幕間5 流れよ我が涙、とスージィは言った

 コリンとダーナが村の学校の卒業を迎え、デケンベルの寄宿校に向かうまでの間、ダーナ達とアムカムで過ごす最後の夏。

 その日も、わたし達は皆で森の中に狩りに繰り出していた。


 メンツは何時もの様にダーナとコリン。わたしとビビとミア。そして下級生のヘレナ、メアリーの2人を加えた、上階位の女子7名だ。


 女子メンバーで狩りをする時は、ダーナとコリン、ヘレナとビビのペア、そして遠距離のミアとメアリーをわたしが護衛で付くといった感じで組むのが、何時ものお決まりのパターンだ。

 

 基本的な狩りの段取りとしては、広範囲をアルジャーノンとビビが索敵し、見つけた獲物に初撃を入れ敵の目を引いた所で、遠距離攻撃で削り、最後に大きな一撃で止めを刺す……。そんな流れでやっている。


 今もヘレナが、アルジャーノンの見付けた獲物へ向かい先行していた。

 斥候としても優秀なヘレナは、獲物に気取られる事なくその距離を一気に縮めた。

 右側に束ねた、愛らしいストロベリーブロンドのサイドテールを揺らし、ヘレナが身を低くして森の草の間を走り抜ける。

 ヘレナが走り抜けた後の叢は、まるでそよ風でも吹いたかの様に細やかに草葉を揺らす。


 僅かの間で獲物へと接近したヘレナは、躊躇う事無くダガーの一撃をその横腹に叩き込み、直ぐさまバックステップで距離をとる。

 ピギィーーーー!!と森に響き渡る甲高い声を上げ、獲物は突然の痛みに驚き、その巨体を揺らし打ち震わせ、自分に痛みを与えた小さな存在……ヘレナを怒りの籠った八つの目で睨みつけ、口元の触腕を威嚇する様に動かしながら、大きな口の顎をガチガチと打ち鳴らした。

 回避行動をとるヘレナを逃がさぬよう、ソイツは折り畳まれた長い八本の足を素早く動かし、退路を断とうと回り込む。


 その魔獣、巨大蜘蛛の『ジャイアントスパイダー』は一際大きな声を上げると、ヘレナに向かって飛び掛かった。

 細く長い脚と、巨大な腹部には、黒と黄色で綺麗に模様が描かれている。

 まさに巨大女郎蜘蛛だ。その全身を埋める剛毛がエグ味を更に増している!キモイ!かなりキモイ!!

 

 ジャイアントスパイダーは、2メートルを超える巨体に似合わぬ俊敏さでヘレナを追う。

 ヘレナは、魔獣の攻撃を巧みに捌きながら、絶妙に位置取りをして行った。


 上手い具合に、まとの背中がコチラを向いた所で、メアリーの引き絞っていた弓から、矢が立て続けに放たれた。

 幾つもの矢羽根が風を切る音が、巨大蜘蛛へと向かい走ると、直後に何かに突き立つ様な鈍い音が、トン、トン、トン!とリズムを取る様に木々の間に響いて来る。


 メアリーの放った矢は、次々と巨大な蜘蛛の細い脚の関節を貫いていた。この子の命中精度は相変わらず凄い!

