第36話褐色の享楽

「ライサ!!」


 マグリット・ゴーチェが、カドモスナイトの打ち込みをナイトソードで往なし、ライサ・ウルノヴァに次手を繋ぐべく声を上げた。

 カドモスナイトがロングソードを振り降ろしたタイミングで、その背後に現れたライサが、身体を捻じり溜めた力を放ち、勢いを乗せた大型ダガーの切っ先を叩き込んだ。


『アタック・ブースト』

 ダガーの刃に魔力が乗り、スピードと重さが増強される。

 ブーストの魔法を使い切ったカートリッジは、ライサの装着している手甲のチャンバーからリジェクトされ、白煙を纏いながら空を舞い、地に落ちた。

 ダガーは、カドモスナイトの背面の装甲に深々と手元まで食込ませ、その一撃の重みでカドモスナイトは宙を舞う。

 ライサはそのまま、カドモスナイトの身体が地に突く前に止めを刺すべく、更にダガーに魔法を籠めた。


聖なる炎エルモス・フレイム

 ライサの軽鎧の腕に刻まれたラインが光を放つ。軽鎧の肩口からカートリッジがリジェクトされた。

 そのまま、鎧のラインに灯る清浄な藍い輝きがダガーに向かい降りて行く。そして ゴッ! と音を立て、カドモスナイトは青い焔に包まれ、たちまち力無く崩れて行った。



「一回ごとに『魔法蓄積筐体カートリッジ』使い切るとか、手強過ぎですぅ!シャレになってませんよぉ!!」

「泣き言を言ってる暇はないぞライサ!次だ!!」


 涙目になりながら肩で息をするライサに対し、ジモン・リーツマンが左手に持つラウンドシールドで、次のカドモスナイトが入れて来たロングソードの突きを弾いて声を上げた。

 ライサは「ぅひぃぃいっ!」と声を漏らしながら、カドモスナイトとジモンの間に身体を滑り込ませ、ダガーをその胸元へ突き入れた。

 だが、そのダガーの突きをカドモスナイトは自らのシールドで弾き返す。

 カドモスナイトの、感情の無い筈の双眸の怨火が、ニヤリと笑った様に揺らめいた。カドモスナイトは、そのまま弾かれたロングソードを素早く引き戻し、その刃をライサへと向けた。

 次の瞬間、カドモスナイトの頭骨がそれを覆っていた兜ごと粉砕され、砕け散った。

 マグリットがその後ろから、蒼い魔力を纏わせたナイトソードで叩き割ったのだ。


 マグリットはそのままナイトソードを構え直し、一つゆっくりと息を吐きながら、油断なく周りの気配を探っていた。

 先程から、纏わり付く様な気配を感じ、背筋に冷たいモノが走っていたのだ。


「ぎぅっっ!!」


 突然鳴り渡る激しい金属音と、辺りを照らし出した火花と共に、ライサの短い悲鳴がその場に響いた。

 マグリットとジモンが、突然生じた動きに対し刃を向ける。


「へえ、良い反応するじゃねぇか?」


 そこには褐色の肌を持つ女が、鉈の様な大剣を振り切った形で、ニヤリと口角を上げながら立っていた。


 ライサは、その大剣からの斬撃をダガーで受け、咄嗟に後方へ跳ぶ事で衝撃を緩和していたのだ。

 彼女はそのまま空中で身体を捻り、四肢を使って今、辛うじて着地した。


「ひっ……、て、手が、痺れ……」

「ライサ!立て直せ!!」


 ジモンがラウンドシールドを構え、ライサを庇う様にその前へ身体を差し入れた。


「お前等なら、少しは楽しめるか?」


 褐色の女……ジョエルが手に持った大剣を、八の字を描く様に身体の周りで大きく回して行く。


「二人共!武器に聖気を籠めなさい!!」


 マグリットは叫ぶのと同時に、『重機動魔導装甲ドグ・ラ・マッグ』に装備されている強化魔法を起動した。


『ブーストアップ』

 マグリットの纏う装甲の魔法印が一斉に光を帯び、爆発的な勢いで目標に向かい滑走して行く。


 だが、マグリットが叫んだのと同時に、ジョエルも間合いを詰め、瞬時にジモンの目前に現れていた。

 ジョエルは、そのまま大剣を横凪に振り切り、ジモンを、構えていたラウンドシールドごと弾き飛ばす。

 振り切った大剣をその勢いのまま頭上に振り上げ、ライサに向け撃ち下ろそうとしたところへ、その後方から、マグリットの薄青い聖気を帯びたナイトソードが、ジョエルの心臓に向け突き入れられた。


