第43話セドリック・マイヤーの決断

「クラウド卿?!!」


 その時、その打ち捨てられた姿に衝撃を覚え、自分が騎士団を預かると云う身でありながら、動揺を隠す事も出来ず、我を忘れて声を上げていた。

 そして、力無く地に伏すその人影に、急いで駆け寄ったのだ。

 間違い無い、これはクラウド卿ご本人だ。

 あの屈強な御仁が何と言う姿に!一体外で何があったと云うのか?!


 その姿は余りにも衝撃的だった。それは、凄惨の一言だ。

 纏う鎧のそこかしこが切り裂かれ、多くの傷を追い、出血も酷い。

 顔にも酷く引き摺られたような傷が付けられ、そこには殆ど血の気も無い。

 クラウド卿に、一刻も早く治療を施す必要があるのは明らかだった。



     ▽▲▽▲▽▲▽



 それより少し前、我々に向かい押し寄せて来るアンデッド共の流れに、大きな変化があった。


 これまでは、波状攻撃を繰り返していたが、合間合間に息継ぎの様な間があった。

 だがここに来て、一気に押し潰す様に圧力をかけて来たのだ。



 夜明け前に現れた上位種を含め、一度は一掃された筈のスケルトンやゾンビなど、低位のアンデッドも再び溢れ、共に押し寄せて来ていた。

 日中だと云うのに、このアンデッド共はその勢いに衰えを見せない。


 これは、日の出と共に現れた、悍ましい気配と関連があるのは間違いない。


 あの後直ぐに、カイルとトニーが深手を負ったコンラッド殿とジルベルト殿を移送して来たが、何があったのか報告をする事もせず、今も戦っているクラウド卿の元へ行くのだと、直ぐにこの塹壕を出てしまった。


 この時には既に、三博士のお力添いで治癒の力を使って貰い、多くの負傷者を身体が動くまでに回復させて頂いていた。

 アンデッドの襲撃が薄くなっていた事もあり、復帰出来た兵站部隊の手で、塹壕の周りの壁を補強する事も辛うじて出来た。

 この治癒で、多くの者達の命が救われた。博士方には、どれ程の感謝をしても足りない。

 それに、人手が増えた事で壁を構築し直せた為、堅固隊を休ませる事も出来た。

 一晩中戦線を支えてくれた彼らに、少しでも休養を与えられた事が何よりも有難かった。


 だが、運ばれて来たコンラッド殿とジルベルト殿の傷は何かがおかしいと、治療にあたっているハーフエルフの女性が、しきりに首を傾げていた。

 どんなに治療魔法をかけても、傷が塞がらないのだ……と。やっとの思いで塞いだ傷も、直ぐに開いて血が溢れるのだそうだ。

 今は血を止める為に布で抑え、包帯をきつく巻く事で、辛うじて止血をしている有様だ。


 我々が体勢を立て直し、凡そ3時間ほど経った頃、ズシリと肚に響く様に大気と大地の震えと、空を焦がさんばかりの閃光が閃き、更に肌をもひり付かせる魔力の脈動が、この塹壕を襲ったのだ。

