13話霊印(エーテルシール)

 入学式翌日の今日は、まだ一般授業は始まらない。

 今日はまず、霊印エーテルシールを刻む事になる。と、朝のミーティングの時に、わたし達第1組の担任であるアーシュラ・ルイン先生が仰った。


 教壇の上からは、ピョンピョンと飛び出したちょんまげを右に左に揺らしながら、教室から速やかに移動しろとアーシュラ先生が指示をされる。

 移動するのは、本校舎と隣接する魔導技術棟だ。

 順番に教室を出る様にと、一生懸命に指示をしている先生の姿に、皆でホッコリしながら教室を移動し始めた。

 うん!忙し気に動くアーシュラ先生には癒しがあるね!


 今日の霊印エーテルシールの刻印は、わたし達の第1組から順に行われるのだそうだ。


「後がつかえてしまいますからねー!迅速に移動してしまいましょー!」


 後ろから追い立てる様に、アーシュラ先生の声が飛んでくる。


 刻印を刻むと言っても、タトゥーを入れる様な肉体的に何かする訳では無く、わたし達個人の霊体エーテルに『印』を刻むのだそうだ。


 厳密には、『エーテル体』と言うのは『心体』と呼ばれている部分なのだとか。

 そして『霊体』と呼ばれるのは、『心体』、『幽体』所謂『アストラル体』。それに『メンタル体』、『コーザル体』の『識心体マナス』等とひっくるめて『霊体』と区分されるそうだ。

 『コーザル体』から先は『魂』の領域で、『識心体マナス』は『魂殻』と言われている。

 んで、この『霊体』と言われる部分が『エーテル』で構成されているのだと……。


 うん、もうワケが分からないよね!

 わたしもワカラナイよ!?


 ま、兎に角!この『エーテル』で形作られている『霊体』に刻むのが、今回の『霊印エーテルシール』と言うモノなのだ。




 授業には、魔法道具を使用するものもあるし、何より霊印エーテルシールが無くては『直接魔法ダイレクトマジック』を使う事が出来ない。

 魔導技術を学び習得する上で、霊印エーテルシールがある事は必須なのだ。

 入学試験では『魔法技能士資格検定まほうぎのうししかくけんてい』の筆記試験も行われていて、魔力値測定でも、資格取得に必要な魔力値を超えている事が合格基準でもあるので、入試に合格していると云う事は資格試験合格者でもあるわけだ。

 後は、霊印エーテルシールを刻めば、晴れて『魔法士検定四級まほうしけんていよんきゅう』の有資格者と云う事になるわけよ!

 これでやっとわたし達も、ついに大人の階段を一歩登っちゃうワケです!やったね!!



 わたし達が連れて来られたのは、魔導技術棟の一室だ。

 教室の中には若い4人ほどの男女がいらっしゃって、中に並んでいる椅子に座る様に促された。

 この方たちは、今日の教務助手をすると云う事で大学から呼ばれた、大学の学生さんなのだそうだ。

 言って見れば、わたし達の先輩だ。優し気に笑顔を見せるお兄さんお姉さん達は、後輩であるわたし達に「心配無いよと」微笑みながら椅子へと導いてくれる。

 椅子へ座ると、なんだか懐かしい物を手渡された。

 わたしの両の掌に、スッポリ収まる二つのメリケンサック!


 そう、嘗てヘンリー先生の神殿で使われた霊査装置エーテルスキャナー。それに付属していたパーツだ。

 あの時も、これと同じようなモノを握ってソファーに座り、装置を使ってもらったんだっけ……。


「それに指を通してシッカリ握り込んで下さいねー!握りが甘いとエーテル体にアクセスできない事があるので注意してくださーい!」


 なるほどな、この手に握るパーツは、エーテル体にアクセスする為に必要なモノなのか。


 なんだかあの時の事を思い出すな……。装置に掛かるのが少し不安だったけど、ハワードパパが優しく見ててくれて、なんか安心したんだっけ。

 あの時のパパの手が、すっごく大きくて温かかったのを思い出す……、ぅくっ!ヤバイ!泣きそう……!くっ……平常心、平常心…………ゥン、よし!落ち着いた、危なかった!


