第38話夜明けのヴァンパイア
「くく、くひ!きひひ、ぃひひっ!はぅ!ぁひ!!」
森の闇を裂き刃が閃く。
一閃、二閃、三閃と、矢継ぎ早に繰り出される鉈の様な大剣の斬撃は、鋭く重い。
だがそれを、カイル・アーバインが青い聖気を纏わせたナイトソードで次々と弾き、凌いで行く。
そして、カイルが闇に描く一筋の青い剣閃。
それを避ける褐色の女が、後ろに飛び退く。
だが、その褐色の脇腹に付けられた傷口からは血潮が勢い良く飛び散った。
見れば、その褐色の肌の彼方此方には幾つもの傷が付けられ、身体のいたる所から血が滴っている。
褐色の女……ジョエルは顔を上気させ、時折その口元からは艶のある吐息を漏らし、潤みを帯びた瞳で構えた剣の先に居るカイルに熱を帯びた視線を送っていた。
カイルはそのまま剣を顔の右側で構え、剣先をジョエルに向けた構えを取る。
間を置かず、常人には捉えられぬ速度でジョエルが踏み込んだ。
ジョエルの鋭く振り降ろされた大剣をカイルがナイトソードの腹で弾き、そのまま切っ先でジョエルの豊かな胸元を切り裂いた。
飛び散る鮮血に きひぃ とジョエルは甲高く悦楽の声を上げた。しかし直後、ブレる様にジョエルの姿が消える。
同時にカイルの姿もブレる様に消え、次の瞬間その場に血飛沫が舞う。
「ぁぎぃ!!」
叫びを上げ、背中を斜めに大きく切り裂かれたジョエルが、身体を仰け反らせ姿を現せた。
その背側には、ナイトソードを斬り上げた形でカイルが立っていた。
直ぐにカイルは構えを取り直すが、肩で息をするその表情は厳しい。
「ぁ、あひ、きひ!イイ……、イイぜ!お前も中々イイじゃないか!ひひ!!もっと……、もっとしようぜ!!」
「……オレとしては、とっとと終わらせたいんだがな」
剣が風を切り打ち合う音が響く中、ジョエルの淫靡な響きを帯びた笑い声が、木々の間に木霊した。
その直ぐ脇に、黒く巨大な影が迫る。
それをハワードが、黒い大剣をフルスイングする様に真横に切り払った。
人の身長よりも長い、巨大な黒い古代竜の頭骨が勢いよく横へ跳ね飛ばされて行く。そしてハワードが後方に向かい声を上げた。
「コンラッド!行ったぞ!!」
「っこの!いい加減キリが無ぇな、このデカ物がっ!!」
コンラッドが、弾き飛ばされたアンデッドの脇を潜り抜け、突き進んで来たもう一体の突撃を戦斧で受け飛ばし、忌々しげに言葉を吐き捨てた。
「くっっ!!」
トニー・イーストンが、更に黒い壁の様に迫るアンデッドの長大な尾を、ギリギリのところで避けた。
それと同時に、その尾が弾き飛ばした大小の石礫をカイトシールドで受け止める。だがその勢いに押され、飛ばされそうになったが、辛うじて耐え切って見せた。
そして直ぐ様体勢を立て直し、次の攻撃に備える。
もうかれこれ、この攻防も一時間は超えている。
何分相手がタフ過ぎだ。
大きな一撃で、奴等の一角でも崩せれば今の戦況は十分に覆せる筈だが、此方も出し惜しみをしているとは言え、多少の傷を付けた所で見る間に修復して行く様は、いい加減辟易させられる。
トニーもカイルもそろそろ限界かもしれんな とハワードは二人を流し見、思う。
「旦那様、やはりあの鎖でごぜぇます。吸い上げた瘴気を、あの鎖で送っております」
「ふん、やはりそんな所か」
「け!せせこましい手を使いやがって!」
大型アンデッドの向こう側で、鎖を纏った女が薄く嗤いを浮かべていた。
鎖を纏う女……マリーナは、羽衣でも揺らすかの様に、纏う鎖をその身の周りでユラユラと揺蕩わせていた。
更にマリーナから伸びる鎖の幾本かは、巨大なアンデッド達とも繋がっている。
「あの女が地中深くから瘴気を吸い上げ、鎖を通じて骨共に送っておる様でごぜぇます」
ジルベルトがアイパッチの魔法印を輝かせ、ようやく見えたと言いたげに、捉えた魔力の流れをハワードに告げた。
