4話駅馬車道中記

     -**--*--**--*--**--*--**--*-



「……調整は……こんなもんか。……どうだ?ちゃんと映ってるか?」

「スゴイ!凄いよトール君!!なにこれ?!テレビ電話?!どうやったの?!!」

「うん、まあ魔力通信ってとこかな?色んなとこから技術協力して貰って、やっと形になったよ」

「凄い……。これが普及したら、一気に世界が近くなるよトール君!!」

「いや、これは普及させない」

「え?!なんで?こんな便利な物なのに?どうして?!」

「こんな技術は、この世界にはまだ早い。人々の知識や意識がそこまで追いついていない。それはスズも分かってるだろう?」

「…………」

「それなのにこんな物で世界を広げたら、バランスが大きく狂う。技術は人々の求めに応じて、それに合わせて進んで行けば良いんだ」

「……うん、そうだね、そうかもしれないね。トール君がそう決めたなら、そうすればイイよ」

「この世界は、中世くらいの知識や道徳観しか無いからな。いきなり一足飛びに進んだ技術なんて、不幸な未来しか齎さない。そんな物無くて良いと思う。遠距離の通信には、今ある伝書鳩で十分だ」

「……そうだね。ふふ、でもその割にはドライヤーとか作ってくれたじゃない?アレは良いの?」

「あ、あれは、アレだよ。それはソレ、コレはこれって奴で……」

「ふふふ、ゴメンごめん!有難く使わせてもらってるよ!ありがとう!助かってるよ。……でも、そっかぁ、義父とうさんと義母かあさんの顔が見られるかも……って思ったんだけどなぁ」

「ゴメン、それは無理だ。この魔道具はオレ達二人の専用だ。それぞれの起動クリスタルには、オレ達の魔力紋が刻んであるから、他の人間では使えない」

「……そっか……、それは、しょうがないね。それにトール君は、もうこれ以上同じ物を作る気はないんでしょ?」

「ああ、作らない。これはオレとスズ二人専用のシステムだ」

「うふふふ、なんだか二人だけの物って言われると、ちょっと嬉しい♪」

「…………義父とうさんと義母かあさんも、スズに会いたがっていたよ。元気にしているのかずっと気にしてる」

「……うん、……会いたい。わたしも会いたいよ……。」

「でも二人共、此処アムカムは離れられない」

「わたしも今は、王都を越えてそっちアムカム迄向かう事は出来ない……」

「……少しだけ、……少しだけ、待っててくれ」

「……トール君?」

「オレが必ずそっちに……、スズの所に行くから!」

「ホントに?!来れるの?来てくれるの?!トール君!!」

「ああ!必ず行く!」

「約束……、約束だよ!絶対に!トール君!」

「約束するよスズ。絶対だ!」

「……うん、トール君。信じる!待ってるから……ずっと」

「必ず行く……必ずだ!」

「ウン、トール君……うん!」



     -**--*--**--*--**--*--**--*-



 それに最初に気が付いたのは、ビビとアルジャーノンだった。流石だ。

 アルジャーノンがひと声鳴き、ビビがクッションに預けていた身体を起こして、馬車の進行方向に鋭く視線を向ける。

 

 次いでアンナメリー。そしてアーヴィン、ロンバートと続いて最後がミアだ。


「……随分いる?何人くらいかな?」

「17人……ね!どうする?やる気満々みたいだけど!」

「ちょうど身体動かしたかったんだ。オレがやる」

「フォローは必要ですか?」

「ん?まぁ、大丈夫だろ。ロン、一応馬車こっちのガードにだけは付いててくれ」

「任せろ」


 アーヴィンが、座席の下に仕舞っていた自分のツーハンドソードを取り出して、革紐で剣鍔と鞘をグルグルと巻き固め始めた。

 鞘が抜けないようにして、あれでぶん殴る気なんだろうな……。斬れはしないだろうけど、鉄棒で殴られるのと一緒だから、これはこれで結構酷い事になりそうだ。


「どうかされましたか?」

「あ!いえ!大した問題ではございませんわ!お気に障ったら申し訳ございません!何分ウチの者たちは、ガサツな田舎者ばかりでございますので……!」

「いや!とんでもありません!何かご入用でしたら、私共でお力に成れない物か?と思い、お声を掛けさせて頂いた次第でして……。いやはっはっは」


 三日前にコープタウンを出発したわたし達の乗るこの馬車は、今日の昼前にはデケンベルに到着する予定だ。今、ビビと話をしているのは、同じ乗客で、商いでアムカムに来ていたというロデリックさんという方だ。

