14話はじめての週末
今日は、わたし達がミリアキャステルアイに入学して、初めて迎える週末だ。
この国も元の世界と同じ様に、1週間は7日で曜日もある。
曜日は、この世界の七柱の女神にそれぞれ対応しているのだそうだ。
この曜日の定義的な物は、およそ200年程前に作られたという話だから、間違いなくこれは『勇者の犯行』なのだろうねっっ!
ンで、今日は元の世界の土曜日にあたる、『影のウムル』の日だ。
この国には週休二日制は無いので、皆さん週一の休日で、元の世界で言う所の日曜日にあたる、『陽のテリル』の日以外は働いておられる。
週末である『影のウムル』の日も世間は休みではないけれど、でも学校の授業は午前中で終わり。
要するに、昔、元の世界で使われていた、『半ドン』と云うヤツである!
そんなワケで午前の授業が終了した後、皆で学校の大食堂で昼食を頂いていた。
この大食堂は校舎と寮の間にあって、全校生徒全員の胃袋を賄う最も重要な施設の一つなのだ!!
食事時は、十代の若人300人もの食欲と立ち向かうのだから、厨房の中は正に戦場なのだろうと云う事が容易に想像できる。
何と言ってもこの食堂、メニューが豊富なのだ!!
朝はトースト、コーヒー、フルーツと云った、モーニングセットの様な軽い物から、夕食はどこのお貴族様のフルコース?!!みたいな重厚なものまで幅広く揃っている!
それと……、どう見ても『丼ぶり』物……。牛丼とかカツ丼、天丼、海鮮丼!みたいな物まであるのは、明らかにこれも裏に勇者が居るのは間違いない!
ま、わたし的には嬉しいけどねっっ!!
そんな食堂でお昼をみんなで頂いた。
みんなと云うのはアムカムのメンツの事だ。
わたし達新入生の5人の他に、2年生のコリン、ダーナ、ウィリー。そして、3年生のカーラ、アリシア、ジェシカ、そしてアローズだ。
ヴィクターだけは居ない。なんでもお昼時はとても忙しいのだそうだ。ウン、深くは聞かない。
「今日は、冒険者組合に行くわよ!」
「ほひ?」
そんなこんなでお昼の後のデザートに、チョコババロアを頂いていた時だ。
ついついスプーンを咥えたまま頬に手を当て、口の中で濃厚なミルクチョコの甘みが溶ける余韻に浸っているとき、ビビが唐突にそんな事を言いだしたのだ。
わたしが可笑しな声で答えてしまったとしても、それは無理はない事だと思うのよさ?!
……だって、冒険者組合だよ?……冒険者組合!
居たの?この世界にも冒険者!あったの冒険者組合?!全然知らなかったよ?!!
あれよね?『冒険者』って言えばモンスター倒したりランクがあったりして、異世界モノには鉄板のアレ!!
わたしはてっきり、アムカム護民団がそういう立ち位置だとばっかり思っていたんだけど?!
あったんだね!アムカムとは別に冒険者組合という存在が!!
なんかジワジワッ!とテンション上がって来たよ!
やっぱりあれかな?登録に行くと素行の悪い古株に因縁つけられて、ソレを速攻のしちゃって、登録試験でぶっちぎりで合格しちゃって、コイツ只者じゃねぇっ……てな雰囲気になっちゃっうヤツ?!
これは、そんな鉄板お約束展開が繰り広げられるって云う流れかしら?なのかしら?!ふひ!
いや、…………いやいやいやいや!冷静になれ自分!目立ってどうすんだ?!!
これまで如何に目立たぬ様、大人しく過ごして来たか忘れたか?!!
ダメだ駄目だ!冒険者組合キケン!冒険者ヤヴァイ!!
やらかし指数が、直ぐに危険領域に達しそうな予感がビンビンにして来るのよさ!!
あぁーーー……、でもなー、冒険者組合には行って見たいよなーー。
折角の異世界名物だモン!見にも行かないって選択肢はあんまりだよねーー。
それにどうせならやっぱり登録したいジャン?