今ハワード達は、騎士団本隊とは完全に分断されていた。
その周りには巨大なアンデッド『ダーク・スケイルダナソー』が三体、彼らを牽制する様に一定の距離を保ちながら取り囲んでいた。
ハワード達が避け進もうとすれば、そちらに回り込み、攻め入ろうとすれば三体で連携して、受け、避ける。
間合いを絶妙にズラされ、何ともやり辛い歯がゆい時間を過ごしていた。
言って見れば初めに此処を襲って来たアンデッド共と一緒だ。
只、ハワード達を此処へ縫い付けようとしているのだ。
黒い巨大アンデッドの後ろから動かぬマリーナが、口元に薄い笑いを浮かべ、ハワード達に静かに視線を送っていた。
「どうしたハワード息切れか?」
「馬鹿を抜かせ!お主こそ足元がおぼついておらんぞ!」
「は!ちょいとばかり力を貯め込んでるだけよ!俺を誰だと思ってる?!」
「ふは!ならばそろそろ決めるが、良いな?!」
「おうよ!!」
ハワードが持つクラス『ウォーロード』は、そこに身を置くだけで部隊全体の士気と戦闘力を底上げする。
現役を退いたとはいえ、元『ハーキュリーロード』のクラスであるコンラッドも同様に、彼が居る騎士団の攻撃力は通常よりも上がっていた。
此処まで騎士団がアンデッドの大群に対して善戦出来たのは、彼らが居た事に依る所が大きい。
そしてハワード達は今、自身の持つ固有スキルの一つを使おうとしていた。
ハワードとコンラッドの魔力がその内側で練り上げられ、密度を増して行く。
だがそこへ豪と音を立てて、炎弾が迫る。
それをトニー・イーストンが、咄嗟に構えたカイトシールドで受け止めた。
次々と撃ち込まれる炎弾は、巨大なハンマーの連打の様な衝撃を、盾越しにトニーに与えた。
トニーは奥歯を噛み締め、小さく呻きを漏らしなが耐えていたが、ついに炎弾の勢いに呑まれ吹き飛ばされた。
炎に包まれたトニーの身体が岩肌に打ちつけられ、もんどり打つ。
「がぁぁっっ!!」
「トニーーッッ!!!」
カイルが振り向きトニーに向かい叫ぶ。
トニーは大地を転がり、ブスブスと白煙を上げていたが、やがてユックリと身体を起こし始めた。
それを確認し、カイルが安堵の息を漏らす。
「おのれ!何処から?!」
カイルがジョエルを牽制しつつ、油断無く辺りを探る。すると、黒いナイトドレスを纏った女が闇の中から滲み出る様に姿を現した。
女は……エレクトラは、炎弾を打ち出した右手を突き出したまま、手首まで血に塗れた左手に舌を這わせていた。
「……!そ、その血は?!!」
カイルが、エレクトラの手に塗れる血に気付き目を剥く。
エレクトラは目元を細め、カイルに向け大仰に肩を竦めて見せた。
「……こっの!」
エレクトラは、睨めつけて来るカイルに笑みながら、前方に向けていた右手を降ろし、近くに居るジョエルに顔を向け言葉をかけた。
「あら?ジョエル、其方の殿方はあたくしが目を付けていましたのよ?」
「ひへへ、そうなのか?!コイツも結構手応えあって、楽しいいぜ?」
「貴女のお目当ては、あちらではなくって?此方はあたくしにお譲りなさいな」
「ぅえ?そりゃないぜエレクトラ!先に遊んでたのは俺だぜ?横取りは酷いよ!もっと遊ばせろよぉ!!」
眉根を寄せ、まるで玩具を取り上げられた子供の様な表情を見せるジョエルに、エレクトラは大きくため息を付いた。
「……分りましたわ。御免なさいねジョエル。この方は貴女の好きになさい」
「イイのか?!やったぜ!!ひへへ」
「その代り…………」
そう言ってエレクトラがジョエルの背後に回る。
「……この埋め合わせは、後でして頂きますわよ?」
エレクトラはそのまま、ジョエルの背に開いた傷に沿って、指を這わせて行った。
ジョエルは背を仰け反らせ、大きく叫び声を上げ、身体を震わせた。
