第37話黒衣の艶笑
「ふむ、どうにかこうにか多少は身体が動くようになったかね」
「ぬぅぅ、まだ指先がプルプルしとるがのぉ……」
「仕方あるまい、ノソリ君は老人なんじゃから無理は禁物じゃぞ?」
「優しそうな台詞のワリに、目元がウププと笑っているのはどういう事かのぉぉ??!!」
「先生方はーー、回復がー早すぎですーー。わたしはーー、まだー動きたくーー無いですぅーー」
「ふむ、あわやヴァンパイアの餌食になりかけたと云うのに、君は相変わらず緊張感が無いね」
「とても生命の危機に瀕した人間とは思えんのぉ」
「まあ、それが助手君の持ち味じゃしな、しょうがないじゃろ」
「ふむ、しょうがないね」
「しょうがないのぉ」
「な、なんかーー、先生方がー、とぉーってもー、失礼ですーー!」
「で、どうでも良い話しは置いといてじゃな」
「どーでもいいー扱いですかーー?!」
「このままでは、ちーと不味いじゃろ」
「そうだのぉ、騎士団のバッテリーは、最初の襲撃で半分以上失ったと言っておったしのぉ。癒し手もおらん様になってしまったしのぉ。セイワシ君や、何とかならんもんかのぉ?」
「ふむ、あのバッテリーは正規のアダプタが必要だからね、直接チャージしようとしても効率が悪すぎて時間が掛るだけで急場凌ぎにもなら無いだろうね」
「何とも融通の効かん代物じゃのぉ」
「私もー、少しはーー、癒しが使えますがーー、聖職者じゃないのでー、全回復にはー程遠いですーー。何よりー、今はー、魔力がありませんーー」
「ふむ、実に使え無い事この上ないね」
「ウキィーーーッッ!!」
急こしらえの塹壕から顔を出し、騒ぎ立てる者達が居た。
セイワシ・メルチオ、モリス・バルタサル、ノソリ・カスバルの三博士と、セイワシの助手であるジョスリーヌ・ジョスランの4人だ。
「先生方!急いで塹壕の中に戻って下さい!此処は危険です!!」
塹壕の中から出て来た4人に気が付き、彼らの前へ駆け寄って来る騎士団の者が居た。
「おっと……、君は確か……3班だったか?4班の班長さんじゃったかな?」
モリスが額を指で叩きながら、記憶の中の騎士の名前を探っていた。
「ノーマン・ランスです!4班班長。戦槍護衛部隊のノーマンです!」
「をを!そうじゃそうじゃ!槍の護衛の人じゃったな!」
「先生方!今はそんな事よりも御早く避難を!此処にももう敵が!!くっ!このっっ!!」
自分の名前を告げるのと同時に、三博士に背を向けたノーマン・ランスが腰を落とし『ブースト・アップ』を起動して、構えた
ノーマンの正面で鈍い金属音を響かせ、真っ直ぐに走って来たカドモスナイトが、
直ぐにノーマンは、ブーツに仕込まれた『
『エアライド』
足裏と地表の間に圧縮された風の層を作り、地表を滑るように移動する。
ノーマンは、飛ばされたカドモスナイトに向かい一気に間合いを詰め、『エアライド』発動の勢いに乗せ、その胸元に
そしてそのまま、槍先から発した蒼い炎でカドモスナイトを焼き尽くす。
ノーマンの肩口からはリジェクトされたカートリッジが飛び出し、白い煙を纏いながら宙を舞った。
ノーマンは、カドモスナイトが滅して行くのを確認し、肩の力を抜きながら、立てた
(一体仕留めるのに、この消耗か……。不味いぞ、コイツら確実に格上だ。今までのアンデッドとは比較にもならない。1対1では部が悪すぎる!これでは、先生方の護衛など……)
ノーマンが、少し下がったメガネを押し上げ、呼吸を整えながら現状の厳しさを痛感していた。
「なんじゃ、なんじゃ?随分大儀そうじゃな?」
「仕方が無いのぉ、相手は格上だからのぉ。槍君には一杯いっぱいなんだろうのぉ」
「そ、そうお思いになるなら、御早く塹壕へお戻りください。……複数で来られては、自分一人では……」
ノーマンが
今居るこの場所は、兵站部隊の作り上げた防御陣地の中だ。
