第39話イルタ・リンドマンの諭し

 ケティさんの召喚した風の精霊が飛ばした魔法が、前方に集団でいる魔獣達の首元を次々と斬り飛ばす。


 ミリーさんが、腕に装着した連射の出来る小型のボウガンで、魔獣の足元を撃ち、地面に縫い止め動きを封じて行く。

 走る馬の上から撃っているとは思えない、高精度の射撃だ。


 アリアが馬に跨ったまま、両手にトマホークを携え魔獣の群れに突っ込み、やはりその首元を片っ端から斬り落として行った。


「す、凄い……」


 ケイシーさんが、驚いた様に呟いていた。


 今、アリア達が相手にしているのは、『ミツ・マタ』と云う名の植物型の魔獣だ。

 脅威値は30

 1メートル位のでっかい球根みたいな胴体の上に、ウツボカズラの壺みたいな頭……かな?があって、その壺の中から2~3メートルも伸びる蔦で、獲物を捕らえて捕食する肉食植物だ。

 普段は動かないくせに、生き物の呼吸や熱、音に反応して胴体の下部にある、ぶっとい3本の根っこの様な器官を使ってズリズリと動き出す。

 それで人の歩く程の速さが出るらしいから、中々に侮れない。

 表面はヤシの木みたいな硬質の鱗状になっていて、フルプレートの鎧並に硬いらしい。


 ミツ・マタは球根みたいな胴体と、ウツボカズラの壺みたいな頭?を切り離すと……要するにコレが『首元』……、活動を停止する。つまり仕留められるってワケだ。

 まあ、表面がフルプレート並みの強度だそうだから、普通の人が簡単に出来る事じゃ無いんだろうけど……。

 それをサクサク斬って行くんだから、アリアはさすが10thテンスってコトだよね!

 同じ事を出来てしまうケティさんの召喚も、勿論すごい!


「あ、あの蔦の攻撃を、あんなにいとも容易く……」


 聞けばケイシーさんは、昨夜村へ戻る途中、この蔦にしこたま打ち据えられたそうだ。


 森を進むレグレスが、このミツ・マタの群れに気が付いて、直前に迂回しようとしたのだけれど、何体かに阻まれ、蔦の攻撃を受けたそうだ。

 騎士団の『魔導装甲』は十分に役目を果たしたそうだけど、その衝撃はかなり大きく、何度か意識が飛びそうになったそうだ。


 そんな情報が事前にあったから、アリア達は先制が出来たんだけどね。



 アリアは、周りから凄いスピードで何本も飛んで来たミツ・マタの蔦を、目線も上げずブッシュでも切り拓く様に、ドンドン無造作に斬り落として行く。

 蔦の打撃は、ケイシーさんが言っていた様に、かなり重いらしい。

 その一振りで、2ndセカンドの人達だったら、5人位は平気で弾き飛ばされるって、アンナメリーが言ってた!

 更にその蔦には鋭い棘が付いていて、そこには強力な毒があり、蔦の一撃で毒なんかを流し込まれたら、人間なんかひとたまりも無いそうだ。


 でもミリーさんは、その動く蔦を片っ端からボウガンで射って、周りの樹木に打ち付け動きを封じている。

 ミリーさんの射撃能力も、いい加減凄いと思う。流石Aクラスチームのハンターだ。



 「敵は殲滅された様でございます。お嬢様、お疲れ様でございました」


 アリアが投げたトマホークで、最後のミツ・マタの首元を斬り飛ばした所で、アンナメリーが馬を寄せてそう言って来た。

 『お疲れ様』と言われても、わたしは別に何にもやっていないんだけどね!ウン!