「早速始めますよー!皆さんリラックスして椅子に身体を預けて下さいねー!」


 先生が、壁に設置されているイコライザーみたいな装置を操作すると直ぐ、グリップに通した指からゆっくり温かくなり、身体全体がジワリと暖かみを帯びて来た。

 あの時と同じだ。きっとこれが、装置がエーテル体にアクセスしている状態なのだろう。


 でも、その暖かみは幾らもせずに消えてしまう。

 霊査装置エーテルスキャナーを使った時とは違い、随分アッサリとした感じだ。


「終わった人は、順に隣の部屋へ移動してくださーい!」


 アーシュラ先生が、速やかな移動を即すように皆を隣の居室へ追い立てる。

 移動した部屋は、教室と言うよりは大きな準備室と言った感じかな?魔法道具の倉庫とか?それっぽいガラクタじみた道具が、机の上に無造作に置かれたり、棚の中に乱雑に並べられていた。

 室内には他にも、図書室の書架が並ぶ様に幾つもの棚が置かれていた。

 奥に並ぶ棚の列に誘導されて行くと、その棚の戸は開かれ、中に整然と並んで置かれている物が確認できる。そこには、小さなランタンの様な魔法道具が所狭しと大量に置いてあった。

 こちらの部屋にもいらっしゃった教務助手の方達から、1人ずつその魔法道具を手渡された。


「それを使って、霊印エーテルシールの作動確認をしもらいまーす!」



 これから、この魔法道具ランタンを使って刻印が終わった後の、霊印エーテルシールの作動確認をするのだそうだ

 確認と言っても、特に難しいことをする訳では無く、普通に魔道具を起動するだけだそうだ。


 使うのは、触るだけで明かりが点く、小さなランタン型の魔法道具だ。

 とりあえずは、只明かりを点けたり消したりするだけを繰り返せと言われた。

 そうやって、霊印エーテルシールが働くことを霊体エーテルに覚え込ませるらしい。


 ランタンの下の部分に手を添えれば明かりが灯る。もう一度触れば消える。なんかタッチセンサーライトみたいだ。

 普通に触るだけでランタンは灯る筈なんだけど、中には一度では点かない子もいる。


「直ぐに点かなくても繰り返し挑戦してくださーい!何度も繰り返すうちに、馴染んできますからねー!」


 アーシュラ先生ひとり一人に声をかけて、上手く行かず戸惑っている子にアドバイスをして回っていた。


「ふむふむ。クラウドさんは問題ないですねー。さすがですー!そのまままだ暫く続けて下さいねー」


 ピョコピョコと頭の上の尻尾を揺らしながら、アーシュラ先生が離れて行く。うん、やっぱり癒しだなー。



「あ、ちゃんと点く様になったぁ」

「やったーー!点いた!連続で点いたぞ!!」

「ぉお!アタシもーー!」


 暫くすると、そんな声がそこかしこから聞こえ始めた。みんな少しずつ馴染んで来た様だ。

 うんうん、みんな嬉しそうだ。歓声じみた声を上げている子までいる。

 そりゃそうだよねー。これで魔法道具を一人で起動させて、自分だけで動かせる様になったんだもん。一人前になった証みたいなもんだし、そりゃ上がるよねー!

 わたしだってこう見えて、何気にテンションは上がっているしね!


「はーーい!皆さん、ひと通り馴染んだ様なのでー、次の教室に移りますよー!今持っている魔法道具ランタンはそのまま持っていてくださーい!次がつかえてしまうので、速やかに移動してくださいねー!」


