2話王都からのお客様
「その厳つい顔を見せるのは何年ぶりだ?!ラインバルト・クライナー!!」
「それはお互い様だハワード!!相変わらず壮健そうだな!」
昼過ぎに到着されたその方達は、遥々王都から来られたハワードパパの古いご友人だそうだ。
こうやって直にお顔を合わせるのは、実に十数年ぶりだとか。
お二人ともとても嬉しそうに肩を叩き合い、再開を喜び合っておいでだ。
ラインバルトさんのその彫りの深い顔立ちは、確かにハワードパパが仰るように厳めしいけど、綺麗に整えられた口髭や、オールバックに撫でつけられた白い御髪がとても品があり、威風堂々とした佇まいを醸し出されている。
そしてその、穏やかでいながらも鋭い光を宿す瞳は、ハワードパパと同じ歴戦の戦士を思わせる。
お顔や手に無数にある古傷が、その事の証明であり勲章そのものだ。
「君がスージィだね?話は聞いているよ」
ハワードパパの後に、ソニアママともご挨拶を終えられたラインバルトさんは、今度はわたしに向け優し気に微笑んでくれた。
「はいスージィです。よろしくお願い致します」
わたしも、お客様にカーテシーでご挨拶をさせて頂くと、ラインバルトさんは更に目元を緩めて頷いて下さった。
ちゃんとマナーに沿って出来たって事で良いのかな?
後ろにいるエルローズさんも、アンナメリーも、何か言いたそうな顔はしてないから大丈夫だよね?
どうしてもこういうのは慣れなくて、いつでも冷や汗ものなのですよ……。
でも、今回珍しくアンナメリーが緊張気味なんだよね。
やっぱり今日のお客様は、結構地位のある方なんだろか?そう思うと、やっぱりちょっと緊張しちゃうよね……。
「ラインバルト!そんな貌で上から微笑んでも、相手にしてみれば怖いだけだぞ?すまないねリトル・レディ、この男に悪気はないんだ。短い間だが世話になるよ。君の御父上とは古い付き合いだからね、気軽に相手をしてくれると嬉しいよ」
ラインバルトさんを押しのけて、もう一人のお客様が少しお道化たように、軽い感じで言葉をかけて下さった。
少し緊張ぎみだったわたしの心情を察して、それをほぐす様にその笑顔がとても暖かい。
アーサーさんと名乗られたその方は、ハワードパパより小柄だけれど、身長は180位はあるのかな?やはりシッカリとした体格をしておられた。
お歳は50代半ばくらい。柔らかくウェヴのかかった亜麻色の髪と、優しい光を湛える鳶色の瞳が、この方の温かいお人柄を表しているようだった。
ハワードパパとソニアママからは、お二人のお客様が『古いご友人』とだけ言われたけれど、どういった立場の方たちなのかは教えて頂いていない。
それでも、お二人の立ち居振る舞いはとても洗練されていて、そこからも中央(王都)で要職に就かれている方々なのだろうと、容易に想像できた。
纏われている雰囲気が、収穫祭でお迎えする旧高位貴族の方たちが醸し出す物と、全く引けを取っていないのだ。
なので これは失礼があってはいけない! と、緊張していたのだけれど。そんなわたしを見越したように、アーサーさんは優しい笑顔をわたしに向けてくれた。
そんなところからも、アーサーさんの懐の深さと優しさが、ほんのりと見えて来る。
アーサーさん達は、何年かに一度アムカムで数日間、夏の休暇を過ごされているのだそうだ。
アムカムへは今回、4年ぶりに来られたと仰っていた。
随分と久し振りで、とても楽しみにしていたと仰るアーサーさんは、我が家に着いて挨拶をすませて早々、ハワードパパを追い立てて壱の詰め所に向かってしまわれた。
あれ?お茶の準備をしてませんでした?とエルローズさん、ソニアママを振り返ると、肩を竦めて首を振り、呆れたように笑顔をこぼしながら。
「とりあえず、お夕食の準備を始めまてしまいましょうか?」
そう言ってソニアママは、お家の厨房へ向かわれる。
「食べ頃のボアが丸ごと届いていますから、これでフルコースでも用意して、皆で驚かせてしまいましょう!フフ」
