26話放課後ティータイム
「アベナント南部より取り寄せた茶葉でございます」
アベナントと言うのは、アウローラ共和王国の西側に接する国の名前だ。
海が少ないアウローラと違い、広く海と接するアベナントは、交易の盛んな国なのだそうだ。
気候の良いその南部で採れる茶葉は質も良く、海外に輸出する高価な名品の一つとしても知られている。
その高価な茶葉を、白い口髭のダンディーなバトラーさんが、流れる様に綺麗な姿勢を以って淹れ、とても品良くわたし達の前にカップを置いて行く。
淀み無い動きでカップを差し出し、「どうぞ」と優しく微笑む姿がとても眩しい!
「さ、遠慮なさらずに召し上がって下さいね」
「はい。ありがとうございま、す」
わたしは勧められるまま、芳醇な香りの立つそのお茶を一口頂いた。
今、わたし達が居るのは、本校舎最上階にある談話室の一つだ。
この学園には談話室が幾つもあるが、ここは他の物とは趣きが少し違っている。
なんでも、貴族制度が健在だった頃は、此処は上位貴族の子女のみ使用が許されていたのだとか……。
成る程確かに他の談話室ち比べると、部屋の造りの重厚さが全く違うのだ。
柱や腰板には細やかで繊細な彫刻が彫られ、そこに惜しげもなく金箔が施されている。
天井には、細かな筆使いで描かれた天上世界。
まるでどこかの、ベルだかサイユだかの宮殿の様な贅沢な造りだ。
先程のバトラーさんだって、この部屋専属の特別な方なのだそうだ。
そしてなんと言っても今、目の前に居るのはキャロライン・ゴールドバーグ旧公爵家御令嬢!
旧公爵家ですよ?公爵家!!言って見ればコレ、王様の血筋って事でしょ?!
なんで宮殿のサロンみたいな一室で、そんな方の前にわたしは居るんでしょか?!!
こんなトコ庶民が来る所では無いでしょどう考えても!ネェ?!!
でもティーパーティーと伺っていたので、ゴールドバーグ様の派閥のお姉さま方に周りを取り囲まれるのかと、マジで心底ビクビクしていたんだけど、実際の所は待っていたのはご令嬢お一人だった。
「急なご招待でご迷惑ではなかったかしら?正直、お断りされるかと思っていたのよ?」
「い、いえ、お断りするだなんて、とんでもございません。お声をかけて頂き、光栄に存じます」
「本当に?だとしたら嬉しいわ!私、貴女とこうしてお茶を頂くのを、とても楽しみにしていたのよ?」
「そ、それは、恐縮でございま、す」
ゴールドバーグ様は、言葉通りにとても楽しそうに話していらっしゃる。
頭の上でまとめ上げた、柔らかそうなウェヴのかかったホワイトブロンドの髪は、とても品の良さを感じさせた。
想像していたよりも物腰は柔らかく、口調も砕けていて、『優しいお姉さん』って感じの方だ。
それでも、わたし的には、こういった場はやはり性に合っている気がしない。
何処まで行っても中身は庶民なので!!
なんとも座るお尻が落ち着かない、居心地の悪さを感じてしまうのは、しょうがない事だと思うのです。
令嬢はそんなわたしに気付いているのかいないのか、始終ニコニコと微笑み、楽し気に話しかけて来る。あ、お勧め頂いた此方のショートブレッドですか?はい、大変美味しゅうございます。甘さも品良くバターの香りが濃厚で口の中でホロホロと崩れて溶けて行く様です。はふ、そこに頂くこのお茶が実に美味しい。いつの間にか減っているお茶のカップに、バトラーさんが透かさず気付き、「おかわりをお注ぎいたしましょう」と、笑顔を輝かせて語りかけて来る。ああ!今はこのロマンスグレーでナイスミドルなバトラーさんがわたしの唯一の癒しなのですね!
「ホント、噂通りに見ていて飽きない愛らしい方だわ」
語尾の最後にハートマークでもくっ付けているんじゃないか?って位声を弾ませて楽しそうにゴールドバーグ様は仰る。
一体どこの噂ですか?わたしゃ見世物パンダみたいなモン?一世を風靡した某風太クンみたいに、立つだけで喜ばれてしまったりするんだろか?
「コリンやダーナが言っていた通り、ついつい抱きしめて、持って帰りたい衝動に駆られてしまうわね……」
「ご、ご冗談ですよ、ね?」
「うふふふふ」
ぉふ、否定はして下さらない?
