25話博士と助手とボディーガード

 その研究棟は石造りで、意外と大きい建物だった。


 昔使われていた校舎だったと言う話だから、大きいのも当然なのかも知れないね。

 ヨーロッパなんかのゴシック様式の寺院みたいに、ゴツゴツトゲトゲしている様は、実に荘厳だけどオドロオドロした感が滲み出ていて実に怪し気だ。


 ウン、イイね!いかにも、怪しい研究をしている秘密の要塞臭さが溢れています!合格です!!


 大きな重い入り口の扉を開ければ、ギギギ……と、これまたお約束の様に扉のきしむ音が建物に響き渡る。

 薄暗く長い廊下を独り歩けば、コツコツとわたしの足音だけが建物内に反響する。イイね、イイね!この感じ!意味も無く緊迫感が昂ぶるというものですよ!


 やがて、指定されていた部屋の大きなドアの前で、若干の気持ちを引き締めながらノックをすると、直ぐに「入って良いのぉ」と緊張感のない緩んだ声が聞こえて来た。


 む、なんか今迄あった雰囲気を、一気に台無しにされた気がするぞ……、この声はノソリ先生?


 失礼します。と中へ入れば、そこは広々とした大きなサロンの様な部屋だった。


 あれ?意外な事に中は普通だぞ?

 もっと怪しげな魔導書が散らかっているとか、鉱物の類がそこかしこに転がっているとか、奇怪な生物のホルマリン漬け的な物が所狭しと並んでいるとか……そんな様相を想像しちゃってたんだけどな……。

 コレ、普通に整った応接間だよね。


 「わたしがーーー、毎日しっかりとーーーー、掃除と片付けをーーーしているからですからねーーーー!」


 わたしの思考を読んだ様に、そんな声が横から飛んで来た。あれあれ?なんでココにジョスラン先生がいるんだ?


「久しぶりじゃな、アムカムの姫さんや」

「お久しぶりですございます。先生方もお変わり、なく」

「お互い元気で問題無し!だのぉ」

「ふむ、取り敢えずは座って話そうじゃないかね。ジョスリーヌ君、お茶を頼むよ」

「あーーはいはいー、分かっておりますですよーー」


「時に、一体どういう事でジョスラン先生は、こんな所で給仕みたいな事をされているのです、か?」

「は?それはーー私がーー、まだーー先生方のーー助手をーしているからーーですかねーー!」


 助手?

 つい小首を傾げてしまう。


 三博士にご挨拶をしているとジョスラン先生が、ご自分を博士の助手だと仰って来た。

 なんでジョスラン先生が助手なんだろ?


 微妙に怪しさはあるものの、ジョスラン先生はちゃんとわたし達の先生をされている。

 幾ら大学の博士だと言っても、そんな一般の先生に助手をさせる程、この学園は人手不足なのだろか?


「あ?あれー?なんでー、不思議そうなーー顔をしているのーですかーー?私はーー昔からーー、もう何年もーーセイワシ先生の助手をーーしてーーおりますよーー?知ってらっしゃいますよねーー?」

「はい?……いえ、存じません、が?」


「ふむ、あれだね、彼女は君が前から私の助手をしている事に全く気が付いていないね」

「なるほど、初めて知ったと言う顔をしとるようじゃな!」

「助手君の事など、全然覚えておらんのだろうのぉ、ひょひょひょひょ」


「えーー?!ま、待って下さいーーー、ウソーですよーねーー?私ー達ーーイロシオの奥でもーー、アムカム村でもーーー、顔ー合わせてますーよねーー?お話もーしてますーよねーーー?」


「わはは、ありゃ覚えていない顔じゃ!」

「うひょひょ、助手君の扱いとしてはして、そんなモンじゃろのぉ!ひょっひょっ」


 うそでしょぉぉーーーー?!とジョスラン先生が絶叫し始めてしまった……。ウン、ゴメンナサイ、ホント全然覚えてないわ。


「そんなどうでも良い事よりも、だ!オヌシ、冒険者組合には登録したんじゃろ?」

「ど!ど―――でも良いーー扱いーですかーーーっっ?!!」

「助手君は、話が進まんくなるから、ちょっと黙っていようかのぉ?」

「えっと……は、はい、先日登録は済ませましたが……なに、か?」


「なら、近々ワシの鉱物試験の手伝いで指名するから、よろしく頼むぞい!」

「は?」

「ふむ、私も魔導起動実験に手伝いが必要だからね。当然指名は入れるからそのつもりでいて欲しいね」

「は?え?ちょ……」

「当然ワシも魔導精製生物の捕獲や解体に手が必要になるからのぉ!よろしく頼むかのぉぉ」

「は?な?何を言ってらっさるのですか?!先生方、はっ?!!」


 ナニ言ってるんだろうかこの方達はっ?!組合には登録したけど、この先生達のお手伝いとか、仕事のレベル高すぎじゃない?!