 この三日の馬車の旅の間、乗客は何人も乗り降りしていたけれど、この方達とは旅の最初から最後まで一緒だと云う事で、仲良くして頂いているのだ。



     ◇



 わたし達が乗っている駅馬車は、外見はワンボックスカー程の大きさなのだけど、中は大きく広々としている。

 三人掛けの座席が対面式で二組付いた、12人乗りなのだ。


 でも狭い空間に、12人がギュウギュウと押し込められている訳ではない。

 例えば身体の大きいロンバートのご家族……、ロンバートとアリアとコンラッドさんが並んで座ったとしても、十分楽に座れるくらい座席の広さには余裕はある。

 そんな広々とした座席だから、わたし達女子三人が座るには、あり余るほどのゆとりがあるのだ。

 なので、最初はアーヴィンと並んで向かい側に座っていたビビも、いつの間にかコチラ側の座席に移って来てたりする。

 こんな風に女子4人でも十分座れるって言うんだから、どんだけ大きいのか?て話しだ。

 まあ、『観光バス』の一番後ろの座席の長さ位、と思って貰えればいいだろうか?


 でも対面している座席との距離は、『バス』みたいに脚を押さえ付けられる様な狭さではない。

 十分に脚を伸ばせて、座席に座りながら、膝から下をブラブラと揺らす事だって出来る。

 座ったまま足を延ばせば、つま先が向かいの座席に届く位の物なのだ。


 何で外見と比べてこんなに広いかというと、この馬車の車体には、魔法技術で空間拡張が行われ、実際の容量よりも1.5倍ほど広く空間が使えているから、ここまでの広さがあるのだそうだ。『特等急行馬車』と言うだけの事はあるわけだ。

 そのおかげでこの3日半という馬車の旅も、悠々と快適に過ごす事が出来たのだから、実にありがたい話だと思う。



 ロデリックさんは、その馬車旅仲間とし良くして頂いている方だ。


 初日のマソムを発った後、わたしが落着いたトコロに、ロデリックさんが声を掛けて来た。そしてお互いに旅の仲間として挨拶を交わし合ったのだ。


 ロデリック・マクガバンさんのノースミリア商会は、コープタウンの大通りに並ぶ建屋の中でも、一二を争う大きさの建物だった。

 主に、布や革類の仕入れをされているそうで、アムカムにとっても大切なお得意様のお一人なのだそうだ。

 ロデリックさん達は、アムカムでの仕入れの手配を済ませ、この急行馬車で、荷馬車よりも一足先に本店のあるデケンベルへ戻るのだと仰った。


「なんと言う僥倖でしょうか?!年に一度の仕入れの立ち合いで、まさか美姫と名高いアムカムの姫君とお会い出来るとは!!」


 自己紹介を済ませた後ロデリックさんは、興奮した様子でちょっと大袈裟過ぎませんか?って言うくらいわたしを持ち上げて来る。


「い、いえ!わ、わたしはそんな大層なモノでは無くてですね……!」

「いやいや!その謙虚な姿勢も話に聞く通りですな!流石で御座います!!」

「あ、あの、そういう事では無く、わたしは只の……」

「いや!それにしても噂に違わぬ美しさ!『北の至宝』と呼ばれるに相応しい!!眼福にございます!」

「え?ぇ?な、な、な、何ですか?し、しほぉー?」


 わたしがメッチャ顔の火照りを感じながら、ワタワタとロデリックさんのお相手をしていたのだが、どうやってもグダグダだ。

 そんなわたしをビビ達は、ニヨニヨしながら見守るていを決め込んでいる。

 ビビには、「いい加減アンタには、村の次期頭首としての自覚を持って貰わないとね!」的な事を言われてたけど……、そんなの絶対無理だしっ!!