しかし、砦の様に作り上げられた陣地も、先のヴァンパイアの攻撃で、大きな被害を出していた。
中に据えられていたテントは殆どが燃え落ち、その残骸を残すのみだ。
今この陣地の中心には、魔法攻撃からの防御策として、テントの在った場所に穴を掘り広げ、その周りを壁で囲み塹壕を作り上げていた。
その中に負傷者を収容し、治療にもあたっている。三博士達も、その中へ避難させられていた筈だった。
だがいつの間にか外へ出て来た博士達に、護衛を担当していたノーマンが気が付き、慌てて駆け付けたのだ。
前線で大隊長たちが立ち回っているが、既に陣地内には敵が入り込んでいる。
これ以上敵の侵入を許せばどうなるか……。
ノーマンがメガネの奥の眼差しに力を籠め、前方を睨み槍斧を握る手にも力が入る。
「ふむ、しかしそうも言っていられない様だね」
セイワシが、目を細めながらそう呟いた。
ノーマンは、突然現れたその気配に、自身の総毛が逆立つのを感じた。
「あら?こんな所にも隠れていらっしゃいましたのね?」
黒いナイトドレスを纏う女が、右手の人差し指を口元に当て、しなを作る様に腰を動かしながら嬉しそうに語りかけて来た。
ノーマンは、その女……エレクトラを確認した瞬間、構えた
『ブースト・アップ』と『エアライド』を併用した突撃は、目標に向かい大地を滑空する様に突き進み、最短距離で槍先をエレクトラへ突き立てる。
だが、槍先を突き立てたと思った瞬間、エレクトラの身体はブレる様にその場から掻き消えた。
ノーマンは直ぐに身体を反転し、地に足を穿ち制動をかけ、腰を落としてその場に停止し、辺りの気配を探る。
「まぁ♪貴方もとても美味しそう……」
頭の後ろから、甘い香りを漂わせる様な囁きが、ノーマンの耳に纏わりついて来た。
ノーマンは慌てて跳び退き、博士達の壁となる様にエレクトラとの間にその身体を滑り込ませた。
「ぅふ、健気ですわね。そういう所も良いですわよ?」
冷ややかな嗤いを零しながら右手を前に上げ、ヒラリと翻す様に掌を上にして顔の高さまで上げて行く。そしてそのまま右手が炎に包まれた。
エレクトラがその手を払う様に振ると、その炎が鞭の様に伸び上がりノーマンを 襲う。
炎の鞭は、質量を持っているかの様にノーマンの横腹に撓りながら食込み、その身体を薙ぎ払った。
吹き飛ばされたノーマンは炎にも包まれ、叫びを上げながら博士達の足元へ転がされた。
ノーマンは博士達の足元で、その鎧からブスブスと白煙を上げ、苦しげに呻き声を上げている。
「エルフの殿方とは久しぶりですわ。この坊やの後に楽しませて頂けまして?此方のお嬢ちゃまは、主がお楽しみ下さるでしょうから、丁重にお迎え致しますわ。おじいちゃま達は…………、大変残念ですけれど、此処でお別れですわね。生憎と、あたくし共の趣味には合いそうに御座いませんので。ほほほ……」
エレクトラが目を細め、ノーマン、セイワシ、ジョスリーヌを、順に纏わり着く様な視線を這わせた後、モリスとノソリを一瞥し、口元に手を置き小さく嗤い声を漏らした。
「ノソリ君、残念じゃな、フラれてしまった様じゃぞ?」
「モリス君、君も含まれている事は分っているのかのぉ?」
「分っとるわい!良かったなセイワシ君。君に熱烈ラブコールじゃ!色男で得したじゃろ?!」
「ふむ、実に甚だ迷惑なお誘いだね。昔からこういう自分本位のお誘いはお断りする事にしているんだね!」
「くぁ!色男は言う事が違うのぉ!」
ノーマンがやっと動く手で、腰に装着されている医療キットの起動スイッチに手を伸ばした。
バシュッと高圧のエアが吹き出す様な音をたて、回復の魔法が発動する。
充填されていた全ての魔力を使い切り、空になったカートリッジが装置から排出され、ノーマンはようやく身体を起こした。
(クソッ!たった一撃受けただけで、回復するのにカートリッジを丸々1個消費するだと?彼我の差が大きすぎるぞ!)