そして肩越しにエレクトラを見返り、潤んだ瞳で小さく頷く。
エレクトラはそれを見て満足げに目を細め、愛おしげにジョエルの頬を長い指で撫で上げると、そのまま闇に消えて行った。
エレクトラが消えると、ジョエルは直ぐに大剣を口元に寄せ、口角を吊り上げながらその刃を舐め上げた。そして……。
「……へへ、さあ!もっともっと楽しもうぜ!!」
そう言ってカイルに向かい大剣を振り上げ向かって行った。
◇
黒く巨大な竜の頭骨を『グランドデバイダ』で弾き上げたハワードの背に、闇の中から生じた炎弾が襲う。
次々と高速で迫る炎弾を、ハワードは後ろも見ずにユラリと躱す。
躱された炎弾は、顎をかち上げられた黒い骨の巨大アンデッドに当り、その重量のある身体を吹き飛ばした。
灰色の瞳に光を湛えながら、迫る最後の炎弾を振り向きざまに切り払い、炎の魔法を霧散させたハワードは、返す刃でその奥の闇を切り裂く。
ガキリと硬質な音を響かせ、ハワードが繰り出した斬撃を、赤いナイフの様な五本の爪が受け止めた。
「……くっ!」
闇より生じた黒いナイトドレスの女……エレクトラは、苦しげに呻き後方へ跳んだ。
それをハワードが一足で踏み込み、更に追いの一撃を突き入れる。
濃縮された魔力を纏い、周りの大気すら歪ませる豪剣の一撃は、受けようとした赤い爪を弾くだけに留まらず、粉々に砕いた。
身体ごと弾き飛ばされたエレクトラは、それでも砕かれた右の爪に替わり、左の腕を突出しその五指をハワードに向け、赤い爪を突き伸ばした。
高速で伸びる槍の様な赤い爪がハワードをかすめ、黒い大地に突き立つ。
かすめたハワードの革鎧は、焼けた様に白煙を上げていた。
地面に突き立った赤い爪は、熔鉱炉の鉄の様に朱色の光を放ち、高熱を持って地面を焦がして行った。
自分の爪の赤さが、炎その物である事をハワードに見せつけ、エレクトラは口角を上げニヤリと嗤う。
エレクトラは引き戻した左の爪を、再びハワードに向かい高速で突き伸ばす。
五指の内四本は、それぞれハワードの四肢を焼こうと伸ばされた。
最後の一本は、未だ灰色の光を持って、此方を睨むその目を潰してやろうと、狙い定めて伸ばし飛ばした。
だが、それをハワードは剣のリカッソ部分を掴み直し、大型の剣をバトンでも回すかの様に回転させ弾き飛ばして行った。
大気を引き裂く勢いで回された大剣の勢いで、赤い爪は悉く砕かれ飛び散って行く。
剰え最後の一本は、振り払ったハワードの左の裏拳で砕かれた。
呆気なく砕かれた自分の爪と、切り裂かれ、渦の様に迫る大気の勢いに押され、エレクトラが目を見開き怯みを見せた。
だがその時、既にエレクトラの視界からハワードは消えていた。
エレクトラがハワードの気配を自分の背後に捉えたのと、己が身に強い衝撃を感じたのはほゞ同時だった。
「あぎっっ!!」
滑る様にエレクトラの後ろに移動したハワードは、回転させた大剣の勢いを乗せたまま、剣先を掴んで振り回し、ハンマーでも打ち付ける様に、十字鍔(キヨン)でエレクトラの横腹を殴りつけたのだ。
吹き飛ばされたエレクトラは四肢で大地を穿ち、直ぐに体勢を立て直す。
打撃を受けた脇腹がシュウシュウと煙を上げ、付けられた損傷が直ぐ元に戻ろうとしていない。
傷に手を当てながらエレクトラは眉根を寄せ、厳しい表情のまま大量の汗を流す。
エレクトラは、直接ハワードから打撃を受けた事で理解してしまったのだ。ハワードの内包する魔力の大きさを、その濃密さを。
ヤツは不味い。真正面から打ち合えば、我らを滅せるだけの力を有している。
今まで遊んでいた騎士団達とは、根本的にモノが違う。
エレクトラは油断なく身体を起こし、ハワードを睨みつけた。
だが所詮相手は人間だ。
当初の予定通り、昼夜間断無く攻め続ければ何れ消耗する。