 でも最後には、余りにもロデリックさんの持ち上げに、涙目でアワアワしているわたしを見かねたビビが、『やれやれだぜ』と言いたげに肩を竦め、わたしとロデリックさんの間に入ろうと、席を降りようとしてくれていた。


会長かいちょ、その辺にして差し上げて下さいませ。コチラのお嬢様、さっきから大変お困りになっておりますですよ?可愛い女子がお好きなのは存じてますが、そんな会って間もない相手に、矢継ぎ早に美辞麗句を突き付けまくったら、このおじさん胡散臭い!とか思われますよ?」


 ビビが座席から足を下ろすより早く、細い手がスッと伸びて、興奮気味のロデリックさんの肘の辺りを掴み、半ば立ち上がっていたロデリックさんの身体を、そのまま引き寄せて椅子に座りなおさせた。


「あ、そ、そうかね?……そうか、わかったよクゥ・エメル」

「申し訳ありませんでした、お嬢様。ウチの会長かいちょが不躾で。こんなのでも、悪い人間では無いのですよ?」


 鈴を転がすような綺麗な声が、ロデリックさんの横に居られる方から優しくて響いてきた。

 そのまま深く被っていたフードを取り、わたしに深々とと頭を下げた。


「座ったままの御無礼をお許しください。わたくし、ノースミリア商会でマネージャーをさせて頂いております、クゥ・エメルと申します。以後お見知り置きを」


 フードの下からフワリと溢れ出たのは、柔らかそうな赤味がかった栗茶の髪だ。

 緩いウェブのかかった目元まで届く前髪や、頬をくすぐる様に溢れる髪は、毛先の長いペルシャ猫を思わせた。

 綺麗な翡翠色の瞳が、宝石の様にきらめいて、こちらをにこやかに見詰めている。

 すンごい美人さんが飛び出して来たよ!!


 さっきまで、美姫だ至宝だと言われ照れていた自分が、メッチャ恥ずかしくなってくる。

 何だか、ロデリックさんの人となりが、分かった様な気がするよっ!!


 でも、一番の驚きは、彼女のその頭の上に乗っかっている栗毛に包まれた三角形だ!

 そのピクリと動く二つの耳!!

 ネコ耳来たぁーーーーっっ!!!


半獣人アニマルハーフをご覧になるのは初めてですか?」


 思わず目を見開いて、突然目の前に現れた愛らしい猫耳を見入ってしまったわたし達に、クゥ・エメルさんはコロコロと笑いながら、そんな風に仰った。


「そ、その、コープタウンでは、遠くの方にいらっしゃる方をお見かけした事はあるのです、が……スミマセン」

「申し訳ありません!不躾な者達ばかりで!」

「あぁ、そうですよね、アムカム群に半獣人アニマルハーフは、余り居りませんものね」


 無遠慮な視線を投げ掛けてしまった事に、わたしは顔が火照るのを感じながら、ビビと一緒に謝罪をした。

 わたし達の不作法さを、ニコリと微笑んでクゥ・エメルさんは軽くいなしてくれたけど……、でも、やっぱりアムカムは、田舎だと思われちゃったかもしれないな。う~~、恥ずかしい……。

 ん?あれ?でも、これに似たやり取り、随分前にもやった事あったような気がするぞ?どこでだっけ?