 ランタンはこのまま持って帰って、一日中魔道具操作をして霊印エーテルシールを馴染ませろって事だそうだ。

 おしゃべりしながらでも、勉強しながらでもいいから、明日まで兎に角一日使い続けるのが良いよ と教務助手のお姉さんに教わった。



 アーシュラ先生に先導され魔導準備室を出て廊下を進んでいると、第3組の子達とすれ違った。恐らくこれから霊印エーテルシールを刻みに行くのだろう。

 第3組の子達がみんな、わたし達が手に持って点けたり消したりしているランタンを、物珍しそうに盗み見ながらすれ違っていく。ウンウン、そりゃやっぱ気になるよねー。

 そんな列の中にカレンさんを見つけた。なので、小さく手を振ったら向こうもわたしを見つけてくれて、笑顔と一緒に手を振り返してくれた。

 思わず嬉しくてホッコリしていたら、昨日の伯爵令嬢も近くに居て、わたしと目が合った。そういえばカレンさんはこの令嬢と同じ第3組だったっけ。

 わたしは、令嬢にも挨拶代わりにとニコリと微笑んでみたところ、あちらも何かを言おうとしてた様子でコチラに身体を向けて来た。

 そんな令嬢の様子に、わたしの隣に居たビビが素早く反応し、その眉がピクリと動く。

 でもそこで、昨日も令嬢と一緒に居たお付きの子の一人が、大慌てで彼女の身体をクルリと回し、列の流れに戻してしまう。

 その子も、そのまま小さく頭を下げて直ぐに列の流れに戻ってしまった。

 うーむ、なんか今の姿に苦労人の影を見た気がしるよ。




「はーーい、みなさーーん、魔導実技ー担当教諭のーー、ジョスリーヌ・ジョスランとー申しますーー。よろしくーーお願いーしますよーー」


 次の教室では、別の先生が待っていた。

 見た目は、わたし達と同じくらいに見えるけど、ハーフエルフの方と言う事で、実年齢は見た目とは違うらしい。


 でも、あれ?この先生……、どっかで見た事ある気がするなぁ?……どこでだっけ?入学式ではお見かけしてないと思うんだよね……。

 入試の時にでもいらっしゃったのかな?

 ま、どうでもいっか!


 で、連れて来られた教室は、今まで見て来た物と比べると随分狭い。机も無く椅子だけが並んでいた。

 いや、教室って感じでは無いかな?あれだ、映画なんかで見る、パイロットに出撃前の作戦説明をする『ブリーフィングルーム』?あんな感じの部屋だ。先生が立っているのも正面では無くて、プレゼンでもする時みたいに、正面のスクリーンでも降ろすような広々とした壁の横、わたし達から見て右斜め前にある小さな机に手を置き立っている。いかにも『これから作戦説明をします』みたいな感じだ。なんかそう考えたら、妙にテンション上がって来たゾ!


「まずーー、最初にーー、魔法発動の為のー簡単な基本説明をーー、させてーいただきますーー……。あー、コレはーー入学してー最初の魔法講義にーーなりますかねーー?」


 わたしのワクワク感を他所に、何とも間伸びのする口調で、ジョスリーヌ先生は、この学校に入学して初めての魔法講義をしてくれる事になった。



     ◇◇◇◇◇



まず改めて魔法とは何か?

魔法とは整然と整えられた物質世界に情報を割り込ませ、そこに起こり得ない事象を作り上げる超自然的な技能の事です。


普通、この目の前の何もない空間に、突然火を発生させる事は出来ません。

ココに可燃性のガスが固まっていたとか、輻射熱などで熱が偏り、特定点に熱量が集中し発火したとか、ここに火を発生させる為の、幾種類かの可能性を提示する事は出来ますが、そんな要素が何一つない空間では、火など発生しようがありません。


同じく、この閉ざされた空間では、何もしなければ風は起きません。

意図的に気圧の変化を起こさない限り、空気が一方から一方へ流れる事など、起きよう筈も無い事です。


更に、水は高い場所を嫌い、低い場所を好んで流れて行きます。

それは重力に影響を受ける物で、低い場所から高い場所へとその流れを作る事は無いでしょう。

 また、水の中に何かを投げ込めば、水より比重が大きい物は水の底へと沈んで行き、比重の小さい物は水面へと押し上げられます。


そして、ココにあるのは只の卵です。朝食で出されたゆで卵を持って来たものです。これは後で美味しく頂きます。

……頂きますがその前に、この卵をこのまま手を離すとどうなるでしょうか?このまま床へ落ちますね。それが自然の摂理です。

ですが!床に落ちず、このまま私に美味しく頂かれる為に、この場所に留まり、待っていてくれるでしょうか?

