19話週末の黙示録
「えーと、こ、ここが……し、仕事場所……です、か?」
「へーー、思ったよりも立派な創りなのね!」
わたし達がやって来たのは、白い壁が綺麗な可愛い建物の前だった。
造りはビビが言う通り、建物の四隅はレンガで組み上げられ、窓やドアは重厚さを感じるシッカリとした感じの物だ。
「はい、コチラになります。あ、オーナー、本日もお世話になりますわ」
「これはこれはセルキー嬢にメルル嬢!今日もよろしくお願いします!おや?こちらのお嬢様方は、今日の予定の?」
「はい、本日初めてのお仕事になります。どうぞよしなにお取り計らいくださいませ」
「いえいえ!こちらこそよろしくお願いしますよ!さすが学園の生徒さん方だ。皆さん粒ぞろいでいらっしゃる!いやいや!本当にありがたい!」
わたしが、ぼーっと到着した建物を見上げていると、その建物から出て来た方……恐らく今回の雇い主なのだろう、セルキーさんがオーナーと呼んだその方と挨拶を交わし、わたし達を紹介してくれた。
その方は恰幅の良い、ホワッとした感じの優しい雰囲気を持たれた、見るからに人のよさそうな紳士だった。年のころは30後半から40代と言ったところかな?
「本日はよろしくお願いいたします!詳しい事はお二人が詳しいのでお聞きください。今接客中ですので私は一旦失礼しますが、セルキー嬢、メルル嬢、後はよろしくお願いします」
つぶらな瞳でニコニコと笑いかけながら、わたし達一人ひとりに『よろしくお願いしますね』と声をかけた後、オーナーは直ぐにお店の中へと戻って行った。
額には、小さな汗が幾つも浮かんでいたな……。中々にお忙しい方なのだろうか。
「それでは参りましょう!お聞きの通り、アタシ達はもう何度も来ているので、勝手知ったる何とやらで!へへ、あ!更衣室コチラです!」
メルルさんがわたしの手を引いて、その建物の裏手に回り、そのまま裏口から更衣室へと連れて行ってくれた。
「では、コチラの制服に着替えて下さい!サイズが合わ無い様でしたら、言って頂ければ直ぐに持って来ますので!」
「え?き、着替え……ですか?」
「ハイ!着替えです!終わりましたら、そこのドアの外でお待ち下さい。直ぐにお仕事を始めますので!」
こ、コレを着ろ……と?コレを?
◇
「あら!悪くないんじゃない?!」
「スーちゃん!カワイいよ!スゴく可愛い!!!」
「ミアはかなりスゴイ事になってるけどね!一部がね!!……って言うか!ホントにこれ着て、お仕事するんです、か?!!」
「そうですよ?コレがこのお店の制服ですから!結構可愛くてアタシは好きなんですけど……、クラウド様は、お気に召しませんでしたか?可愛くありません?」
「あ!いえ!可愛いとは思いますよ?!思いますけど……こんなヒラヒラな格好で、な、何をするんですか一体?!」
「あぁ、お仕事は簡単ですよ?そこの通りに出て、1時間のビラ配りです!」
用意された制服を着たビビ達は、この装いには満足そうだ。
わたしも、これが可愛いのは認めるんだけど……。
ンで、どうやら、お仕事は簡単なビラ配りらしい。
ま、冒険者としての初めてのお仕事だから、こんな簡単な物なんだろうけど……。やっぱり、思っていたのと違うなぁ。
冒険者なら、薬草採取とか、雑魚MOB……
それが只のチラシ配りか……。
これも、街中でのお使いクエや、移動クエストみたいな物なのかなぁ……。
「大丈夫ですよ!皆さんオーナーに気に入られたみたいですし、そしたらバッチリ絶対指名入っちゃいますから!あっという間にランクなんか上がっちゃいます!!」
このお店のオーナーって言う人も、さっき挨拶はした時は
だってこれコスじゃん!完全に趣味の出たコスプレよね?!!
