第35話妖女達の狂宴

「…………来るぞ!」


 堅固隊長コーネル・ウォーリッチが短く言葉を発し、盾を正面へ構え、腰を落とし、来たるべき衝撃に備えた。


 壁の隙間から、山津波の様に押し寄せるアンデッドの群れを、堅固隊が阻む。

 大地を、大気を、巨大なハンマーで叩き付けられた様な衝撃を響かせ、『フルファランクス』がそれを受け止める。


 もう一時間以上繰り返し受け止め続ける衝撃だ。

 ファランクスから溢れたモノを、攻撃を担う者達が可能な限り屠り続けているが、全く途切れる気配が無い。


 ファランクスの外側、前方では、アムカムの3人に加え、副長のカイル・アーバイン、そして3班班長トニー・イーストンの5人が、雪崩の様なアンデッド共を薙ぎ払う様に屠り続けていた。


 時折現れる大型や特型のアンデッドも、他の有象無象と同じ様に倒している。

 アムカムの3人にしてみれば、只のスケルトンであろうが、1体で街一つを潰しかねない災害クラスであろうが、変わりが無いのかもしれないな……、とコーネルは、斧の一振りでグレイトスカルを吹き飛ばすコンラッドを、後方から眺めながら考えていた。


 今、コーネル達がファランクスで受け止めているアンデッド達は、ハワード達最前衛の取りこぼしではあるが、それでも尋常な数では無い。

 現在、フルファランクスを展開する堅固隊は、コーネルを含め3人しか居ない。

 先のヴァンパイアの襲撃で、半数の3人が戦闘不能に陥った。命こそ取り留めたが、戦闘に参加できる状態では無い。


 兵站部隊が作り上げた防御陣地を囲う壁も、やはり襲撃で破壊され大穴が穿たれていた。

 騎士団は、その瓦礫を退け、バリケードを作り直した。

 まだ壁その物には、聖位職達が施した『聖成物』としての効果が生きている。

 アンデッド達は、ソレに触れようとはしない。


 それは『黒岩』を大きく囲む、白銀の壁についても同じだ。

 アンデッド達は『聖成物』である壁を避け、そこに大きく開いた穴から溢れて来ているのだ。


 おかげで、出口だけを警戒する事で部隊は辛うじて保っている。

 これが全方位からの襲撃では、もうどうにもならなかっただろう。

 乱戦になれば、動けぬ者から倒されていく事になるのだ。


 堅固隊3人が塞ぐ、陣地の壁の『穴』に向かってアンデッドが押し寄せる。

 3人の中心であるコーネルが、ファランクスに籠める魔力を上げ、ブーストをかける事で『フルファランクス』の威力を底上げしていた。

 掛け声と共に、押し寄せた白い濁流を受け止め押し返す。

 『フルファランクス』が収束した直後、ズシリとコーネルが身体に重さが伸し掛かるのを感じた。

 ファランクスへの過剰な魔力供給の連続で、重機動魔導装甲ドグ・ラ・マッグ畜魔力装置マナ・バッテリーが尽き、コーネル自身の魔力が魔導装甲起動維持の為に直接充てられたのだ。