 しかし、ナイトソードは空を突き、ジョエルの姿はその場から消えている。

 マグリットは直ぐ様、ナイトソードを担ぐ様に背側に回す。

 刹那、激しい音と共に、マグリットの背面のナイトソードに、鉈の様な大剣が打ちつけられた。

 ジョエルの目が、一瞬僅かに見開かれる。


 マグリットは背後で大剣を受け止めたまま身体を捻じり、ナイトソードを絡めて大剣を上方へ弾き、開いたジョエルの脇腹へナイトソードを叩き込んだ。

 ジョエルの褐色の肌が裂け、勢いよく鮮血が吹き出す。


「きひっ!」


 ジョエルが僅かに頬を染め、嬉しそうに口角を上げて行く。


「ちったぁ俺達ヴァンパイアとのやり合い方を、知ってるって事か?ひひ!」


 ジョエルが、上がった大剣をそのまま打ち下ろして来た。

 マグリットはナイトソードの切っ先を下げる様に斜めに構え、打ち下ろされた大剣の剣筋を脇にそらし、そのまま剣を斬り上げ、更にジョエルの肌を切り裂く。


「ぁひ!聖気が籠められてるか?傷がそのままだ!ぃひひ!!」


 ジョエルが大剣を薙ぎ払い、マグリットが受け、往なし、斬り付ける。ジョエルもそれを受け弾き、斬り込んでいく。

 凄まじい速度で互いの剣が何度も交差し合い、ジョエルの剥き出しの肌に、幾つもの傷が開き、血に塗れて行く。

 マグリットの装甲にも、大剣の破壊力で何か所もへこみ抉らされ、所々から血も滲ませていた。


「ンぁ!いいぜ、イイ!……うぁ!ぃひ、ひ!」


 ジョエルが己の傷が増える程、頬を染め目を潤ませ、テンションを上げて行く。


 嬉しくて仕方ないと言いたげに、黒い髪を回しながら身体を揺らし、踊る様に大剣を回す。

 その褐色の肌を包むように、血の飛沫がジョエルを回り包んで行った。


「……でもぉ、お前のは『知ってる』だけ、だな」


 フッと突然冷静さを取り戻した様に、ジョエルの目には、先程まであった熱の籠った光が消えていた。


 そのままジョエルは、ブンッ!と、ぶれる様にマグリットの視界から消え失せた。

 マグリットは咄嗟にナイトソードを肩に担ぐ様に構え、同時に周りの空気を探る様に意識を集中する。

 直後、背後からの気配を感じ取り、ナイトソードを背側に廻し、心臓部分をガードする様に身体を捻じった。


 ザクリッ と、左の腿に衝撃を感じた。

 身体が揺れ、姿勢が維持できない。左脚が身体を支える事を拒み、そのまま左へ傾いて行く。

 傾き行く視界の中に、闇の中から滲み出る様にジョエルの顔が浮かび、マグリットを覗き込んだ。


「お前のは、普通の……、ただ力に頼るだけのバカ供には、通じそうだけど……な!」


 ガツン! という衝撃が、マグリットの腹部に叩き込まれた。


「ガアぁッ!!」


 フルスイングをする様に振り切ったジョエルの大剣が、マグリットの腹部に食込み、その勢いのまま身体を弾き飛ばした。

 マグリットは、背後にあった大樹に背中から叩き付けられ、そのまま崩れ落ちて行く。

 ジョエルは足も動かさず、揺れる様に一瞬でマグリットの前まで移動すると、樹木に力無く寄り掛かるマグリットの、その肩口を勢いよく踏み付けた。


「がぁあっっ!!」


 マグリットに付けられたはずのジョエルの傷は、既に綺麗に消えていた。

 傷の無くなった腰に手を当て、口から血を飛ばし叫びを上げるマグリットを踏み付け、見下ろしながら、ジョエルはニタリと嗤う。