弱った所で仕留めれば良いだけの話だ。
これだけの力を持った相手だ。これを喰らい切る事は、我らにとって大きな糧となる。
そこまでを考え、エレクトラは立った身体をユラリと揺らし、口角を大きく吊り上げた。
「素晴らしいですわ、これ程のお力を持つ殿方がいらっしゃるなんて……」
「…………」
「如何で御座います?その人生の最後に、この世で最高の享楽をお受けになられませんか?」
エレクトラが大きくVの字に開いた胸元を開き、零れ落ちそうな房を大きく揺らしながら、隆起した先端を露わにした。
更に腰を突出し、ウエスト近くまで深く切れ込まれているドレスのスリットから開いた脚を覗かせ、ハワードに白い半身を見せつける。
エレクトラは更にスリットを開き、ハワードを誘う様に艶のある目で流し見ながら、剥き出した腿を自分の指先で挑発的になぞり上げた。
「これだけの女に、出逢った事が御座いまして?さあ、いらして……。最上の女を味わい下さいませ。この世の悦楽の全てが此処にございます。あたくしの中で……溶かして……差し上げます……わ」
潤みを帯びた上目でハワードを見詰めながら、エレクトラは更にスリット広げ、脚の付け根の奥に指を差し入れ、湿りを帯びた音を立てていた。
だがハワードは、構えた剣先をエレクトラに向けたまま、静かに闘気を溢れさせている。
そして、そのまま一言呟いた。
「生憎、……ソニアより良い女になど、会った事が無くてな!」
ハワードの拒絶の言葉に、エレクトラが目を見開いた。
そのまま広がるハワードの闘気に反応し、足を一歩後ろへ下げた。
直ぐにエレクトラは肩の力を抜き、残念だと言いたげに、ため息交じりでゆっくり首を振る。
「残念ですわ……。ですがいま少し、間を置かせて頂いた方が宜しいですわね……。また後程お会い致しましょう……その時は」
そう言って、劣情を消せぬ表情のまま、身体を闇へと溶け込ませて行く。
エレクトラは、身体の端から黒い霧と化し、森の中へと消えて行こうとしていた。
「温いわ!ヴァンパイア!!」
ハワードは装備に刻まれた魔法印を輝かせ、黒い霧へと向け一足飛びに踏み込み、蒼い光を放つ『グランドデバイダ』の一撃を振り降ろした。
「ぎぁぁああぁあああぁぁーーーーーーっっっ!!!!」
身の内から絞り出す様な絶叫を上げて、エレクトラがその場でのたうち転げまわる。
その肩口は大きく切り裂かれ、右腕側が身体から切り離されかけていた。
ナイトドレスも裂かれ、豊満な胸元を零し、エレクトラが血を吐きながら絶叫し続ける。
「エ、エレクトラ?!!」
エレクトラの異変に、カイルと斬り結んでいたジョエルが目を見開き叫んだ。
「
カイルが、ハワードの黒い霧と化した相手を斬ると云う、その常識の枠外の所業に舌を巻く。
「ジョエル!エレクトラを連れて下がりなさい!!」
鎖を纏う女……マリーナが、黒い大型アンデッドの後ろからジョエルに向け叫んだ。
マリーナもやはり気が付いていた。
ハワードや、コンラッド、ジルベルトの力に。
彼らが大きな実力を有している事は分っていた。
その彼等を騎士団から分断し、牽制する役を引き受けていたが、間近で見れば見る程、彼らの埒外の力に身体の芯が冷たくなる。
だが、幾ら大きな力を持っていようとも、足枷があれば実力の全ては出し切れない。
その為に、後方に居る弱者を逃げられぬ様に囲い込み、彼らの
そうすればやがて、逃げる事も実力を出す事も叶わず、消耗して行く。
後はそれを容易く蹂躙すればよいのだ。
だから態々正面からやり合う必要は無い、今は引くだけで良い。
「もう直ぐ朝が来る。夜が終わるわ!一時だけ引き上げましょう」
そう、夜明けの一時だけ引けば良い。
そうしてまた直ぐに戻り、消耗戦を続ければ良いのだから。