「これから旅の間は勿論、デケンベルに着いた後も、仲良くして頂けると大変嬉しゅうございます」

「あ、はい!こちらこそ……よ、よろしくお願いいたし、ます!」


 そんなわたし達にクゥ・エメルさんは、優しく微笑みながらそう仰ってくれた。


 こうしてわたし達と、ロデリックさんクゥ・エメルさんお二人とは、この馬車の旅の間、仲良くさせて貰うことになったのだ。



     ◇



 わたし達が今朝出発したインメディオと云う街から、デケンベルまでの距離は、およそ50キロだ。

 途中の町で一度休憩を取った後は、そのままノンストップで馬車を走らせ、お昼前にはデケンベルに到着する予定だと云う事だ。

 あと10分も馬車を走らせれば、休憩地点の小さな町、パルウスまで辿り着くという時に、ビビ達はその気配を察知したのだ。


 そして馬車は、それから幾らもせずにその脚を止めた。

 ロデリックさんが御者席に繋がる小窓を開け、何事かと御者さんに尋ねると、どうやら道を荷馬車が塞いでいるらしい。

 馬車は先ほどまで荒野ヒースを走っていたが、今は町も近付き木々も増え、ちょうど雑木林の中へと入った所だった。

 周りに何もない荒野ヒースならいざ知らず、木に囲まれた一本道では迂回する事も出来ない。


「……分かり易いなオイ」

「随分ベタな展開になって来たわね!」


 アーヴィンとビビが、呆れたように呟いた。

 一本道に入った途端道を塞ぐとか、ホントに分かり易いよね。ビビは大きくため息も漏らしている。


「どうかされましたか?」


 その二人の言葉にロデリックさんが反応した。


「いや、多分コイツ等物取ものとりですよ?」

「!!なんと?!何故その様な事が分るのですか……?」

「なんていうか……殺気が洩れ漏れなんですよね。隠す気も無い気配が、この周り取り囲んでます」

「なんですと?!」


 アーヴィンの話に、ロデリックさんが驚いた様に馬車の外を窓から窺い、改めて車内に目を戻すと、尋ねる様にクゥ・エメルさんを見た。

 クゥ・エメルさんはそれに黙って頷いていた。

 なるほど……、クゥ・エメルさんも、気配とか分かるみたいだ。

 半獣人アニマルハーフの方って、感覚がやっぱり普通の人より鋭いのかな?




「ここは、私にお任せ頂けませんか?」


 馬車の中から御者席に繋がる窓で、ロデリックさんが御者の方達と何かお話をされた後、わたし達に向けてそう仰った。

 ロデリックさんはそいつ等の対応を、自分に任せろという。


「この辺りで物取ものとりを働くと云う者は、余程食い詰めた者以外にはまず居ないでしょう」


 ここはもう、デケンベルの目と鼻の先の場所だ。

 ロデリックさんの話では、確かにこの地域はそこまで治安が良いとは言い切れないそうだが、こんな町の近くの街道で、特等馬車を襲う無法者など、そうそう居るものではない。

 こんな距離で、しかも特等馬車を襲う様な盗賊団の報告が上がれば、忽ち衛士隊ないし、騎士団が動き出す。

 仮にそんな愚か者達が居たとしても、10人や20人の集団になる前に討伐されている。

 滅多にある事ではないが、もしこんな所で馬車を襲う者が居るとすれば、それはデケンベルのスラムからも弾き出され、行き場を失った者に他ならない。


「彼らとて、無暗に荒事をしたい訳ではないのです。取り返しのつかない事をする前に、いたずらに刺激せず穏便に事を済ませられれば、それに越した事はありません」


 ロデリックさんの『スラムがある』という話に、少なからずショックを受けた。

 そうか、この世界にも貧富の差はあるんだ……。そんな当たり前の事に、今更ながら気が付いたのだ。

 アムカムで過ごした自分が、どれだけ恵まれていたのかと考えると、ハワードパパとソニアママにどんなに感謝しても足りないくらいだ。

 ロデリックさんは、そんな者たちが犯罪者になるのを、未然に防ぎたいのだと言うのだ。

 事を荒立てずに、上手く収めるのが交渉術なのだとも仰った。


「それに、行き場の無い者に、やる事を与えるのも、私の営む仕事の一つですからね」


 ロデリックさんは、何かの慈善事業もされているのかな?

