第47話女たちの挽歌

 突然、ほね達が吹き飛んだ。


 マリーナがその時感じたのは、唯々驚愕だけだった。

 既に此処には、そんなことが出来る戦力など在る筈が無かったからだ。

 しかし気付けば、獲物を囲う様に群がっていた兵達は綺麗に消えていた。


 だが呆けている場合では無い。

 あるじからの命は絶対だ。

 あの方は此処に居る者達を踏み潰せと仰った。

 ならばそれを実行しなくてはならない。


 マリーナは直ぐに次の兵達に指示を出した。

 今すぐ此処を踏み潰せ!と。


 だが、兵が集まり切るより早く、が壁の中から飛び出した。


 マリーナは、その姿を真面まともに確認する間も与えられず、その身を光に還された。



     ◇



 エレクトラは怒りに打ち震えた。


 突然吹き飛ばされ、逢瀬を邪魔されるに留まらず、自身の身体に手酷いダメージを負わされたのだ。

 欠損した身体は直ぐに修復したが、溢れ出る怒りは容易たやすく収まる様な物では無い。


 その場所へと戻って見れば、小娘が意中の男の傍らに立っている。

 小便臭い小娘がどうやったのかは分らないが、コイツが自分を吹き飛ばした相手だ!とエレクトラの直感が告げていた。


 本来であれば、得体の知れない相手には十分な警戒を取るべきなのだが、怒りに我を忘れているエレクトラに、その様な気が回る筈も無い。

 直後に『火焔爆フレイム・ボンバー』を叩き込んでいた。

 真面に当れば、ひ弱な人間など四肢が弾け飛ぶ強力な魔法だ。こんな小娘が耐えられる筈も無い。


 だが飛ばした炎弾は、突然中空で立ち消えてしまった。

 エレクトラには何が起きたのか理解できず、一瞬呆けてしまう。


 気付くと、小娘が魔法を放とうとコチラに手を向けていた。

 だが小娘は祝詞を唱えている。使おうとしているのは『直接魔法ダイレクトマジック』ではなく『精霊魔法スピリットマジック』だ。


 思わず鼻で笑ってしまう。

 この自分に対し、魔法のことわりも理解せぬ者が牙を剥こうとしているのか?

 精霊の力を借りねば力も振るえぬ未熟者が、自分に歯向かう愚かしさを教えてやる!


 しかし、エレクトラのその嘲りは瞬時に消し飛ばされる。

 そこに集まる魔力の量が異常だったのだ。その密度が在り得なかった。

 その在り方の異質さに戦慄を覚える。


 自分は今、一体何を前にしているのだ?

 これは決して出会ってはいけないモノだ!


 エレクトラは、その戦慄が全身を走り抜ける刹那、既にその身体を消滅させていた。



     ◇



「……!お前!何処から来やがった?!!」


 振り降ろした鉈の様な大剣を弾き飛ばされ、その突如現れた相手を睨み付け、ジョエルが唸りのような声を上げた。


「よう?まだ生きてるな?」


 地に倒れ、重装甲の至る所が欠損し、多くの傷を負って呻きを上げる騎士に、その人物が声をかけた。


「ふん!お前も俺と遊びたいって事か?」


 突然現れたその黒いマントを纏った大柄な女に向かい、ジョエルがニヤリと白い肉食獣の様な牙を見せ笑う。

 そのままジョエルはブレる様に身体を揺らし、その場から姿を消した。

 

 次の瞬間その女の真後ろで、牙を剥き出したまま、大剣を振り降ろすジョエルが姿を現す。

 瞬く事さえ許さぬ速さで打ち下ろされた大剣が、女の肩口に喰い込むかと見えた時、その刃がピタリと止まった。


 それは、その女、アリア・ブロウクが、魔獣の革で設えた黒いグローブの左手一つで、一瞬でその刃を受け止めていたからだ。

 