 それは明らかに、巨大な魔力の一撃が振るわれた衝撃だ。

 皆、一様にその衝撃に色めき立ったが、壁の内側では外の様子を窺い知る事は出来ない。

 斥候を出し様子を探るべきかと、コーネルと相談をしていた所に、再び地を埋め尽くす程のアンデッドの大軍が、この塹壕に押し寄せて来たのだ。


 まだ戻らぬカイル達を迎える為に、一部だけ開けていた北側の隙間もアースウォールで塞ぎ閉じた。


 高さは凡そ5メートル、直径20メートル程の大きさを覆う様に、改めて壁を作り上げていた。

 だが、昨夜リサ達が壁に施した聖遺物としての効果は、ヴァンパイアの魔法で焼かれ大きく失われていた。

 更に新たに作り足した壁には、当然その効果は無い。


 押し寄せるアンデッド達により壁が侵食され、崩された隙間から、バラバラとアンデッドが零れ落ちて来る。

 散発的に壁内に入り込んだアンデッドを討ち取っている内は良いが、何れは大きく壁を突破されるのは時間の問題だ。


 そんな危機感が大きくなっている所に、壁の外側から何かが放り込まれた。

 まるで、無造作に投棄物でも捨てる様に、ソレは壁を越えて来たという。


 それこそがクラウド卿だったのだ。


 その時に、ゾッとする様な女の嗤い声が、壁の向こうから響いていたと報告もあった。恐らく、それはヴァンパイアの物だったのだろう。


 クラウド卿の治療を博士方に急ぎ頼んだが、やはりコンラッド殿ジルベルト殿と同じく、傷が塞がらないという。

 それでも、出来うる限りの事はやって欲しいと頼み込む。


 そしてアンデッドの圧力が一気に上がった。

 壁の上から次々と零れる様に落ちて来る。

 欠損した壁の修復に、兵站部隊が奔走するが追い付かない。

 入り込むアンデッドが低位の物ばかりとはいえ、その数が時間を追うごとに増えて行った。


 いよいよ本格的に潰しに来たか。

 やがて騎士団員だけでは対処が追いつかなくなり、遂に零れ出たアンデッドにより、非戦闘員にも犠牲者が出始めた。


 非戦闘員の……、少なくとも一般人だけは、何としても生き残る道を作る必要がある。

 フレッドを呼び、いざと云う時に手掛けさせていた、シェルターの完成を急ぐように指示した。

 『シェルター』は地中に厚い壁で囲まれた空間を作り、退避者を仮死状態で休眠させる緊急避難用の魔法処置だ。

 少なくとも三博士とその助手の女性。そして文官であるコナー・クラーク氏の5人は、何としてでも生き延びさせねばならない。

 残念な事に3人の文官の内、一人は最初の襲撃で、二人目もつい先程アンデッドの中に沈んだそうだ。

 これ以上の犠牲を許す訳には行かない。


 5人に退避勧告しようとした、その矢先、壁の上部が大きく欠損し、バラバラとそれまでに無い数のアンデッドが零れ落ちて来た。

 咄嗟にコーネル達堅固隊に、中央の壁になる様指示を出す。

 博士達5人がシェルター内に退避するまでは、どんな事をしても彼らを守らなくてはならない。


 それでも、騎士団員の消耗も相当に激しい。

 皆、『畜魔力装置マナ・バッテリー』の残量も僅かな筈だ。

 多くの者が『魔法蓄積筐体カートリッジ』も使い切って居るだろう。

 それでも、団員達の顔からはまだ、戦意は失われては無い。


 しかし、それを嘲笑う様に、アンデッドの波は勢いを増す。

 大波の様なその勢いは、止まる事など無いとでも言う様に押し寄せる。


 肚の決め時かもしれないな。


 フレッドに、急ぎ博士方をシェルターへ避難誘導をするよう伝えた。シェルターは既に、人を収められる状態まで出来上がっていると言う。

 フレッドには、5人をシェルターへ納めたら、直ぐにそのまま完成させる様に指示を出す。

 次いでコーネルには、堅固隊でシェルターを囲い護る様に、陣形を配置しろと指示を飛ばした。


 武器を持つものは堅固隊の前へ出よ!

 その剣で!槍で!斧で!力尽きるまで骨共を薙ぎ払え!

 矢を放つ者、魔法を撃つ者は、残りの矢を撃ち尽くすまで、魔力を燃やし尽くすまで撃ち続けよ!!

 さあ!此処が我等の最後の戦場だ!

 奴らに、機動重騎士の闘志がそう簡単に消える物では無い事を、存分に思い知らせてやろうではないか!



 だがその時、突然、空を切る様な衝撃が、壁の外から内側へと走り抜けた。


 激しい風に巻かれる枯葉の様に、アンデッド達が吹き飛び、光の粒子になり消えて行く。


 一体何が起きたのか?!

 自分には、光る波紋が南側の壁を突き抜け、衝撃として広がった様に感じた。

 呆ける間も無く、また衝撃が広がったのが分った。

 今度は上からだ。

 上空から北側に向け、光りの様な波紋が広がった。

 今の衝撃で、北側に群がっていたのアンデッドも、その殆どが吹き飛んだのが分る。


 上方に何があるのか?!

 アンデッドを吹き飛ばした衝撃の出所を探すべく、咄嗟に視線を上げれば、そこに何かの影が飛んでいた。

 あれは馬か?馬が飛んでいるだと?


 そして、そこから別れる影がもう一つ。


 風巻くように舞う光を背に、人の影シルエットが浮かび上がる。

 …………あれは、天使……なのか?



 そして、その舞い降りた救いは、高らかな声で呼び上げた。


「ハワードパパ!!」


――――――――――――――――――――

次回「紅の殲滅者」

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