マリーナが冷たい笑みをその顔に浮かべ、引き上げの指示を出したその時、ハワードが黒い大剣『グランドデバイダ』を大地に突き立て声を上げた。
「いつまでも逃げ切れると思うなヴァンパイア!!」
「何度もチョコチョコと、狡っ辛くちょっかいかけて来やがって!!」
コンラッドも苛立ちを隠さず吠え上げた。
「だがそれも此処までだ!此れより、貴様らはこの地を出る事は叶わん!!」
「……そんな事、アナタ方がどうにか出来る事では無いと思うけど?」
ハワードの言葉に、マリーナが不快気に眉根を寄せ、自分たちの行動に干渉など出来ぬと告げる。
だがハワードはそれに応える代わりに、地に突き立てた『グランドデバイダ』を握る手に力を籠めた。
「今よりこの地を我が領土と成す!切り拓け!グランドデバイダー!!『
ハワードの叫び上げに応じる様に、『グランドデバイダ』に刻み込まれた魔法印が一際輝きを増す。
地に突き立てられた大剣の輝きは、ハワードを中心に大地に広がった。
それは半径100メートル以上の範囲まで拡大し、その地をハワードが練り上げていた膨大な魔力で満たして行く。
同時に、その範囲内に居る者達に力が注がれる。
カイルが溢れる力を感じ、剣を振る。
閃く剣筋は嘗て無い鋭さを見せ、我が身の切れに目を見張った。
トニーが立ち上がり、迫っていた大型アンデッドの一撃を正面から受け止め、ダメージが殆ど無い事に驚く。
塹壕から出たノーマンが、周りを囲む魔力の炎を聖気を籠めた
セドリック・マイヤーが、迫るカドモスナイトを一刀で断ち割る。
コーネル・ウォーリッチが、単騎でカドモスナイト数体を弾き飛ばす。
今、ハワードが拓いた『領地』内で、騎士達の戦闘力が大きく向上した。
「これで!潰れてろ!!『
コンラッドが、ダメ押しとばかりに巨大な戦斧を大地に打ち下ろし、スキルを放つ。
打ち下ろされた戦斧から放たれた魔力は、大地に波紋を生じさせながら広がり、彼らの周りに魔力で形作られた巨大な城壁を産み出した。
生み出された城壁は3体の巨大アンデッドを一気に押し潰し、彼らの周りを分厚く囲う。
ハワードが『グランドデバイダ』の力を使い暫定的な領地を作りだし、その上にコンラッド城壁を築き上げる。それは限定された領域で堅固な壁を生み出す。
外から襲い来る敵を阻み、内側に居る者は決して逃がさぬ堅牢な障壁。それは僅かな時間、限定空間に作りだされる絶対防壁だった。
「これでテメぇらはもう逃げられ無ぇ!観念しろ!!」
練り上げた魔力を出し切ったコンラッドが、大きく息を吐いた。
「貴様らは陽の光を嫌い、常に陰に隠れ身を潜める」
謂わば害虫と同じだ とハワードは言う。
その言葉にマリーナが深く眉根を寄せ、ハワードを睨む。
「腹立たしい事に、上位の存在は昼間でも陽の下を平気で出歩く。だが、明けの陽光だけは貴様らを真に滅ぼす」
ハワードが、地に突き立てた『グランドデバイダ』を引き抜き、構えを取る。
「最早、影に隠れ潜む事は叶わん。此処で滅びよヴァンパイア!」
「そんな物、アナタ方をどうにかすれば済むだけの話!これ程の魔力を放った今、これまで通りに戦えるのかしら?」
障壁を貫こうと伸ばした鎖を、魔力の壁で弾かれたマリーナが改めてハワードに向き返り、その顔を睨めつけた。
騎士団は戦闘力を上げたとはいえ、まだ我々には及ばない。
現にエレクトラを庇いながらも、本気で攻勢に出るジョエルは騎士二人を相手に未だ圧倒している。
やはり、真に警戒すべきはこの者達だ。
夜明けまではもう幾らも無いが、本当に追い詰められているのはどちらなのか?此処でハッキリさせてやる。
「
マリーナは周辺で波打つ何本もの鎖を集め、それぞれ左右の手で纏めて行く。
十数本の鎖を依り合せ纏め上げ、綱の様に束ねられた鎖の束は1メートルを超える。