わたし達が身に付けているのは、黒いメイド服に白いエプロン、そして頭にはホワイトプリム。
うん、まぎれもなくメイドさんセットだ!
しかも!ゴスロリメイド服だよコレ!!
メイド服は、学校の制服と同じ様なコルセットスカートなんだけど、スカートの丈がとっても短い!
そんでフレアが凄くて、裾に大きめなフリル迄ある。
ブラウスは半袖だから腕が出てるけど、手首にはカフスだけ付いている。そんで首にはチョーカーまで巻かれてる。
どうでも良いけどこのカフス、バニーさんとかが付けてる奴っぽくないか?一体何属性なのさっっ?!!
「ココのティーハウスは、お茶が美味しい事は勿論ですが、シフォンケーキも絶品なんです!そして女給の制服も凄く可愛くて、女子人気が高いんですよ!!」
うーーむ、もしかしてコレって、メイド喫茶的なモノだったりするんだろか?
そう考えると、一応は納得する格好ではあるのだけれど……なのだけれどっ!!
でも!全体的に、微妙にエロい仕上がりな気がしてるんですけど!コレってわたしの気のせいでしょうかっ?!
大体にしてこのスカート、ヒラヒラし過ぎちゃう?し過ぎよね?!ンで短過ぎっしょっっ!
何よコレ?かがんだら見えませんかね?!見えるよね?!絶対!!!
このスカートの軽さだったら、下手に動いてもエライ事になる気がするんですけどぉ!!
なんでみんなは平気で動き回っているのか、わたしには分かんないよ?!!
わたしのそんな不安を他所に、皆は着替えるとサクサクと、仕事の段取りを決めてしまった。
チラシ配りは3か所で行うので、二人ずつ3組に分かれて行うのだそうだ。
わたしとメルルさん。カレンさんとセルキーさん。そしてビビとミアだ。
初心者に経験者を付けるって事で、わたしとカレンさんに、それぞれメルルさんセルキーさんが、付き添ってくれる形になったワケだけど……、でも、ビビもミアも初めてなんだけどさ、2人は『任せろ!』と息を巻いていた……、大丈夫なのか?
「では、わたくし共はこの先の東側の通りでの角で、クロキ様方は反対側の西の通りの角で、メルルとクラウド様は、お店の前でお願いいたします」
「よし!じゃあ張り切って行って見ましょうか!」
「ク、クラウド様!わたし、頑張ってきます!」
「スーちゃん、頑張ってね!」
セルキーさんが、それぞれの向かう先を指示してくれた。
ビビもミアもなんか気合いが入ってる?
カレンさんまで、何やら張り切っておられる様子だ。
そうして皆はそれぞれノルマ分のチラシを持って、割り当てられた場所へと向かって行った。
「それじゃクラウド様、あたし達も参りましょうか!さあ!頑張って配りまくるぞーーっ!」
「張り切ってますね……はぁ。それにしても皆さん、あんなに激しく動いていて、大丈夫なんですか?」
「はい?何か問題でもありましたか?」
「だって、こんな短かくて軽いフレアスカートでは、……その、簡単に……捲れ上がって、しまいません?」
「ああ、こうですか?ソレ!」
「なっ!なにをやっているんですか?!開いちゃってますよ!捲れてる捲れてる!!見えちゃう!見えちゃってますよっっ!!」
「え?何がです?」
「で、ですから……し、下着?……が……?あれ?」
「あはは!大丈夫ですよ?クラウド様!」
「で、でも!見えてました?……よ?」
「あ、ホラこれは見えても良いペチコートですよ?」
「へ?」
「それにホラ、こっちはフンワリしていて、ちょっと可愛いいでしょ?」
あれ?これパニエも履いてる?
え?え?た、確かになんか、みんなのスカート、ボリュームあるなぁとは思ってたんだけど……ぇ?え?!
どうして?なんで今更?なんでわたしは今迄気が付かなかった?なんで?え?えぇ?!