 蜘蛛の魔獣はその場で叫びを上げ、まともに立つ事も出来なくなり、大地に打ち付けられた。

 巨大蜘蛛は、何とか身体を持ち上げ様とその場で藻掻くが、直後、大地から何本も突き上がる槍の様な木の根に穿たれた。


 木の根に巨体を半ば浮かされ、無防備な腹側をコチラに曝け出した。と同時に、そこに向けダーナが勢い良く地を蹴り疾駆する。

 ダーナの握る槍の穂先で収束された『氣』が、淡い光を放つ。

 『氣』の輝きが光跡を描き、ダーナは一気に間合いを詰め、その槍をジャイアントスパイダーの胸元深くに突き入れた。


 ダーナの槍に貫かれた魔獣の身体は、まるで内側から爆発でもしたかの様に弾け飛び、その胴体に大穴を開け、その場で力無く崩れ落ちた。


「いよっしゃーーーーっ!!」

「凄いですわ!ダーナお姉さま!!」

「今のは、型通りに良い連携が取れていたわ」


 ダーナとヘレナが手を叩き合って喜び、コリンが皆の立ち回りを讃えていた。


「どうよ?スー!今の技、キレイに入ったろ?!」

「うん、良かったと思う、よ?」


 ダーナが胸を張り、今の技の出来を聞いて来た。

 それにわたしは首肯して答える。


 ダーナが今使ったのは、『パワースマッシュ』系の強打スキルだ。

 ここ数ヶ月の鍛練で、ダーナは『氣』を使う技術を身に付けていた。

 まだ『氣』の纏い方にムラはあるけれど、実戦での有効性は目の前に転がっている。


「ひひ!これならもう、アーヴィンにも負けないな!」


 そうなのだ、アーヴィンは既に『氣』を使い熟している。

 なんだかんだでアーヴィンは物覚えが良い。戦闘センスが抜群なのだ。

 ハッガード家の人ってみんなそうらしい。伊達に、アムカムの英雄一族とは言われてないって事なんだね。

 何気にヒーロー属性も持っていそうだしね、あそこの兄弟って!


 アーヴィンは、既に実戦で自分なりに使い方も試行錯誤しているらしい。

 でも、少し前に『アーヴィン・ストラッスュ!』とか叫んでいるのを、わたしは聞いてしまった!

 技に自分の名前入れるとか、聞いているだけでかなり恥ずかしくなったけどね!全く厨二かよ?!とツッコまずにはいられない!

 ……まぁ、実年齢は中二だけどさっ!!


 今日もライダーさんと二人で、森の別の場所で鍛錬してるらしいけど……、変な技の名前連呼してないよね?

 黒歴史として何年か後に、のたうち回る事請け合いだよ?ライダーさんちゃんと止めてよ?


 くれぐれも、ダーナは技に変な名前など付けないで欲しいと切に願うよ……。


「よし!この技を『ダーナ・ダイナミック』と名付けよう!」

「カッコいいですわ!ダーナお姉さま!!」


 …………手遅れだった……。

 宇宙刑事かっ?!と、取り敢えずツッコミは入れさせて貰いたい!

 あ、でもコリンがダーナを冷ややかな目で見てるな。ウン、ダーナはコリンに任せとこー。


 と、そんな感じで皆それなりに『氣』の扱いを覚えて来ている。

 ヘレナやメアリーも、まだまだ不安定だけど『氣』のコントロールの仕方を身に付けつつある。

 最近では、ビビやミア、コリンの魔法組みの子達まで、『氣』の扱いが出来る様になって来た。

 その効果なのか、みんなの適性属性が増えているらしい……。まあ、みんなが強くなって行くのは、良い事だと思うけどね!ウン!


「ああ!わたしも早くお姉さま達の様に、カッコ良く技を使い熟したいです!!」

「大丈夫さ!ヘレナなら直ぐ出来る様になるって!なあ?スー!」

「そうだ、ね……!!」


 わたしは、ダーナとヘレナに頷きながら、腰に吊るしたナイフシースからスローインナイフを抜き取り、隊列の最後尾にいるメアリーの後ろにある、軽自動車ほどの大きさの苔むした岩に向かって、ナイフを勢いよく投げ放った。


 アルジャーノンは、何かが潜んでいるのは分かっていたみたいだけど、場所の特定が出来ずにいたみたいだ。鼻をクンカクンカ忙しなく動かしている。

 その事に気付いたビビは一人、警戒を解かず辺りに視線を巡らせていた。


 ギュルン!と言う大気を切り裂く音とともに、スローインナイフはメアリーの脇を抜け、その後ろの大岩を鈍い音を響かせて真っ二つにかち割った。

 ナイフは岩と一緒に、そこに取り付き擬態していた魔獣も同時に切り裂く。


 岩と共に真っ二つにしたのは、灰白色の人の脳髄に、鳥の様な黒く大きな嘴を付け、伸びた脊髄から分れた様な10数本の細い触手を持つ『ローグレイル』と呼ばれる魔獣だ。

 この貌の無い悪魔の脅威値は5だ。

 そう、コイツはセーフゾーンに生息する、脅威値1以下の魔獣とは違う。

 さっき、ダーナ達が仕留めたジャイアントスパイダーも、脅威値は3だ。やはりセーフゾーンの魔獣ではない。


 ここはセーフゾーンの外、村からおよそ2キロほど進んだ、『浅層』と呼ばれる森の中なのだ。


 本来であれば、クラス無しノービスであるヘレナやメアリーは勿論、『試練』を終え、クラス持ちになったばかりのわたし達も、まだ入る事は許されない場所だ。

 ダーナやコリンは、再来月にはデケンベルの寄宿校に入学し、早々に霊印エーテルシールを刻む事になる。

 それで初めて戦闘の出来る力を得て、護民団でも1stファーストとして認められ、そうしてやっと『浅層』にも挑める様になる……筈なんだけど。


 どうも、わたしが教える『氣』を使ったスキルを覚えた村の子供たちは、霊印エーテルシールを刻む前にも関わらず、大きな力を示している様で、村の評議会を大変揺らしているらしい……。