 とりあえず、フードの奥で頷いておく。


「この辺で、一度休憩を入れよう」


 アリアが馬に乗ったまま此方に来て、そう提案をして来た。

 わたし的には、このまま突き進んじゃっても何の問題も無い。

 寧ろ早く進みたい!と云うのが本心だ。


 森に入ってから、数日前からあった胸元のシコリの様な物が、ドンドン大きくなっている。

 ハワードパパ達が襲われていると云うのだから、尚の事心配するのは当たり前なのだ。

 本当なら、自分の身一つで、かっ飛んで行きたいトコロなのだけれど……。


「馬にも休憩が必要でございます。このペースでは馬が持ちません」


 そんなわたしの心情を見て取ったのか、アンナメリーが言葉をかけて来た。

 確かにレグレスも、随分息が上がっている。

 少し休ませて上げないとイケナイのは間違い無い。


 嘆きの丘を出て凡そ2時間、もう20キロ位は走っている筈。

 あと少進めば、わたしの探索圏内に入って捉えられるかも、と思い、少し焦れているのかもしれない……。


「この少し先に、前日夜営した場所があります!」


 ケイシーさんがそう教えてくれた。

 なんでもそこは、中継基地の予定地だったので、ある程度切り拓いてあるのだそうだ。


 ケイシーさんに先導されて着いた場所は、確かに広く拓かれた場所だった。

 ちょっとした体育館が立てられる位に拓かれたその場所は、テントを立てた跡や、石を積んだ竈もあり、確かにそこには人の居た温もりが残っていた。


 間違い無く昨日の晩、ここにハワードパパがいらっしゃったのだ。

 そう思ったら、胸がキュッと締まる様な気がして、思わず胸元に手を持って来ていた。


 そんなわたしに気が付いたのか、馬から降りたアンナメリーが傍に来て、レグレスから降りる様に促し、そのままわたしの手を取って降ろしてくれた。


 皆も其々の馬から降りていた。

 ミリーさんが荷物から折り畳みの飼い葉桶を取り出し、広げたその中に、ケティさんがウォーターの魔法で水を一杯に満たした。

 子供用プールほどの大きさの桶に、馬達は顔を突っ込んで、貪る用に渇きを満たしている。


 その姿を見て、馬達にどれだけ無理をさせていたのかを自覚した。

 ごめんレグレス、ごめんね……。

 夢中で水を飲むレグレスの身体を、ソッと撫でた。


「アタシ達も少し休憩を取る。ついでに、現地での段取りを決めておこう」


 アリアがそう言って全員を集めた。

 アンナメリーはその頃にはもう既に、竈でヤカンを火にかけ、お湯を沸かし始めていた。……サスガだ。

 まあこの辺りなら、そう強力な魔獣が居るわけでもないし、少し休憩を入れた方が効率が良くなるのは間違いない。

 わたしが警戒意識を緩めずに、周りを気にしていれば良いんだからね。

 そんな事を考えながらアンナメリーに連れられて、火の側に置かれた丸太に腰を下ろした。


「アンデッドの対処の仕方は、分っているわよね?」


 イルタさんが、全員が座った所で確認する様に聞いて来た。

 それに対して、皆がそれぞれに頷く。


 アンデッドとは、情念やら怨念と言った感情……、つまり澱んだアストラルがエーテルを巻き取り、物質マテリアル化した物。

 謂わば、残留思念が実体化した存在だ。


 そして、その実体化した身体を維持、活動させる為にその体内には、元になったアストラルで出来た霊的なコアがある。

 それは大抵、頭部や胸部に在る物で、それを魔力を籠めた攻撃で潰せば、アンデッドは現世に存在する事が出来なくなるのだ。


「唯一の救いが、今回の相手がアンデッドの集団である事よ」


 イルタさんが、全員を見渡しながら続けて行く。


「騎士団の神官のリーダーは、リサ・タトルだったわね?」

「リサを知っているのか?そうだ。彼女は我が騎士団の優秀なハイプーリストだ」

「王都で何度か顔を合わせた事があるの……。そうね、彼女は優秀な神官長だわ。知っての通り王都神殿の主祭神は、陽のソエルよ。七柱の世界神の一柱であるソエルは、太陽を司る女神。影の中に身を置く者は、その前に姿を現せない。その女神に仕える神官である彼女達が結界を張れば、アンデッドはそう容易くは近づけない筈……」