「ン?どうされました?」
「あ、あの……わたし、ソレ……貰って……無いのです・・・が」
「えぇ?!何でです?!制服と一緒にありませんでした?!」
「ありません、でした……これだけ……でした」
「えええぇぇ?!うそぉ!!あ、ホントだ履いてない」
「にゃぁあぁぁ!め、捲らないで下さいぃっっ!!」
「えっと、一応お聞きしますが……そういうご趣味を……?」
「持ってませんからっっ!!!」
「そうすると……ふむ、困りましたね……これでは大通りで少し動くだけで、その煽情的なモノを露出されせ、多くの人の目に晒した挙句、剰え、その開け広げたいと言う性癖迄をも明かす事になってしまいます!」
「で、ですから!……そ、そんな性癖は、も、持ち合わせてはおりません、よ?!そ、それに、もう少しですね、お、お言葉を選んで頂ければ、と……お、思うのです、が?」
「しょうがありません!このままではクラウド様の貞淑さに、多くの人が疑問を持ってしまいます!急ぎ更衣室へ戻り、事態の解決を図りましょう!」
「あ、あの……て、貞操観念は普通に持ち合わせているつもりなのです、が?…………ありがとうございます……お、お願いします」
これからお店の前の大通りで、チラシを配ろうとしていたワケだけど、これは緊急事態であると云う事で、メルルさんと一緒にお店に戻る事になった。
大通りに面したお店の横の路地に入り、少し戻ればわたし達が出て来たお店の裏口……、更衣室へと繋がるドアが直ぐにある。
更衣室の中にはセットのペチコートもパニエもある筈だから、急いで探して装備して、直ちに通りに戻りましょ!とメルルさんが、路地の奥へとわたしの背中を押し進んだ。
「はい!では一刻も早く……ン?あれ?なんかに引っかかった?」
「ひゃにゃぁっ!ス、スカートがが?!!メルルさんの袖に?!待って!上げないで!手を上げないでぇっっ!!」
「あれ?カフスがフリルに引っかかりました?ま、こうすれば外れます!ホイ!」
「は?ひょっ?!ちょっ!ちょっと待ってメルルさん!ちょぉぉ……ひゃぁあぅっっ!!」
何の拍子か、メルルさんの手首に付いているカフスのボタンが、わたしのスカートのフリルに引っかかってしまったようだった。
メルルさんは手を振って、引っかかりを外そうとするけれど、それじゃわたしのスカートが、バッサバッサと捲れるだけなんですけど?!
「あれ?取れない?こう?やっ!こっちか?それ!」
「待って待って待ってメルルさん!動くの・・・待っ、てぇぇ!!!」
「ぁ、あ!あれ?えっと、こう?あれあれ?あれぇ?やっ!トゥ!あれ?」
「だっ!だからっ!だっっめぇぇっ!やぁあっっ!!だぁめぇぇっっっ!!!」
「え?なんでだろ?ちょっと待ってて下さいね、直ぐ取れますので!やっ!フン!それ!ン?」
路地の中だから人の目が無いからまだ良いけど、いや良くないが!何をやってるんだメルルさんは!!
何故この人は、手を振り回すだけで外れると思ってるんだろか?!
だから!動くなと言うに!!スカートが引っ張られてるから!上げられてるるる!!
「見えるから見えるから見えるから!!!」
「大丈夫です!直ぐに終わります!ホイ!!」
「お願いだから話を聞いてぇぇえーーーーーーーーっっ!!!ぁひゃぁあ!!」
腕の動きを激しくするなぁ!振り上げるなぁぁぁっっ!!!!
わたしがスカートの裾を押さえているにも関わらず、メルルさんの袖に絡まっている部分が引き上げられ、捲れ上がっているっちうにっっ!!
後ろが!お尻がががが!!!
見える見える!捲れる捲れてる!!見えてるコレ絶対見えてるからぁあぁぁ!!
「よう!スージィ!こっちはお前達2人か」
「ンぴゃぁあぁぁ!!」
「あ!ハッガード君!デイビス君!!」
何故だ!何故コッチに来た?!2人共!!!!