立ち上がったノーマンは、肩で息をしながら
それをエレクトラが、感心した様に笑みを零し視線を送っている。
「き、騎士様はーー、わたしをー、庇ってくださるんですねーーー!!」
ちょうど、エレクトラとジョスリーヌの間に立つ様に位置取りをしたノーマンの背に向け、感極まった様に両手を握り締めたジョスリーヌが、大きく声を上げた。
「え?あ……。と、当然です。自分は皆様を御守りするのが務めですから」
突然の後ろからかけられた声に、一瞬戸惑うも、これは当然の事だとノーマンは言う。
「お、お聞きにーーー、なられましたかーー先生方ーーー!やっぱりーー、見てる方はー、見ておられるのですよーーー!!わたしはーー、騎士様にー、護られるーー乙女なのですーーーー!!!」
「つっ込みどころ満載じゃな!」
「最早、何処からつっ込んで良いのかすらワカランのぉ」
「ふむ、病んでしまった我が弟子を見るに、心が痛まないでもないね」
「なんとでもーー、おっしゃっていて下さいーー!わたしはー、これで勝ち組なのですーー!!勝ち組ぃーーー!!!」
ノーマンが短く息を吐き、腰を落とし再び『エアライド』を起動して、エレクトラへと向かい地を削りながら滑る様に驀進する。
押し潰された空気が弾ける破裂音を響かせて、三日月形の斧部がエレクトラを捉えると思われた瞬間、再びエレクトラの身体がブレ、その場から消失する。
だが、今度は直ぐに気配を捉えなおした。
ガキリ とその槍先が何かに当り動きを止めた。
いつの間にか闇の中に立っていたエレクトラが、血の色をした自らの爪をナイフの様に伸ばし、ノーマンの繰り出した
奥歯をギリッと噛み締めたノーマンは、素早く槍先を引き戻した。
『ポールアーム・ラピッドアタック』
ノーマンの手甲から、白煙を纏ったカートリッジが連続でリジェクトされる。
それと同時に、
だが、エレクトラはそれを楽しそうに目元を細め小首を傾げながら、右手の五指を纏め、刃の様に長く伸びた赤い爪で軽々と往なしていた。
唐突にノーマンの繰り出していた突きが止まった。その場で、カハッ とノーマンが口から血を吐き出す。
いつの間にか、ノーマンに寄り添う様に立ったエレクトラの左手の指が、ノーマンの脇腹へ突き立っていた。
指先の爪は右手同様長く伸び、機動装甲を紙の様に貫き、五本ともがノーマンの身体に深々と刺さる。
エレクトラはその爪を、ノーマンの身体から舐る様に動かしながら、ユックリと引き抜いて行った。
叫び声を上げるノーマンを楽しそうに見つめながら、エレクトラは赤い爪をズルリとノーマンの身体から抜き取った。
そして、そのノーマンの血が纏わり着く自分の長い爪を、一本ずつ赤い舌を這わせて行った。
しゃぶる様に自分の爪を舐める程に、エレクトラの瞳は見る見る潤るみを帯びていく。
エレクトラから離れたノーマンは、グラリと崩れそうになる身体を
体を貫いた5本の爪は、更に奥の内蔵をも深く傷つけていた。
激痛に耐えノーマンは、再び腰回りの医療キットを起動させ、傷の治療を行う。
直ぐに治療を終え、使い切られたカートリッジがリジェクトされるが、消耗した体力までは戻って来ない。
そもそも聖位職の使う癒しの術は、対象者のエーテル情報を読み取り、本来の在るべき姿を再現する云わば再生の術だ。
その成果は使用者の技量に依り大きく変わるが、何れにしても、神々に使える者のみが使用出来る高位の御業だ。
一方、その他の属性魔法の中にも、治療を行う事が出来る物が存在する。
それらの治療魔法の多くは、体内の体液操作や細胞の活性化を促し、自らの治癒力を大きく上げ治療にあたる物の為、往々にして、失った体力や血液までは戻せない事が殆どだ。
現在、『
今ノーマンは、やっと傷が塞がった状態だ。これ以上治癒を進めたとしても体力が持たない。
傷を治すのにも、失われた血液を造血するのにも体力が必要だ。今は回復魔法が併せ持っている覚醒効果で、辛うじて立っている様な物なのだ。
どちらにしても、回復魔法のカートリッジは今使った物で最後だ。もう後が無い。