 そんな事を、ある日の夕食時、ハワードパパが大笑いしながら凄く楽し気に教えてくれた。

 わたしはそのお話を聞いている間中、背に大汗かき通しでつたけどね!

 なんかやらかしてんのか?!自分?!と!!


 まあ、そんなこんなで、いつの間にかクラス無しノービスの子達でも、わたしの監督下なら森の浅層に探索に入っても構わない。という暗黙のお約束が出来上がってしまっていた。

 どうやら、わたしにもっともっと子供達を鍛えさせたいらしい……。

 わたしに付けて置けば、更なる成長が望めるだろう、って事だそうな……。


 まあ、わたしも流石にみんなの前では、非常識なレベルの力を使ったりはしてないからさ!

 みんなに合わせて戦闘に参加してるから、十分参考にして貰って構わないんだけどねっ!!



 ……力を制限する事は、この1年余りでかなり上達したと思うんだ。

 夜の森で自主トレに励んでたからね!ウン!色々とね!ウン!色々!!


 それは、力のスイッチをオンオフにするのではなく、ボリュームを絞ったり開いたりする様に、出力を制御するやり方だ。

 レベルを1とか2とか、とにかく落とせるだけ落として、使いたい時には一気に好きな様に出力を上げられる……そんな感じだ。


 でも、自主トレで出来る様になったと思っていても、あくまで自分の主観でしかないからね。

 こうやって、皆と狩りをする事で力のバランスを確かめ、制御具合を俯瞰的に見る事で、他所様から見ても、目立たぬレベルまで落とした力を使って行く事が可能になると思うのですよ!

 みんなと一緒に森の奥で行動するのは、自分の為にもなって、わたし的にもありがたい訳なのです!

 これは、いつかアムカム以外の人達と付き合う為にも、必須のスキルだと思うんだ!ウン!!


 今のだって、みんなに合わせた力でのナイフ投げだ。

 我ながら、いい感じに力を押さえられていたと思うよ!ウン、ウン!


 「ヘレナも、このくらい、出来る様になる、よ?」


 わたしはヘレナに向き直り、とびっきりの笑顔で微笑みかけた。

 …………あれ?ヘレナの反応が薄いな?


「……分かってると思うけど、アレが当たり前だと思ってはダメよ?アレは人の領域ではありませんからね?」


 ん?コリンが真剣な顔でダーナとヘレナに何か言ってるぞ?

 ダーナとヘレナは、猛烈な勢いで首を縦に振ってるな?一体なんでだ?





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その後も、わたし達は幾通りかの連携を試しながら魔獣を倒して行った。

 今日は、朝早くから森に入っていたのに、陽はもう直ぐ天辺だ。

 少し前に休憩を取った時、わたしが作ってきたフルーツサンドを綺麗に平らげたのに、皆お腹が空いたと訴え始めている。

 主にダーナだけどね……。

 森の浅層だと云うのに完全にピクニック気分だ。引き揚げるには良い頃合いかな?


 狩りは思った以上に上手く行っていたので、皆少しテンションが上がり気味なのだ。

 でも、そういう時こそ気を引き締めないといけない。帰るまでが探索ですからね!


 案の定、足を掬われる者がでた。

 ……まあ、掬われたって言うより、踏み外したんだけどね……。


 それは、もう直ぐセーフゾーンの境界に差し掛かろうという時、村までは、後僅かにほんの少しだけ手前の場所。

 現れたのは、『リトルマンティラス』と呼ばれる昆虫型の魔獣だった。


 やたら全身棘っぽくて、黄色くてでっかい目が目立つ大型のカマキリって感じの魔獣だ。

 体長は1.5メートルくらいだから、大きさは大型犬ほどかな?