 その事実にジョエルが目を剥き、剣を引き戻そうとするがピクリとも動かない。その事に更にジョエルの驚愕が重なる。


「…………まさかな」


 後ろも見ずに剣を受け止めたアリアが、小さく呟いた。


「まさか此処まで力が上がるのか?」

「何だと?!」


 アリアはスージィの補助魔法を受け、自分の力量が信じられぬ程上昇している事を感じていた。

 改めてスージィの規格外さに舌を巻く。

 だがジョエルは、そんなアリアの心情になど気付く筈も無く、訝しげに眉根を寄せた。


 更に、ジョエルは縫い止められた様に動かぬ剣を、力任せに引き抜こうと力を込めるが、剣は全く動く様子が無い。


 そこでアリアが不意に刃を手離した。

 繋ぎ止められていた大剣が解き放たれ、力余ったジョエルが、後半へとタタラを踏んだ。


「……お前っ!!」


 ジョエルがギリリと牙を噛みしめ、大剣を握り直し再び姿を消す。


 アリアは、頭の両脇に跳ね上げたキャロットオレンジの髪を揺らしながら、纏っていた外套マントを勢い良くはだけ、腰に備え付けた二本の戦斧バトルアックスに両手をかけた。

 それを其々左右の手で素早く抜き取ると、そのまま左手のアックスを振り払う様に横へ真一文字に振り切った。


 鈍い金属音を響かせ、振り下ろした筈の大剣を弾かれ、その刃をも砕かれたジョエルが、吹き飛ばされながら空中に姿を現した。


 ジョエルは短く呻きを漏らし、苦悶に表情を歪めながら身体を宙に浮かされる。

 その僅かな隙を逃す筈も無く、アリアはもう片方の手で持つ戦斧バトルアックスを、存分に撓らせた筋肉で投げ放った。


 濃密な魔力を籠めて放たれた戦斧バトルアックスは白く発光し、回転しながら唸りと共に大気を裂き、ジョエルの芯を捉えた。

 斧が木を打ち付ける様な甲高い音を樹木の間に鳴り響かせ、ジョエルはその身を後方に在った大樹まで吹き飛ばされ、その幹へと打ち付けられた。


 戦斧バトルアックスの刃が、僅かな面積しか持たぬビキニトップを繋いでいた細いストリングスを断ち切り、ジョエルは豊かな双房を弾け出す。

 同時に、そこから激しく血飛沫が舞い散る。

 戦斧バトルアックスは、ジョエルの胸を打ち抜き脊髄をも砕き、その身体を大樹に深く打ち付けていた。

 ジョエルが叫びと共に、大量に口からも血を吐き零す。


 自らが流す血と共に、その力も零れ出ているとでも言う様に、ジョエルの身体から見る見るりきみが抜け落ちて行った。

 更に戦斧バトルアックスが放つ輝きが強くなり、ジョエルの身を焼き始める。

 ジョエルの眼が虚空を見詰め、両手が何かを求める様にゆっくりと上がって行く。


「マ、マリーナ……。エレクトラぁ……。ハルバート……さまぁぁ…………」


「せめても……だ。直ぐに逝かせてやる『シャイン・アクス』!」


 アリアが言葉を発するのと同時に、戦斧バトルアックスが紅蓮の炎を吹き上げ、ジョエルの身を光の柱の様な豪炎が包んだ。

 眼からも血を溢れさせていたジョエルの身体は、断末の叫びごと炎に呑まれ、忽ち塵と化し消えて行く。


 やがて炎の柱は細く立ち消え、焼けた大樹に刺さる戦斧バトルアックスのみがその場に残った。

 アリアは、立ち昇り天に消える灰を見上げ、短く静かに瞑目した後、戦斧バトルアックスを大樹から引き抜き腰のホルスターへと戻した。


 そのまま直ぐに地に伏している騎士の元に駆け寄り、その傷の状態を確認する。

 意識は無いが、命に別状はない。直ぐに手当てをすれば大丈夫だ……。

 そう判断したアリアは、その傷を負った騎士、トニー・イーストンを肩に担ぎ、急ぎ来た道へと戻る。


 未だアンデッドの大軍に囲まれようとしている、仲間たちが護る塹壕へと向かって。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「最初に三つあった大きな反応の内二つは、既にお嬢様が消された。もう一つにはアリアが向かったから問題無い」


 チームアリアの召喚術師ウォーロックであるケティ・フォレスト様が、精霊を使用した探知魔法で戦場の情報を伝えて下さいます。

 塹壕内で傷付いていた皆様も、お嬢様の治癒魔法で全快し、ルーク様ケイシー様が運ばれたマナバッテリーの補充により、戦線に復帰されております。

 更にルーク様ケイシー様は、お嬢様の強化魔法のお力で、前線でも大変な活躍をなさっておいでです。

 ナイトソードの一振りで、アンデッド数体を一度に弾き飛ばすルーク様をご覧になり、槍斧ハルバードをお持ちのご同僚の方が、眼鏡の奥で目を見開いておられました。

 其れも此れも、やはりお嬢様のお力の賜物で御座います!