「おお!では皆はまだ無事なのだな?!」

「焦るなルーク!イルタは可能性の話をしてるんだ」

「……そうね、あくまで推測の域は出ないけれど……、未だに溢れたアンデッド達と行き会っていない以上、彼女達が結界で抑え込んでいる可能性は高いと思うの」


 マグカップに淹れたお茶を、アンナメリーが手渡してくれた。

 アンナメリーはその後も、順番に全員にお茶を配って行く。

 

「そして、わたし達が仕えるアムカム神殿の主祭神は地のテリル。同じく七柱の一柱であるテリルは、大地の全てを司る」


 イルタさんが、ザックの中から結界装置のコアを取出し、ご自分の膝の上に置きながら話を続けた。


「アムカムの地母神『大地のイエルナ』と、その姉神『冥界のキシュルナ』の母神でもあるテリルは、生と死と再生を司る大いなる女神よ。テリルの神気を帯びた結界は、死者を否応なく冥界へと引き戻すわ」


 コアを膝上に置く時に、はだけた外套から零れる様に、イルタさんの白い胸元が圧倒的な存在感を示しながら我々の前に突き出された。

 大人だ……。大人の物品だ!!

 この時、ルークさんとケイシーさんの目線が、同時にそこを捉えた事をわたしは視認している!

 まったく!真面目な話をしている最中だと云うのに、男どもと来たらコレだから!!

 ま、当然わたしもフードの奥から、その圧倒的な大人の持ち物から目は離していませんけど!なにか?


「だから、皆には敵を出来るだけ引き付け纏め上げて欲しいの。このコアを、シッカリと地脈とシンクロさせて起動が出来れば、半径1キロでは済まない広範囲で、結界が展開出来るわ」


 イルタさんは膝上に乗せたコアに手を置き、魔力をゆっくり籠めて行く。

 起動に必要な魔力を、今の内に充填しておくのだそうだ。

 コアの中心に据えられたクリスタルが、淡い光を帯び始めた。


「そうなれば、結界内の敵はわたしが必ず全て鎮めて見せる」


 盤面周りのクリスタルも、一つずつ順番に光が灯るのを確認しながら、イルタさんは力強くそう言った。


「今回の敵は統率されている。そうだな?」

「は、はい!明らかに統率された動きで、波状攻撃を繰り返しておりました!」


 アリアの唐突な問いかけに、ケイシーさんが慌てた様に答えた。


「実際、これだけの数のアンデッドが、イロシオのこんな場所で湧く事自体が不自然なんだ。ましてやその大軍が移動するなんて……」

「本来アンデッドは、発生した土地から大きく移動できないのよ。確かに、時を経たモノなら違う土地へ渡る事もあるけれど……、それでも、1年や2年で動ける物では無いわ」


 そういえば前に、アンデッドの集団が居た場所があったのを思い出した。

 確か、結構雪が積もっていたから、今年になってからだったかな?


 拠点にしている水場から、北西に30キロくらい進んだトコにあった荒地だったから、今居る場所からは100キロ近く離れてるよね。

 そこは、500メートル四方に草木の生えていない荒れ地で、そこに100体ちょっとのアンデッドがたむろってたんだ、確か!


 なんだっけ……、確か『アンガー・リッチ』だったかな?それが頭で、ワラワラとゴースト系やら大小の骸骨やらが集まってて、『冬の怪談かよっっ?!!』って1人でツッコミ入れたんだっけ……。まぁ、それは今はどうでも良いんだけど!