 そいつがガチガチと口元を鳴らして、両手の鎌を上げてコッチを威嚇してくる。

 その脅威値は0.9だ。


 普通の人が出会ったら、そこで詰み確定の奴だ。

 獲物を捕獲する動きは、虫らしく素早い。

 あんなデッカイ鎌、喰らったらひとたまりもないよね。

 出会ったが最後、逃げる事も出来ず簡単に身体なんて真っ二つだ。きっと一瞬で首チョンパされる。


 でも、今ココに居るのは一般人ではない。アムカムの子供たちだ。


「わたしにお任せください」


 ヘレナは、魔獣を視認した瞬間には動いていた。

 リトルマンティラスが威嚇をし始めた時には、既にその後ろに回り込み、ナイフを振り切るところだった。

 逆手に持ったナイフが綺麗な軌跡を描き、魔獣の首元へ、その光が吸い込まれて行く様だった。


 リトルマンティラスは、その時ヘレナに気が付いたのだろうか?

 顔をピクリと動かしたが、その三角形の頭は次の瞬間には空を飛んでいた。首チョンパだ!


「やりましたわ!お姉さま!一撃です!!」


 ヘレナは、わたしに向け嬉しそうに声を上げている。

 今の一撃には上手に『氣』が乗り、ナイフで繰り出す『ブロー』系スキルも発動していた。

 『ブロー』系は一撃が強力なスキルだが、発動はしても失敗する事も多い。

 失敗すると、大したダメージは与えられないが、決まれば今の様に一発で勝負を終わらせる事も出来る。

 博打性があるスキルだけど、決まると嬉しい。

 ヘレナも嬉しそうに、その場でピョンピョンと髪を揺らしながら飛び跳ねている。


 しかし、喜ぶのが少し早い!

 昆虫系は、首を飛ばしたくらいでは、まだ身体が動く。

 リトルマンティラスの鎌が、自分の敵を刈り取ろうと一直線にヘレナへ延びる。

 ヘレナは咄嗟にナイフを構え、ガードする事が間に合ったが、その勢いは止められず強く後方へ弾き飛ばされた。

 貌が無くなっているにも拘らず、まるで見えているかの様にリトルマンティラスは尚もヘレナに鎌を伸ばしていく。


 だがそこに、ダーナが上方からリトルマンティラスに槍を突き立てた。

 リトルマンティラスの身体は、まるで昆虫標本の様に槍で地面に縫い止められる。

 更に、遅れて詠唱の終えたミアの魔法『ルーツニードル』が、地面から木の根を幾本も伸び上がらせ、リトルマンティラスの身体を貫き今度こそ止めを刺した。


 弾き飛ばされたヘレナは回避運動を兼ね、身体を捩じり、回転させ、弾かれた衝撃を緩和させながら、魔獣から距離を取っていた。

 その切れのある動きは、床運動の演技を見ている様でとても華麗だ。

 華麗だが、その着地は頂けない。頂けないというか、そこは着地をしてはいけない場所だ!

 わたしはその時既に、魔獣に挑む皆を置いてヘレナに向けて飛び出していた。


 わたしの索敵には、その地に居るモノが見えていたからね!

 自分の力を最低限度まで絞ってはいても、この距離なら十分間に合う。


 地に着いたと思ったヘレナの足は、そのまま草の茂る地面を踏み抜き、落とし穴でもあったかの様に、地面の中へと沈んで行く。

 ヘレナは着地の衝撃を感じず、更には身体が地中に落ち込んで行く事に、目を見開いた。


 そんなヘレナの腰に、わたしの手が届く。

 そのままヘレナの身体を抱えたが、勢いが付いた二人は、そのまま地面に大穴を開けて突っ込む事になった。

 地表は盛大に抉れ、地中に隠されていた空洞を露わにする。


 それは小さな空洞だった。

 広さは直径でも2〜3メートル程度、深さも1メートルもない。

 落ちても怪我もしないだろう。

 しかし、その中に居るヤツが問題なのだ。


 『レッドウーズ』

 軟体の魔獣であるウーズ系の中でも、比較的溶解力が強い種だ。


 ウーズ類はよく一ヶ所に纏まり、周りの腐葉土や植物、昆虫や小動物も取り込み、その身を育てるコロニーを形成する事がある。

 それは『ウーズ溜まり』と呼ばれ、谷間や窪地で稀に見られる事があるけれど、今回は地中にソレが作られていたらしい。

 地中で土や草木の根を溶かし、そこに空洞を広げながらコロニーを作っていたのだ。

 そして、その穴の底にあるのはレッドウーズの池だ!