アンタら2人は、さっきビビとミアのトコロに引っ掛かってた筈じゃないか?!!
何故このタイミングでコッチに来た?!!
さっき、二人の気配が大通りを通って、こっちの方に向かって来ていたのは感じていたんだ。
でも、ビビとミアがチラシを配っている辺りで止まっていたので、二人と顔を合わせて挨拶でもしてるんだろうな……って事は分かってた。
なのに!なんで今この路地に入って来ている?!
わたしがココでパニくっている隙を突く様に現れるって、一体どゆ事よっ?!!
「何でこんな路地に引っ込んでんだ?」
「いえ!ちょっとしたトラブルです!でも大丈夫!直ぐ片付きます!!よっ!ほっっ!!」
「ンばぁっ!?だ!だからやめろと……にゃはぁああぁっっ!!」
メルルさんは、野郎二人が目の前にいると云う事にも構わず、わたしのスカートを危機的状況に陥らせ続けている。
いい加減気が付いてよメルルさん!もう泣くぞわたしはっ!!
「オレ達の仕事が建築現場での荷降ろしだったんだけど、現場に向かうのにこの通りを歩いてたらビビ達が居てさ。話を聞いたらスージィ達も通り沿いに居るって言うんで見に来たんだけど居ないからさー。ンで、何気なしにこの路地覗いたら、スージィ達が居るからビックリしたよ」
聞いても居ないのにアーヴィンが嬉しそうに、ココに辿り着いた経緯を教えてくれた。ロンバートは違う現場に向かわされたので、アーヴィンとデイビス君の二人で行動しているそうだ。
「うん?どうかしたのかなミスクラウド?
「なぁ?!な、何でも!あ、ありません、よ?!」
「ン?なんだスージィ?問題でもあるのか?」
「だ、大丈夫だからアーヴィンも!来なくてイイ!平気だから!来ンな!」
「いや!困っているなら見過ごす訳にはいかないよ」
「ダニーの言うとおりだぞスージィ。何かあるなら言ってくれ」
デイビス君が、アーヴィンが、話をしている間にわたしの様子に気が付いて、心配そうな顔をしてコチラの具合を訊ねて来た。
アーヴィンも、やっぱり心配そうに足を一歩前へ出す。来ンなっつってんでしょが?!!
てか!!ダニーって何?ダニーって?!いつの間に愛称で呼び合う仲になってんのこの二人?!!
ああ、そして分かってしまった、分かってしまったよわたしは!
ずっとあった、この不安と悍ましい予感の正体が……。
デイビス君……、やっぱり君だよ、君達だよ……。君達二人の邂逅が、全ての元凶なのだよ。
いや、デイビス君が悪い人間でない事は良く分かっている。
悪いどころか、彼は全く持って善良な男だ。もっと知れば、彼はきっと信頼に足る人物なのだと云う事も良く分かる。
だけど……だけど、だ!
彼は『危険』なのだ!
今以上にお知り合いになって、更に距離が近付くのは絶対にヤバイのだ!
何故ならば!!!
わたしは見てしまったのだ!わたしは気が付いてしまったのだよ!!
あれは入学式の後、わたしと目が合い、お互い軽く会釈を済ませた後だった。
彼の後ろから歩いて来た女子生徒が、突然脚を躓かせて転びそうになった。
咄嗟にその彼女を支えようとして、伸ばした彼の手が掴んだのは、男の子の夢が一杯に詰まった秘密の膨らみだったのだ!
次の瞬間、乾いた音と共に彼の頬に紅葉の跡が付いた事に、その時は幾らかの同情を覚えたよ。
でも、何にも無く、ツルッツルの床で、どうしてつま先が床に引っかかって躓くのか、わたしには分からなかったけどね!!