ソニアママはそう言って、楽しそうにボア肉の下拵えを始めてしまった。
そして、たっぷり手間をかけてソニアママは、エルローズさん、そしてわたしも協力して(当然アンナメリーは配膳に全力を注いでもらった……)夕食を作り上げた。
その日のアマカムボア・フルコースは、お客様には大変好評だった。
アムカムボアの舌の煮物や、足のシチューなど、ママお得意のアムカム料理だけでなく、わたしが作った今年収穫されたポテトのパンケーキまで、アーサーさんとラインバルトさんは、とても美味しそうに召し上がってくれた。
アーサーさんは舌鼓を打ちながら、これほどの物は王都でもそうそう食べられるものでは無い、こんな風にアムカムの特産品を此処で頂くのが、何よりの楽しみだったのだ。と嬉しそうに仰ってくださった。
いつもより賑やかな食卓に、ハワードパパもソニアママも、とても楽しそうだった。
こんな、男の子みたい楽しそうに笑うハワードパパを見るのは、初めてかもしれない。
そんなパパを見ていると、こちらもつい楽しくなってしまう。きっとソニアママも同じなのだろう。目が合うと、お互いの口元が綻んでいるのを確認し合って、更に笑いが零れてしまう。
食後も男性陣は少しのお酒を、わたしとソニアママは、アンナメリーが淹れてくれたお茶を頂きながら、その楽し気な時間を味わっていた。
やがてそれは、アムカムハウスから来られた、執事長ジェイコブさんの登場で静かに終わりを告げる事になる。
お二人はやはり特別なお客様らしく、アムカムハウスの一番良いゲストルームにお泊りなのだそうだ。
ジェイコブさんは、そんなお二人を馬車でお迎えに来られたのだ。
アーサーさん達は、本当は我が家にお泊りしたかったらしいのだけど、どうもそうは行かないようだった。
ラインバルトさんとハワードパパは、早朝にアムカムハウスの鍛練場で会おうと約束を交わし、名残惜しそうに我が家を後にした。
明日からは、お二人に村の中を案内するのだと、ハワードパパは嬉しそうに仰っていた。
◇
でも、なぜか翌日、アーサーさんのお供をするのは、わたしの仕事になってしまった。
ご一緒に来られた(多分護衛として……)ラインバルトさんは、朝からまだずっとアマカムハウスの鍛錬場で、ハワードパパと汗を流しておいでだそうだ……。
「お父上の代わりに、是非、君に案内をお願いしたいと思ってね」
執事長のジェイコブさんに、馬車でクラウド家まで連れて来てもらったアーサーさんは、そう笑いながら仰った。
ホントなら、ハワードパパがお二人の滞在中のホストを務める予定だったのだけれど、数十年ぶりの旧友との親交を大事にして欲しいと、アーサーさんから言い出した事らしい。
ソニアママも、困った様に笑いながら、わたしにお願いすると言って来た。
まあ、わたしとしても、ハワードパパにあんな嬉しそうなお顔をして頂けるなら、ご案内を承るくらいお安い御用なワケですよ!
それに、これもクラウド家の娘の役目なのだと考えると、少し誇らしくもあったりする!
「わかりました。わたしにお任せ下さい!」
わたしは、そう言って胸を叩き、案外役を引き受けたのだ。
先ず、アーサーさんはアムカムの収穫物を見たいと仰ったので、生産農家を端から廻って行く事にした。
これでもアムカムは、農作物も豊富な村だ。
何処までも続いている様な麦畑は勿論、質の良い作物が沢山摂れるのだ。
アムカムのトウモロコシは、粒が大きくてとても甘い。
早朝の収穫したてのモノなんて、そのままでもうスイーツと一緒だ。
ここの畑のおじさんはよく、朝の走り込みをしているわたしを見かけると、挨拶と一緒にもぎたてを放り投げてくれるのだ。
その時の甘さと言ったら!!
走りながら頬張るのは、ちょっとハシタナイけれど、これわねもう、頬っぺたが溶けちゃいそうになるのだから仕方がない!
そしてアムカムのジャガイモ!これは蒸かすと、デンプン質が豊富なので物凄くほっくほくになる!