 その時、後方から身を低く周りを警戒しつつ、コーネル達へ向かい走る者が居た。

 それは兵站部隊の者で、肩に大きなバックパックを背負っている。

 戦闘の隙を見て、コーネルの真後ろへ取り付いた兵站部隊の者は、慣れた手つきで、素早くコーネルの腰部に付いている大きなボックスを外し、中身を引き抜いた。

 そのまま、バックパックの中から、外した物と同じ形状のモノを取出し、外した場所に同じ様に差し込んだ。

 その後、外したボックスも戻すと直ぐ様コーネルの背から離れた。


「これがフル充填された最後の畜魔力装置マナ・バッテリーです。どうか御武運を!」


 兵站部隊の者はコーネルにそう声をかけると、直ぐに他二人の堅固隊の所まで行き、同様にバッテリーの交換を行った。


「もう2時間もすれば夜が明ける!それまでは凌ぎ切るぞ!!」


 コーネルが声を上げ、フルファランクスが濁流の様な不死者の波を受け止める。


 時間は既に、深夜の3時を大きく回っていた。6時前には陽が昇り始めるはずだ。

 実質、夜明けまでは後2時間半と行ったところだろう。

 朝が来れば、アンデッドの活動は制限される。

 朝陽を浴びれば、低位のモノなら消滅すらするだろうし、上位のモノでも只では済まない。


 後方では、セドリックが団員を鼓舞する声が飛んでいた。今も、零れ出た敵を自ら屠りながら、負傷者を避難させているのだろう。


 此処が踏ん張りどころなのだ。

 コーネルは、腰のポーチから魔法蓄積筐体カートリッジの装填されたマガジンを取出し、タワーシルドに装着されている空になった物と交換し、再び腰を落とした。




 ハワード達アムカムの者が使用する『魔装鎧』と、彼等騎士団が装備する『重機動魔導装甲ドグ・ラ・マッグ』との大きな差は、その汎用性にある。


 アムカムの者が使用する『魔装鎧』は、使用者の魔力値に依りその性能を大きく変える。

 また、使用者の魔力に合わせて調整、制作された物は、その装備者の能力を更に飛躍的に上昇させる物だ。

 純粋に使用者個人の能力が戦闘値を決定する。それがアムカムの『魔装鎧』だ。


 一方、騎士団の使用する『重機動魔導装甲ドグ・ラ・マッグ』は、装備者の能力に関わらず、高い水準の戦闘値を叩き出せる。

 それは装備に供給する魔力値を、畜魔力装置マナ・バッテリーから賄う事により、強化が出来る為だ。

 これにより装備者は、その者の魔力値の大小に関わらず、一定以上の戦闘値を弾き出す事が可能になった。

 この畜魔力装置マナ・バッテリーから供給される魔力に、装備者の魔力を上乗せをすれば、更なる強化も望む事も出来る。

 尤もその為には装備者に、それ相応の魔力制御能力が必要になって来るが……。


 また装備各所に備え付けられた『魔導発現装置マジック・イグニッション』内の各種カートリッジを使用する事で、自身の魔力を消費する事無く、強化、補助、攻撃、回復等の、魔法の発動も、装備者の魔法属性に関わらず使用可能にしている。

 これにより彼らは、より状況に応じたカートリッジを使用する事で、戦闘を優位に進めて行く。


 本来であれば、高い身体能力と、高度な魔力の制御技能に長けていなければ届かなかった高い戦闘値。

 その高い戦闘値を、装着者全てが出せる安定性。そして、状況に応じてカートリッジで魔法を使い分けられる選択肢。

 この汎用性こそが『重機動魔導装甲ドグ・ラ・マッグ』の最大の特徴なのだ。




 今またコーネルの巨躯が地を踏みしめ、打ち寄せる不死者の荒波を押し返した。

 『ファランクス』を使い切った『魔法蓄積筐体カートリッジ』が、白煙を纏いながらタワーシルドから飛び出す。


 その時コーネルは、目前に押し寄せるアンデッドの群れの先に、光る何かを視界に捉えた。

 コーネルの直感が瞬間的に警報を発する。

 咄嗟に、装填されたばかりの畜魔力装置マナ・バッテリーの経路を全開にし、起動している『フルファランクス』へ、一気に魔力を落し込んだ。

 次の瞬間、爆音の様な振動を轟かせ、激しい炎の奔流が周りのアンデッド諸共コーネル達を飲み込んだ。


 ヂリヂリと皮膚を焦がし産毛が燃える。酸素を奪う高熱の中、呼吸すら出来ない。仮に息を吸い込んだとしても、たちまちの内に肺が焼かれていただろう。

 『フルファランクス』を高出力起動させても、これだけの熱量が襲って来るのだ。対応が僅かでも遅れて居たらどうなっていたのか?