そして噂の出所が身内だと言う事も判明。
勘弁してよコリン姐さん!招待状を頂いた後、ゴールドバーグ様の事を聞いた時は、「思い遣りのある良い子よ?ちゃんとしてる後輩には優しいと思うわよ」とか言ってたじゃないのよ?!更にこの方が、学園最大派閥のトップって情報もくれちゃったしさ!
最後に「とにかく、頑張って行って来なさいな」とか言われたのがまたコワイ!
おかげでわたしの尻込みが、絶大に大きくなったワケなんだけどね!
だから、ご招待を頂いたその後、盛大にビビりまくっていたわたしは、ビビとミアにもご同行をして貰う様に、縋る勢いでお願いしたのだ。
だと言うのに!1人で行って来いと突き離される始末!
ビビさんは「旧上位貴族しか使用できないラウンジなんかに、私達が行ける訳ないじゃない!」と仰った。
まあその通りなんだけどさ!でも、なんか皆が冷たすぎる気がするんですけどっ?!シクシクシク……。
「私ね、今朝のお話を聞き及んで、とても感心してしまったの。それで、どうしても今日貴女とお話がしたかったのよ」
「今朝の……と、仰います、と?」
「新入生同士のもめ事を、あっという間に収めてしまったのでしょう?中々に出来る事ではないわ」
「あ、ぁ……い、いえ、あれはそのような大層な物では、無く……」
「ふふ、謙虚さも持ち合わせていらっしゃるのね」
どうやらゴールドバーグ様は、今朝教室前の廊下であったゴタゴタ。つまりコーディリア嬢と、ルゥリィ嬢とのバトルの話をしているらしい。
いや、でもあれはわたしが収めたって事には、成らないんじゃないのかな?大体わたし何もしてないし?
寧ろ、ビビとミアの圧で、ルゥリィ嬢が引いた気がしたしね。やっぱわたし何にもやってないよ?
そんな事を考えていると、ゴールドバーグ様はティーカップを置いて、静かな口調で話を始められた。
「この学園に入学した事で、自分を勘違いしてしまう子達が、どうしても少なからず居るものなの」
「勘違い……です、か?」
「自分が他より優れている。他の者達とは少しばかり存在が違うのだと言う過信。そんな、今の自身の身の丈に合わない考えに囚われてしまう子が、少なからず生まれてしまうのよ。家の期待や、世間の目を意識してしまうと、仕方の無い事なのかもしれないのだけれど……」
ゴールドバーグ様は、微かに眉を寄せながら少し困った様に仰った。
貴族制度が廃止され、既に150年以上が経ち、民主化された社会に見えるけれど、決して貴族達はその地位や力を失っている訳では無い。
そしてこの学園の多くの生徒は、元貴族の子女や社会的に成功しているなどの、名家の子供達の中から更に選ばれた少数の者達だ。
此処に通っている、又は通っていた、という事実は、相当に高いステータスとして、デケンベルの街の人達には認識されている様なのだ。
それは、組合に登録した時にも感じていた。
ティーハウスで仕事をし始めた事で、一般の方からの認識も知る機会が持てた。
やはり街では、学園の生徒に対する信頼度が抜群に高い。
そんな世間の認識の中、この学校の生徒になると云う事で、少しばかり思い上がりが過ぎてしまう生徒が出て来る。
ゴールドバーグ様が仰っているのは、そういう事なのだろう……。
それにしてもアレだわね……、こうして改めて考えてみると、この学園ってやっぱり『良家の子女の通うエリート校』的な立ち位置なんじゃない?
なんだか自分で自分の事を、『お嬢様』だ『エリート』だって言ってるみたいで、お尻がムズムズしてしまう。こんなの場違いにも程がある!やっぱ座りがヨロシク無い!
大体にしてわたしなんざ『お嬢様』なんて柄じゃない。この学園にだって、少しばかり体力試験の結果が良くて、入学出来た様なもんの筈だ!
そうだ!そうだよ!体力だよ体力!わたしはちょいとばかり身体を使うのが得意なだけで、別にお嬢様ってワケじゃない!
現にダーナやアーヴィンだってちゃんと学園の生徒になってるんだから、別におかしい話じゃないよ!ねぇ?!
……いや、いやいやいや待てわたし!何言ってんだ?それじゃわたしがまるで脳筋仲間みたいじゃないか!
違うぞ!わたしゃダーナやアーヴィンの仲間じゃないぞ!断じて違うぞ!!
