16話不機嫌なベアトリス

「へーーーーーー、ふーーーーーーーん、そぉーーーーーーーーーーー……」


 ビビの、感情の篭っていない声が、冷ややかに辺りに響いていた。


 アーヴィン……?アーヴィン……。アーヴィン!!

 やってくれやがりましたよこの人はっっ!!

 入学してたった一週間で、早速フラグを立てやがった!!

 しかも相手は、わたしと同室のカレンさんっっ!!


 カレンさんてば、ほんのり頬を染めて俯いて、時々盗み見る様にアーヴィンを見る目は僅かに熱を帯びている。

 そのアーヴィンと目が合えば、慌てて視線を逸らして、落ち着かなげにモジモジソワソワと手を動かしては視線を泳がせる。


 クッソ可愛いなこの生き物!コンチクショーー!!


 よりにもよって初っ端に、わたしの大切なルームメイトにフラグを立てるとか!想像もして無かったわよっっ!!


 当のアーヴィンは、ビビの目の前で正座をしながら事後説明をさせられている。

 本人は、何故正座させられているか分かっていない様子だけどね!


「……で!その後!1人にはして置けないからって、一緒に連れて来たって事ね?!」

「だってそうだろ?スージィの友達なんだから、オレ達関係者じゃん!放って置けないだろ?!」

「……そうよね!アーヴィンはそう云う人よね!だってアーヴィンだものね!!」

「なんだよ!ソレ?!!」


 はぁ〜〜……と、みんな(主に女子!)で盛大に息を吐く。

 聞けば聞くほどハッガード家だわよ!まったく!!

 ンでも……。


「レイニー……ぶるーだか、でびるだとかって……誰?」

「レイリー・ニヴンですお嬢様。特にお嬢様がお気に止める程の存在ではございません……」


 と、アンナメリーが教えてくれたけど、全然説明になってないよね?!


「レイリー・ニヴン。確かグルースミル旧男爵家の二男だったと思うわ!」


 代わりにビビが答えてくれた。相変わらず貴族情報良く知ってるなー。

 ホム、成程そいつも旧貴族か。

 アーヴィンの話を聞く限りでは、結構イキった奴っポイけど、……うん?でも男爵って、別に爵位髙く無いよね?その割には随分な振舞だわね。


「えーと、カレン……マーリンさんで良かったかしら?」

「あ、……は、はい!カレン・マーリンです」

「良かったら……、差し支え無ければだけど、そのニヴン家の次男とはどんなご関係なのか……教えて頂けないかしら?」


 コリンがカレンさんに、ちょうど気になっていた事を聞いてくれた。皆も聞きたかったと思うんだ。さすがコリンだね!


「あ、……え、えーと、レイリーは…………一応……ですね、私の……許嫁いいなずけと云う事に……なって……おり………まして」

「「「「「「「!!!!」」」」」」」


 みんなの目ン玉は、揃って引ん剝かれた!イキナリの爆弾投下来たよ!!


「……あ、ァ、ア、アーヴィン!!何やってんのーーーーっ!!!!」

「あちゃ~~~」

「『あちゃ~』ぢゃないわよ!!」


 ビビが激高している。まあ、無理もないよね!

 対するアーヴィンは、失敗したか~?みたいな軽い声を出していやがる!!

 うん、ビビじゃないけど、ちょっと『イラッ』とするわね!次の鍛練の時には、少し強めに突いてくれる……!


「あ、あっ、そうは言ってもですね、親同士が決めていた……、というだけの話ですので……私としては、その……」


 カレンさんは、大丈夫だ……と、良くある話でしょ?とか言うけれど、そんな簡単な話ではないと思うんだけどな!