それと、あれは
一通り新入生が魔法発動の実習を終え、お昼を迎える為に皆、教室に向かっていた頃だ。
見かけた彼は、クラスメイトと談笑しながら歩いていた。
ちょうど彼が、階段に差し掛かっていた時だった。階段の上からも女子生徒が階下に降りようとしていた。
彼女は階段の手すりに手を置いて、脚を一歩踏み出した時、どういう訳か手すりから手を滑らせ、大きくバランスを崩してしまったのだ。
その後は、絵に描いた様に綺麗に女子生徒の身体は宙に舞い、階段の下へと転げ落ちようとした。
だがそこで我らのデイビス君は身を挺し、その女子生徒に飛びつき抱きかかえ、彼女を庇いながら階段の下へと転がったのだ。
実に英雄的な行動だと思う。実際、彼女はかすり傷一つ負っていなかったそうだからね!
だけどどういう事なんだろうね?!
どうして彼は、階段の下で座り込んだ女子の、そのスカートの中に頭をツッコんで、床に転がっていたんだろうかね?!
彼女が真っ赤な顔して、ピクピクしていた姿が目に焼き付いているよ。
そして、アレは一昨日だったね。
わたしは時間を見つけては、あの薔薇園へ足を延ばす様にしている。
それは勿論、あの時台無しにしてしまった植込みの修復に、少しでも手を貸したい為だ。
庭師の『おにいさん』は、「態々そんな事をしに来なくても良い」と笑って言ってくれたけど、そうもいかないじゃんね?
植木の何本かは、根元からポッキリ行っちゃってるので、駄目になった所は、根元から掘り起こして植え直さないといけないそうだ。
掘り起こされ、そこだけ植込みがポッカリと空いているのを見ると、とても申し訳ない気持ちになったしね……。
その日、薔薇園に行った時に、ちょうど抜いた植込みの根やら、伐採した枝やらが散らかっていたので、片付けるのを手伝わせて欲しいと申しでた。
庭師の『おにいさん』は、「女子生徒にそんな事はやらせられないよ」と、おっしゃって、わたしの申し出を断ろうとするので、いえ!やらせてください! いやいや!させるわけにはいかない!などと、ここでも問答が始まろうとしてた。
そして、ちょうどそこにデイビス君がやって来たのだ。
彼もやはり、わたしと同じでこの薔薇園の惨状に責任を感じていて、時間があれば、やる事は無いか?と『おにいさん』に仕事を求めに来ていたそうだ。
デイビス君は、わたしと『おにいさん』の遣り取りを見て、ならば自分が!と散らかる植木の枝やらを片付けようと、コチラに足を踏み出して来たのだ。
その時、彼は落ちている一本の枝を踏みつけた様だった。
それがたまたまだったのか、何か意味があったのかは分からないが、兎に角彼は、そこに落ちていた枝を踏みつけたのだ!
その枝は思いの外長く、支点は彼の足のすぐ近くにあった。
長い枝の端は、その支点を使い、梃子の様に、シーソーの様に勢い良く、上へと向かって持ち上がる。
そして、何故か!どういう訳か!!その枝の先端は、わたしのすぐ足元にあったのだ!!!
一瞬だった。ほんの一瞬だったのだ。
わたしのスカートは確かに跳ね上がった。跳ね上がったのよ!!
でも透かさず、次の瞬間には抑え込んだけどね!!!
キッ!と彼に向け目線を向けた時、彼は既に身体を腰から折り曲げて、頭が地面に付くんじゃね?ってくらい頭を下げていた。
そして「申し訳ありませんでした!ワザとでは無いのです!!決して見てはおりませんんんっっっ!!!」
と声を大にして謝って来た。
ま、こんなに頭を低くされては、怒るにも怒れないし……「頭を上げてください。これは事故です不問にします貴方も忘れて下さい!」と、見えていないならしょうがない。とりあえずは前の事もあるのでと、その時は許す事にした。
許す事にはしたけれど!
だけど、いつまでも頭を上げない彼の耳が、随分と真っ赤だったのはどう云う事だったんだろうね?!