 とても、Dクラスにもなっていない新人が受けられる仕事じゃないんじゃないの?

 シーマックさんのところのウェイトレスだったらまだしも、『捕獲』とか危険が伴うモノは組合が承知しないでしょ?!どー考えても!!


「だ、大体にして、わたしが冒険者組合に登録した事、どうして知ってらっしゃるんです、か?!」

「そりゃ、生徒課に聞いたからじゃよ?」

「はい?」


「学園は、生徒が冒険者組合で、何時、何処で、何時間、どういった仕事をしたか、または予定をしているかを、丸っと把握しておるからのぉ」

「ふむ、そこが学園と冒険者組合の繋がりの深さの証と言う物だね。だからこそ学園は生徒を安心して組合に任せられるワケだね」

「そ、そう言う事、が……」


 聞いてびっくり、そして納得。

 まあそれあってこそ、外出許可も出てるって事よねぇ。

 良くも悪くも、学園の掌の上で、危うげなくお仕事して社会勉強しているって事、なのかぁ?

 だったら尚の事、危険な可能性がある仕事は、学園が許可しないんじゃないの?


「ど、どちらにしても、わたしはまだ、Eランクになったばかりです、し……」

「あー、そんなものは問題じゃないんじゃ!」

「ふむ、難しく考えなくていいんだね。とりあえず我々の助手になると考えて貰えば問題ないね」

「は?わたしが……助手です、か?」


「ま!待ってーー下さいーーーー!わ、私はーー、助手ーークビですかーーーー?!」

「だから、ちょっと黙っていようかのぉ?!」

「で、ですが、新一回生であるわたしが、いきなり先生方の助手と言う、のは……」

「ああーーもう!1年半も大人しく待っておったんじゃぞ!!今更1ヶ月や2ヶ月早くとも良いじゃろが?!!」

「は?!はいーー?!!」


「ふむ、もうとうに約束は出来ているからね。後はそれを履行して貰うだけなんだね」

「な、何の約束です、かーー?!」

「そういう訳だからのぉ!とっとと協力して貰おうかのぉぉ!!」

「ななな、何をさせよう、とーー?!!」


 なんか訳の分からない事を言い始めた先生方に、目ん玉グルグルになってしまった!


「先生方お待ちください!慌てないというお約束の筈です!あくまで、姫のご助力頂ける範囲内で、と云う事をお忘れなく!!」


 と、そこへ、わたしを庇う様に、先生方との間に身体を差し込む方が居た。


 頼まれたお茶も入れず、その辺でもんどり打ってるジョスラン先生に代わり、お茶を淹れて運んで来てくれた方だ。

 わたしが目ん玉回しているのを見て、お茶を乗せたトレイを素早くテーブルに置き、先生方の前に立ち塞がってくれたのだ。


「あ、あれ?貴方も、確か何処か、で……」

「失礼致しました!ご無沙汰しておりますスージィ姫様!覚えておいででしょうか?自分は元第十二機動重騎士団4班班長、ノーマン・ランスです!」


「ああ!確か槍の隊長さん、でしたよ、ね?」

「おお!自分の事を、覚えておいで下さいましたか!光栄の至りです!!」


「!!ノーマン様のーー事はー覚えておられるーーーー?!のに!わ、私だけー忘れられているーーーーーー?!!」

「だから静かにしろと言うているだろうがのぉぉ!!」

「もが!!お、お茶うけのーークッキーをーー?!もがが!!水分っ!水分ががーーー!!もがもがががが!!」


「……あ、でも、元?」

「は!自分は今、特務を受け、団を離れておりますので!現在、先生方の護衛を務める為、この地へ就いております!」

「え?えっと、『特務』でしたら、部外者のわたしに話してしまうの、は……」


「いえ!姫様は自分の護衛対象でありますので!」

「は?わたしが、です、か?え?」

「はい!主に、この様な先生方の暴走から、姫をお守りする為であります!」

「「「チッ」」」


 ノーマンさんが眼鏡を光らせながら、キッ!とばかりに先生方に視線を飛ばしたら、揃ってプイっと横向いて、合わせた様に盛大に舌打ちしたよ!この先生方は!!