「ケティ!ミリー!打ち合わせ通り、出来るだけ多くのアンデッドを周りに集めて!でも、決して中へ入れてはダメよ!!」

「承知!」

「わかっています!」


 教司官ハイプーリストであるイルタ・リンドマン様が、ケティ様とミリー・バレットに、ご指示を飛ばされます。

 イルタ様は予定通り、塹壕の中心で結界装置を設置し、その起動の術式を展開し始められました。


「ミリー。小物は騎士団に任せて、取敢えず大物を潰す」

「了解です!ケティさん!!」

「ミリー・バレット。上手に出来たら、後でご褒美を差し上げましょうね」

「ぅひぇえ?!そっそれわぁあぁぁ…………」


 ミリー・バレットがワタワタと愛らしく慌てながら、アンデッドの群れをスルリスルリと抜けて、前線の奥に消えて行きました。


 ケティ様が、前線に向け伸ばした指を1つパチリと鳴らします。

 その手の甲に取り付けられた魔珠が光を放ち、一つの精霊が躍る様に現れ、再び中空に溶ける様に消えました。

 同時に軽い地響きを伴い、巨大な蔦が地を貫き立ち上がり、そこに居た『オールド・スケイル・ダイナソー』を絡め取りました。

 蔦は巨大アンデッドを締め上げ、動きを止めるだけに留まらず、バキリバキリとその強靭な骨を砕きます。


 その頭上で、一瞬キラリと何かが瞬きました。

 直後に一本の光のラインが、まるで小さな流星の様にアンデッドの巨大な頭骨に穿たれました。


 直上から『オールド・スケイル・ダイナソー』を貫いたのは、大型の短剣と一体化した様なミリー・バレットの一撃でした。

 頭骨を砕かれた『オールド・スケイル・ダイナソー』は、その巨体をガラガラと崩して地に還って行きました。



 ふむ、中々やりますね。

 お二人での共同戦線とは言え、脅威値100を超える大物をたった一撃で屠るとは……、やはりお嬢様のお力が偉大と云う事!!

 

 わたくしも負けてはおれません。

 大型の敵を相手にするのは、少々向いてはおりませんが、人型であれば何ら問題御座いません。


 今も、木々の陰を縫う様に、此方に向かう気配を感じております。

 軽く肘を曲げ上げた左手の第二指を、スッと動かしますと、陰に潜んでいた人影が縦に裂かれて地に落ちます。

 その断末魔の声に、周りに居た騎士の方達は驚いておりましたが、その白い姿と赤い眼は、間違い無くヴァンパイア。


 しかしその装いが気に入りません。

 まるでメイドの様な白い衣装。その白い様相と相まって全身白ずくめのメイドの様です。


 穢れたヴァンパイアでありながら、わたくし共の仕事に対する皮肉か何かのつもりでしょうか?

