第46話絶望を砕く者

 槍が一瞬で砕けた。

 振り切った時には既に、手元からバラバラになっていた。


 失敗した!


 前に、ハワードパパからお借りした剣を、『氣』を籠め過ぎて折ってしまった時と同じだ!

 目標を前にして、つい必要以上にりきが入り過ぎていたのだ。


 槍を振り抜いた勢いで、身体が空中で廻る。

 目の前には、ハワードパパのエーテル体を絡め取る、忌々しい存在が突き立っていると言うのに!!


 そうだ!ここに来て、わたしに手加減をするなどと云う選択肢が、在ろう筈がない!

 こんな物は、今ここで!完全に!欠片も残さず!叩き潰すっ!!!


 わたしは手に残る槍の破片を離し、そのままインベントリから自前の武器を取り出した。

 Gゼロ武器の槍、『ネメシスストーマー』だ。


 その柄は太く長い武骨な物だ。

 愛用のネメシスデュアルソードと同質武器だから、同じ様に穂先の刃は肉厚で巨大だ。

 やはり獣の頭骨の様なレリーフから、血管の様な文様が刃先へと伸びている。

 武器全体が薄青いオーラに包まれて、バチバチと小さく音を立てながら、穂先が雷光をも纏う。


 これならば、スキルを使うまでも無い!

 『氣』や魔力さえ籠める必要も無い!

 わたしが只、コレを本気で振るうだけだ!!


 空中で廻っていた私の手に握られたネメシスストーマーは、わたしが身体の捻りを更に加える事で、一瞬で大気を圧縮し、音を響かせる間も与えず打ち回る。

 そして何の躊躇いも無く、力一杯その地に突き立っている、気持ちの悪い骨で出来た様な大剣に叩き付けた!


 一気に圧縮された空気は高温となり、巨大なハンマーとなって対象を襲う。

 超高熱はプラズマとなり、たちまち辺り一面を吹き飛ばした!


 爆散する衝撃が、わたしを中心に音の速さを超え広がった。

 この一閃で、黒岩の北側に居たアンデッドの大部分が塵と化した。

 勿論、気持ちの悪い大剣は、そのカケラも残って居ない!

 そういや、コノ大剣を持っていたヴァンパイアが居たな……。

 ま!他の骨達と一緒に消し飛んだから、どうでもイイけどねっっ!!


 ふと辺りを見渡せば、大地は抉れ、わたしの周り数十メートルは高熱を持ち、炭火の様にブスブスと燻っている。



 …………コレは……、や、やり過ぎた?!

 い、いや!問題は無い!

 ハワードパパ達のエーテル体を捕らえていた邪悪な存在は、最早跡形も無い!

 エーテル体が解き放たれた事により、ハワードパパ達の容態が安定したのが、気配で分かる!

 うみゅ!何ら問題にゃいのだ!!


