11話ルシール・ムーアの憂鬱
「マウント取ったつもりだったでしょうけど、結果は全くの逆だったワケよ!」
ビビさんは得意げにそう仰った。
「ああいう手合いは最初に決めておかないとね!
「なるほど!ビビ!よくやった!!」
ラウンジでお茶を頂きながら、入学式後の出来事を報告するビビを、カーラ達が絶賛していた。
「ただの息女と次期頭首では、格ってものが違うっての!」
ビビの言葉にカーラ達はやんやと騒ぎ、アンナメリーやミアはウンウン!と盛大に頷いている……。
お願いですベアトリスさん。もう勘弁してください!!
わたしは顔の火照りが酷くって、お茶を持ったまま顔が上げられないのです!!
「まあ、これで早くも新入生達には、最大派閥が生まれてしまったワケねェ」
「は?は、派閥ぅぅ?最大ぃぃい?!」
コリンの口から出た不穏な単語に、思わず声を裏返させて聞き返してしまった。
「どの学年にも大なり小なりあるわよ?特定の女子グループを中心に、『わたしはこっち派~』みたいに寄せて行くだけで、政治の世界みたいに派閥争いとかがあるワケじゃないけどね」
「そ、そう……なの?い、いや!でも……」
「入学前から、キャスパー家のお嬢様は気の強い方だと伺っていたから、派閥づくりも積極的なのかな~?とは思ってたのよ」
「その牽制のつもりで来たのだろうけど!そんなモノ!速攻潰してやったわよっっ!!」
怖ぇー……、女子怖ぇぇっ……。ビビが怖ぇぇっスぅぅ。
「これで、新入生の最大派閥の頭はスーで確定……、ってトコかしらね」
「えらいよ!ビビ!サスガだ!!」
「ぅえぇぇええ…………?」
「まあ、スーの実力が知れ渡れば、否が応でも注目も、人も集まるからね。初めに悪目立ちするのは避けたかったけど、遅いか早いかの違いでしかないもの」
「わ、悪目立ち……。で、でも、オーガストさんには、なるべく目立つ事は控える様に……って」
「そりゃアンタが、アムカムの人間だ!……って!次期頭首だ!って周りにシッカリ認識されるまでの話よ!!」
そうなのだ、オーガストさん達アムカムのトップの方達からは、学校ではなるべく力は抑えて行く様にと言われていたのだ。
だから入学試験の時も、力のセーブを心がける様にビビやミアからのチェックをして貰ってた。
体力測定の長短距走や、立ち合いとかメッチャ気を使いまくったし、魔力の測定だって制御し切って、そこそこの結果を出して見せた!(はずだ!!……多分)
だって昔とちがって、今はちゃんと普通の子並みに、力を制御出来る様になったんだからね!
ウン!わたしはやれば出来る子なのだもの!!
それなのに……、なんで入学初日に違う方向で目立つ様な事になっちゃうのかな?!
わたしゃ、目立たず平和な学校生活をスタートさせたかったんだよ?……シクシクシク。
「ま!そういうワケで!最大派閥のトップって認識されてりゃ、これ幸いって事よ!!」
ビビってば、何処までも攻めの女なのね。なんだか悪い笑みを浮かべてるし……。
そういえばサイレンスさんも、時々そんな笑み浮かべてたっけ。
ホント、ビビはパパ似だものねぇ……。
寮の部屋に戻ってからも、カレンさんに「今日第1組で何かあったの?」的な事を聞かれてしまった。
しかし、新たな黒歴史を刻んだばかりのわたしは「今だけは聞かないでー!」とベッドにダイブし轟沈したのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ですから、やめておきましょう……って、言ったじゃないですか」
「……大体コーディリア様、次席だったのは座学だけですし……」
「!……ル、ルシール?い、今更そんな事おっしゃらないで!!」
「ホントにご存じなかったんですか?辺境伯が伯爵より爵位が上だ……って」
「…………そうっだったかも……くらいは?…………」
「それなのに、あんな強気で乗り込んだんですか?」
「だ、だって!ご一緒にいらっしゃるなんて、思わないじゃありません?!!」
「クラスが一緒だって分かってましたよね?」
「……キャサリン……、言い方がキツいですわ……」
「でも、クラウド様に見つめられて赤くなっていたコーディリア様……尊ぉございました……」
「は?」
「いえ、なにも」
「……キャサリン、程々にしましょう……ね?」