だが、それでも、此処より引く訳には行かない。
ノーマンは
エレクトラは、そのノーマンの眼差しに気付き、吐息を漏らしながら目を細めてほくそ笑む。
しかし、その覚悟を決めたノーマンの肩に手を置き、前へ進み出る者が居た。
「ふむ、よくやったね。少し休むと良いと思うね」
「せ、先生!此処は危険です!早くお下がりください!!」
セイワシがノーマンを押しとどめ、前へと一歩踏み出した。
「あら?我慢できずに出てきてしまわれましたの?心配せずとも、直ぐに貴方も頂いて差し上げましてよ?」
エレクトラが自らの爪に舌を這わせながら、楽しそうにセイワシに言葉をかける。
「ふむ、イロシオの樹木は高濃度の魔力に満たされているからね。本来であれば魔法で放たれた炎に対しては相当な耐性を持って居る筈なんだがね。それをこれほど簡単に詠唱すらなしに焼き払う魔力の大きさ巧みさから考察すると元は相当な実力を持った
「…………それが、どうか致しましたの?」
セイワシの考察に、表情を消したエレクトラが、それが何の関係があるのか?と冷ややかに問いかける。
「ふむ、特にどうともしないね。ただね、魔法を使うのであれば私がお相手するのが順当かと思っただけだね」
「……左様で御座いますか……。魔法に関しては一家言あるとでも仰りたいようですわね?……では、あたくしの魔法で直に遊んで差し上げましょうか?深淵の端を知る事も、一つの学びになりますわよ?」
「ふむ、では講義を始めて貰おうかね」
セイワシの言葉に答える様に、エレクトラは革の小袋を取出し、その中に詰まっている牙を周りにばら撒いた。
「まずは、この子達と少しばかり戯れて頂きましょうか?ほほほ……」
払う様に手を大きく広げながら、口角を吊り上げ、エレクトラは嗤い声を上げる。
そこへモリスが、ズイッと、間へに進み出た。
「ふむ、モリス君行けるかね?」
「あたぼーじゃい!」
モリスが手に持っていた、スコップの様な『
すると、突き刺した先から牙が撒かれた所まで亀裂が走り、その場所が次々と陥没して行った。
それを見たエレクトラが怪訝に眉を寄せ、動きを止める。
「ふむ、不思議そうな顔だね。その魔法は竜の牙を触媒に地脈から吸い上げた魔力を利用して術者が起動式を用いる召喚魔法だね。術者は発動に使う僅かな魔力のみしか使わないから実に経済的この上ない魔法だね」
「そこでこの『
「ふむ、術者の魔力負担が無い分、地脈の魔力が無ければ使い様が無いからね」
エレクトラが目を細め、セイワシを冷たい眼差しで見つめる。
「そう来られますか……。ですが、それであたくしの手を封じたなどと、思ってはおりませんわよね?」
そう言いながら、エレクトラが軽く上げた右手の中で炎を回し始めた。
「ふむ、当然だね。しかし無駄な行為は余りお勧めはしないね」
「ほざきなさいませ!!」
エレクトラがそう叫ぶと同時に、勢いよく手を振り払い、掌の中の炎を投げ付けた。
炎は炎弾となり、セイワシに向け豪と云う音と共に高速で迫る。
しかし、炎弾はセイワシに接触する前に、空中で一際輝きを増した直後、燃え尽きたかの様に立ち消えてしまう。
それを見たエレクトラが目を見張る。
「ふむ、『
そう言うセイワシの足元には、真鍮色をした細いスティック状の物が、塹壕を囲う様、エレクトラとの間を断絶する様に長く取り巻いていた。
「こ、これは……、いつの間にこんな……」
ノーマンが左に立てた
「ふむ、槍君がソレの気を引いていてくれたおかげだね」
そう言うとセイワシは、手に持っていた幾つものアジャスターケースを放り投げた。
空になっているケースは、そのまま地面に転がって行く。
「ふむ、今『
「半端な魔法では抜く事は出来ないと思うね」とセイワシは言う。
それを聞いていたエレクトラは、忌々しげに眉間に皺を寄せ目を細めた。
「……左様で御座いますか……。でしたら、直接撫でて差し上げれば宜しいのでは?」
エレクトラはそう言うと、五指の赤い爪を一気に小刀程の長さに伸ばし、その人差し指の爪を一舐めしながら、セイワシを細めた目で流し見た。