 低位のウーズ類の溶解力は、人の驚異にはならない。だけど『レッドウーズ』は人肌にそれなりにダメージを与えて来る。

 そんな溜まりに落としたら、ヘレナの玉の肌を火傷させてしまう!

 そう思ったわたしはヘレナを抱え、その場を離脱するつもりだったんだけど、つい地面を踏み抜いてしまった!


 要するに、勢い余ったワケよ!


 わたしはヘレナを抱え、そのままウーズのコロニーに滑り込んでしまった。

 そう!わたしはウーズの池に、お尻から着地してしまったのだ!


 たちまち、ウーズのネバァーとした肌触りがお尻に染み込む様に伝わり、更にはウーズがムゾモゾ蠢く感触が、やっぱりお尻から内股へとジワジワゾワワ~~~っと広がって来りゃりゅっ!

 鳥肌がオゾゾゾゾーーーーッと、下から上へと電撃の様に走り抜けた!!


「ぴにゃみゃぁあぁあーーーっっっ!!」

「お、お姉しゃみゃっ?!」


 全身の毛を逆立てながら、声にならない声を上げ、ヘレナを抱えたまま、わたしは一気にそこから20メートルほど上空まで跳び上がっていた。

 そしてそのまま何も考えず、ウーズの池に向かって魔法を撃ち下ろす。


《ファイア・ストライク》

 それはこの地で覚えた精霊魔法では無く、祝詞のいらない自前の魔法。

 自身の制御レベルを落とした上での初期魔法とはいえ、その威力は精霊魔法の比では無かった。

 撃ち出された小さな炎の塊りは、音速を超えてウーズのコロニーを撃ち抜いた。

 ウーズの群体は瞬間的に蒸発し、窪地を深く穿った炎弾は土を溶解させ、たちまち大地を沸騰させる。


「なっ!なんだーーーーーーーっ?!!」

「スーちゃん?えっ?!スーちゃん?!!」

「ビビ!壁を!早く!!」

「ロ、ロック・ウォール!!」


 ほんの10メートルにも満たない先で、僅かとはいえ地面から溶岩が噴き出すのを目撃したビビ達は、ちょっとしたパニックだったそうだ。

 突然窪地から噴き出した熱風に、先頭にいたダーナは吹き飛ばされ、咄嗟にコリンがビビに熱風を逸らす障壁を作る様に指示を飛ばした。


 ゴロゴロと熱風に転がされたダーナにメアリーが駆け寄った頃には、わたしは既に上空から地上に降りていた。

 しかし、ヘレナを大事に抱えながらも、下半身に纏わりつくオゾゾ感に堪えられず、わたしはその場で膝を付いて唯嗚咽を上げ続けていた。


「えぇ?スーちゃん?!え?ウーズ?!ちょ、ちょっと!ちょっと待って!直ぐ洗ってあげるからね!!」


 ミアは直ぐに着地したわたしと、わたしの下半身に纏わり付くウーズに気付き、『ウォーター』を使ってそれを全部、綺麗に洗い流してくれた。

 わたしが抱えるヘレナは、わたしが一瞬で上空まで跳びあがった時のGに耐え切れず、そのままブラックアウトしていた様だ。


 そのヘレナをコリンが抱え、声にならない声を上げ続けるわたしをダーナが抱え、皆は一目散に壱の詰め所に向かったそうだ。

 

「ぁにゃぁ……いにゃ!ぃにゃあぁぁあぁ!ひぃにゃぁああぁあああぁあぁぁぁああぁ!!」


 そう!この乙女を襲う余りのウぞオゾ感に、その時のわたしは人語をとっととキレイに丸っきり失っていたのだただ!!