 でもなぁ、今周りを囲んでいる連中からは、そんな穏やかな交渉で済む様な気配は、全く全然発してはいないんだけどなぁ……。


 ロデリックさんは、クゥ・エメルさんやわたし達の心配を他所に、大丈夫だと手を上げながら馬車を降りてしまった。

 そして御者席に座るお二人にも、そのままでいる様に言い含めると前へ進み出て、代表者を出して欲しいと大きく声を上げた。


 道を塞いでいたのは、中型の幌馬車だ。

 それは、とてもではないけど綺麗とは言い難く、年代物の様にあちこちに大小の傷や欠損が目に付いた。

 ただ、それは使い込むうちに傷付いたといった風ではなくて、どの傷も比較的新しい物ばかりで、使用者が乱雑に扱っている結果なのだろうな、という事が良く分かる。

 その幌馬車の周りには、既に数人が降り立っていて、此方の様子を窺うように、落ち着きも無く動いていた。


 ロデリックさんは、わたし達の馬車と、その幌馬車の中間あたりで止まり、自分の呼びかけに答えてくれるのを待っているようだ。

 アーヴィンも一緒に降りて、その一歩後ろで、ツーハンドソードを背負い、両手を組んで様子を窺っていた。

 ロンバートも馬車から降りて、アーヴィン達の後ろ、馬車の正面に立っている。

 これは威圧感あるなー。

 身体の大きなロンバートが立っているだけで、真正面から来る連中は居なくなるよねー。


 ま、案の定というか予想通りというか、林の中の正面に居た連中が左右に割れて、殆どが、ロデリックさんとアーヴィンを、左右から遠巻きに囲む様に動いていた。

 それ以外にも数人だけ、木々の間を少し距離を取り、コチラの馬車に向かって移動している奴らが居るのが分るけどねー。

 勿論それは、ビビやアーヴィン達アムカムの皆も気が付いている。


 すると、集団の奥から一人、中央に進み出てくる奴がいた。

 首を傾げて、手に持ったショートソードで肩をポンポンと叩き、身体を揺らしながら歩いて来る。

 妙に蟹股なんだけど……、あれって歩き辛くないのかな?ニヤニヤと、すげーいやらし気に笑ってる。


 見ると、他の連中も、周りの木々の間から姿を現し始めた。

 どいつもこいつも年齢は二十歳前後くらいかな?みんな一応は武装してるけど、その手に持っている武器は実に貧相だ。ちゃんと手入れとかしてんのかな?どれもこれも錆が目立ってるよ?

 身に付けている装備も、みんなチグハグだし。革鎧もどきだったり、半分だけのブレストプレート(?)だったり……。なんであんなダラシナイ着方するのかな?

 素材も、その辺の馬とか牛とかの薄い革で出来てるっポイし、プレートの鉄板もあちこちデコボコ凹んでて、紙なんじゃないの?って位薄そうだ。

 何であんな装備で、余裕ありげな顔出来るんだろ?


「オゥ!おっさん!おれ達になんか話があんのか?!あ゛ぁ゛?!!」


 前に出て来た奴がニヤニヤと顔を歪めながら、ロデリックさんを威嚇する様に、やたらと大きながなり声で問いかけて来た。

 そいつは髪に赤や青のメッシュを入れ、耳だけでなく、鼻や唇に幾つもピアスを付けている。

 その鼻の上に、細い色付きの眼鏡を乗せ、胸元も大きく開き、そこからジャラリとした金のチェーンが幾つも覗いていた。

 実にチャラい!!

 とても、『スラムから弾き出された、食い詰めた人たち』には見えない!

 言ってみれば『チンピラ』だ。

 さっきの威嚇するような大声も、チンピラの恫喝そのものだ。


  ロデリックさんも、その事に気が付いたのか、幾分顔を引き攣らせた様だった。

 それは恫喝に怖気づいたというのではなく、自分の見込み違いに気が付いての事だと思う。


「君達、その道を塞いでいる馬車をどけては貰えないかな?動かせず難儀しているなら、我々も手を貸す事が出来る」

「ああぁ?!なんぎぃ?ああ、そうだ!なんぎだ!なんぎしてるぜぇ?!なあぁ?!!」


 そう言ってそいつは、仲間の方を向いてギャハハと笑いだす。それに応じて、周りの連中も馬鹿笑いをし始めた。

 スゴイ頭が悪そうだ!今のやり取りだけで、コイツ等がたちの悪いチンピラだという事が、ハッキリしっかり良く分かった!