それをマリーナは巨大な鞭の様に操り、大気を押し潰す勢いでハワードに向かい打ち下ろした。
しかしそれをハワードは、大剣を肩に担いだまま、散歩でもする様な気軽な足運びでスルリと躱す。
避けられた鎖は大地を打ち、重い振動を辺りに響かせながら、黒い岩の大地を大きく削る。
地を削りながら、横へと避けたハワードに向かい、再び鎖が大きく撓りながら壁の様に迫る。
更に、もう一本の鎖の鞭が打ち下ろされた。
ガリガリと岩を削りながら、ハワードを挟み込む様に二つの壁が迫る。
撓りながら、ハワードを囲い込む様に迫る鎖の鞭を見て、マリーナが冷たくほくそ笑んだ。
だが、鎖がハワードを押し潰すと見えたその時、爆発でもする様に鎖の塊りが爆ぜ飛んだ。
マリーナが驚愕に目を見開き見つめる中、ハワードはその剛剣で、迫る鎖を次々と断ち切って行く。
圧倒的な質量を持っていた筈の鎖の鞭は、見る見る削ぎ落とされ、鎖がバラバラに散り飛ばされて行った。
間断無く剣を振るい続けるハワードの眼は、淡い光を灯し、鎖の向こうからマリーナを見据えていた。
ジョエルは、先程まで2人の騎士を圧倒していたが、今、コンラッドの振るう戦斧に打ち飛ばされた。
エレクトラは傷を押し、炎を使いジョエルの援護に回っていたが、ジルベルトの立ち回りに追い詰められ、更に傷を増やして行った。
戦場を一瞥したマリーナは唇を噛み締めた。
不味い、もう数分で陽が昇る。最早出し惜しみも、なりふりも構っている場合では無い。
マリーナは後方に跳び、ハワードから距離を取りその場で魔力を練り上げた。
両手を擦り合わせる様にしながら頭上に掲げ、魔力を掌中に収束させる。
頭上に掲げた両手の更に上に、収束された魔力に呼応する様に、両腕から伸びる鎖が凝縮し塊りになって行く。
更に、千切られ、欠片となった鎖も集まり、塊が依り巨大になる。
やがてそこには、鎖がゴリゴリと音を立て動き回転する、直径20メートルを超える巨大な鎖の球体が出来上がっていた。
鎖の球体は尚も大きさを増して行く。
自身の極限まで魔力を絞り込んだマリーナの面持ちに、余裕の色は微塵も無い。
「ぬぅ?!」
その埒外に凝縮された魔力の気配に、ハワードが唸る。
「外からも内からも壁が貫けなくとも、この内から内へならダメージは通るわよね?」
過剰な魔力の供給により、マリーナの腕の毛細血管が切れ、血を滴らせる。
「ジョエル!エレクトラ!避けなさい!!彼等諸共この地を穿ちます!!喰らいなさい!『
「させはせんよ!!」
ハワードが弓引く様に身体を撓らせ、顔の横に構えた剣の切っ先を正面に向け、深く腰を落とす。
装備の魔法印が一際光を放つ。
焔を模った肩当に一本、二本と光が走り、腕を通じ、黒い大剣へと流れ込む。
大剣へ込められた魔力が蒼い輝きとなり、切っ先へと向け収束されて行く。
『デストロイブリット』
大気を震わせ、蒼き閃光がその面前の敵を滅する一撃を叩き込む。
辺りを震わせ響くその轟音が、閃光の凄まじさを物語る。
蒼い光の衝撃に呑まれ、大地を穿つはずだった巨大な鎖の球体が、細々に千切れ消えて行く。
「あ……、ぁ…………ぎ……ぃ!!ぐぷっ?!」
蒼の衝撃に、鎖と共にマリーナも飲まれて行く。
四肢が千切れるほどの衝撃の波に翻弄される中、その衝撃を放った黒い大剣が更にマリーナを穿つ。
マリーナはそのまま、後方にあった大樹にまで突き運ばれる。
大樹は、荒ぶる衝撃に晒され、枝葉は折れ飛び、半ばでへし折られ、大地に突き立つ巨大な杭の様になっていた。
マリーナは黒い大剣に腹部を突かれ、その杭に勢い良く打ち付けられた。
「ぎっ!ぎぁああ!!ぎぃあっぁああぁぁぁーーーー!!!」
腹部に深々と突き立てられ、マリーナごと杭に打ち付けた『グランドデバイダ』は、刀身が蒼く燐光を放ち聖気を放っていた。
