20話冒険者組合の真実

 その後の事は、実はあまり良く覚えていない。

 慌ててメルルさんに更衣室まで連れて行かれ、今度こそ装備を完全に整えた後、表の通りに出て、キッチリしっかりチラシは配り終えたと思う。


 まあ、チラシを配っていたのは、何となく覚えているんだけどね。なんか機械的に配っていたような気もする……。

 メルルさんに言わせると、笑顔でちゃんと仕事は出来ていたそうだ……けど、目には光彩が無くて、見ていてとても怖かった。らしい……。


 チラシ配りを終えて戻って来たビビとミアも、わたしの様子がおかしい事に気が付いた様だった。

 何かあったのか聞かれたので、細かい事は省いたけど、話した後に2人共スンと表情が消えたので、概ね理解してくれた様だった。


 大体はアーヴィンラッキースケベのせい!

 やっぱり、こういった事例の認識はみんな同じなのだ。




 あと、アーヴィンとデイビス君はあの後、思いっきり腫れあがった顔面で現場に到着し、担当者に大いに驚かれたそうだ。

 まあそれは、わたしが連続高速平手打ち。要するに往復ビンタってヤツをぶちかましてやった結果だから当然なんだけどね!


 あ、そう言えばアーヴィンってば、デイビス君をアムカムウチの鍛錬に誘ったって、話してたな……。

 そかそか、その時はちゃんと、丁寧に立ち会って上げないといけないかな。2人一緒に……うふ、フフフ、ウフフフ…………。




 皆が揃って、仕事が終わった事をオーナーに報告すれば、『業務確認証』という物にサインを頂ける。

 このサインを貰った『確認証』を、冒険者組合に持って帰って提出すれば、その仕事の報酬を頂けるという流れな訳だ。


 サインをしてくれたオーナーは、明日の休日も、午前と午後の2回、チラシ配りをお願いしている。明日も、出来ればまた同じメンバーでお願いできないか?と仰って来た。


 因みに、休日、つまり『日曜日』である明日の事は、『陽のソエルの日』と呼ばれている。


 セルキーさんによると、明日のその2回を熟せば、今日の分と合わせれば、昇級の為の3回に達すると云う事なので、ビビは躊躇うまでも無い!と引き受けてしまった。


 まぁ、わたしも今日のような事が無ければ、特に断る理由も無いから良いんだけどね。


 因みにお店は『大きな前庭ビックフロントヤード』という名のティーハウスで、今週は開店10周年のイベントをしていて、チラシ配りはその宣伝の為のモノなのだそうだ。


 オーナーがドナルド・シーマックさんと言うお名前だというのも、サインを頂いた時に初めて知った。

 仕事前にご挨拶した時に、名乗るのも忘れてたくらいお忙しい様で、こんな事でお役に立てるなら何よりだと思った。




 そんなこんなでやっとの事仕事を終え、冒険者組合に戻ると、意外な人に出迎えられて大変に驚かされる事になった。


「お疲れ様です。またお会い出来ましたね、クラウドのお嬢様。初仕事は如何でしたか?」

「あ!お姉ちゃん!ぁ、……ただいま、戻りました」


 メルルさんが、その人の顔を見るなり『お姉ちゃん』と声を上げた。

 そうだ、そこに居たのは、今一緒しているメルルさんのお姉さんで、アムカムからの馬車の旅でお世話になった、クゥ・エメルさんだった!!


 でも確か、ロデリックさんの商会の、マネージャーって仰っていた筈……。

 その方がどういう訳か今、冒険者組合の、受付カウンターの向こう側に居る?!


「クゥ・エメルさん?!どうしてココ、に?!!」

「ふふ、だって、私はこちらのマネージャーですから、居るのは当然なのですが……」

「え?でもロデリックさんの所のマネージャーさんなんですよ、ね?……ココ、冒険者組合ですよ、ね?」

「そうですよ?此方『ノースミリヤ冒険者組合』は、我が『ノースミリヤ商会グループ』傘下の一つなんですよ」

「はへ?」


 なんか変な声で答えてしまった……でも、あれ?商会の傘下?うん?聞き間違か?