 実に不愉快です。


 此れらは、他のスケルトンやゾンビ達と違って、正面からは向かって来ません。

 陰に潜み隠れ、此方の死角を突いて来ようとします。

 しかし、そんな事はこのわたくしが許しません。

 お嬢様に、旦那様の事をお任せ頂いたのです。

 此処は何人たりとも通す訳にはまいりませんので。


 両手の指を操り、陰に潜むヴァンパイアを更に8体同時に両断しました。

 複数の風を切る音が辺りに響きます。


 ふと気付けば、お1人の騎士に向かい、白いヴァンパイアがその隙を伺うように忍び寄っております。

 わたくしは右の手首を小さく返す事で、ナイフを一本手元へ戻し、右手の第二指と第三指で挟み取ります。

 そのナイフを挟んだ二本の指を、軽く弾く様にして再びナイフを飛ばします。

 ナイフは一瞬で、騎士の方の死角に迫ったヴァンパイアの眉間を穿ちました。

 ナイフが刺さった衝撃で頭を仰け反らせ、体勢を崩したヴァンパイアに、ナイフからわたくしの指へと繋がる一本の鋼糸を、波が立つ様に撓らせます。

 わたくしの指先から放たれた鋼の波は、指から離れる毎に大きく鋭くなり、ナイフが打ちとめれれたヴァンパイアの身体に届くと、そのまま真っ二つに斬り裂きました。


 そう、わたくしの武器は指先で操る鋼糸ワイヤーと、その先に繋がる左右4本ずつのナイフ。

 魔鋼で作り上げられたこの鋼糸は、高い魔導率を誇り、存分にわたくしの魔力を受け、強力且つ自在な攻撃を放ちます。

 この『刃の鋼糸ワイヤーエッジ』を操る技こそわたくしの戦闘術。

 この鋼糸とナイフの結界を抜けられる物など、そうそう居るものでは御座いません!


 しかも今のわたくしは、お嬢様のお力をこの身に受け、内より力が溢れ出ている様です!

 今!お嬢様がわたくしの中にいらっしゃる!!

 あぁああ!何と言う至福!!!


 お嬢様と一つになった私達わたくしたちに敵う者など、何処に居ようと言うのでしょうか?!!

 さあ!この滾る力を恐れぬならば、かかってお出でなさい!!





 程なくアリア様が、傷を負った騎士様をお一人抱え、アンデッドを薙ぎ払いながらお戻りになられました。

 アリア様が護りに加わる事で、壁が更に厚く堅固な物となり、アンデッド共の前に立ち塞がります。

 もう間も無く、イルタ様の準備も整うでしょう。


 そのアリア様が戻られる少し前、黒岩方面から激しい衝撃音と地響きが伝わって参りました。

 騎士の方々は、その事に動揺されていらっしゃいましたが、私達わたくしたちには、ソレがお嬢様が成された事なのだと直ぐに分かりました。

 何よりその直後、旦那様方の御容態が落ち着かれた事が、それを証明しております。


「アリア!いつでも行けるわ!!強い結界だから衝撃で吹き飛ばされない様気を付けて!動けない御頭首たちを成るべく近くへ!!」


 イルタ様が、結界装置の準備が整ったと、声をお上げになられました。

 結界は、装置を中心に展開され、広範囲に広がって参ります。

 結界発生時の衝撃を出来るだけ受けない様、動けぬ旦那様方を兵站部隊の方々にお手伝いいただき、非戦闘員の皆様とご一緒に、イルタ様のお近くまでお運びいたしました。


「『その王冠は調和という名の装飾をそなえ。

 その知恵の流れは河を形づくる。

 その理知には証が与えられ。

 その慈悲からは恩恵が発する。

 その厳格さは大罪を罰し。

 その清らかな光は美を顕現させる。

 女神はその永遠性において勝利する。

 神々のその永遠を讃えよう』

 母なるテリルの名の元に、われらを護れよかし。


 やすらぎよ、光りよ とく かえれかしイタ・ミサ・エスト!」


 イルタ様が七柱の世界神を讃える祝詞を歌うように唱えられ、結界装置を起動させました。


 結界装置から清浄なる光の柱が立ち昇り、忽ち塹壕周りの壁を越え、広がり、周囲の穢れを浄化して行く様でした。

 アンデッド達が上げていた合唱の様な悍ましい怨嗟の声が、潮が引く様に収まって行くのが分ります。

 

 やがて穢れた気配が辺りから一掃され、清らかな風が吹き巻く中、アリア様が高らかに勝利宣言をされました。

 騎士団の皆様が鬨の声を上げ、彼方此方で互いに抱き合い、讃え合い、歓びに打ち震えておられます。


 旦那様方も、お顔の血色も良く、安らいだご様子でお休みになられています。

 もう間も無くお嬢様もお戻りでしょう。

 さあ、お出迎えして差し上げなくては。


――――――――――――――――――――

次回「クラウドの帰還」

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