刀身の食込むマリーナの腹部は、シュウシュウと白い煙を上げ、聖気に焼き続けられている。
絶え間なく絶叫を上げ続けるマリーナの両腕は、肘から先が失われ、やはり白い煙を上げ修復される様子も無い。
身に纏っていたボンデージも、殆どが千切れ飛び、装備としての役割は最早なしていなかった。
纏め上げられていた白銀の髪も千切り解け、暴れ振り回するマリーナの頭で、逆立つように乱れていた。
その眼は真っ赤に染まり見開かれ、口元は大きく裂け、牙は凶悪な長さを持ち、正に
血の涙を流し、口からも泡の様に血を零し、薄青い全身に血が垂れ、ボタボタと足元に血溜まりを作っていた。
縫い付けられた杭から脱しようと、手足をバタつかせ暴れるが、打ち付けた『グランドデバイダ』から解放される事は無い。
ハワードは更に大剣を深く刺し入れた。
ヴァンパイアが絞り上げる様な絶叫を、口から血を吹出し、飛ばしながら叫び上げた。
ハワードの後方には、木々が倒され疎らになっている空間から先に、遠くの山々の峰が見通せた。
今、その窪んだ谷間部分より昇ろうとする陽が、周りの雲を照らし出し、暁色の空が広がって行く。
太陽は姿を見せる直前の輝きを、山脈の谷間から空に向かい光の柱を伸ばして見せた。
ハワードはその光を背負ったまま、大剣を握り、陽の光から逃げようと暴れるヴァンパイアに語る。
「生者を
やがて光芒が、山谷を廻り地表へと降りて来た。ハワードの背が光を受け輝く。
そして陽の出の光がヴァンパイアを包む。
「ぁあぎぃいい!ぎゃぁあぁあぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
清浄なる光に焼かれ、ヴァンパイアが絶望の叫びを絞り出す。
「マ、マリーナ!マリーナぁ!!」
「ぅあ、くっ……!!」
ジョエルとエレクトラが焼かれる者に手を伸ばそうとするが、自らにも迫る陽の光に後ずさる。
その二人にも、コンラッドとジルベルトが決着の時だと武器を上げる。
「仕舞いだ。せめてもだ、直ぐに終わらせてやる」
二体のヴァンパイアが、赤く染まった目を見開き、地に手を付いたままコンラッドを見上げた。
「朝陽に焼かれ、滅せよヴァンパイア!!!」
陽光を浴びたヴァンパイアの肌が、沸騰する様に泡立つ。
その身を焼かれながらも、逃げ出そうと手足を激しくバタつかせ、地を裂く様な叫喚を上げ続けるヴァンパイアに止めを刺そうと、更に聖気を籠めるべく、大剣を握る手に力を入れた。
その時――――――――――――――――
影が世界を覆った。
ハワードはその瞬間、全身の毛が逆立ち、本能的に防御行動を取っていた。
一刹那、ヴァンパイアから抜き取った『グランドデバイダ』を盾に衝撃を受け止めたが、そのまま後方へと弾き飛ばされた。
「ぐっ……、ぬぅ?!」
それと同時に、コンラッドの胸元が横に切り裂かれ、ジルベルトも背中から血を噴いた。
コンラッドは、ゴプリと口から血を吹出し、大地を揺らして地に伏した。
「よう、マリーナ。ちぃと見ねェ間に、随分イイ女になったじゃ無ェか!クハハッ!」
「……ハ、ハルバート……様ぁ」
影が言葉を発した。
その
朝日を遮り影がユラリと揺れる。
それは崩れかけた白銀の壁の淵に立ち、上からハワード達を見下ろしていた。
「クハッ!夜明けは希望だとでも思っていたか?クハハハッ!!」
影の中に立つ男が、暁を否定する。
男が纏う影が蠢き大きく広がり、その場に居る者を覆って行く。
今、ハルバート・イーストと云う名の絶望が、その地に降り立った。
――――――――――――――――――――
次回「イルタ・リンドマンの諭し」
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