第48話クラウドの帰還

 黒岩から塹壕の間には、もう一体もアンデッドは残っていなかった。


 結界装置からの輝きは、黒岩をさえも越えて包み込み、辺りの穢れた瘴気も綺麗に浄化されていたのだ。

 凄いよイルタさん!流石です!!


 塹壕に戻ると、その入り口前でアンナメリーが出迎えてくれた。

 ハワードパパ達はもう心配ない、と直ぐにアンナメリーが教えてくれた。


 アンナメリーに、ハワードパパの休まれている場所まで連れて行って貰えば、そこには穏やかなお顔で休まれているハワードパパがいらっしゃった。


 …………良かった。

 気配で分ってはいたけれど、こうして直接お顔を拝見して、改めてハワードパパの回復が実感できた。

 傍らで膝を付き、そのお手を取って両手で包み、自分の額に当てると、その暖か味が直に伝わって来て思わず視界が歪んでしまう。

 ポロポロと頬から零れる滴を、アンナメリーがそっと差し出したハンカチで受け止めてくれていた。


 その後、ハワードパパ達の事を改めてアンナメリーにお任せして、チームアリアの皆を黒岩まで連れて戻る事になった。

 回収しないとイケナイ人達や物があるからね。


 黒岩の裂け目を通り、その向こう側に到着すると、アリア達に絶句された。

 な、なんでよ?!

 確かにちょと派手に地面が抉れてるかもしれないけど……、そこまで……ヒドクは無いと思うの、よ?

 うん、そう、嘗ての上の方に比べれば、そンな……ゲフンげふん!いあ!なんでもない!大した事は無いのよさ!


 アリアは、此処に騎士団は絶対に通しては駄目だと言い出し、完全封鎖を言い渡した。

 まぁ、確かにアンデッド達が居たおかげで、今はこの近辺に魔獣は居ないけど、普通に騎士団の人達だけじゃ、ここに出る脅威値の魔獣は危険だもんね!

 確かに通しちゃダメだよね?!!



 洞窟の中に案内すると、中にあったご遺体のお1人は、イルタさんのお知り合いだったそうだ。

 とても残念だと仰って、丁寧に皆さんにお祈りを捧げていらした。


 同じく中で発見したアイテムをお見せすると、イルタさんはその場で凍り付いてしまった。

 アリア達まで顔色を無くしている。

 相当出ている瘴気は収まってる筈なんだけど、残滓だけでも普通はキツイのかもしれないな……。


 気を取り直したイルタさんが、顔色を失ったまま 此れは封印しなくてはいけない物だと仰った。

 なんでも、かなり古い文献に出て来る様な、いにしえの危険な呪物ではないかと言う。

 滲み出ている瘴気の濃度が、それを証明しているとも仰る。


 確かに、改めて意識の焦点を合わせ、そのアイテムを見ると『死者のクレイビング オブ渇望 ザ デッド』とかいう、悍ましい名前を持つ物だと云う事が分る。

 あー、つくづく先に気合をブチ込んで、大人しくさせておいて良かったよ。

 あのままだったら、みんな、洞穴の入口までも近づけなかったんじゃないかな?


 イルタさんは取敢えず、手持ちの聖布で綺麗に巻き取り、その上で結界の魔法を何重にもかけて、漸く手で持ち上げる事が出来る様になった。

 さらにキャンプ地に戻ったら、兵站部隊の方のお力を借りて、聖櫃を作り、そこに納めて一刻も早く森の外へ運び出さないとならないと仰った。


 私が持って行こうか?と提案したら、絶対に駄目だ!!とアリアとイルタさんに苛烈に激烈に反対された。

 わたし自身に何か起きるかもわからないし、逆に、わたしが壊してしまったらどうするんだ?と云う相反する心配をされている様だ。

 なんだか失礼しちゃうんじゃない?わたしそんなに何でも壊したりしませんわよ?!…………ねぇ?


 とまぁ、そんな事を言っててもしょうがないんだけどね!

 このアイテムはかなり悍ましい代物だけど、歴史的に見ても大変貴重な物で学術的な価値は計り知れないのだと云う。

 それに万一が在ってはイケナイのだそうだ。

 これは一刻も早く村の神殿で、正式で厳重な結界を施し、王都の神殿庁に運び、管理研究するのが望ましいのだという事だ。


 なんか思ってた以上に大変な代物でした!うーむ、壊さなくて良かった……かな?


 黒岩から回収したご遺体と、負傷者であるマグリットさんとライサさんのお二人。

 そしていにしえ呪物じゅぶつ!ま、文字通り呪いのアイテムだよね!を運びだし塹壕に戻って来た頃には、もう日が沈みかけていた。


 塹壕に戻ると騎士団の皆さんは、マグリットさんライサさんの無事を喜ばれたが、ご遺体で運ばれた方達を確認し、深い悲しみに包まれた。


 今回の探索では、聖位職を含めた騎士団の方が5名、兵站部隊の方達が4名、そして同行した事務方の2名の、合わせて11名もの方達が犠牲になった。

 戦闘力を持たない方達から犠牲になっていると云う事、更に女性が優先的に狙われたと云う事に強い憤りを感じた。

 それもこれも、ヴァンパイアの卑劣さに依る物だと思うと、改めて奴等は見つけ次第殲滅すべき対象なのだと強く認識した!!

 ウン!今後は、わたしの認識範囲内に奴等を確認し次第消そう!そうしよう!!



 日が沈むと、騎士団の方々には早々に休んで貰った。

 夜番に立つと言う方が何人も居たが、ほぼ丸一日闘い詰めの騎士団の皆さんには、此処はシッカリ身体を休めて貰わないとね!