「何か必要なものがあれば言って欲しい。出来る手助けならさせて頂くよ」


 ロデリックさんは、そんな連中にも怯まず、まだ交渉を続けようとしている。

 思った以上に肝の座った方だ。

 調子の良いだけのおじさんじゃなかったんだ。ちょっと見直しちゃったな。


「必要なものぉ?ああ!ココを通るのに、必要なものがあるぜ!通行料は必要だよなぁ?!ええぇ?!オイ!」

「金銭で済むなら私が出そう。足りないのであれば、町まで行けばそこで用意する」

「ああ?!何言ってんだ?町まで行かすワケねェだろが?!ココで払うんだよ!ココでよぉ!ああぁ!!?」


「おい!マスカ!コイツ等デケンベルの、山ノ手の学校の制服着てるぜ!きっと元貴族のお坊ちゃん達だ!」

「親に金出せって脅しゃ、いくらでも取れんじゃねぇか?!」


 どうやら、アーヴィンの着ている制服に気が付いた奴らがいるらしい。

 でも……、ハリーさんを脅すって??

 うわぁ……、知らない事とは言え、命知らずも此処に極まりだわぁ……。ビビもミアも呆れたような顔をしてるよ。


「あぁん?親を脅すぅ?!バカやろ!!いちいちそんな事やってられっかよ!めんどクセェ!!大体何だこのガキ?御大層なデケェ剣背負いやがって!はっ!お坊ちゃんがそれでやろうってのかよオイ?!抜けんのか?!そんなモン!!えぇ?!抜けんのかよ!オイ!!」


 マスカと呼ばれた、恐らくリーダー格のチャラ男が、アーヴィンに対して大声で威嚇を放ってる。

 なんだか落ち着きのない、うるさい奴だなぁ。

 対するアーヴィンは、眉一つ動かしてないけどね!


「もっともぉ!てめえがその剣抜こうとしたら、このオヤジぶっ刺しちまうけどな!ギャハハッ!」


 チャラ男が、目の前にいるロデリックさんの肩を、持っているショートソードの腹でトントンと叩く。

 ロデリックさんは一瞬身体を強張らせるが、アーヴィンは腕組みをしたまま動かない。

 何故ならば!

 そこはアーヴィンの間合いの中だからだ。


 アーヴィンなら、そいつがロデリックさんを傷付けようとした瞬間には動き、そいつを叩き伏せられる。


「オイオイ!馬車の中に凄ぇのがいるぜ!!」


 その時、馬車の後部扉が乱暴に開けられた。

 わたし達の座る座席の横の扉が開かれ、チンピラ達の一人が、嬉しそうに目を見開きながら、コチラを覗き込んで叫びを上げたのだ。


「うひゃはは!メチャクチャ上玉じゃねぇかよ!!」


 反対側の扉も開けられ、更にチンピラが二人覗き込んで来た。

 チンピラ達は、ビビやミアの腕を持って、わたし達を乱暴に馬車から引きずり下ろした。

 ビビは、キャァ!とか言って可憐さを装っていたけど、ちょっとワザとらしいんじゃなくって?

 ビビに少しジト目を向けてみたら、視線を明後日の方向に向けられた。


「うひゃひゃ!コイツすげぇ!」

「触っちまって良いよな?!オレに揉ませろよ!」

「ちょっと!やめてよ!!」


 野郎共がミアの胸に釘付けになっている。

 気持ちはわからんでもないが、それはわたしの物だ!!成仏する覚悟は出来ているのだろうな?!!くわわ!!


 それにしても、コイツ等が手にしてる武器、ホント酷いわ!

 ミアを馬車から引っ張り出した奴が持ってるナイフなんて、あっちこち刃毀れしてるし。

 ちゃんと研いでるの?それで切れるの?

 こんなナイフじゃ、わたし達が下に身に付けている、ブラウンクロウラーの糸で作られた生地なんて、傷も付けられないよ?

 まあ、何処に身に付けているかは、乙女の秘密ですけど!!


「よせ!彼女達に手を出すんじゃない!」


 ロデリックさんが後方の騒ぎに気が付き、コチラに向け声を上げた。


「あぁ?!うるせぇよオヤジ!動くんじゃねぇよ!!」


 突然大声を出したロデリックさんに、マスカってチンピラがその胸元を掴んで、ショートソードの刃を首筋に当てて力を籠める。


「う?くっ!」

「ち!会長かいちょ!!」


 同じく外に連れ出されて、チンピラ二人に両脇から抑えられていたクゥ・エメルさんが、ロデリックさんが乱暴されそうなのを目にして、自分を拘束していた二人の手をスルリと抜け出し、素早く前へと走り出した。

 その身の熟しは、正に猫科の動物そのものだ。


「彼女達にもしもの事があってみろ!貴様ら只では済まされんぞ!!」


 自分の首筋に当てられた刃物にも怯まず、無法なチンピラ達に、ロデリックさんは大きく怒声を上げる。

 実に男前だ!ウン!やっぱり見直しちゃったな、ロデリックさんの事!