そのままユラリと、闇に溶ける様にその場所から姿を消す。
だが、エレクトラの姿が消えたのとほぼ同時に、バチリッ!と何かが爆ぜた音が響き渡る。
「ぁくッ?!」
そこには小さく悲鳴を上げ、何かに弾き飛ばされた様に後方に下がるエレクトラが居た。
「……な、何を?……貴方、一体、一体何をなさいましたの?!!!」
エレクトラが眉根を寄せ、警戒する様にセイワシに鋭い目線を送り、右手を抑えながら声を荒げて問い質した。
その右手の指先は、焼かれた様にシュウシュウと白い煙を上げていた。
「ふむ、不用意に非実体化して其処に侵入する事はお勧めしないね。さっきも言ったけどね。今そこは収束された魔力が吹き上がっている状態なんだね。まあ地脈を操作出来る『
セイワシとモリスがニヤリと口角を上げながら、コツリと互いの拳を合わせた。
それをエレクトラが、無言で冷たい眼差しを向けていた。
「ふむ、キミ達の様なアストラル主体の存在はこの流れを越える事は出来ないからね。無理に流れに身を入れればマナスが地脈の奔流に囚われ三界に還る事無く因果の果てに霧散する事になるだろうね。非実体化していれば尚更だね。まあ試すならご自由にと云う所だね」
「………………」
エレクトラが無言でセイワシの言葉に耳を傾け、油断なく障壁が張られている周りを見回した。
「……それで?その後どうなさるおつもりですの?あたくしには、既に手詰まりの御様子にしか伺えませんが?」
目線をセイワシに戻したエレクトラが、目を細め口元に手を当てながら、おかしそうにクスクスと嗤いながらそう言った。
「こうするんだのぉぉ!!」
そう叫んだノソリの掌の中には、火花を吹き上げる小さなトーチの様な物が収まっていた。
そしてその目元には、まっ黒な遮光眼鏡が着けられている。
更に、気付けばその場に居る全員が、同じ様に黒い眼鏡を着けていた。
エレクトラが驚いた様に目を見開いたのと同時に、ノソリは手に持っていたトーチを地面に向かい思い切り投げ付けた。
トーチが、バッシュ!と云う破裂音を響かせ弾け、辺り一面を強烈な閃光で包んで行く。
「な!なんですの?これは?!!……くぅっーーー!!」
エレクトラが視界を奪う光を避ける為、両腕で顔をガードするが、激しい閃光はそれすらも貫く様に、エレクトラの世界を白で埋めて行く。
やがてエレクトラの視界が戻る頃には、既にそこに居た筈の者達の姿は消えていた。
「…………全く、何と云う事でございましょう……」
視力を確かめる様に目を細め、瞬かせ、辺りをユックリとエレクトラが見回すが、付近には既に何の気配も無い。
「ふん、その中と云う事ですか……」
塹壕の壁に視線を向け、見透かしたようにエレクトラが呟いた。
やがてエレクトラは腰に手を当て、一度竦めた肩を落としながら、溜息を零す様に深く静かに息を吐く。
「しょうがありませんわね……。元々あたくしは、此処の皆様がお逃げにならぬ様に、囲うつもりでおりましたから……。まあ、良いですわ、今は隠れておいでなさい。これだけ無茶な障壁、どうせ朝日が昇るまで持ちませんでしょ?いずれにせよ逃げ場は御座いませんし……」
エレクトラは目を細め、口元を指で撫でる。焼けた筈の指先は、既に白く美しい形に戻っていた。
そしてその指を顔の横でパチリと鳴らす。
すると、エレクトラの立つ地の両脇に、小さな炎が灯った。
揺れる様に燃え踊る炎は、人の拳ほどの大きで力強くエレクトラの足元を照らし出す。
その場で楽団の指揮でもする様に優雅にフワリと両手を広げれば、炎が次々とエレクトラを中心に生み出され広がって行った。
やがてソレは塹壕を囲むように連なり、何物も見逃すまいとでも云う様に力強い揺らめきを放つ。
エレクトラはその炎たちを満足げに見つめ、再び白い指を口元に近付け、そこに赤い舌を這わせて行く。
「……次にお逢いした時は、貴方の全てを絞り抜いて差し上げますわよ?楽しみにしていらして?」
そしてエレクトラが声を上げて嗤う。