 今夜はチームアリアに任せて貰うと言う事で、騎士の皆さんには全員ちゃんと休んで頂いた。


 翌日にはハワードパパ達も目を覚まされたが、まだ体調は万全では無い。

 一度解れてしまったエーテル体が完全に戻るのには、まだまだ時間が必要な様だ。


 それでも非戦闘員の方達……大学の教授方や事務方の人だね……は、直ぐにでも人里へ帰さなくてはならない、と朝一で出立した。

 イルタさんも、呪物を一刻も早く処理しなくてはならないからと、一緒に出発した。

 騎士団の三分の一程も、護衛を兼ねて先行して村に戻る事になる。


 残りの騎士団の方々も、その日の昼前には村に向かって引き上げを始めた。


 でも、ハワードパパ達は慌てず、わたし達が付き添ってゆっくり帰る事になった。



 騎士団の皆さんが出発された後、ハワードパパ達は帰る前にどうしても行かなくてはならない場所があると仰った。

 今回のイロシオ行きも、本来の目的はそこへ赴く事だったのだ、とも。


 自分達だけでも行くと仰るが、とてもまだお1人だけで歩くのには無理がある。

 そこでハワードパパにはわたしが、コンラッドさんにはアリアが、ジルベルトさんにはアンナメリーが、其々手を貸してお連れする事になった。


 それは黒岩の上、アンデッド達が群れていた場所から東へ1キロ程進んだ場所だった。

 まるで何かのお墓か石碑の様な、人の大きさ程の黒い岩がそこには立っていた。


 此れは嘗て人だった物だ。とハワードパパは仰った。



 今からもう何十年も前。

 まだハワードパパが十代だった頃、上団位に上がったばかりのハワードパパ達のパーティーは、この黒岩を越え探索の足を伸ばす事に挑んだ。

 でも当時のハワードパパ達にとって、その壁は思った以上にとても高く、やっと此処まで帰り付くことが出来たのだそうだ。

 その時には皆傷付いて、真面に動けるのは、コンラッドさんとマーシュさん位だったのだと。

 更に追い打ちをかける様に、此処でも魔獣に襲われ、パーティーが壊滅状態になりかけた時、唯一の聖位職だったハーフエルフの方が、身を挺して皆さんを逃がされたのだそうだ。


 ロランさんと云うその方を失った事が、皆さんの心の内に長い間シコリとして残っていたのだとハワードパパは仰った。

 このお三人とマーシュさんともうお1人。そしてロランさんを交えた6人がずっと昔からのチームだったのだ。


 三人は黒い石の前に座り、持って来たお酒を静かに傾け合い、しばらく静かな時を過ごしておいでだった。



 黒岩から戻り、お昼を頂いてから塹壕を後にした。

 先行している騎士団の本体が、昨日わたし達が最後に休憩した場所で、キャンプを張っている筈なので、そこに日暮れ前には到着出来るだろう。

 ミリーさんとケティさんが、騎士団本体と同行しているので、先に用意してくれる手はずになっていた。



 そうやってわたし達はユックリと森を進み、アムカム迄の路を辿った。


 村に辿り着いたのは、先行隊が村に到着してから3日も経ってからだった。

 詰所に辿り着く前に、『嘆きの丘』でオーガストさんを始めとする、村の皆さんが出迎えてくれた。

 そのまま詰所まで三人を皆さんで運んでくれた。


 詰所にはコンラッドさんのご家族が出迎えていた。

 要はアリアとロンバートのご両親だ。

 勿論、ロンバートも居た。

 顔を見るなり、家族皆からお小言謂われてるけど、コンラッドさんは聞いてる風じゃない……。

 相変わらずで、それはそれで安心する。


 ジルベルトさんのご家族も居た。

 ジルベルトさんって小柄なおじいちゃんだと思ってたけど、『グラスフット』としては大柄だったんだね。

 初めてお目に掛ったけど、息子さん達が随分小さく見えた。

 その後ろで心配そうに見ていたお孫さんが可愛かった。

 小っちゃい女の子って、見ていてホッコリするよねー。


 そして、わたしはハワードパパと連れだって詰所を後にした。

 向かうのはアムカムハウスでは無い。

 懐かしの我が家だ。


 わたしはレグレスの手綱を引いて、ゆっくり進む。

 その後ろを、アンナメリーが荷物を持って付いて来てくれている。


 ホジスンの池を右に見て進めば、時折魚が跳ねた様な水の音が遠くで聞こえる。

 ハワードパパは無言でレグレスの上で揺られていた。

 パパが辺りを確かめる様に、ゆっくりと周りを見渡しているのが分る。


 クロキの並木道を過ぎれば、もう見慣れた丘陵は目の前だ。

 北側の道から、防風林に囲まれたお家を回る様に、南側の緩い上り坂に出る。


 ゆっくりと、確かな足取りでレグレスが坂を上り、玄関の前まで進んでくれた。

 アンナメリーの手も借りてハワードパパをレグレスから降ろせば、まだ少し危うい足取りだけど、ハワードパパはシッカリと足を付き、玄関前に降りられた。


 荷物を置いたアンナメリーが玄関のドアを開くと、ハワードパパは静かに、だけど確かな足取りで家の中へ、足を一歩踏み入れられた。

 そして一言、とても優し気な口調で告げられる。


「ソニア、今戻った」

「お帰りなさいハワード。お疲れでは無くて?」


 ソニアママ?くしゃくしゃなお顔で、パパの背に回す手にそんなにお力を籠められては……、少しも……、少しも素っ気なく見えませんよ?


――――――――――――――――――――

次回「エピローグ スージィ・クラウドの届け物」


エピローグは本日中に投下します。

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