 皆んなでギャーギャーと、アーヴィンに向けて捲し立てるが、アーヴィンはそれをノラリクラリと躱し、それを見るカレンさんはワタワタしている。

 結構なカオスだ。


 そこにコリンが、パンパン!と手を叩き皆んなを落ち着かせ、声を上げた。


「良いわ、その辺りもキチンと調べておきます。今は確かにアーヴィンの言う通り、その子を一人にはしない方が良いと思うの……。マーリンさん」

「は、はい?!」

「これからスー達は、冒険者組合へ登録をしに行く予定なの。良ければだけど、貴女も一緒に行ってみない?」

「え?わ、私も……ですか?」


「そう、お嫌では無ければ……だけど。どうかしら?」

「い、行きたいです!私も行きたいです!!ぜ、是非、ご一緒させてください!!」

「……分かったわ、貴女の外出許可証も貰って来ます。少し待っててね。アローズ行きましょうか」


 おや?カレンさんの食い付きが随分良いな……。これはちょっと意外。

 何時もは内気な感じで、余り前へと出て来るタイプには見えなかったんだけど、何だか新たな一面を見た感じだよ。


 そんなこんなで、コリンとアローズが外出許可の申請に生徒会室まで行ってくれた。

 15分もしないで、アローズがカレンさんを含めた6人分の許可証を貰って来てくれたけど、コリンは生徒会室で同僚に捕まって、話を聞かれているそうだ。


 暫く解放されそうにない、とアローズがため息交じりに教えてくれた。

 それを聞いた皆の視線は、直ぐにアーヴィンに集まったけど、本人は素知らぬ顔だ。

 うーむ、やはり次の立ち合いでは、多めに突っついてやろう!



     ◇



 結局学園を出て、乗合馬車に乗ったのは13時を随分回ってからだった。


 乗合馬車は、学園正門前の停留所から乗る事が出来る。

 これは、デケンベルの街の中の一定ルートを巡回している、元の世界で言う、路線バスの様な物だ。


 大きさは、マイクロバスって感じかな?これにはさすがに空間圧縮の魔法はかかっていないので、見たまんまの大きさだ。

 料金は1人20cクプル。馬車の中には車掌さんが居て、その車掌さんに10クプル銅貨を2枚渡すのだ。

 その時に行き先を聞かれるので、降りる先を伝えておく。

 中の座席は対面式で、片側に7~8人座れる感じだ。座席は布張りで、クッションが効いている訳では無い。木製の椅子よりはマシな程度だけど、これで長距離はキツそうだね。 


 とりあえずこの乗合馬車で、目的地までは20分程で着くそうだ。

 馬車の道中では、カレンさんにもっと色々話を聞こうと思っていた。食堂では散々アーヴィンを吊るしあげたしね!

 カレンさんには、レヴン家の次男との話をもう少し詳しく聞きたかったんだけど、彼女の口から出るのは、アーヴィンへの感謝とお礼の言葉ばかりだった。

 まあ、きっとこれは、皆に吊し上げられていたアーヴィンへの気遣いだったんだろうけれど……。


「それでも、あんな風に庇って頂けたのは、本当に嬉しくて……」


 カレンさんは少し俯き、僅かに頬を染めながら、アーヴィンへの感謝を口にし続ける。

 それと一緒に、チラチラとアーヴィンへと向けられる熱の籠った瞳。……オイオイ、これホントに落ちてんじゃないよね?

 この熱い眼差しを送られてるアーヴィンは、気付いてんでしょか?困ったものよね!ビビの不機嫌指数は、それに合わせてドンドン上昇しているというのに!もう!!




 聞けばレヴン家の御頭首、つまり件のバカの御父上は、カレンさんの後見人なのだそうだ。

 更にそれだけでは無く、カレンさんがこの学校に通う為の援助までして貰っているのだと言う。

 カレンさんは、『おじ様にはとてもお世話になっていて、言葉では言い表せない程感謝している』と言っている。

 だけど、アーヴィンの話を聞くだけでも、この次男のカレンさんへの扱いは、許嫁に対してするものじゃない。

 コイツは親の威を借り、好き勝手にやる馬鹿息子ってトコか?!


 食堂で、アンナメリーがそっと教えてくれた情報では、この次男、同郷の女子とは結構仲良くやっているという話だ。

 この時、食堂で目立っていたわたし達を、チラチラ見ていた女子のグループの一つに、その子は居たらしい。

 ちょっとばかり派手目の子で、コチラ……主にカレンさんに向ける目線は、余り良い感じの物ではなかった。


 次男は、カレンさんが許嫁であるにも関わらず、この女の子の友人(?)とよくつるんでいて、カレンさんの相手など真面にした事など無いという。


 それを聞いただけで、かなりムカっ腹は立っていた!なんじゃそりゃ?!って!