ぐぅ、しまった、今のは自分に地味に効いた……。
「プライドを持つのは良い事なのよ?でも、それで周りに迷惑をかけてしまうのは……困ってしまうわよね?」
「そ、そうですね」
「でもね、優秀な学友達の間で切磋琢磨していくうちに、そう言った子もおのずと落ち着いて行くとは思わない?」
「そ、そう言う物なのでしょう、か?」
「そう言う物よ。それに何と言っても今年の新入生は、優秀な子達が多いみたいだし……ネ!」
「そ、そ、そんな優秀な、せ、生徒が多いなら……あん、安心です、ね?!」
「本当に……。期待していますよ?うふ」
「ぉぶっ!?」
思わずお茶を吹いてしまつたっ!
だってゴールドバーグ様ってば、とても良い微笑みで、ソレはソレは満面の笑みって奴で「頼んだわよ」と言いたげに、ニコォーっと笑顔を向けて来るんだもの!!
なんとなく可笑しな話の振り方してくるなぁ、思ってたら逃げ場を探す間もなくコレ?!
要するに、『これから新入生のゴタゴタはお前に任せる』と言われてるって事よね?!
どうしてこうなった?!そんなん無理よね?ねぇ?!
「あ、あのですねゴールドバーグ様。わたしには少し荷が重……」
「あら?名前で読んで下さらないの?!」
「は、はぃ?」
「だってもう私達お友達でしょ?私もコリンやダーナみたいに『スー』って呼びたいわ!……ダメ?」
「い、いえ!ダメという事はありませんけれ、ど……けど!」
「ホント?!嬉しいわスー!あ、私の事はキャリーと呼んでね?!」
「ぇ?キャ……?は?え?」
「ねぇスー、貴女をこのまま抱えて、お部屋に持って帰っちゃ……ダメ?」
「はひ?!……こ、困ります、困りま、す!!」
「あら、そう?残念」
何を言ってるんだ?何を言い出しているのだ?この方はっっ?!!
話があっち行き、こっち行きで、付いて行くのがやっとなのに、最後にはお持ち帰りしたいとか言い出す始末!
ヤバイヤバイ!目ん玉がグルグル回ってる!
この人、結構ヤバいゾ!このままだと、とんでも無い目に合いそうな気が気がメッチャしる!
これは逃げねば!早く逃げ出さないとっっ!!
「やあ、随分と上機嫌だね」
「あら遅かったわね、アンソニー」
「すまない、思ったよりも委員会が長引いてしまってね。それにしても、こんな楽しそうなキャリーを見るのは、随分久しぶりじゃないかな?」
「あら?そうだったかしら?うふふ」
わたしが目ん玉回しながら、逃げ出すタイミングを探ろうとした矢先、1人の男子生徒が談話室の扉を開けた。
鳶色の髪をフワリとなびかせ、室内に差込む午後の陽射しを従える様に、迷いの無い自然な足取りで室内に歩を進めて来る。
わたしはこの方を知っている。
いや、おそらく全校生徒が知っている筈。
この方は、入学式の時に壇上から新入生に向けて、在校生代表の祝辞をされていたのだから。
「は、はじめましてラインバーガー様。アムカムのスージィ・クラウドに御座います」
わたしは直ぐさま席を立ち、カーテシーでご挨拶をさせて頂いた。
因みに、わたしが立つのに合わせて、何も伝えていないのにバトラーさんが後ろに居て、音もなく椅子を引いてくれていた。
凄いなこの人!プロだね!!
「ああ、丁寧な挨拶をありがとうミス・クラウド。アンソニー・ラインバーガーだ。堅苦しい挨拶は抜きにしよう。座ってくれたまえ」
アンソニー・ラインバーガー……、旧侯爵家長男(ビビ情報)にして最上級生。そしてこの学園で女子人気第一位(メルルさん情報)の生徒会長だ。
どうしてこの方が?!このお茶会に来られるとか、全く全然聞いて無いんですけどっ?!
ラインバーガー様は、わたしに座る様に促しながら、こちらも流れる様な動作のバトラーさんに椅子を引かれ、当然の様にゴールドバーグ様の隣に座ってしまった。
チラリと目線をその隣に向けると、わたしの視線に気付いたゴールドバーグ様が、実に楽しそうな笑顔を向けて来る。
逃げる機運を失った?
うにゅぬぬぅぅ……、コワイ!その笑顔がコワい!
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次回「小動物事変」
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