 ジョエルは、そのまま脚でマグリットを抑え込み、その鎧の胸元に手をかけ、力任せに装甲板を引き剥がそうとする。

 ギシギシと鎧が軋み、パキッパキッ、と何かが砕ける音が広がっていた。


「うぁ!ぐっ……、ぅぐ……!」


 ジョエルの手に力が籠る程に、マグリットが呻きを漏らす。

 やがて、ガゴォン と大きな金属音を響かせて、剥ぎ取られた装甲片が打ち捨てられた。


「ぅあぁぁっ!!!」

「ふん、これならハルバート様も喜ばれるか?」


 血の気を失って行くマグリットの顔と、剥き出しになったその胸元を見下ろしながら、冷たい眼差しでジョエルが呟いた。


「ぶ、部隊長ぉ!」

「クッ!このっ!!」


 ダメージから持ち直したジモンとライサの二人も、強化魔法を起動し、ジョエルを挟み込むように走り出す。

 移動しながら、ライサが左の拳を突き出し、攻撃魔法も続けて起動した。


『マジック・ボルト』

 破壊力を秘めた魔力の弾が、目標に向かって撃ち出された。

 複数の光弾がライサから撃ち出され、それと同時に手甲から、連続でカートリッジがリジェクトされて行く。


 幾つもの光弾が、ジョエルへ吸い込まれる様に着弾して行くが、その身体へ到達すると同時に、火花になり散り消えてしまう。

 

「ちっ!!」


 カートリッジ一つにつき、光弾は5発発射出来た。

 先刻まで襲って来ていたアンデッド共なら、この一発が当れば確実に屠れていたのに、このヴァンパイアの魔法耐性は相当に高い。

 ライサは、『マジック・ボルト』の連射を止め、ブーツに仕込まれた『クイックステップ』を起動し、一気にジョエルとの間合いを詰めた。


 ライサが『マジック・ボルト』を撃ち止めるのと同時に今度はジモンが魔法を放つ。


『マジック・ケイジ』

 ラウンドシールドからカートリッジがリジェクトされる。

 起動した魔法は、ジョエルの足元で五角形の魔方陣を浮かび上がらせた。

 魔方陣はそのまま連続で展開して組み上がり、正十二面体の檻を作り上げた。

 檻はジョエルの全身を囲うが、邪魔だと言いたげにジョエルが大剣を振ると、魔方陣は砕ける様に散り、消えてしまう。


 ジョエルの動きを止められたのは一瞬だった。

 だが、その一瞬でライサがジョエルに迫る。


 ライサは起動した『クイックステップ』で、ジグザグに軌道を変えながら、踊る様に右に左に身体を捻じりながら距離を詰め、『マジック・ケイジ』が砕けた直後、両手に装備した大型ダガーに魔力を籠め、攻撃を繰り出した。


『クロス・ブロー』

 低い位置からせり上がる様に、逆手に持ったダガーの連撃が左右から続けざまに繰り出される。

 ガガガガガ……と、間断の無い金属音が森の中に響き渡る。


「部隊長から……離れろぉ!!」

「お前らじゃ、ちょっと足りねぇなぁ。ひひ」

「くぅ!この!!」


 ジョエルがニヤリと口角を上げ、愉快そうに目を細めながら、ライサの連撃を大剣で捌き続けた。

 そこへ、シールドを打ち捨て両手でナイトソードを振りかぶったジモンが、渾身の力を籠めた一刀を打ち下ろす。


 淡く青の聖気を纏ったナイトソードが、ジョエルの褐色の肩口に、吸い込まれる様に刃が走る。


 ガツン とナイトソードが大地を穿った。

 