 そのロデリックさんに向け走り込むクゥ・エメルさんを、アーヴィンがそれ以上は危険だとばかりに、庇う様に抑え込む。

 うん?なんだかこっちも、女性を守る騎士っぽい男前な動きだぞ?

 ビビの不機嫌指数が、一瞬ググンっと上がったのが見て取れたよ……。


「ああぁん?!おれに指図してんじゃねぇぞ!!くそオヤジぃぃっ!!!てめぇはもう黙っとけやぁっっ!!!!」


 マスカって奴が、ロデリックさんの喉元を刺そうと、その胸ぐらを掴んだままショートソードを引き絞った。

 あ、コイツ、人の命を何とも思ってない類のクズだ。

 ロデリックさんの、自分に対する態度か気に入らないとかの理由だけで、あっさり命を奪おうとしている!

 これまでも、散々平気な顔で、花でもむしる様な感覚で、人の命を奪って来た輩だと云う事が良く分る行動だ。


 アーヴィンは、クゥ・エメルさんを抑え込んだ事で、初動が一拍遅れてしまった。これでは刃が届く前に、処理する事には間に合わない。

 このままでは、生命の危機にまでは至らないだろうけど、ロデリックさんが傷付けられるのは避けられない。


 けれど、わたしとしては、ロデリックさんに、毛ほどの傷さえ付けるさせ事を、許すつもりは全く持って全然無いのだ。


 パァァン!と、その瞬間、辺りに乾いた破裂音が響き渡った。


 それは、マスカとか呼ばれたチンピラが、ぼろクズになって吹き飛んだ音だ。


 わたしが一瞬でそこまで移動して、奴の鼻面に軽く裏拳を……、正確には、裏デコピン?を『ポン』と手首を返して、指先を当ててやっただけですが……を、かました結果だ。


 村の子供たちなら……、ステファンやアーヴィンなら、「いてーっ!いてーーっっ!!」って喚きながら転がりまくる程度で済むんだけど……。

 外の人はそうは行かないんだよねー。

 またアンナメリーに、ジト目で見られてる気がしるよ。


 吹っ飛んだそいつは、顔面が陥没して前歯も全部砕けたようだ。

 飛ばされた先で、樹木や岩に弾かれて、全身酷い事になってそうだけど……ち!生きてやがった。

 あちこち折れ曲がって大変な状態だけど、辛うじて生命活動は保っている様だ。


 そして、それを合図にしたように、アムカムの皆も行動を起こしていた。


 ミアは、腕を握って居たヤツのボディに、捻りを加えた拳を叩き込んでいた。

 その衝撃は身体を貫き、あれは背骨も逝ってるな……、喰らったチンピラは、口からレバーみたいな塊を出して、ピクピク蠢いてる。


 ビビはもっとエゲツない。

 自分を押さえていた奴の死角にスルリと入ると、浴びせ蹴りでそいつの延髄を叩き折りに行ったのだ。

 喰らったそいつも地に伏して、口から泡を吹いてピクン!ピクん!ってしている。

 一瞬首が、可笑しな角度になってた筈だけど……、よくあれで生きてるな……。


 アンナメリーは、ミアに絡んでいたもう一人と、自分を押さえていた相手の喉を、手刀で打って屠っていた。

 気道を完全に潰された二人の顔色は、既に紫色になって、コチラもピクピクとのたうっている。


 三人とも、完全に殺しとりに行ってますよね……?