うーーーーん、どうにかなんないかなぁ……。
「そうね、良いんじゃない?行ける時に行って、早めに登録しておのは悪くないわよ」
「そう言えばワタシらも、最初の休みに行ったなーー」
「アムカムの人間は、みんな早目に登録しちゃうんだよ」
コリンとカーラ、そしてジェシカがそんな風に言っている。
ふーん、そうなのか……、アムカムの人間はみんな登録してるのか……。
それじゃわたしだけ遠慮するって訳にもいかないよね、やっぱ……。
……いや!そうだこうしよう!こう云ったお約束は全部アーヴィンに引き受けて貰おう!!
なんだかんだでハッガード家の人間ってば、やっぱヒーロー体質だし?こう云うフラグは確実に回収するだろうし?
わたしは後ろから「ウチの子、強ぉございましょ?おほほほほ」ってな保護者スタンスで見守ってれば良いんじゃないかしらン?!
そうだよ、それだよ!それこそがわたしが望む立ち位置ジャン!傍から見てれば良いんジャン!こんなモノは他人事だから楽しめるんジャン!ねぇ?!
よぉーしよし!アーヴィンにはちゃんと、ヒーローとして仕事をして貰おう!
わたしの為に頑張れアーヴィン!!うひっ!
「ミアも平気?!」
「うん!ワタシは全然平気だよ?」
「厳しいようだったら、行くのは次の機会にしても良いのよ?」
「ウン?だいじょーぶだよ、ビビちゃん」
「……そう、なら良いわ!」
ミアは、包帯を巻いた手でスプーンを優雅に使い、それで掬い上げたミルクババロアを口に運び、蕩ける様な笑みを溢しながらビビの問いに答えていた。
ビビもミアの事は気にしているのだけれど、本人が問題無いと言うなら、それ以上何かを言うつもりはない様だ。
魔力の暴発は、人の皮膚に火傷の様なダメージを残す。
ミアは、あれから毎日魔力コントロールの為の特訓をしている様だが、手の包帯は日ごとに増えていた。
何か手助けが出来ないか?と聞いても、やはりミアは 問題ない と毎日ニコニコ笑いながら、わたし達の申し出をやんわりと退ける。
わたしとビビは、目を合わせて肩をすくめるしかなかった。
こういう時のミアには何を言ってもダメだものね。本人が納得するまでやらせるしかないのだ。
「じゃあ、今日はこの後全員で冒険者組合へ向かうわよ!いいわね?!」
「なら、外出許可証は俺が取って来てやる」
「待ってアローズ、私も行くわ。どうせ生徒会室に行く用事はあったし……。私が居た方が手続きも直ぐに済むでしょ?30分もしないで持ってこれるから、みんなはそれまで此処でお茶をしてるといいわよ」
「ありがとう、アローズ、コリン。……それじゃどうせだし、ババロアのお代わり……貰っちゃおう、かなぁ?」
「今日はババロアデーだからね、色んな種類スタイルのババロアがあるよ!ホラ!このゴロっと果肉の乗った苺のババロアとか、スー大好きだろ?ほらほら!あーんして、あーーん!」
ババロアをもう一つ頂こうと、ニッコニコしながら席を立とうしたら、カーラが苺の乗ったババロアをスプーンで掬い、わたしの目の前に突き出して来た。
一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇いました。
だってもう立派なレディですのよ?
そんな小さな子供の様に目の前に差し出されたスプーンに、大口開けてかぶり付くなんて、とってもはしたない事では無くって?!
カーラはアムカムで昔やってた様に、今もわたしが美味しい物に直ぐに食い付くと思っているのだろうけど!そうは行かないのよ?!行かないのよさ!!
だけどそんな逡巡は……、目の前で揺れるルビーの様な輝きを放つゼリーと、その中でわたしを待っているよと言いたげな苺の可愛い切れ端、そしてそれを支える土台となっているのはプルップルの薄桜に揺れるババロアボディ!
あぁ……その色めく艶めかしさが恨めしい。
……そう、逡巡は一瞬だったのです!
だって!次の瞬間にはカーラの差し出したスプーンに、パクリと食らい付いていたのだから!!
ババロアは口の中で直ぐに蕩けて、そこに練り込んだ苺の風味を溢れさせる。そして、ババロアの土台の上に乗っていたゼリーは、歯が当たるだけでプチリと砕けて、中の果肉と一緒に苺の優しい酸味の詰まった果汁を、口の中一杯に押し広げて行く!!
あぁ、魅惑の苺ババロア……!