この一週間に満たない短い間で、わたしはコレだけの事案を立て続けに目撃かつ体験している。
ここに至っては、わたしは一つの疑惑を持たざるを得ない。
彼は……ダニエル・デイビス君は、もしかして
だからわたしは、彼にその疑いを持って以来、彼との距離を極力取ろうと思っていたのだ。
そう思っていたのに、これは何?!
何より今、同様の性質を持つアーヴィンと二人揃うとか!過激に不穏な未来の到来しか予感できないんですけど?!!
思えば、入寮したその日。校門前に到着したその時。
あの場にはアーヴィンだけでなく、デイビス君も居たという……。
これは果たして偶然か?
そうだ、この世に偶然など在りはしないのだ。
あるのは全て必然である。
もしかしてあの悲劇が生まれた原因は、この二人が同じ場に居たからではないのか?と言う疑惑がわたしの頭の中で、今猛烈に渦巻いていた。
二人が此方に近付くほどに、わたしの背中には嫌な汗が流れ落ちている。
ひょっとして、いや!ひょっとしなくても!今のこの現状は、この二人が揃って居るからこそ引き起こされた事象なのではないのかっっ?!!
だとしたら……。
だとするならば……!!
「だ、大丈夫だから二人とも!こ、来なくてもいい、から!!」
「いや、スージィ?マジ顔色が良くないぞ?それ大丈夫じゃないだろ」
「ミスクラウド!自分にできる事なら何でも言って欲しい!せめて、少しでも力にならせてくれないか?!」
そう言って二人は、わたし達に向かってドンドン近付いてくる!
そういうトコロ!そういうトコロだ!!そういうトコだよ二人とも!!!
君達は、困ってる女の子がいたら、手を差し伸べずにゃいられない人種だって事は良く分かってる!分かっている、けどね!!
頼むから、来ないでと言われたら近付かないで欲しいの!ホント!お願いだから!!ね?!
女の子には殿方には遠慮して欲しい場面とかあるワケで!そういう時は『大丈夫だから』と言って、ご辞退願う事ってよくあるでしょ?あったでしょ?!!
君たち経験ある筈だよ今まで散々!!ねぇ?!学習してないのかな?!ねぇぇ?!!ホントにぃぃ!!!
今わたしは号泣しながら(内的世界で!)全力でご遠慮いただいているのだ!
頂いているのに!それをこの人達全く分かってくれないのよ!!なんでよ?!!!
「あれぇ?おかしいですね?ドコが引っ掛かってる?これ?あれ?コッチ?」
「あ、あ、メルルさん?この期に及んで……な、なにを?」
そんな恐れ戦くわたしを他所に1人、やはり学習しないメルルさんが、何やら怪しい動きをし始めた!
待って!アナタも下手に動かないで!
間違いなく今の状況を悪い方向へ導いているのは、貴女の行動なのよ?!
お願いだから何ンもしないで!お願いぃ!!
「多分ですね……、この紐みたいのが絡んでるんだと思うんです!ですのでこれを、こう……こうっ!」
「にゃゃあぁ?!!い、今何を!何を引っ張ったぁぁああぁぁーーー?!!!」
わたしは一気に血の気が引くのを感じていた。
メルルさんが『紐』と言って引っ張った物は、わたしの今日の装備品に他ならない。
今日は特に特別な日では無いので、至って普通の物を身に付けてはいた。
至って普通のお気に入りのモノを……。
サラリとしたサテンの肌心地が良くて、ベィビーブルーの生地も気に入っていた。
そして腰の両脇で結び留めた紐も、青いリボンみたいでとても可愛いのだ!
そう、今日はそんなお気に入りの『紐パン』装備だったのです!!
メルルさんが引っかけている袖のカフスボタンには、今ではもうスカートのフリルだけでなく、わたしの左側の紐にまで絡みついているのだ!
何でわかるかって?だって、メルルさんの腕が動く度、紐がズリズリずれて緩んでいくのが分かるんだモン!!
メルルさんはその、乙女の最重要防御機構の一つを今、まさに!完全解除しようとしているのだ!!