3人で姦しく廊下を歩きながら、ルシール・ムーアはキャサリン・ムーアを窘めた。
幾ら注意を促しても、キャサリンは何時もどこ吹く風だ。
ルシールは、この同い年の従妹に嘆息しつつも、その趣味に口出しするのはとうに諦めている。
しかしせめて、当人を前にしての言葉は控えて欲しい。
曲がりなりにも我々は従者なのだから、主人であるコーディリア様を立てる事に注力すべきなのであって、おかずにするのは如何なものかと常々思っているのだが、キャサリンはコレに関してはどうしても聞く耳を持ってくれない。
「それでも、ハッガード様もいらっしゃって良かったですね。あんなお近くでお姿を拝見できて……ね?いかがでした?コーディリア様」
「え?……そ、そうですわね……、り、凛々しく、噂に違わぬ騎士然とした方でしたわ」
わずかに頬を染めてそう答えるコーディリアの姿を見て、改めてルシールは嘆息した。
そうなのだ、本来は今年の新入生の中でも、一番の騎士候補と名高い、アーヴィン・ハッガードを見に行っただけの筈なのだ。
遠巻きにでも見られれば良かったはずなのに、ドアが閉まっていた事にどういう訳かテンぱったコーディリアが、いきなり大きな声を出してドアを叩き開けてしまったのだ。
これにはルシールは勿論、キャサリンも、カクン!と顎でも外れたかのように大口が開いてしまった。どうしてそうなった?!
それでもルシールもキャサリンも、子供の頃からコーディリアの付き人を務めて来た身だ。咄嗟に主である彼女を立て、補助する事は忘れない。それは身に染み付いた脊髄反射と言っても良い。
だが更にコーディリアは、あろう事かいつの間にかベアトリス・クロキに、ケンカまで売っていた。頭痛が一気に襲って来る。だからどうしてそうなった?!!
恐らくは、アーヴィン・ハッガードとベアトリス・クロキは、仲睦まじい間柄だという噂もあり、コーディリアが彼女への対抗心を覚えたが為の暴挙だったとも考えられる。
それにしても……それにしても!である!!
コーディお嬢様の暴発は、今に始まった事ではないけれど、今回のはちょっとあんまり過ぎる。入学初日にやらかすとか勘弁して欲しい。
あちらはどう思ったのか?最後のクラウド嬢の笑顔が、裏の無いものであって欲しい……いや、切実に!
どうしてこの子はそういった方面になると、こう目も当てられなくなるのでしょうか……。
思い返したルシールは、ジワリと眩暈と頭痛が増すのを覚える。
「そういえばルシールは、魔力試験がアムカムの方達と同じ日だったでしょ?私やコーディリア様は日程が違ったから見ていないけど……。いかがでした?あの方達は」
「……そうですね、アムカムの方達は少し独特だったでしょうか……」
そう言いながらルシール・ムーアは、寮に入ってからの数日間で、周りで囁かれるアムカムの姫に関する評判を思い出していた。
優秀な者達に囲まれ守られている
本人も優れてはいるがそれだけだ
やはり周りと比べると遜色がある
アムカムの姫は見目麗しく、何処に居ても人目に付く。
だから多くの人はあの方に興味を引かれ、僅かな情報でも直ぐに広がる。
たとえ伝え聞いた話の真偽があやふやでも、人は広がる噂を鵜呑みにする。
それが真実とは違ったとしても、初めに広がった噂が上書きされるのには時間がかかるものだ。
「優れた者達に囲まれるのは良いのですが、その者達と比べらてしまうのは、お気のどくとしか言いようがありませんわね」
コーディリアが手に持った扇子を僅かに開き、口元を隠しながら小さく眉根を寄せてそう呟いた。
「……ええ、そうですね」
ルシールは、自らの髪に手を当て撫で付けた。
まるで暴風に晒され、乱れ切った髪を整える様に。そして何かを思い出した様に、ブルリと小さな震えが走る。
「ルシール?どうなさったの?」
「いえ、コーディリア様、なんでもありません」
ルシールは、コーディリアに柔らかな微笑みを向ける。
「いずれ、皆様もご理解されると思いますので」
そうルシール・ムーアは静かに答えていた。
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次回「受験日閑話」
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