 更にカレンさんに、他にも酷い事をされていないかと聞いても、『親同士が決めていたらしいから……』と困ったように笑うだけだった。


 話を聞くにつれ、レヴン家のナントかって小僧のろくでも無さが、ドンドン見えて来る。


「…………潰しちまうか」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!こ、これはそう単純な話じゃないんだから!」


 思わず零れたわたしの低い呟きを聞き付けたビビが、慌てた様に口を開いた。


 ビビも、さっきまでは不機嫌にムッツリしていたくせに、カレンさんの話を聞くうち、ジワジワ怒りの矛先が、レヴンなにがしに向かい始めてたのは分かってるんだ。

 それでも、わたしの呟きは聞き捨てならなかったらしい。


 ふと、向かいに座る男子二人を見れば、何故か恐れ戦いた顔でコチラを見ている。

 なんでだ?それに何故に内股に……ハッ!?

 わ、わたし!そんなつもりで言って無いからね!!


 それがどんな非道な事か!……感覚的にはちょっと忘れかけているんだけどぉ…………でも!知識としては理解している!!

 だから!そんな酷いお下品な事は!しないのです事よ!!……多分!!!



「だからさ!尚の事許せねぇだろ!」


 馬車に乗ってからずっと、一言も話さなかったアーヴィンが会話に入って来た。


「婚約者ならさ、守んなきゃいけねぇ相手じゃないのか?!」


 お、アーヴィンもなんか熱いな!

 やっぱりわたしと同じに、聞くほどに怒りが込み上げて来たかな?

 

「オレは……、オレなら!守るって決めた女の子なら!どんな事があっても絶対守る!!」


 ほほぉぉ~~…… という、溜息の様な、感嘆の様な吐息が車内を埋めた。


 そんなセリフを放ったアーヴィンは、だから奴は許せない!と言いたげに、フンヌ!とばかりに口をへの字にし、腕も組んで真正面を睨んでる。アービンの後ろには、『キリッ!』ってな描き文字が浮いて見える様だよ!


 その真正面に座って、その熱いセリフを真っ向から受け取った人。

 ビビ事ベアトリス・クロキさんその人は……、その正面の座席で、顔を真っ赤に茹でらせて、あっちこっちにワタワタと目を泳がせていた。

 何故にそこまで落ち着きを無くすのか?!


「そ!そうよね!ゆ、ゆゆゆゆるしちゃちゃぁあ、あ!だだだだめよよよよねっっ!!だだめよ!!」


 普段の、冷静沈着なアンタはどこ行ったのよ……。

 このクッソ若青臭っいセリフを吐ける豪力と、それを正面から受け入れられる純な心!


 『これが、若さか……』と、赤い大尉が吹き飛んで行くのが見えた気がしたヨ!!


 アーヴィンの、「オレがお前を守る」的な目力を真正面から受けているビビは、上目使いでその視線を受け、益々顔の赤味を増して行く。


 見つめ合う二人の間の空間が、淡い色に染まってる気がしる……。なんかホンワカした物が二人の間を行きかっているんじゃなくて?!

 なんですかこのラブリーな空間は?!!やってられませんよ、ナニ?このいきなりな激甘ラブコメ展開は!!


 アーヴィンめ!ビビの不機嫌さがちーーとも収まらないからって、こんな力技の一撃を……。


 カレンさんまで、頬を染め目をキラキラさせながらアーヴィンを見詰めてるし!ああ!ダメよ騙されちゃ!!

 わたしとミアとロンバートは、さっきからずっと口から砂糖吐き続けているんだからねっっ!!


 全く!さっきまで居た、冷静で不機嫌だったビビは一体何処に行ったのさっ!?

 こぉ〜〜の!チョロインがっっ!!


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次回「ノースミリア冒険者組合」

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