昨夜わたしが作ったパンケーキや、ガレットもこのお芋を使っている。
そうする事で、とても美味しく頂けるのだ。
ベリー系もスゴく沢山ある。
真っ赤なストロベリーは大きくて、果肉がとっても甘い。
ラズベリーだって粒が大きく大甘だから、夢中で食べると、口の周りはあっという間に紫色になってしまう。
アーサーさんは、その採れたての、茹でたトウモロコシを、蒸したジャガイモを、もいだばかりのベリー達を、口に含めば目を見開いて、どれも美味しい美味しいと、とても満足気に召し上がってくださった。
作物を分けてくださった皆さんは勿論、わたしもそのご様子に、誇らしさと嬉しさで思わず目元が緩んでしまう。
◇
アムカム自慢の景観の一つでもある広大な麦畑は、先週から始まった刈入れで、殆どが綺麗に刈り取られた後だった。
刈り取られた麦の穂が積み上げられ、作業に勤しむ人達が、そこかしこでわたしに気がつくと笑顔で挨拶を投げ掛けてくれる。
「スージィお嬢様ぁ!!」
そんな中、わたしを呼ぶ愛らしい声が、刈り取られ積み上げられた麦山の向こうから聞こえてきた。
アムカムの広大な麦の刈入れは、多くの人手が必要になる。
この時ばかりは村人総出で行われるが、それでもまだまだ手は必要だ。
そんな時に頼りになるのが、アムカムの西に集落を持つグラスフットの人達だ。
元々、土の痩せたこの土地を、此処まで豊かに出来たのは、「土の民」と呼ばれるグラスフットの方達の力があったこそだと、ハワードパパからは教えて頂いている。
この方たちは、作物を扱う専門家なのだ。
働き者のグラスフットの人達は、器用に次々と稲を刈り取り穂を積み上げて行く。
その積み上げられた小山の一つから、ヒラヒラとした小さな塊が飛んで来た。
それは大きなエプロンドレスの大きな襞を揺らして、やっぱり大きなポニーテールに纏めた髪を揺らしながら走る小さな少女だ。
髪は温かく柔らかいキャメルブロンドで、風を受けて良く揺れている。
その子は、わたしの元まで一気に走り寄り、ダイブする様に飛び込んで来た。
6歳の少女のダイブを、わたしは自分のスカートのボリュームも利用して、フワリとけ止めてあげる。
「スージィお嬢様ぁ!どこか行かれるのですかぁ?」
目をキラキラさせながら、わたしに抱き着いているこの少女の名は、アンジェリカ・ギャムジーちゃん。
そう、この子はウチのジルベルトさんのお孫さんなのだ。
ハワードパパに付き従うおじいちゃまのジルベルトさんに倣って、アンジェちゃんは将来わたしのお供をするのだ!と今から息巻く元気な子だ。
「今、お客様を村の中をご案内をしているんだよ。アンジェちゃんは、おとうさん、おかあさんのお手伝い?」
アンジェちゃんは元気よく、ウン!頷いた。
わたしが えらいね と頭を撫でてあげると、嬉しそうに頬を染めながら子猫の様に顔を綻ばせる。
そんなアンジェちゃんが、わたしがごあんないします! と麦刈りを見学するわたし達を先導してくれた。
誇らしそうな笑顔で、わたしの手を引き歩くアンジェちゃんは、物っ凄くカワイイのだ!!
結局、麦刈りを見学した後も、アンジェちゃんとは一緒していた。
それは、アンジェちゃんの猛烈な要望の結果で……、それはそれは熱烈苛烈に涙を浮かべながらのアプローチに、わたしやご両親……つまりジルベルトさんの息子さんご夫婦……が折れた結果なのだけれど……。
でも、アンジェちゃんと一緒する道中は楽しくて、連れて行く許可を下さったご両親には大感謝だ!
アーサーさんも、この可愛い同行者には、目元を緩ませっぱなしだった。
◇
「私はアムカムに来る度に、この地の奇跡に心が震えるんだ」
その日最後にご案内した高台で、湖を背に丸太の手すりに身体を預けて、アムカムを見渡しながらアーサーさんは目を細めてそんな事を仰った。
展望台の手前、一面に『黄金の杖』が咲き揺れる黄色の原を背に、ロータスピンクのギンガムチェック柄のクロスを広げ、わたしは小さなお茶会の準備を仕上げていた。
風に揺らぐ黄金の原に、ロータスピンクのクロスはとても映える。
その絵画の様な色合いの中、チョコりとクロスに座るアンジェちゃんが、とても愛らしい。
このちょっとしたピクニックに、楽しさを抑えきれず燥ぐアンジェちゃんには、貰ったベーコン入りのパンケーキに、コケモモのジャムを乗せ渡してあげると、それはそれは嬉しそうに頬張ってくれる。
わたしは、ジャムの付いたアンジェちゃんの頬を拭いてあげながら、アーサーさんの話に耳を傾けた。
「この国の豊かさは、この最果ての地が有ってこそだと、この国の人間はもっと知るべきなのだ。そう此処に来る度に、私は思わずにはいられないんだよ」
嘗て、この土地は、人が生きるには厳し過ぎる環境だった。
森の浸食は人の住む場所を蝕み、その勢力を確実に伸ばして行く。
何もしなければ、いつかこの森は大陸全てを覆い尽くすだろう。