「え?……えっと、商会が冒険者の仕事を斡旋して、おられる……と?」

「?はい、そうですよ。冒険者と言いますか、当社の会員様ですが」

「え、えっと、仕事を求めるに、お仕事を紹介してる『冒険者組合』なんですよ、ね?」

「そうですね、仕事を求めるに、その方に合ったお仕事を紹介している会社です」


 ん?うん?あれ?それってやっぱり冒険者の組合でいいんだよ……いいんだよね?あれ?違って……ないよ、ね?間違ってないよね?あれ?


「え?あ、えっと、あの、やっぱり最初は、かけ出しは、薬草採取やら素材集めとかから始める冒険者です、よね?」

「素材集め……ですか?物にも依るとは思いますが、専門知識が必要なお仕事は、素人には難しいかと……」


「あ、あの、あの、えー、そんで、少しレベルが上がったら、村を困らせるウルフとか退治するとかする冒険者ですよ、ね?」

「はい?害獣駆除ですか?いえいえ!そんな危険生物の対応は素人には到底無理です!……それこそ、専門家にお任せする案件ですよ?」


 さすがにアムカムの方達ではありませんし……と、そんな事を言われてしまった!

 あれ?なんだろ、至極当たり前な事を言われている?


 クゥ・エメルさんも、困ったように眉を下げながら、わたしの問いかけに対応してくれているし……。

 あれぇ?なんかコレ、すごく話が噛み合ってない気がしてきたよ?!


 何か、意思の疎通に微妙に行き違いを感じますが……とクゥ・エメルさんも言いながら、言葉を続けられた。


「わたくし共『ノースミリヤ冒険者組合』は、お仕事を求める方と、人材を求められる方々を結ぶ、人材派遣の会社でございます」


 派遣?人材派遣って言った?何でここで元の世界で聞いたことがある様な、そんな名詞が出てくんの?!


 なんで?!え?!だって冒険者でしょ?冒険者組合って言ってるよね?!!

 そんなわたしの混乱を見て取ったのか、クゥ・エメルさんは丁寧に色々と根気強く説明をしてくれた。


「まず、お嬢様が仰るような『冒険者』と言う職業は弊社とは関係御座いません。この会社の屋号にある『冒険者』と言う名称は、創業時に付けられた物なのです」

「創業時、です、か?」


「はい、実は本社の『ノースミリヤ商会』は、創業200年を迎えようとする老舗でございまして……」

「に、にひゃくねん……200年ですかぁ……凄い、です。由緒ある企業様なのです、ね」

「恐れ入ります。そしてこの『ノースミリヤ冒険者組合』も、ほぼ同時期に作られたと伝わっております。皆様の学園の創立時期とも近く、両者のお付き合いはその頃からの物だそうでございます」

「そうだったんです、か?」

「はい、今も続いております様に、当時から生徒様達に当社の選別したお仕事をして頂き、労働の尊さを学んで頂くと同時に、自らのお力を以って社会に貢献すると言う理念の実施に使って頂いております」


 なるほど、本来だったら申請が通るのに時間がかかる筈の外出許可なのに、コリンが直ぐに許可を取って来れたのは、こういう事なのか。

 冒険者組合で仕事をするという事は、社会勉強と奉仕活動の一環として、学園に認められているんだ。


 それは、学園側からは、冒険者組合が事前に精査して、生徒に仕事をさせても問題の無い案件を紹介して貰えると言う事。

 会社側からは、身元確実で真摯に仕事に従事してくれる人材を得られるという信頼関係が、昔から出来上がっているからなんだな。


「恐らくですが、当時の生徒様達に、学園の外の世界を、冒険心を持って見て学んで頂きたいと云う思いをもって、創始者は『』という名前を付けたのではないでしょうか?」


 クゥ・エメルさんは、お話をそんな風に絞められた。


 あ、これアレだ、今ピーンと来ちゃったよわたしゃ!

