21話廊下戦線
「いい加減、節度をわきまえて行動されては如何でしょうか?」
「はぁっ?!ナニ言ってんの?ウチラは廊下を進みたいだけなんですけど?!」
「淑女としての、自覚の話をしておりますのよ?お分かりになりませんか?」
「益々意味が分かんないんですけど?!自覚とか関係無くない?!」
「ですから、そうやって廊下の中央で広がってお歩きになるのは、見目にも宜しくは無いと言っていますのよ?大体にしてわたくし達、教室に入りたいだけなのですが……」
「あら?どうぞ、入ってくれていいわよ?ホラ、ココ!この横から通って行けば?」
「ふぅ、ホントに理解力と云う物が乏しい方ですわね。それでは、わたくしが道を譲った事になってしまうではありませんか。それでは貴女の為にはなりませんでしょ?」
「はあぁ?ナニ言ってんの?!退けばいいじゃない!いい加減譲りなさいよ!道開けなさいよ!!」
「ですから、貴女の為にと思い言っています。道を譲るのは、立ち位置の低い者からと言うのが道理で御座いましょう?」
「なっ?!ウチラに退けって言ってんの?!ウチラがソッチより下だと?!!」
「先程から、節度をわきまえます様にと、言っています」
「もう存在してない貴族制度の事言ってるワケ?!化石に縋ってるなんて滑稽よね!」
「良識をご存じなければ、恥をかくのはご自分ですよ?」
「貧乏貴族が何を偉そうに!」
「……成り上がりは何処までも浅ましい等と、
ガチじゃん!まぢでガチファイトじゃん!!怖ぇぇ~~、怖ぇよ、女の闘い怖ぇぇ~~~。
うわぁ、あんな中入りたくないわぁ。皆が遠巻きに見てるのも合点が行っちゃうよ。絶対あんな中に入って、巻き込まれたいとか思わないものね!わたしも思わない!絶対ヤッ!!
「学園内での行動に於いて、必要な良識は持つべきだと言っているのです。普段から、随分と傍若無人な行動が目立っている様ですが、貴女の言動は、間違いなくそこから外れています」
「……だからって、ソッチには関係無いんじないの?!」
「見ているのは、わたくし共だけでは無いと言っているのです!」
「チッ!!」
うわっ、この子舌打ちしたよ?!
ルゥリィ・ディートって子は、見た目だけで無く性格もキツそうだよね。ビキビキッて音が聞こえて来そうなほど顔が引き攣ってるよ?
コーディリア嬢大丈夫なのか?そんな子にケンカ売っちゃって?
まぁ、コーディリア嬢も結構気が強そうだモンね。こういう人でないと、ああいう子とガチでやろうとは思わないよなー。
わたしは思いっきり遠慮したい!
「……ねぇアレって、アムカムの……」
「あ、最大派閥の…………」
「すげぇな、この空気の中、堂々と入って行くぜ……」
「うぉ!三強揃い踏みかよ」
待て待て待て待て、ちょっと待て!何だソレ?!誰さ?どいつだ?!好き勝手言ってンのはっ?!!
最大派閥とか言うなし!
大体!こんな空気耐えてませんけど?!堂々としてませんけどっ?!入って行ってませんけどぉぉっ!!
ンでわたしを巻き込もうとするな!揃えるなっっ!!
ほらぁ!2人がこっちをジロリと睨んだじゃんよぉぉ!!
もう!2人して沈黙しちゃって、チラチラとコチラに視線を送って来るしぃ!そういうのは止めて欲しいんですけどぉ。
ルゥリィ嬢は、誰コイツ?的な胡散臭い物でも見る様な感じ。
で、コーディリア嬢は……ん?これは何か期待してる目?
ンでコレが2人からだけで無く、周りに居る全員から『どう動く?』的な、探る様な目線が刺さってくるんですけど!これも止めて欲しいのよっ?!!
わたしにどーしろって言うのさっ?!
あーーーーーーーっもうっっ!!
「……皆さん、どうかされました、か?」
ニッコリ笑いながら、空気も読まない
どうとでもなれだわよっ!!
「……これは、ごきげんようクラウド様」
お?コーディリア嬢がスッとこちらに身体を向けて、良い笑顔で朝の挨拶をしてくれたゾ。
今の今迄、醸し出していた剣呑な雰囲気など、どこ吹く風の変わり身の早さだ!
「ごきげんようキャスパー様」
わたしも負けずに、取って置きの笑顔でご挨拶をお返ししてみたりする。
「まあ!わたくしの名前を憶えていて下さったのですね?!クラウド様!」
「当然ですわキャスパー様。それで……、どうかされたのです、か?」
「いえ、クラウド様がお気になさるほどの事ではございませんのよ?ほんの些末な事でございます」
「そうなのです、か?教室へ向かう廊下が埋まっておりましたので、わたくし、何事かあったのかと心配になってしまいまし、た」
「まあ!それでしたらクラウド様、どうぞこちらからお通り下さいませ」
そう言ってコーディリア嬢とお付きの二人は、道を開ける様に一歩下がってくれた。
なんじゃコリャ……。
お嬢様同士の会話が、こんなにも流暢に出来ている事に、自分でも思わずドン引きだ。
この、わたしの、すっかりハイソなお嬢的な言動は、如何なモンなんでしょか?