 ジモンが大地に食込んだ自分のナイトソードを見詰め、目を見開いた。

 何の手応えも感じなかったその剣筋を追い目線を上げれば、ナイトソードが走った跡に沿う様に、ジョエルの身体に帯状の黒い何かが渦巻いていた。

 その黒い何かは、そのままジョエルの右半身を覆って行く。

 いや、変わっているのだ。

 ジョエルの身体が黒い霧となり、実体の無い存在に変わって行く。

 だがその左半身はそのまま存在し、大剣を持った左手でライサのダガーを捌き続けていた。


 ジョエルがジモンを肩越しに見返り、赤い唇を吊り上げ、白い牙を覗かせながらニタリと嗤う。

 ブワリ とジョエルの全身が黒い霧となり、その場から立ち消えた。


 突然目標を失ったダガーが空を斬り、ライサが目を見開き、たたらを踏んだ。


「ぐああっつ!!」


 次の瞬間、ジモンの右の肩口に、鉈の様な大剣が深々と食込んでいた。

 ジモンの背後では、大剣を振り降ろしたジョエルが、口を吊り上げて笑いながら、ユラリと佇んで居る。


 ジョエルがジモンの肩口から大剣を引き抜くと、ジモンは咳き込むように血を吐き出し、その場に崩れ落ちた。

 更にジョエルは、邪魔だとばかりにジモン蹴り飛ばし、森の木々へと叩き付けた。


「ジモンさん!!!」


 ライサは叫ぶと同時に、ジョエルが再び視界から消えた事に気が付き、周りを警戒しつつダガーを構え、ジョエルの気配を探って行く。


 自分の呼吸音だけが、不必要に辺りに響いている様に思えた。足の開きを少しずらすだけで、土を踏む音が妙に耳に付く。

 木々の向こうで、ジモンが呻き声を漏らすのが分った。良かった、まだ生きている。

 ライサはジモンの生存に安堵を覚えるが、その時、ゾクリ と自分の左側から、寒気のする気配が立ち上がるのを感じた。


 ライサはその気配の先へ向け、躊躇わずダガーで斬り込んだ。

 しかし、ダガーは只空を斬り裂く。

 と同時に、強烈な衝撃がライサの右側面で炸裂した。

 ライサは、装備が軋み、自分の右の上腕骨が在り得ない音を立てるのを聞いた。


「あぐっ!ぎぃぅぅっ!!」


 ジョエルの強烈な回し蹴りで吹き飛ばされたライサは、苦痛に声を上げながら、地面を何度もバウンドし転がった。

 岩肌を転がされ、樹木に弾かれ、ようやく転がり止まったライサが、か細く呻きを上げながら大地に横たわる。


 地に転がっているライサに近付いて来たジョエルが、その肩口を掴み持ち上げると、そのまま九尾に膝蹴りを叩き込んだ。

 胴部の装甲はへしゃげ、ジョエルの膝は深々とライサの身体に減り込んだ。

 何本かの肋骨を折り、内臓も幾つか損傷しただろう。ライサは身体をくの字に曲げ、絞り込むような呻きを上げながら、内容物と一緒に血を吐き出した。

 ライサに僅かに保っていた意識は、そこで完全に手放された。


 ジョエルは、意識を失ったライサの短めのハニーブロンドの髪を掴み、自分の顔の高さまで持ち上げた。

 力無く吊り上げられたライサの顔を、じっくりと検分する様に見回し、鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぐと……。


「ふん!こいつもハルバート様用だ。……十分お楽しみ頂ける」


 そう言うと、無造作にライサの身体を投げ捨てた。


 ジョエルがその場で片手を億劫そうに振ると、その足元の影が広がり、そこから全身白づくめで、メイドの様な姿をした者達が頭を垂れ、影の中からせり上がる様にして現れた。


「死なない程度に治療なおしとけ」


 ジョエルの言葉に従う様に再び頭を下げ、マグリットとライサの身体を引き摺ったまま、白いメイド達は再び影の中へ沈み消えて行く。


 メイド達が影の中に消えると、ジョエルは北側の、まだハワード達が戦闘をしている魔力の揺らぎがある方向に目を向けた。


「空が白んで来たか……。陽の出までは後一時間ってとこか?まだ少し時間はあるな?やっぱり、あの爺さんとは、やり合いたいしな……。土産も確保したし、最後に遊んでも問題無いよな?……ぁふ、ふひ、ぃひひ!」


 ジョエルは、自分の身体を抱く様に腕を回し、自らの身体を撫で上げ、眼を潤ませながら艶のある吐息を漏らす。

 やがてそのまま、森の影の中に溶ける様に、その姿を消した。


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次回「黒衣の艶笑」

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