 また勇者の犯行だコレ!

 間違いなく裏に勇者が絡んでるヤツだわよ!!


 これは勇者が仕込んだ罠か何かか?!

 『冒険者組合』とかわざわざ名前付けてるのが、なんかあざとくない?!


 異世界モノ鉄板の『冒険者組合』だと思っていたら、まさかの前の世界でもあった、日払いバイト紹介の会社だったと言うオチ!!


 いや!システム的には違いは無い様な気はするけどさっ!

 勝手に勘違いしてたのはわたしだけどさっ!

 まずわたし位しかしないだろうけどさっ!!

 ああ!なんだろこの行き場のない憤りと羞恥心はっ!!


 そして!猛烈に感じるこの全身の疲労感……。


「…………疲れた、何か今日はひどく疲れ、た……」


 わたしの肩が、傍目からも分かる程カクンと落ちる。


 そしてその落ちた肩に、ビビが横からそっと手を乗せて来た。

 首を巡らせビビを見ると、『お疲れ様』と言う様に、優し気に頷いている。

 うぅぅ、今はその小さな優しさが、とても身に染みるよ……あぅ!


 わたしのへこみ具合を見たクゥ・エメルさんが、「何かあったのですか?」と聞いて来たので、ビビが仕事先でのバタバタを、ザックリと説明してくれた。


 ビビの話を聞いたクゥ・エメルさんが、ギヌロ!とメルルさんを睨みつけた。その時、気のせいでなければ、その背後で『ゴゴゴゴ……』って効果音的描き文字が見えた気がしたよ?!


 そしてその瞬間、メルルさんのネコミミがペタリと閉じて、その総毛が傍目からもそれと分かる位、ザワワっ!とばかりに逆立った。


「メルル?私は『お嬢様をくれぐれも宜しく』とお願いしましたよね?」

「あ、あの、違うのエメルお姉ちゃん!これは事故で……」

「いいから、ちょっと此方へいらっしゃい。……お嬢様、大変失礼いたしました、本日はこれにて失礼します。どうか今後とも、お付き合いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」


 そう言って深々と頭を下げたクゥ・エメルさんは、そのままメルルさんの首根っこを摘まみ上げ、静かに事務所の奥へと消えて行った。

 ドナドナされて行くメルルさんは、結構な涙目で、コチラに助けを求める様な視線を向けて来てたけど……同情はしない、よ?


 メルルさんを見送るセルキーさんは、爽やかな笑顔で「ちゃーんと叱られて来なさいな」的な事仰ってた。

 ひょっとしてメルルさんって、普段からこんな感じな人なんだろか?

 だとしたら、今後は付き合う距離感を、少し考えなくてはいけないかもしれないな……。

 主に、物理的な距離においてね!!





 結局、翌日のチラシ配りは、午前中はミアと、午後はカレンさんと組んで仕事を終わらせた。


 2回のチラシ配りが終わった後、オーナーのシーマックさんに、このまま全員続けて給仕ウェイトレスとしてもやってくれないか?とお願いされてしまった。

 よっぽど気に入って貰えたらしく、是非に是非にとお願いしてくる。


 確かにミアの集客率は高いからなぁ~。チラシ配りしてる時も、男共の食い付きが凄かったものねっ!


 でも、ウエイトレスなんてやった事ないし、上手くやれるか自信が無い。

 そう断ろうとしても、懇切丁寧に指導するので問題は無い!と、やはり強く押してくる。


 しかしそこでセルキーさんから、Dランクへの昇級条件、『3か月以内に10日の仕事』というのは1日8時間×10日、つまり合計80時間仕事をすればクリアになるのだと言う事を改めて教えて貰った。