 未成年でも、アムカムの女は、ほんとコワいよねぇ……。


 対してアーヴィンとロンバートの相手は、手足はおかしな方向向いてるけど、まだ命に別状は無さげだ。

 アーヴィンは、わたしが動いた瞬間、右手側に居た6人に向かい飛び込んで、ツーハンドソードを一閃二閃と振り切って、瞬く間にチンピラ達を叩き伏せた。

 そのまま馬車の反対側に跳び、そこにいた4人も同じように一瞬で打ち取っていた。


 ロンバートは、クゥ・エメルさんに逃げられて、追い縋ろうとしていたチンピラ二人を、そのまま正面からブっ太い腕で薙ぎ払い、吹き飛ばしていた。


 アーヴィンとロンバートに吹き飛ばされた連中は、例外なく樹木や岩などの、ぶつかれば確実にダメージを追う場所に叩き付けられていた。

 優しく、藪や草の上に着地できた者など、只の一人もいない。

 なので、大体全員の手足がおかしな方向を向いている。

 これはこれで酷いけどね!まぁ同情する気など更々無いが!!


「……や……こ、これは……?」


 ロデリックさんは一瞬ひとまたたきの間に事態が収束した事に、驚きが隠せないようだった。


「これが……、これがアムカムの力と云う事ですか……。なるほど……なるほど!」


 クゥ・エメルさんに支えられ、立ち上がったロデリックさんが、ウンウンと頷きながら、そんな事を仰った。

 ロデリックさんは、わたしがチンピラを吹き飛ばした時、その勢いに巻き込まれて転がしちゃったから、ちょっと申し訳なかったな。


「どうするコイツ等?!このままだと息引き取っちゃうけど……!スー!アンタ、うまい具合に治せない?!」


 わたしもロデリックさんに手を貸そうと、身体をそちらに向けようとした時に、ビビから声をかけられた。


「え?治せる、けど。……みんな全快しちゃう、よ?適度に治癒させるとか、器用な事、出来ない、よ?」

「ああー!そっか!……いいわ!面倒だけどアタシがやるわ!ミア!アンタは連中を片っ端から拘束して行って!……って!どうしたの?スー?!」


 そこで、そう言えば気になるのが居たな、と思い出した。

 直ぐ馬車に戻り、座席の下に置いていた自分の白銀剣シルバーソードを1本抜き出して、手の中でクルリと回し、剣先を少し北寄りの東方向へピタリと合わせ向けた。


「……ん……一人逃げているのがいるけ、ど……。どう、する?」

「ココから逃げたヤツがいたの?!」

「ううん、もっと前。コイツ等が馬車で道を塞ぐ前に分かれて、た」


 そうなのだ、ビビ達が気が付く随分前に、コイツ等はわたしの探知範囲に入っていた。

 コイツ等が道を塞ぐ動きをする前に、一人だけ集団から離れていたのは察知していたのだ。

 離れるまでは一緒に動いていたから、多分仲間だと思うんだけど……。

 コイツも一応確保しておくべきかどうか、ちょっと悩むところではあったのだ。


「ふーん!で、どう?無力化して足止めできそう?!」

「うーーーん、もう1キロくらい離れてるから……、手加減できないから、爆ぜちゃうと思う、よ?」

「うぇぇ!なんか、暫くハンバーグとか食べられなくなりそうだから、辞めといて!」

「ん、わかった」

「とりあえず、害意は無いんでしょ?!」

「そうだね、とりあえずはね。でも気配は覚えたから、何かあったら捕まえられる、よ?」

「そうして頂戴!今は目の前のコイツ等を処理しましょ!」


 そのまま命の危険がありそうな奴だけをビビが治療して、ミアが魔法で出した蔦を使って、虫の息のチンピラ達を拘束して行った。

 後は、アーヴィンとロンバートが、連中を幌馬車に積み上げて行って終わりだ。


 コイツ等はこのまま、この幌馬車を牽引して、パルウスで衛士さん達に引き渡すと云う話になった。

 流石に此処に放置は出来ないからね、余計な手間だけどしょうがない。



 やっぱり、逃げたヤツはコイツ等と仲違いしたのかな?

 どっかで会った事あるような気配なんだけどなー……、どこだったっけ?

 まあいいか、とりあえずは名前も『視えた』し、何か起こしそうだったら次は直ぐに対応しよう。


 『ジュール・ナール』か、忘れないようにしておこう。




 結局その日、予定よりも2時間以上遅れて、わたし達はデケンベルの北の門をくぐる事になったのだ。


――――――――――――――――――――

次回「デケンベル中央馬車ステーション」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る