた様に、咄嗟に何かを投げつけようとしていたのですが、私が
「……ほう」
「結局そいつは、
「何か、厄介な物が出て来たのかね?」
「……わかりません。アレが何なのかは分かりませんでした。見た目は小さな卵の様で、薄く銀色に輝いていました。恐らく何かの魔法道具だと思います。ですが……」
「ですが?」
「……中を探ろうと、少しだけソレに魔力を籠めた時、全身が総毛立ちました。……アレは間違い無く、途轍もなく悍ましい代物です。人の扱って良い物ではありません」
「君がそこまで警戒する程の……、そこまでの物なのかね?……何故そんなものが、一介の強盗集団が持っているんだ?」
「それこそ分かりません。ですが、アレはパルウスで、衛士隊の責任者に、厳重な封印術を用いて取り扱って下さる様、良くお願いして預けて来ました」
「ふむ、それなら一先ずは安心できるかな?我々の手に余る様な物なら、公的機関に預けるのが間違い無い。いずれ、そんな危ない代物の、入手ルートも明らかになるだろうしね」
「……本当に。もう二度と、あんなものに触りたいとは思いませんよ。私を止めてくれた
「しかし、そんな話を聞くと、益々彼らの力量の高さが伺えてしまうね!」
「そうですね……。正直言って、私とあの子達とは、強さの次元そのものが、二つも三つも違う様な気がしてしまいます」
「そこまでかね?!」
「あのお嬢様に至っては……、もうどこまで違うのかすら、私には想像も出来ません。リーダー格の男を屠った時のあの動き……。私には、お嬢様の気配すら掴めませんでした」
「それは凄いな……。あの子達は、そこまでの実力者と云う事か?」
「そうですね……、彼らは、『黄金世代』と呼ばれているそうですから」
「なるほどな。クラウド総領事からは、『よろしく頼む』と言われてしまったが……。お世話になるのは、此方の方になりそうだ」
「全くです。近いうちにお嬢様方は、ウチの支店にお出で下さるでしょうからね。今から楽しみです」
「よし!では、急いで商会へ戻ろうか?パルウスから情報も届いているかもしれないからね。面倒ごとはサッサと終わらせよう!」
「
「………………」
「はぁ……。お願いしますね?」
――――――――――――――――――――
次回「坂の上の学園」
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