「騎士団とアムカムとの盟約により、姫様の御身を護る大役を仰せ付かっております」

「騎士団とアムカム、の……」


「ふむ、学園理事長とアムカムとの間でも約束は出来ているからね」

「そもそもが、ワシらがアムカムに残って研究させろと主張したのを、デケンベルまで引き摺って来たのは、騎士団のマイヤー大隊長じゃからな!」

「元々大学には未練は無かったでのぉ。身辺整理に1年かけて、半年前から学園に席を置いているからのぉ」


 先生方の話では、大学での学会やら教授間での政治的な遣り取りやらが、本当に煩わしくてしょうがなかったそうだ。


 そこで学園が間に入り、研究室を用意するので、ここでわたしの入学を待ってはどうか?と持ち掛けたらしい。

 先生方としても、アムカムへ行くのもそれ程不便なく、本格的な大学の研究施設が使えるので、学園へ来る事に何の躊躇いも無かったそうだ。


 実際の所先生方は、わたしの事が無くても、アムカムに残って研究をしたかったのだそうだ。イロシオでの体験は、それ程までに三博士にとって刺激のあるものだったらしい。


「それにのぉ、アムカムもお前さんの事が心配なんだろうのぉ」

「え?わたしを……です、か?」

『渡航者トラベラー』だったか……『遭難者サバイバー』だったかのぉ?…………まあ、今のお前さんを診る限り、心配はなさそうだがのぉ」

「……?」


 ノソリ先生が額に上げていた眼鏡をかけ直し、目を幾分細め、まるでお医者様の様な目付きでわたしを見ながらそんな事を仰った。

 なんだろう?何かわたし、心配かける様な事してたかな?


「ワシらは、調べた結果を、何処ぞに発表する気なぞ無いから、その辺は安心して欲しいぞい!」

「ふむ、この辺もアムカムと学園理事長と話は付けてあるからね。発表はこのメンツでやっていれば十分な事だしね。どこかに認めさせるとか全く必要無いからね」

「モルモ……ゲフン、ゲフン!実験協力者としてお願いすると、約束してあるからのぉぉ」


 いつの間にかわたしは、先生方の実験協力者モルモットになる約束が、既に出来上がっていたらしい!

 全然そんな話聞いていないんですけどぉーー!!


 それにしても学園理事長って方、わたしの知らない所でお世話になっているっぽい?

 どんな方なんだろ?お会いする機会があったら、感謝を述べさせて頂かないとなぁ。


「どうか、この身を姫様の為に使う栄誉を、お許し頂けないでしょうか?」


 わたしがそんな思いにふけていると、ノーマン様が騎士の誓いをする様に、わたしの前で頭を垂れながら片膝を付いていた。


 結局ノーマン様は、騎士団とアムカムからの依頼で、わたしと、この暴走し気味の先生方の間に入り、防波堤になって下さる為にココにいらっしゃるそうだ。


 ありがたい話である。マイヤーさんやオーガストさんにも、感謝を忘れてはいけないな。


「ありがとうございますノーマン様。よろしくお願いします、ね」


 わたしは、膝を付くノーマンさんに、自分の右手を差し出した。

 ノーマンさんは、わたしの手を取りその甲に唇を付け、一言「光栄です」と仰り微笑まれた。


「ノーマン様がーーー騎士の誓いーーー?!私にもーーまだーーして貰ってーーいないのにーーーー?!!」

「だからやかましいのぉ!もう少し大人しくせんかのぉぉ!!」

「モガーーーッ!ま、またーーークッキーーーもが!す、水分ーーー!!モガッーーー!!」


「助手君も不屈じゃな。まだ諦めとらんのか?」

「ふむ、全くだね。彼は毎日夢中な彼女と立ち合いで楽しんでいるというのにね」

「い、いえ!彼女はお世話になった先輩の妹さんなので!少しでも力になればと思っているだけで、決してその様な浮ついた気持ちではっっ!!」


 なんかセイワシ先生の言葉に、ノーマンさんが慌てる様に反論している。なんか顔も赤くなってないか?

 ホムホム、ちょっと気になりますねぇ。ノーマンさんが顔を赤くするお相手って、どんな方なんだろ?

 あ、またジョスラン先生が復活してなんか叫んでるぞ?


 段々と場がカオス化して、お昼休みも残り少なくなってきたので、とりあえずその場をお暇させて頂いた。

 先生方は、わたしが『Dランク』になったら、また声をかけると仰っていた。

 う~む、ノーマン様が守って下さるとは言え、やっぱりちょっとコワいかも。





 本校舎に戻ると、教室前でアンナメリーがわたしの戻りを待っていた。

 どうかしたのか?と聞くと、届け物があると綺麗な封筒を手渡された。


「……これは?」

「お嬢様へ、お茶会の招待状で御座います」

「は?」

「二回生の、キャロライン・ゴールドバーグ旧公爵家御令嬢からのご招待で御座います」


 ぐはぁ!ちょっと待ってぇー。

 今、三博士の呼び出しを受けて来たばかりなのに、また呼び出しって事ですの?!

 なにこれ?今日は『呼び出しデー』とかそんな日なの?

 しかも旧公爵家令嬢ぉぉ?!朝みたいな胃の痛くなる展開が、待っている予感しかしないのよさ!!


「……えっと、出ないと……ダメ?」


 そんな恐れ戦くわたしの問いに、アンナメリーは、とてもとても優し気にニコリと微笑んだのだった。


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次回「放課後ティータイム」

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