咄嗟に被ったこの皮は、剝がれりゃしないないだろうか?と、実は内面では大汗ダラダラなワケでして……。
とりあえず、まだ皮は剥がれていない様だ。
まあ、この辺の事を厳しく仕込んでくれたのはビビとアンナメリーなんだけど、そんな簡単に剥がれてたら、二人に顔向けが出来ないよね。
っていうか、剥がれでもしたら、その後の二人の顔を想像すると、とてもじゃないけど怖くて簡単に剝がす訳にはイカンのですよっ!
そんな葛藤を抱えての、覚悟の参戦だったのだけど……。
コーディリア嬢は、思った以上にコチラに好意的に対応してくれた?
「ちょっと!どう言う事よ?!ウチラには全然譲らなかったクセに!なんでソイツにはすんなり譲ってんのよ?!!」
「先程からわたくし、『道理』と言う物を教えて差し上げておりました。それはつまり、こう云う事を言っておりますの」
「なに言ってんだか分んないんですけどっっ?!!」
わたしにだって分んないよ!!
食ってかかって来たルゥリィ嬢に、更に燃料投下してるよこの人!
で、その燃料ってのがわたしです!!ぃいやぁーー!
ルゥリィ嬢、メッチャ切れてるやん!
そりゃ今迄の自分への態度に対して、わたしへの対応が180度真逆だもんね!気持ちは分からんでも無いけどね!
だからってそうやって、わたしまで睨むのは止めて欲しいンですけどー!!
何なのコイツわーっ!とか言いながら、シャーーーっとばかりに、わたしに向かって睨みつけて来るルゥリィ嬢の耳に、取り巻きの一人が、ボソボソっと一言二言なにやら呟いた様だ。
「は?アムカム?……最大派閥?」
「……クラウド?コイツが?」
ルゥリィ嬢が、取り巻きの子に耳打ちされながら、わたしを見てブツブツと何かを確かめる様に、その子に聞き返していた。
だから、そういう胡乱な目付きで人を見るのは、出来ればやめて欲しい。
わたしは確かにアムカムのクラウドですけど、最大派閥でも何でもないですからね!
それにしてもこの子、よく見るとちょっと派手?だよね……。薄くお化粧してる?襟元もちょっと緩めてるよね?スカートも幾分短くないか?!
確かに、コーディリア嬢に何か言われちゃうのもしょうがないな?この学校の子としては、ちょいと尖がってますものね……。
でも、こんなの寮監様に見つかったら、確実にアウトだと思うんだけどな?寮を出てからやってるのかな?
だとしたら、隠れて頑張ってるのかなー、と思わなくも無いけれど、でも……ねぇ?
まぁ、なんて言うか、この子はギャルっぽい?って事なんだろか?この世界に『ギャル』ってのが居るかは知らんけど!
「……カレン?」
「!!」
わたしを睨みつけていたルゥリィ嬢が、わたしの後ろにいるカレンを見つけ、驚いた様に声を上げた。
カレンもその声を聴いて、ビクリと身体が小さく跳ねたのが分かった。
うん?やっぱりこのルゥリィ嬢と、カレンは面識がありそうだな。
「ちょっと!アンタ、なんでそんなトコに居るのさ?!ねぇ?!!」
「……」
ン?
「何で、そんなトコに隠れてんのかって聞いてんだけど?!」
「!……」
ンン?
「ちょっと!聞こえてんでしょうが?!答えなさいよ!カレン!!」
おいヲい……。
どういう訳かこの子は、ウチのカレンに威圧なんざをかけて来おる。
ちょっとこうなって来ると、わたしとしては見過ごす訳には行かないな。
わたしはスッと、カレンとルゥリィ嬢の間に自分の身体を差し込んで、彼女の目からカレンを隠した。
ルゥリィ嬢は、驚いた様なわたしを見るが、わたしはとにかく笑顔を崩さない様に努め、ルゥリィ嬢を静かに見つめる。
「な、なによ?」
カレンに向かい、足を踏み出そうとしたタイミングでわたしが動いたので、ルウリィ嬢は出鼻をくじかれ、たたらを踏んだ様になった。
ルウリィ嬢は、そのままわたしを睨みつけて来たけど、幸いな事に、それ以上前へ進み出ようとはしなかった。
さてさて、このまま引いてくれれば嬉しいんだけど、そうも行かないんだろうなぁ……。まだコッチ睨んでるし。
あんまり事を荒げたくないんだけど……、どうしたもんかね。
「ちょっとカレン!アンタこんなコソコソしてて、タダで済むと思ってんの?!!」
お゛お゛?何だコイツ?
この期に及んで、まだ更にカレンを威嚇するような物言いするのか?