或いは、もしかしたら、このまま下に落としたら、床材に使われている玄昌石に当たったとしても、殻も砕けず、逆に床石が砕かれるなんて……そんな非常識な事には成り様がありませんよね?

現実には卵が砕けて生身がぶちまけられ、わたしが大事に楽しみにとっておいたゆで卵を、一瞬で食べ損なうという悲劇が訪れるだけです。

そしてアーシュラ先輩に、ナニ床を汚しとんじゃコンボケェーー!!とお尻を蹴り上げられる未来がリアルに見えて来ます!(そんなことはしませーーん!!)


これは全て当たり前の現実。当たり前の自然現象です。


ですが、こんな当たり前の現実に、起こり得ない事象を起こすのが『魔法』なのです。


これは、明在的な物質世界の情報を包括する、半霊半物質の暗在的存在であるエーテルの情報内容を、裏側から書き換え操作する事で可能にする事象です。

精霊魔法スピリットマジック』とは、このエーテル存在である精霊に、術者がオーダーし魔力を提供する事で事象を発現させる方法です。

事象の発現は精霊に任せるので簡易に使用できますが、魔力効率から言えば、多くの魔力を精霊に与えなくてはならない為、決して効率が良いと言える物ではありません。また、魔法の細やかな調整や応用も、難度が高いという側面があります。


一方、これから皆さんが習得する事になる『直接魔法ダイレクトマジック』と呼ばれる物は、皆さんが先程刻んだ『霊印エーテルシール』を通じて、エーテル情報に直接接続し事象を起こすという方法です。

魔法の習得、使用は『精霊魔法スピリットマジック』と比べると大変難度が上がりますが、魔法の調整やカスタマイズは、術者の熟練度で幾らでも振り幅が広がります。これは、学ぶ程に奥深くなる技術であると私は思っています。



さて、その魔法を習得するためには、まず霊質記録庫エーテルアーカイブから魔法情報を引き出さなくてはなりません。

霊質記録庫エーテルアーカイブとは、アーカシャの表層に人為的に作られた、多くの魔法情報を収めた記録庫です。

霊印エーテルシールを持つ者は、アーカイブへのアクセスが可能になり、その情報を読み取る事が出来る様になります。

アーカイブへのアクセス深度は、霊印エーテルシールの等級によって制限されますので、より深くの情報にアクセスしたければ、頑張って等級を上げて下さい。


魔法を使う為には、まずこのアーカイブから使用したい魔法情報を読み込んで、自らのエーテル体に記録する必要があります。

自分のエーテル体に記録された魔法情報の事を、『霊溝エーテルキャナル』と呼びます。

この霊溝エーテルキャナルに魔力を通す事で、魔法は発現されるのです。


魔法の発現は、『詠唱』が鍵となり霊溝エーテルキャナルに魔力が流れる事で実行されます。

使い始めは、ごく細い霊溝エーテルキャナルも、魔法を繰り返し使用し、何度も何度も魔力を流すうちに、少しずつ太い物に成長して行きます。

霊溝エーテルキャナルが太くなれば、短い詠唱でも魔法発現が可能になります。更に熟練すれば、無詠唱での魔法発現も不可能ではありません。


魔法は覚えて直ぐに、誰にでも使いこなせるシロモノではありません。

魔法とは、修練が必要な技能である事を覚えておいてください。



     ◇◇◇◇◇



 ジョスリーヌ先生の魔法講義は、概ねこんな感じの内容だった。

 正面の壁に画像が投影されながらの講義は、ホントに『ブリーフィングルームでの説明』みたいで、一人内面では上がりっぱなしだったのは内緒だ!