やがてその身体がブレる様に森の闇に消え、嗤い声の響きだけが木々の暗がりの間に響いていた。
◇
「ふむ、何か寒気を感じるね」
「ああーー、それはーー、なんとなくー分りますーーー。まちがいなくーらぶこーるですねーーー」
セイワシが自分の肩を抱き、ブルリと身体を震わせた。
「いや~、危ない所だったのぉ」
「全くじゃ、危機一髪じゃったな」
「ふむ、取敢えずは見逃してくれた様で助かったね」
塹壕の中で座り込み、三博士は安堵の息を付いていた。
だが、それを聞いたノーマンが装着させられていた遮光グラスを外し、ずれた自分のメガネを直しながら驚いた様に声を上げた。
「何を仰っているんですか?!始終奴を圧倒していたのは先生方ではありませんか!!」
それを聞いたモリスが、溜息を漏らしながら答えた。
「いやぁ、あれはギリギリじゃったぞ。なあセイワシ君?」
「ふむ、ちょっと前に撃たれた『
「あのバラ撒いとった牙も、『
「ふむ、それになによりあの障壁は後10分も維持できれば良い方だったからね。どちらにしても詰んでいた訳だね」
「そ、そんな……」
「最後に儂がかました『
尤も、「不意を突いけたから効いのだが」と、言いながらノソリが笑う。
「ふむ、どちらにしても今出来る事をやってしまうのが良いだろうね。ジョスリーヌ君此処へ来たまえコレは君向きの仕事だからね」
「はいー?わたしーー向きのー、お仕事ーですかーーー?」
「ふむ、では槍君、君は此処で横になってくれるかね」
「は?自分ですか?」
「ふむ、君の怪我は傷が塞がっているだけで完治には程遠い筈だね。立っているのもやっとだと思うんだが違うかね?」
「……は、いえ……は、はい、確かにそうです。で、ですが……!」
「ふむ、いいからトットと横になるといいね。で、ジョスリーヌ君。君のナイトなのだろう?君が自ら治療してあげると良いと思うね」
「はーー?センセー、わたしはーさっきからずっとー、魔力が無いとーー言っているじゃありませんかーー」
「ふむ、だからこれを用意して上げた訳だね」
「な、なんですかーー?!これはーーー?!なんでー腕輪を嵌めるんですかーーー?!し、しかもーこの腕輪ー、鎖がー付いてるじゃーないですかー!!これじゃーまるでー捕まった人ーみたいじゃーないですかーーー!!」
「鎖っちゅうても、細っこいチェーンじゃな。騒ぐ程でもないじゃろ」
「ふむ、そのチェーンは『
「え?えーーー?ちょ、ちょっとーー、待ってーくださいーー!ひょっとしてーわたしーー、ココからー動けないんですかーーー?!」
「ふむ、当然だね。少なくとも動けない程の怪我を負っている人が居なくなるまでは休む時間は無いと思った方が良いね」
「ひ!ふひぇーーー?!!大怪我をーしてる方ってーー、20人以上ーーいますよねーーー?」
「専門の聖位職が居なくなったんじゃ。魔法職の連中がやるにも魔力に限界があるじゃろ?!医療パッチの数にも限りがある!ここは助手君が頑張るしか無いじゃろ!!」
「そ、そんなーー!わ、わたしーー、ずっとー寝てませんよーーー?!徹夜ーですよーーー?全然ー休めないーって事ですかーーー?!」
「そんなもん!此処に居る全員同じだからのぉ!助手君だけ休めると思ったら大間違いだのぉ!!」
「ふむ、我々3人は『
「大体にしてー、治癒力をー高めるためのー、『
「その為に儂らが魔力供給するんじゃろが!助手君は魔力を気にせず使いまくって、ぶっ倒れるまで自分の仕事をすれば良いんじゃ!」
「助手君に、遊んでおる暇などないからのぉ!」
「ふむ、キリキリ働いて貰おうかね」
「せ、先生方のーー、人でなしーーーーーーー!!」
うす暗かった塹壕の中に、真鍮色のチェーンが光を帯び辺りを照らす。
その中を、ジョスリーヌの悲痛な叫びが只響き渡って行った。
――――――――――――――――――――
次回「夜明けのヴァンパイア」
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