「ですから、休日は丸1日、平日2時間のペースで毎日お仕事をすれば、早ければ1か月、少なくとも2か月で条件が整いますよ」


 その説明にビビが食い付いて、速攻でお仕事を受ける事になった。


 まあ、我々は新入生だし、まだ学校の授業の進行具合もどうなるか分からないので、毎日は無理だろうけど出られる日だけで良ければ……と、言う条件付きだけどね。

 それでも、シーマックさんは大喜びだった。


「2か月かからずに昇級できるのは僥倖よね!」


 と、ビビは満足気だ。


 確かに、仕事が事前に確定してるのは助かるものね。

 カレンさんも、「毎日仕事させて貰えるのはとても助かります!」と、とても乗り気だったのはちょっと意外だったけど、皆が満足しているなら良かったかな。


 そんなこんなでわたし達はその日、無事にEランクへと昇級する事が出来たのだった。






 そして週が明けた『月曜日』こと『風のアエルの日』。

 寮の自室で、わたし達はお互いに制服に乱れは無いか確認し合う。

 

「じゃ、行こうか、カレン……」

「うん、スー……ちゃん」


 お互いまだ少し、遠慮がちに名前を呼び合っている事に気が付いて、目と目が合うと思わず二人でクスクスと笑ってしまった。


 そのままわたしは彼女の手を取り、もう片方の手で扉を開いて、二人一緒に部屋の外へと足を踏み出した。


 昨日、お仕事を一緒にする事で、互いの距離も随分縮まったと感じていたわたしは、仕事が終わった後に、名前で呼んで欲しいとお願いをしていたのだ。

 わたしの提案に、カレンさんは最初こそ戸惑った様子だったけれど、最後にははにかんだ様に頬を染めながら首を縦に振ってくれた。


 そんな感じで、1週間もかかったけど、やっとこカレンと打ち解けたと思うと、週の初めも気持ち良く迎えられるという物だ。



 二人で食堂で朝食を頂き、食後のコーヒーを頂いていると、遅れてビビとミアもやって来た。

 待っていても良かったのだけど、ビビが先に行ってて良いと言うので、二人を置いて、先にカレンと一緒に教室のある本校舎へと向かう事にした。


 廊下を歩きながら、カレンと昨日のお店の話をした。昨夜もお話してたけど、まだ二人とも話したりなかったんだよね!


 後から見せて貰った店内が、思ってた以上に綺麗で、可愛い作りだった事。仕事終わりに試食させてもらったシフォンケーキが、メルルさんが言っていた様にホントに絶品で、みんな一口でファンになってしまった事。とにかく、話のタネはいくらでもあるのだ。


 そして何より、わたしはこんな風にカレンと共通の話題が出来た事が、とにかく嬉しかったのだ。


 教室に向かう長い廊下が、ホントに楽しい時間になっていた。

 カレンもわたしと同じ様に、この時間を楽しんでいてくれたら嬉しいな……。




 そんな楽しい時間の筈だったのだ。

 なのにどういう訳か、教室に到着するという目前で、ただならぬピリピリとした雰囲気が漂って来ている。


 そこに居たのは、対峙する二組の女子達。それぞれ3人ずつで睨み合っている……のかな?

 周りにいる生徒達も、その二組を固唾を飲んで見守っているのが良く分かる。


 わたし達に背中を見せている方の3人には覚えがある。入学式の日にウチのクラスに乗り込んで来た、第3組の3人だ。

 あの金パ縦ロールは、後ろから見ても間違い様が無い!コーディリア・キャスパー嬢と、そのお付きの二人だ。

 

 それに対するもう一組は……あの中心に居る子も見た事あるかな?週末に食堂で見かけた、例のニヴン家の次男と親しいとか言っていた子だ。


 あの時、アンナメリーが教えてくれた名前は確か、ルウリィ・ディートさん……だったかな?


 今、その二組の間でバチバチッ!と火花でも散っている様だった。


 う~~ん、なにやら不穏だゾ。

 折角気持ち良く迎えられた週明けだったのに……、この空気は勘弁して欲しいわ。


――――――――――――――――――――

次回「廊下戦線」

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