 プシュ〜〜と、安心感から一気に緊張感が抜けた様な気がする。


 だがしかし!まだ事は全部終わってはいない。

 わたしは、探知していた弱々しい気配を放つお二人の元へ、急いで向かった。




 黒岩に穿たれた岩屋の最奥に居たお二人は、まだ無事では居たが酷い状態だった。


 直ぐに治療して回復させたけれど、そのまま横にさせておき、外したわたしのマントでその身を覆い、暫く魔法で眠らせておく事にした。


 そこに、気になる物もあったからね。


 それは、マグリットさん達が居た直ぐ側にあった黒く大きな椅子。

 その気持ちの悪い造形の、高い背もたれ。

 そこの上にソイツはいる。


 壇上に上がり、無造作に黒い椅子を蹴り飛ばせば、グロテスクなオブジェは忽ち細かい破片になって飛び散って行く。

 そして、その破片に交じってソレは落ちて来た。


 一見、杖の様にも見えるその物体は、まるで何かの生物にも見えた。

 それは複数の蛇が捻じれ絡み合い、一つにでも成ったかの様な底気味の悪い生き物だ。


 でも間違い無く生き物では無い。この反応は明らかにオブジェクトかアイテムだ。

 しかも呪われたアイテムっぽいな~~、ヤダヤダ。


 でもコレを、このままココに放置するわけにもいかない。

 コイツから溢れている邪気と云うか瘴気が、尋常では無いのだ。

 まだ燻っているけど、直ぐに溢れ出して瘴気の洪水でも起こしそうにわたしには見えた。

 どっちにしてもこのままにして置けば、ロクな事には成らないのは間違いない。


 わたしは細心の注意を払いながら、落ちているソイツに手を伸ばし拾い上げた。


 くすんだ薄銀に鈍く輝く本体は、やはり蛇など爬虫類の細かな鱗を施した様な表面処理だ。

 芸術品としての価値は、もしかしたら高いのかな?とか思わせる程緻密だ。


 だがそのヘッド部分が頂けない。

 ソコに付いているのは蛇では無く、まるで兇悪宇宙生物の幼生体みたいな、針の様な牙を無数に備えた頭が、幾つも絡み合っていた。

 これ、傷付けたら酸の体液とか零して、床を発泡スチロールみたいに溶かさないよね?!


 そんな事を考えながら杖(?)を観察していたら、ソレは突然動き出した!

 動きそうだと思っていたら、ホントに動いた!!

 口の一つが、クパァとばかりに開いたのだ!

 ぅわぁキッモッッ!!!


 ソレは大きく口を開くと、物凄い勢いで杖を持つわたしの手に喰らい付いてきた!

 更に他の頭も次々と加わり、どこにあったの?!って言いたくなるくらい、一度に大量に伸びて来た頭が、わたしの全身に牙を突き立てて来たのだ!


 しかしまあ、わたしの身体にその牙は通らないんだけどねっ!!

 それでも、身体の彼方此方を、ガシガシとやられてるのは、決して気持ちの良いモノでは無い!

 段々イラついて来たので、コノヤロ!ってな感じで、怒りの『氣』を胸元の奥から思いっ切り叩き付けてやった!


 『氣』を真面に喰らったその口達は、わたしの身体から弾かれた様に吹っ飛び、そのまま空気でも抜ける様に縮こまり、只の杖の様になってしまった。

 ダダ漏れてた瘴気も殆ど止まってる。

 ンーー?ビビったのか?


 一応さっきまであった溢れる程の禍々しさは、影を潜めた感じがするけど……どうなんだろ?

 影を潜めたとはいえ、ヤバい代物には変わりが無い。

 わたしだったから良かったけど、普通の人をさっきみたいに襲う事になったら大変な事になる。

 やっぱり余り人目の在る所に、置いちゃイケナイ物だ。


 だからと言って、インベントリに仕舞う事も出来ないんだよね!コレが!!入らないし!!


 封印……的な事が出来れば良いのかもだけど、わたしには出来ないし……。

 これはイルタさんの領域だな。

 

 ぶち壊すのが平和かな?と思うけど……。実際のとこ、今回の騒動の大元の手掛かりとか物証になりそうな物は、今の所これくらいしか見当たらない。


 恐らく主犯であろうヴァンパイア達と、怪しげな剣は最早欠片も残っていないからね!ウン!それはしょうがない!しょうがないよ!しょうがない事なんだよ?!

 なので、これくらいは残して置くべきなのかな~~?と……。

 ま!イザとなれば、わたしが粉微塵に粉砕してしまえば良い話だからね!

 取敢えず、アリアとイルタさんにお見せして判断を仰ごうと思う。



 …………それに、ココにはイルタさんにお願いしないとならない事が他にもある。


 マグリットさん達が居た場所と、そこにあった黒い椅子を挟む様その反対側に、4つのご遺体が打ち捨てられていたのだ。

 

 ヴァンパイアの犠牲になった事は間違いない。

 乱暴もされたのだろう、皆さん服も纏わず、血の気の無い真っ白な姿になっていた。


 去年、豚の集落で見つけたご遺体を送った時の事を思い出し、切なくなる。

 悔しくて涙が出た。

 蘇生リザレクションを唱えてみたけれど、効果は全く現れない。

 やはりこの世界での死は絶対なのだ。



 わたしは4人のご遺体を綺麗に並べ、インベントリから取り出した毛布で包んでさしあげた。

 もう少しだけお待ちくださいね。

 直ぐにイルタさんをお連れして、皆さんを送って頂きますから……。


 さすがに一度でマグリットさんとライサさんも含め、皆さん全員をわたし一人で運ぶことは出来ないからね。

 ここはアリア達に来て貰うのが一番だ。


 その為にも、この周りをもう少し綺麗にしておこう。




 洞窟を出ると、黒岩のこちら側にはまだ多くのアンデッドが蠢いてる。

 さっき相当数を消し飛ばした筈なのに、まだ2~3,000は居る!