「だ、だから、駄目!動かにゃいのっっ!!!」
「えぇーーい!これで!どうだーーーーーっっっ!!」
「どうだ!ぢゃ無ぇえぇぇーーーっっっ!!!!!」
スカートを抑えているにも関わらず、メルルさんは思い切りわたしのスカートに絡まっている右手を振り上げやがった!
結果、スカートの後ろが目一杯捲れ上がったのだ!
ついでに、左側の紐の結び目まで完全に解け落ちたっっ!!
「ぎぃやあぁぁぁあぁああぁぁーーーーーーーーっっっ!!!」
わたしが咄嗟に、淑女とは思えぬ声を上げてしまったのも、無理はないものと思って欲しい。
だって!お尻剥き出しにされたら、そりゃこんな声も出るよねっ?!
直ぐさま後ろに手を回して、スカートを抑え込んだけど、目の前まで来ていたアーヴィンとデイビス君はその一瞬で、固まっていた。
流石に、わたしに何が起きているのか、理解したのだろう。
だがここで、追い討ちとでも云うべき現象が発生する。
この路地裏に、何処からか風が吹いて来たのだ!
その風は、大通りから裏路地へと流れ込む事で、勢いを増し突風となったのだろうか?
それは、アーヴィンとデイビス君の後ろから二人を追い抜き、わたしに到達すると、その足元から昇り上げる様に吹上がり、瞬間的に無防備になっていたスカートの前面を持ち上げた!
と、同時に、完全に解けた紐がハラリと落ちた!
僅かな面積しか無い、前面部分の薄布は、その与えられた使命を、その時完全放棄した!!
勿論!咄嗟に後ろを抑えていた両手を前へ回し、無防備に立ち上がったスカートを抑え込んだ!
そしてわたしは、目前に立つ不埒者二人に向けて、キッとばかりに断罪すべく鋭い視線を投げつけたのだ。
二人はその瞬間に、サッと同時に顔を左右に背け、『自分は見ていませんよ』アピールをしている様だが、直前まで目を見開いて、ガン見してたのは分かってんだからなコノヤロー共!!
「見てない!見てないからなスージィ!オレは何にも見ていない!!」
「あ、あの、……クラウド様?あの、あの……」
「う゛……う、う……」
アーヴィンの言い訳の仕方が、ライダーそっくりになって来ているのが無性にイラッとしてくる!
大体にして、二人とも逸らした顔が真っ赤になってるとか、『見ていない』に全然説得力が感じられないのよさっ!!
メルルさんも事ここに至って、やっと自分が何をしでかしていたのか自覚したらしく、静かにその手を下に降ろしていた。
ここまで追い詰められた挙句に、こういう仕打ちかっ?!
これって、あまりにも……あんまりだとは思いませんか?!
これが……ダブルラッキースケベの……発現、か……?
いくら、わたしがチート持ちだとは言っても所詮は人の身、
その事実を突き付けられた様で、情けないやら、悔しいやら、恥ずかしいやらで、ジワジワッと涙が込み上がってくる。
「…………あか……だと?」
「……!!!」
止めを刺すようなデイビス君の呟きに、わたしは脳幹から心臓に向け、ぶっ太い杭でも打ち込まれた様な激しいショックを感じ、フラフラッと足元がよろめいた。
身体がプルプル震えている。全身の血流が全部顔に集まってるんじゃなかろうか?という位顔面が猛烈に熱い!!
……デ、デイビス君……デイビス君?……き、君は、一体わたしの……わたしの何を……見た、の?
「ぃぃいいぃやゃゃあぁああぁあjkぴえnklk;こlsdfghjkl;――――――――っっっっっ!!!」
魂からの震えが、喉の奥の方から延々と迸り続けた!!
そして、その叫びを上げるわたしを他所に、絶対最終防衛線である筈の小さな面積の薄布が、スルリと脚を滑り、そのままわたしの足元へパサリと落ちたのだった!
――――――――――――――――――――
次回「冒険者組合の真実」
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