 コーネルがギリリと奥歯を食い締め、爆炎の圧力に耐えながら、背の総毛が逆立って行くのを感じていた。


 轟々と辺りを舐め尽くした炎が収まり、コーネルがユックリと目を開けた。

 周りは広範囲に焼けただれ、地表に生育していた僅かな藪や草は燃え落ち、黒い岩地が露出していた。

 爆炎の範囲内にあった樹木は燃え上がる事も許されず、途中から炭化して崩れ落ちて来た。


 防御陣地を囲っていたバリケードは悉く燃え落ち、周りを囲う壁も、その厚みの中程近くまで炭化していた。最早、今までの様な強度は期待出来そうにもない。


 辺り一面を埋め尽くしていたアンデッド達も、殆どが灰と化し、身体の一部を失ってもまだ動けるモノはジタバタともがき、生者へとその怨火を向けて来る。


 そしてコーネル達の前方で剣を振るっていたハワード達は……。

 焼け爛れた荒地の中で、確かにそこに立っていた。


 両脚で大地を踏みしめるコンラッド。

 彼は、前方に盾の様に突き出した巨大な戦斧を両手で支え、体中からブスブスと白煙を上げていた。

 ハワードとジルベルトは、コンラッドを支える様にその背中に左右から手を当てている。

 その3人の後ろで、カイルは片膝を付き、地に突き立てた自分のツーハンドソード両手で握り締め、トニーは片手でナイトソードをやはり地に突きたて、もう片方の手のカイトシールドでその身をガードする様に構え、爆炎に耐えていたのだ。



『アックスフォート』

 コーネル達騎士団の『ファランクス』と似た防御技だ。

 掲げた戦斧に魔力を籠め、物理、魔法耐性の高い魔力シールドとして、パーティメンバーの盾となる。

 ハワードとジルベルトの2人は、このコンラッドの技を支える様に、彼の背に掌を当て魔力を流し込みブーストし、その性能を底上げしていた。

 3人は咄嗟にこのフォーメーションを組み、この爆炎を凌いだのだ。


 コーネル達堅固隊への熱量をも軽減し、その後方に居た部隊の者達へ影響が及ばなかったのも、此処で大きくその力を削っていたからだ。



「あら?これにも耐え切ってしまいますのね?」


 パチリパチリと火の爆ぜる音が響く以外、静けさを取り戻していた森の中に、驚いたような女の声が聞こえて来た。


「大変お待たせしてしまって、申し訳ございませんでした。……ですが、パーティ会場は十分にあたたまっている様ですわね?」


 面白いジョークが決まったとでも言いたげに、口元に手を当てクスクスと笑いながら、黒いナイトドレスを纏う女……エレクトラが、崩れた壁の先、森の深みから闇より滲み出る様に姿を現した。