     ◇





「ああー、これは酷いわねぇ……」


 コリンが、ぼろクズの様になった欠片を摘まみ上げ、ため息交じりで呟いた。


「ぁうぅぅ……、うぅぅ……うぇ……」 

「だ、大丈夫だよスーちゃん!もう綺麗になって来てるから!」

「わ、わたし、新しいタオルを貰ってきますわ!」

「あ!あたしも行きます!もう一つ桶に綺麗なお水汲んできます!!」


 ヘレナとメアリーが、ドタバタドターっと大慌てで扉を開けて部屋を出て行った。


 ココは壱の詰め所の第一会議室だ。

 ダーナに運ばれたわたしは、ココで皆にウーズにボロボロにされた一部の着衣を取り除いて貰っていた。

 意識を失っていたヘレナも回復し、既に元気は取り戻しているのは見ての通りだ。


 わたしも多少落ち着きは取り戻したけれど、まだあのオゾ気感は抜けきらない……。それ以上にこの現状がががg

 わたしは会議室のテーブルに手をついて、プルプルと小さく震えながら、コリンとミアに、お尻周りに着いた残骸を取り除いて貰っていた。

 ビビは「やれやれ」と言いたげに息を吐きながら、タオルを幾つも絞っている。

 そんなわたし達の足元を、アルジャーノンがアッチへコッチへと駆け回る。

 わたしの足元では上を向くなよ小動物……踏み潰しますからね?

 

 何故会議室でこんな事をしているかと言えば……。

 本当はこの詰所にも女子更衣室があったのだけど、先日とある理由で壁が壊され、今は修理中で使える状態では無いのだ。

 修理が終わるまでは、この部屋が女子更衣室として代用されていて、使用する時は会議室のドアノブに『女子使用中』の札をかける事で、女子の着替え時に利用されている。

 詰め所には男の人が大勢いるが、皆さん根は純粋に紳士なので、この札が掛かっているドアを開く様な自殺志願者は居ない。

 アムカムの女は怖いからね!


 んで、コリンとミアとビビに今取り除いて貰っているのは、要するに……わたしの下着の成れの果てだ……。


 わたしが飛び込んだレッドウーズは、強い溶解力を持つとはいえ、瞬時に人肌をどうにか出来るほどの力は無い。

 ましてや、魔獣の革で出来ている装備を溶かすなど出来る筈も無かった。

 なので、魔獣の革製の黒いレザーのミニと、膝上ブーツは事なきを得たが、唯の布で出来ているサイハイソックスと下着やアンダーはそうはいかなかった……見るも無残にボロボロだ。

 なので今わたしはテーブルに手を付き、ブーツを脱いだ素足でお尻を突き出しながら、皆に布の残骸を取って貰っているトコロなのです!

 あぅあうぁ……、なんという格好でしょうか?!シクシク……。

 え?勢い良い水流で洗い流せば良いだろうって?

 だって溶けた繊維が皮膚にこびり付いてるんだモン!水を流したりゴシゴシするより、手で一つずつペリペリ剥いて行った方が結果的に早くて綺麗に取れるって、コリンが言うんだモン!!だからお尻を出して、皆に取って貰ってるんだモン!!シクシクシク……。

 わたしの下着を消化吸収しやがりやがった個体の欠片は、全部綺麗サッパリ焼却処分で焼き尽くしてやったけどね!してやりましたけどねね!!


 詰め所で、わたし達の帰りを待っていたアンナメリーは、わたしの状態を知ると直ぐ、お家に替えの下着を取りに戻った。

 まだ結構こびり付いている、汚れの様になった残骸を拭い取り、その後を綺麗にケアしてくれようと、ヘレナとメアリーは部屋を出て行ったのだ。

 あんなに大慌てで出て行くなんて、二人にも心配かけてるんだな……と思い至るくらいには、やっと少しずつ落ち着きを取り戻して来た。


「ぁ、あ、赤くなって、ない?」


 落ち着いて来ると、今度はそんな事が気になってしょうがなくなってた。お猿のお尻みたいに、なっているんじゃなかろかな?……とか。


「大丈夫だよスーちゃん!いつもの通り可愛いよ!」


 ミアが、まだ残っている周りのボロを落としながらそう言ってくれた。

 そして、段々と自分が相当恥ずかしい状態だという自覚もどんどん大きくなってくる。

 扉の向こうには結構人が居るのに、自分は何て格好してるのだろうか!


「タ、タオル……まだ?まだ、かな?」


 かなり捲れているミニの裾を下ろそうと片手を伸ばすと、ニマニマしたダーナが寄ってくるのが目の端に映った。

 でも、それよりも、わたしはコチラに向かっている気配に気付き、おののきを感じずには居られなかった。

 ぇ?え?!なんか話しながら普通に真っ直ぐこの部屋に向かってない?

 この部屋は詰所の北側にあって、真っ直ぐな廊下の突き当りにある。

 その廊下を進む先にはこの部屋しか無いのだ!