 まったく!どんだけの数がココに沸いてたのさ?!


 槍を、頭上でクルリと回してから構えを取る。

 今持っているのはBランクの武器で、赤い色をした『ランシア』と言う名の槍だ。

 流石にGゼロ武器では、さっきみたいにヤリ過ぎてしまうからね……。少しランクを落とした武器でお掃除をする!


 よし!サッサとココを綺麗に片付けよう!

 数は多いけど、前に素手で4桁近い数を1体ずつ処理した事に比べれば、槍やスキルで纏めて吹っ飛ばせるんだから、かなり楽な話ってモノだ!

 

 わたしは槍を構えたまま、アンデッドの群れに向け大地を蹴って、空高く跳び上がった。

 ターゲットにしたのは、Tレックスの化石みたいな巨大アンデッドだ。

 アンデッドだよね?化石じゃないよね?!ちょっとロマン感じるアンデッドでない?こんなアンデッドも居るんだね!

 ま、まとにするけどねっっ!!


《グレートジャンプ》

『デュエルバーバリアン』のスキル。

 前方のターゲットまでジャンプして、着地と共に大地に衝撃を伝播させ、周囲の敵にもダメージを与える範囲攻撃スキル。


 わたしが、上空から降下して来ることに気が付いたTレックスは、わたしに向け威嚇する様に首を振り回し、大きく口を開いた。

 落ちて来たわたしに、喰い付こうってつもりなのだろう。

 だけどTレックスの巨大な顎と頭骨は、わたしに触れるどころか、わたしの足元で圧縮された大気に圧し潰され、そのまま砕けて塵と化して行く。


 Tレックスを押し潰し、蠢くアンデッドのど真ん中に着地をすれば、まるで砂が乗ったドラムを叩いた時の様に、わたしを中心にして大地が爆ぜる様に跳び上がった。

 わたしの周り20~30メートル四方の大地と共に、そこに居たアンデットも、砕かれ飛び散り消えて行く。


 うむ、この一撃で三桁は消えたな。

 密集地帯で範囲を使うと、一気に大量に刈り取れるから気持ち良いよね!

 気持ちが良いので、更にスキルを使ってしまう!


《ダッシュインパクト》

 同じく『デュエルバーバリアン』の突撃スキル。

 前方のターゲットへ向け突進し、その射線上の周囲の敵にもダメージを与える。これも範囲スキルだ。


 100メートルほど先に、でっかいムカデみたいなアンデッドが居たので、そいつに向け突撃した。

 当然の様に音の壁を突き抜けて、大地を大きく削り飛ばす。射線上に居る数多あまたの骨共も、大量に撒き上がる土砂と一緒に中空に舞い、光になって消えて行く。

 目標にした骨ムカデは、まるで数百本のボーリングのピンが一度に吹き飛ぶ様に、気持ち良いくらいに飛び散って、粉々になり消えてった。


 その場で槍を軽く一振りすれば、扇が開いた様に槍の赤い軌跡が輝き走り、そこに残って居た骨が、数十体まとめて砕け散る。

 此処は、アンデッド向こうから生者コチラに集まって来てくれるんだから、実に面倒要らずだ!


 木々の無い黒い岩の大地をお掃除をする様に、固まり立っているアンデッドを片端から履く様に、赤い光が開いて走って吹き飛ばす。



 大方綺麗になった頃、黒岩の向こう側で、涼やかな気配が大きく広がるのを感じ取った。

 恐らくイルタさんの結界装置が起動したのだろう。

 澄んだ水が広がる様に、とても清浄な気が、大地に深く広く浸透して行くのが分る。


 最後のアンデッドを片付け終えた時に見えた、黒い壁の向う側で立ち昇る無垢な光が、とても、とても綺麗だった。


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次回「女たちの挽歌」

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