 講義の後、ひとり一人順番に前に出て行き、『魔法の習得』を行った。

 魔法の習得には『魔導書グリモア』が使用される。

 『書』と言っても、紙のページで出来ている物では無かった。

 2枚の板を綴じて、それが見開く様に作ってある物だ。大きさはB4程かな?片面にはびっしりと文字が、片面には魔法陣の様な文様が描かれた物だった。

 描かれた……というか、掘り込んであった。掘り込まれた文字や文様には、鮮やかな色をした塗料が流し込まれて、ただ眺めているだけでも、綺麗な絵本を見てる時の様なワクワク感が感じてしまう。ちょっとした工芸品だよ?これは!

 自分の番が回って来た時に触らせて貰ったけど、材質も木というワケでは無かった。セラミックみたいな、焼き物?って感じ。ウン、なんか謎物質の工芸品だったね。

 『魔導書グリモア』の魔法陣に掌を当てると、『導師グル』であるアーシュラ先生の導きで、チャンネルが開かれ霊印エーテルシールを通して魔法情報が、わたし達のエーテル体へと転送される。

 この『魔導書グリモア』自体には魔法が記録されている訳では無く、これは飽く迄も、霊質記録庫エーテルアーカイブ内の特定魔法情報にアクセスする為の認証キーなのだそうだ。

 なので魔法の数だけこの『魔導書グリモア』があるという話だ。

 魔法を覚える時はその魔法に相当する『魔導書グリモア』を以って、今行った様に『導師グル』の監督、承認の下、行う事になるそうだ。


 とりあえず、魔法を覚え終わった者は、順に隣の部屋へ移動する様に言われていた。

 隣の部屋はさっきまでいた『ブリーフィングルーム』?より随分広く、室内射撃場の様な部屋だった。

 ここで、覚えた魔法の発動を試せと云う事だ。

 わたし達が今教わった魔法は『魔力障壁マジック・シールド』。

 翳した手の先に魔力を集めて、防御シールドを展開するという簡単な魔法だ。


「魔力の練り込みーー、魔力の収束とー放出ーー。この魔法でーー、魔法を使用する上でのーー基本的なー魔力操作とー魔力経路がーーひと通りーー学べますーー」

 

 講義を終え、生徒の魔法習得を待つ間にコチラの部屋に移動したジョスリーヌ先生は、習得を終えて移動してきた生徒達へ、順に魔法発動の指導に当たられていた。


「まずはーー、しっかりとしたー詠唱でーー、確実にーー魔法をーー、発現させてー下さいーー」


「初めはーー、言葉のーリズムやーー、音のー高低もーー、ちゃんとー意識する事がーー大切ですーー」


「今日のーところはーー、魔力の流れをーー感じる取れるだけでもーー御の字ですからねーー。無理はーしない様にーーしてくださいねーーー」


「その昔はーー、魔法を使う為にはーー瞑想するとかしてーー、普遍的無意識とかにーアクセスするとかーー、いち々クソ面倒くさい手順がーー沢山必要だったそうですがーー、エーテルテクノロジーが確立している昨今ではーー、こんなにー楽になってるんですからーー、ありがたいー話ーですよねーー」


 ジョスリーヌ先生が、生徒ひとり一人の様子を見ながら言葉をかけている。わたしも遅まきながら、さっそく魔法の発動を試してみる!


『原初の霊質、原理に言葉、根源の力を以って我を守れよかし。《魔力障壁マジック・シールド》』


 基本魔法なので『詠唱』も、ごく短い物なのだそうだ。

 『詠唱』すると、なるほど身体の中に、今まで感じた事のない魔力の流れを感じる。

 まるで、今初めて出来た血管に、初めて血液が流れて行くような言いようのない感覚だ。

 この初めて出来た魔力の通り道に、いきなり大量の魔力を送るのではなく、微細に調節した流量の魔力を送る。スポイトで注ぐように……、ティッシュで吸い取った水を垂らし込む様に、微量に微細に繊細に……。


 これはあれだね、前に修行した枝木に繊細に『氣』を流し込むのと感覚が近いかもしれないね!