 いや!でも『使用中』の札かかってるからね?扉開けないよね?普通止まるよね?!


「どれどれ~?可愛いのはココかなぁ?」


 わたしの動揺を他所に、メッチャ良い笑顔をしたダーナが近付き、お尻や太腿のボロを取っているコリンとミアの間に手を伸ばすと、いとも簡単にミニをキレイにペロリンプルンと全部丸ごと捲り上げた!

 そのダーナの凶行と、二人の話し声が室内でじかに聞こえだしたのは、全くの同時だった!


「だから!アーヴィンは周りが見えていないか……ら……?」

「待ってくれよ兄貴!今のはもう少しだっ……た?……ぁれ?」


 ドア開けやがった!


 そして時が止まるっ!!!!


 この時わたしは、ムンクの叫びをしている埴輪みたいな顔になっていたと思う!

 息を吸い込みながら「ひぃぃーーーっっ!!」と声を上げていた!引き悲鳴か?!!


 わたしの脇に居たコリンが、驚いた顔で口を開けたままドアの方を向きながら、ノールックでシャッターを下ろすように一瞬でミニの裾を下げた。


「ま待ってくれ!スマン!間違いだこれは何かの間違いだ見えてないオレは何も見てないだから大丈夫だ!そんな白いモ……!!!」

 

 一瞬だった。

 ライダーさんが3秒にも満たない時間で長台詞な言い訳を垂れ流し、アーヴィンが目ん玉見剥いて、物も言わずにガン見していた一瞬。

 わたしの脳がオーバーヒートで、勢いよく耳から水蒸気を噴出させようとしていたその瞬間!!

 

 ギュルルル……っと風切るコークスクリューが、ライダーさんの顔面真ん中に撃ち込まれた。凛々しく整っていた顔のパーツが、拳を中心に渦を巻き、その奥にめり込む。

 ミアが繰り出した左拳はこの一瞬で、デバガメライダーの顔面を見事に撃ち抜いたのだ!!

 その時には既に、ビビの右拳もデバガメ弟の顔面に突き刺さる。


「「ガン見してんじゃ無ぇぇえぇ!!!!!」」


 ミアとビビ二人の雄叫びが、辺りに響き渡った。

 拳を撃ち込まれた二人は、揃って長い通路を盛大に転がりながら、突き当りの壁を破って外に吹き飛んで行った。


 ちくそーーっっ!!あの兄弟を侮っていた!!

 こりだからヒーロー属性のハッガード家はっっ!!

 まさか自分がラッキースケベの餌食になるなんて、思ってもいなかったわよっ!!

 あの二人が、ココに近付いている事に気付いた段階で、もっとシッカリ警戒すべきだつたぁぁあぁっっ!!


 その後、声にならない声で、詰め所中に響く叫びを上げていたのがわたしです!




 扉にかけていた札は、ヘレナとメアリーが慌てて外に出た時に外れて、下に落ちたらしい。

 ウーズの事も併せて、ヘレナが泣いて縋り付いて謝って来たけど……、違うよヘレナは悪くない、悪くないのよ?

 そう言ってヘレナの頭を優しく撫でてあげた。

 

 悪いのはウーズと、あの、……あのデバガメ兄弟なのだから!!!

 あと……ダーナ!!

 そう言ってダーナを上目で睨んだら、横を向いて鳴らない口笛を吹き始めた!

 昭和か!?昭和テイスト知ってるのかこの人はっ?!!ベタ過ぎですわ!!


 どっちにしても口きかない!ってコッチも横向いて見せたら、ダーナも泣きながら縋り付いて謝ってきた。

 あまつさえ、色んなトコロもグニグニ、ニギニギとぉっ!!

 あ、あっ、謝る気ないよね?!ダーナ!自分の欲望満たしてるだけだよね?!!

 その後直ぐ、ダーナはコリンに後ろ頭を凄い勢いで張り倒されてた。ま、当然よね!!



 そしてその日の夜、ハワードパパがアルティメット装備でどこかにお出かけしたらしいけど、わたしは一切存じ上げない!


 ついでに言うと……その夏以降、アムカムの森でウーズ類が見つかると、何故かその場所で火柱が上がる様になったと云う……、のは全く余計な後日談だ!!


――――――――――――――――――――

次回「グリーン屋敷の主」

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