わたしはそのまま両手を頬に当て、フルフルと顔を揺らしながらこの至福の時に身を委ねてしまうのです。
「どう?美味しいだろ?スー?」
「……ン、……も、さいっこぉ・・・な、のぉ」
カーラの問いかけに、やっとの事でそれだけ答えた。
そして、その後に続くのは怒涛のスプーン攻撃!!
「スー!私も上げるよ!ほら!あーーんして」
「……許可証を貰いに行く前に、私も上げて行こうかしら……。ほらスー、このオレンジババロアも美味しいわよ?」
「ス、スーちゃん!このミルクババロア最高だよ?!はい!あーーーん」
「アタシのもスー!あーん、あーーん!」
ジェシカが、コリンが、ミアが、アリシアが、次々とスプーンを突き出してくる。
そしてわたしの口の中にも、次々と幸せが爆ぜて行く。
マロンの風味が!オレンジのジャムが!ミルクの豊潤さが!レモンのさわやかさが!
あぁ!至福!至福!!至福!!!
わたしは頬に手を当てたまま、ふにゃふにゃになって行くにょ!
「あら?そう言えば!アーヴィンは何処に行ったの?!」
「アーヴィンなら、食事を済ますと直ぐ、昼寝をしに出かけたぞ」
「はぁ……、もう!しょうがないわね!」
わたしがみんなに餌付けされているのを、呆れたように横目で見ていたビビが、アーヴィンが居ない事にはたと気が付き口にした。
うん、アーヴィンは昼食の『汁だく牛丼』を凄い勢いでかき込むと、サッサと食堂を出て行ったな……。
あとダーナも、食事が終わるとトットと出て行ってた。
ダーナは、槍で立ち合いする約束があるー とか言って嬉しそうに出かけて行ったっけ。
ま、ダーナは一緒に『冒険者組合』に行く訳じゃ無いから良いんだけどね!
「どうする?アーヴィンは又にするか?それとも一応、アイツの分の外出許可の申請もしておくか?」
「はぁ……、前もって言っておけば良かった!アタシのミスだわ!」
まぁ、さすがのビビも、まさかアーヴィンがお昼ご飯直後に速攻で消えて居なくなるとか思わないもんねぇ。
どれ、ビビが落ち込んじゃったから、ちょっと何処に居るのか探してやろうかしらね。
まさかこの短時間でナンぱ……いや、フラグとか立ててないよね?!流石にねぇ……?
真面目な話!ハッガード家はヒーロー体質なんだから、シッカリ注意して自重していて欲しいワケよ!思わぬ行動が周りに被弾する事も少なく無いんだからさっ!!
「…………あれ?アーヴィン、コッチに向かってる?」
「え?!ホントに?!スー!今どの辺?!」
「もう、そこまで来てるよ、直ぐ食堂の入り口に着きそう」
昼寝はどうしたんだろう?やめたのかな?こんな直ぐに戻って来るなんて……うーーん、なんかあったんだろか?
っていうか、……あれ?コレ、一緒に歩いてるの?アーヴィンが連れて来てるって事?
なんで?え?え?!
やがて入り口を抜け、アーヴィンがシレッとした態度で食堂へと戻って来た。
直ぐにわたしたちが居る事を目視すると、そのまま此方へ歩いて来る。
そしてその同行者は、アーヴィンのシャツの袖を摘まみ周りの視線を気にしながら、アーヴィンの陰にでも隠れる様に、遠慮しがちに彼の後を付いて来ていた。
それを見たみんなは……、固まってた。
『やらかしやがったなこのヤロウ』
きっとみんなの心の声は、こんなセリフで綺麗にユニゾンしていたに違いない!
ビビが今どんな顔してるかなんて、ちょっと怖くて見られない……。
濃度の高い怒りオーラが、ジワジワっと漏れ溢れてるのは分かるんだよね。
だからこそコワイのよ!!
「スージィ、この子の事ちょっと頼みたいんだけど、良いか?」
そんな、ピリッピリとした空気も読まず、アーヴィンはわたしに声をかけて来た。
『この子』と呼ばれた彼女……、わたしのルームメイトでもあるカレン・マーリンさんは、おずおずとアーヴィンの陰から顔を出し、頬を赤らめながら深々とコチラに向けて頭を下げたのだ。
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次回「アーヴィン・ハッガード厄介事に首を突っ込む」
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