 あの時の奴等も、確か荒地から外へは出て来なかったなー。

 結局、『ジャッジメント・ヘヴン』(アンデッド特攻の範囲攻撃)で、一掃しちゃったし。

 あれは派手だったんだよねー。

 1体1体が光の柱に包まれて、それが一度に100本以上でメッチャ派手だった……。


『クリスマスツリーみたい♪』

 なんてあの時は寝ぼけた事言っちゃったけど、今回はそう云う訳にもいかないし……。

 とりあえず、あんな派手になる魔法は、もしもの時の保険としては考えておくけど、目立つ事はしない様に言われているから、成るべく使わない方向で行かないとね。



「つまり『敵集団を率いる者達が居る』。それがアムカムの下した判断よ」

「アタシ達チームアリアは、結界を起動するイルタの護衛をしつつ、該当戦力を発見次第それを殲滅に向かう。アンタ達二人には、負傷者を含めた非戦闘員をイルタの周りに集め、戦闘可能な者には共に護衛に当る様、騎士団本隊に伝えて欲しい」


 わたしがマグカップに口を付けながら考え事をしている内に、アリアが騎士団のお二人に、現地での作戦を伝えていた。

 

「本隊と連携を取るのは当然だ、任せて欲しい。だが、待ってくれ。いきなり君達だけで正体の分らぬ敵に挑むのは無謀では無いのか?」

「だからこそ、だ!ルーク!敵の正体を見極めるのもアタシ達の仕事だ。尤も、騎士団が既に、敵の正体を掴んでいてくれれば面倒は無いんだがな……」


 アリアが騎士団の二人にそんな事を言いながらも、わたしに視線を送って来ていた。

 わかっています。要するに、その正体不明の敵を叩くのが、わたしの役目って事だよね。

 マグカップに口を付けたままアリアに頷くと、アリアも頷き返してくれた。


「アンデッドについて、もう一つだけ言っておくわ……」


 イルタさんが静かに話しを続けた。


「魔獣ならまだ良いわ。でも、『不浄な者共』の犠牲者もまた、魂が汚される……。それは、分っているわね?」


 イルタさんが、静かだけれど、厳しい面持ちで尋ねてくる。


 イルタさんが言う『不浄な者』とは、ゾンビ等の汚れた死体の事を指している。

 つまり、ゾンビの犠牲者はゾンビになると云う事だ。

 うん、まさにゾンビ映画!

『イロシオ オブ ザ リビングデッド』だね!



 まあ、真面目な話をすれば……。


 人が死ぬと、霊体や魂がその肉体から離れる。

 物質の情報体である霊体エーテル体は、時間の経過と共にエーテル流に還るが、魂は、その外殻たるマナスからコアが離れ、次のステージの準備に入る。


 ……この辺の事は、学校で魔法の勉強の一環として教わっているんだけど、詳しい事はわたし自身よく分ってない!

 大体、魂の領域とか未知の世界の話だものね!

 こう云うのは、イルタさんや、ヘンリー先生の様な神官さんの専門だからね!

 わたし達は、概略さえ知っていれば良いと言われてるワケです。


 で、この『不浄な者共』の犠牲者は、コアが離れた魂の外殻たるマナスを、汚れたアストラルで捕らえられてしまうのだそうだ。

 ヴァンパイアの犠牲者もそうなのだけど、マナスが捕らえられた魂のコアは、次のステージにも、来世にも進む事も出来ずに、その場に留まる事になる。

 魂の時計の針が、止まってしまうのだ。


 その針を進める為には、マナスを捕らえる仮初の肉体と、汚れたアストラルを破壊して、マナスを解放するしか無い。



「あなた方の仲間や友人が、たとえ犠牲者として目の前に現れても躊躇っては駄目よ。それを滅ぼす事が、その人の魂を救う事になるのだから……」


 悲しみを湛えながらも強い意志を籠めた眼で、イルタさんは騎士団のお二人に告げられた。

 その後、イルタさんはゆっくりと、わたしにも同じ視線を向けて来た。

 それは、もしもハワードパパが……と、仰りたいのでしょうか……?


 イルタさんの目が語る意味に気付き、わたしは身体の芯に、冷たい物が降りて来るのを感じていた。

 その事に気付いたのだろうか?アンナメリーがわたしの肩に、そっと柔らかくその手を置いてくれた。


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次回「ハワード・クラウドの覚悟」

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