コノヤロぉ…………。
「これはスージィ様、こんな所で何かございましたか?」
と、そこに唐突に後ろから声をかけて来る者がいた。
ビビこと、ベアトリスさんである。
そんで、お待たせしましたって感じの、おすました顔でわたしの右脇に立って来る。
ミアも一緒にやって来て、私の左側に立った。
さっきから二人が近くで様子を見てたのは、気配があったから分かってたんだけど、出て来るならもう少し早く来て欲しいよね!
なんでこんな狙いすましたタイミングで出て来るかな!もう!
でもこれで、ルゥリィ嬢からはカレンはもう見えないだろう。鉄壁なアムカムガードの展開だね!
それにしても、やっぱりビビに『スージィ様』とか言われると、くすぐったくてしょうがない!
この、外面展開への切り替えの良さは流石だと思う。
この辺は、コリンから前もって「身内だけで話している分には構わないけど、他の生徒の目がある場所では、言葉遣いはちゃんとなさい」と、指導されていたからね。
なので、ビビもミアも、教室や、ラウンジとか身内しかいない場所以外では、基本わたしの事を『様付け』で呼んでいたりする。
これが実にくすぐったい!
逆にわたしも、先輩であるコリンやダーナを呼ぶときは、『様』を付けて呼んでいるのだけどね。
コリン相手に様を付ける分にはまだ良いんだけど、これがダーナやカーラ相手だと、『様』を付ける事に、違和感が半端なく仕事をしてくる。
それを横から聞いてて、堪え切れずに噴き出すアーヴィンの事を、この時ばかりは責められなかった。その後、ダーナとカーラにタコ殴られてたけどね!
2人がわたしの両サイドへ立った事で、息を巻いていたルゥリィ嬢も、いくらかは怯んだのか口を噤んでしまった。
隣にいた取り巻きの子が、そこへ何かを耳打ちをしている。
「まずいよルゥリィ、こいつ主席入学者だ」
「もうひとりのデカいのは、魔力量が学年一だって言ってた」
「……チッ」
うわ、また盛大に舌打ちしたよ、この子!だから人前ではそういうの止めなさいって、女の子なんだからさ!
ンでどうやら取り巻きの子達は、ビビとミアの事を知っていた様だ。結構情報通なのかな?
それにしても『デカい』とは何に対しての事なのか?ちょっと問い詰めてみたい所ではあるね!
「いいわ、別に無理にそこを通りたい訳じゃないし!……教室に戻るわよ!」
そう言って、取り巻きの二人を連れて、その場で後ろを向いて歩き去ってしまった。
そういえば、彼女たちの教室もこの先なんだけど、どこかに向かおうとしてたのかな?まあ今となってはどうでも良い事だけど。
……でも、去り際にカレンに向け、鋭くひと睨み送っていたのは頂けない。ウン、頂けないねあれは。
それまでシンと静まり返って、周りで傍観していた生徒達からも、ざわめきが広がり始めていた。
なんか、口々にわたしの事を話している様な気がするが、気にしたら負けだと思うのでスルーしておこう!ウン、スルーだスルー!
今はそんな事よりも、カレンのメンタルの方が心配だ。カレンは随分動揺していたはずだ。
「カレン様……、大事はございませんか?」
「……あ、は、はい、ご心配おかけして申し訳ございません」
ほかの生徒達の目もあるので、今は二人とも余所行きの言葉使いだ。
わたしはカレンに手を伸ばし、大丈夫か聞いているのだけれど、カレンは目を伏せ、さっきからわたしの方を見ようとしてくれない。
伸ばしたわたしの手も、何故か避けてしまう。
もう少し言葉をかけようとしたところで、横から声が飛んで来た。
「カレン・マーリン!いつまで呆けていらっしゃるの?!早く教室へお入りなさい!」
「コ、……は、はい、キャスパー様」
「カレン様、また放課後に。お待ちしておりますね」
「は、はい、スージィ様。……失礼いたします」
コーディリア嬢の言葉にカレンは動き出し、わたし達に一礼すると、そのまま教室の中へ入って行った。
教室に入るカレンを目で追っていると、ふと、こちらに向けられている視線を感じた。
そちらに目を向ければ、そこにはコーディリア嬢がわたしを見つめ、姿勢を正して立っていた。
彼女はそのまま、わたしに向けて頭を下げて来た。
「わたくし共のクラスメイトを庇って頂き、ありがとうございました」
「いえ、カレン様はわたくしのルームメイトでもあります。当然の事です」
「それでも、ありがとうございましたクラウド様」
そう言って、再び綺麗な姿勢で頭を下げると、彼女もまた、自分達の教室へと入って行った。
今朝のこの短い時間で、コーディリア嬢に対する印象が、ずいぶん変わってしまったな。
最初に会った時は、気が強い、プライドの高そうな子だと思っていたのだけれど、この子は正直で、ただ不器用なだけなのかもしれない……。
カレンの事が気になるけど、コーディリア嬢なら悪い様にはしない気がする。
放課後に会うまでに、少しでも落ち着いていてくれると嬉しいのだけれど……。
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次回「威圧?知らない子ですね」
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