 あれは少しでも調節を誤って『氣』流し込み過ぎると、たちまち枝が破裂してたけどねぇ~~。まさか流石に魔力流し込み過ぎて、自分の腕とかが破裂するとは思えないけどさ………………。

 ウン、十二分に細心の注意を以って魔力を注ぎ込もう……。


 やがて、魔力が少しずつ回路の様な経路を形成していくのが解かる。後はこれの出口を作ってやれば魔法が発現する筈。

 出口はイメージし易い様に、手に持ったタクトの先に作るのが良いと先生は仰っていたな。

 慣れてくれば、出口は何処にでも作れるとも言っていた。指先だろうと肘だろうと足裏だろうと、どこからでも出来る。

 まずは魔法発現のイメージが、イメージでは無く現実感のある現物として認識する事が大切だという話だ。ウム、この辺の考え感覚も『氣』の教えに近いね。わたしとしては分かり易くて助かる。『氣』を教えているアムカムの皆も、きっと感覚を掴むのは早いかもしれない!


 タクトの先から出る様に、静かに息を吐く様に魔力を展開すると、『魔力障壁マジック・シールド』が完成した。

 翳したタクトの先に、自分の身体を丸まる隠せるくらいの巨大ラウンドシールドが出来上がっているのを感じる。


「ほーほーー、クロキ嬢とーー、クラウド嬢はーーもう出来ちゃいましたかーー。これは最初ーー、このほっそい霊溝エーテルキャナルに魔力を通すのにーーー、大変苦労してー、最初はー臥薪嘗胆ーー艱難辛苦ーー、四苦八苦してーー七転八倒するんーーですけどねーー……。魔力コントロールの巧さはーー流石ですーー」


 気が付けばすぐ近くでジョスリーヌ先生が、「すごいーすごいーー」と目を開いて手を叩いていた。

 先生に言われて横を見てみれば、ビビも見事に魔法の発現に成功していたようだ。でも相当な集中力を必要としたのだろう。額に玉の様な汗が幾つも浮かんでいる。そして、安心したように、深く吸い込んだ息も長く長く吐き出した。

 でも、直ぐにわたしの視線に気が付いたビビは、ニッ!とばかりに口角を上げる。そしてそのまま、やったね!とわたしと互いの右手を上げてパチンと叩き合った。


「普通はー、いち度でー出来る子なんてーーまず居ないんですけどねーー。お二人ともー凄いですよーー」


 改めて周りを見回すと、確かにみんな四苦八苦している様だ。あちこちでブツブツと詠唱を呟く声、深呼吸をする息遣い、はては、ヒッヒッフーとか良く分からない呼吸法を使ってる子まで居る。ウーム、皆初めての事だものね苦労するよねー。

 大体にして、今まで使ていた『精霊魔法スピリットマジック』が、アクセルのオンオフだけで動かせる電気ゴーカートだったとしたら、この『直接魔法ダイレクトマジック』はマニュアル操作の乗用車だ。

 運転初心者が、アクセルを踏み込み過ぎてエンジンをやたらふかしたり、クラッチを上手く繋げずエンストさせてしまう様な物だ。そりゃみんなが苦労するのは尤もだと云う事だよね。

 わたしだって、枝木を使ったトレーニングをやって無くて、ぶっつけでやって居たらどうなっていたか判らない。

 そう考えると、純粋に一度でクリアしてしまったビビは、やっぱりに凄いな……。うん!ホントにすごい!!


 そんな中、突然大きな破裂音が室内に響き渡った。その音に驚いたのか、女生徒の小さい悲鳴が幾つも上がる。


「あーーー、やっちゃいましたかーーー。1人か2人はいるんですよーー、持ってる魔力がー大きすぎてーー持て余しちゃってー暴発させちゃう子がーーー。大丈夫ですよーー、何の心配もーーありませんからねーーー」


 ジョスリーヌ先生が、困ったような顔で頭をポリポリと掻きながら、音が鳴った方へ歩いて行く。


「あれ?え?ぇ?……あれ?」


 先生が歩いて行った先にあったのは、床に転がる破裂したタクトの残骸と、プスプスと燻ぶる様な煙を上げている手を呆然と眺め、その場にペタリと力なく座り込んだミアの姿だった。


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次回「はじめての週末」

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