そこに住まう人々は、森に抗うしか生きる術が無かったのだ。
森からは魔獣が溢れ、瘴気の満ちた土地には禄に作物も育たない。
満足に取れぬ食糧は、他所からの援助に頼る他無かった。
それでも人々はその森を切り開き、人の住む領域を広げ森の浸食に抗い続けた。
森の樹木は強い。それを切り開く為には並み以上の力が必要だ。
その木材を使った護りなら、森から出て来る魔獣の攻撃も耐える事も出来る。
狩り取った魔獣の牙を、爪を、骨を使い、奴等に対抗する武器も作れる。
革は鞣し、魔獣から身を護る強靭な防具にもなる。
牙や爪を使った武器なら、奴らにも届く。
そうやってアムカムの者達は、少しずつ少しずつ、気の遠くなるような時間をかけ、イロシオの森に……、魔獣に対する力を身に付けて行ったのだ。
アーサーさんのお話を聞きながら、ハワードパパや学校で教わった、そんなアムカムの歴史を思い出していた。
「いつしか人々は、瘴気溢れるこの土地を、清浄な地へと清め、魔獣の住まう魔の森でありながら、恵み豊かな森へと変えてしまったのだ。その奇跡を……、いや、先人達のその努力の証が、確かな形として今此処に現れているんだ」
アーサーさんは、此処から望めるアムカムの土地を見渡しながら、それを慈しむ様に静かに語られた。
だからこそ、ここで収穫される作物たちは、本当に素晴らしい物なのだと。
そう言いながら笑顔を溢され、お茶会に参加するべく敷物にお座りになった。
そして、村で分けて頂いた果物の中から、大ぶりのプラムを一つ掴み、そのままかぶり付くと、 美味い! と一言嬉しそうに仰った。
◇
翌日からは、予定通りハワードパパがお二人のホストにあたられる事になった。
その日からはアムカムだけでなく、近隣のアーゴシ村やマルヴェル村など、アムカム郡の各村々を周られるのだそうだ。
其々の村から戻るたびアーサーさんは、あの村は水も良く、ワインの出来も最高だった。その村で飲んだ山羊の乳は実にコクがあった。
など、ホントに楽しそうに語られていた。
そうやって四日の滞在期間を過ぎ、アーサーさんとラインバルトさんが、アムカムを後にする日が訪れた。
「君のしてくれた事を、我々は決して忘れはしない。この恩義にはどんな事があろうとも報いるつもりだ。その事だけは覚えていて欲しい」
ラインバルトさんは、最後に握られた手に力を込めそう仰っておいでだったけど、わたしは今回、パパの代わりにアーサーさんをご案内したくらいで、大した事はしかしてないんだけどな?
やっぱりハワードパパとの旧交を温められた事が、本当に嬉しかったんだろうなきっと、ウン。
「この夏が終わったら、進学だそうだね?」
アーサーさんは、お別れの挨拶をしながらそんな事を仰った。
わたしはそれに、再来月にアムカムを立つとお答えした。
「君なら、どこに行っても人々の視線を集めずにはいられないだろうね」
「そ、そんな事は無いと思います!お、思います!!」
アーサーさんってばイキナリ何を言われるのだろうか?!しかも何か少し楽しそうに!!
わたしは目立たぬ様に生きて行くつもりなのだ!人目を引く様な事をするつもりは毛頭無い!
そのための訓練もちゃんとやっている!視線を集めるなんて、とんでもないですのよ?!
「ふふ、そうかい?なんというか、君の御父上の気持ちも、同じ娘を持つ身としては良く分かるからね」
「娘さんが、いらっしゃるのですか?」
「ああ、君と歳が近い娘がいるんだよ。今回の旅行では日程が合わず私一人になってしまったが……、うん、今度来る時は必ず娘も一緒に連れて来よう。その時はどうか、仲良くしてやってはくれないかい?」
「あ、は、はい!是非」
「ああ、君たちはきっと、良い友達になれそうだと思っていたんだ」
アーサーさんは、いつもの優しい笑顔を溢しながら、わたしに新しいお友達を紹介してくれると仰った。
お父様に似ていたら、きっと優しい感じの美人さんなのだろうと想像できる。
今からお会いする時が楽しみになってしまう。
そんな楽しみを残して下さりながら、アーサーさん達はアムカムを立たれた。
それは、アムカムで過ごした子供時代、最後の夏の最初の出来事だった。
村の皆と過ごしたその夏は、とてもとても眩しくて楽しくて、その時間を過ごす事がとても幸せで、いつまでも続いて欲しいと思っていた。
でも、やっぱり時は確かにその刻みを進め、夏の陽は少しずつ短くなり、その終わりを告げて行く。
そして4の
大好きなこのアムカムと、ソニアママ、ハワードパパ達と離れる日が、ついに訪れてしまった。
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次回「旅立ちの日に」
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