「配下ごと、ワシらを焼き払おうとしたか……。これだけの数を使い潰すなど、随分と豪気ではないか?!ヴァンパイアよ!!」

「あら?見晴らしが良いのは、お気に召しませんでした?」


 睨めつけるハワードに対し、小首を傾げ、更におかしそうにエレクトラが嗤う。


「っのヤロぉ……!」


 コンラッドが獰猛な笑みを浮かべながら、額にビキリっと血管が浮かべる。

 だが、ハワードは間を置かず直ぐさま動き出していた。

 地を滑る様に移動して、エレクトラをグランドデバイダの間合いに捉え、そのまま左に構えた刀身を水平に薙ぎ払った。


 だが、その刃は、激しい音と共に火花を散らす。


「……ぬ!」

「ぅぎっ……!ぃうっ!!」


 ハワードの剣筋は、やはり突如闇から滲む様に現れた、褐色の肌の女が持つ巨大な鉈の様な大剣で阻まれた。その僅かな間にエレクトラを後方に逃がしてしまう。

 褐色の女……ジョエルは、呻きを上げながらハワードの剣激を受け止めた。


 その時、コンラッドが巨大な戦斧を頭上に振り上げ、勢いよく横凪に、大地に向かい振り切った。

 一閃、二閃、三閃。続け様に大地を切り裂き、次々と深い爪跡の様な裂け目を大地に刻んで行った。

 すると、その裂け目から、あたかも大地が傷を負ったかの様に、血飛沫が幾つも吹き上がって行く。


 同時に、ジルベルトが森の中に走り込んだ。

 そのまま低い位置から闇に向かい、薄緑の剣閃を鋭く走らせる。


「ちっ!」


 そこからも、薄青い肌をした女……マリーナが、潜んでいた闇から染み出す様に現れ、ジルベルトの剣閃を避ける様に、身体がブレ、一瞬で更に後方へ移動していた。


「馬鹿デッカい花火で人目を引いといて、その隙に鎖を地面に潜り込ませ、後方の連中を狙うってか?で、その黒髪は護衛と陽動か?タネが割れりゃどうってこた無ぇ!何度も同じ手が効くと思うなよ!舐めくさりやがって!!」


 コンラッドが女達に向かい吠え上げた。


「……ふん」


 エレクトラが口元に手を置いたまま、小さく鼻を鳴らした。


「それで……、どうか致しましたの?」


 女達が3人、寄り添う様に立ち並んだ。

 気だるげに耳に掛った髪をかき上げながら、エレクトラがハワード達に告げる。


「状況が何一つ変わっていないのは、……同じで御座いましょう?」

「……もういいわエレクトラ。獲物を吊り上げた時の、この人達の顔が面白くってまた見たかったんだけど……。まぁ、しょうがないわね」


 エレクトラの肩に左手を乗せしなだれかかりながら、口元に右の人差し指を付け、残念そうに眉根を寄せたマリーナが言う。

 3人の女達が身を寄せ合い、クスクスと笑い合う。


「…………」

「……ってめェらっ!」


 その女達の様子に、ハワード、コンラッドがギリリと奥歯を食い締めた。


「折角のパーティなんだから、ちゃんとお相手しましょうね?」

「お?やっと真面に遊んで良いのか?やったぜ」

「もう、ジョエル?程々になさいませよ?」


 エレクトラが一歩前に進み出て、芝居じみた動きを付け、自らの大きくVの字に開いたドレスから零れんばかりの胸元の前で、両の掌をヒラリと動かした。

 すると、その手の中に納まる大きさの、小振りな皮袋が現れた。

 エレクトラは、ショーマジックが成功したとでも言いたげに笑みを浮かべ、腰に手を当て、その袋を胸元まで上げて見せる。

 そしてその取り出した皮袋の中に手を入れ、ジャラリと何かを掴み出した。

 それは2~3センチ程の大きさの、鋭角に尖った何かの牙だ。

 その牙をひと握り、エレクトラは皮袋から掴み出し、バラバラと種でも播く様に彼女らとハワード達の間へばら撒いた。


「さあ皆さま!パーティーの再開ですわ!今宵は朝まで存分に踊り狂いなさいませ!!」


 エレクトラが大仰に両手を広げ、歌い上げる様に高らかに声を上げると、ボコ、ボコ、と牙がばら撒かれた地面が盛り上がって行く。

 そこから次々と、頑強な装備を身に着けた髑髏の騎士達が這い出てきた。


『カドモスナイト』

 竜の牙から生まれると言う髑髏戦士の高位体。

 その脅威値は『55』。これは、上団位者に匹敵する。


 それがワラワラと二十数体。

 たちまちの内に地中から立ち現れ、一斉にハワード達を避ける様に走りだし、その後方に居る遠征部隊に向かって行った。


「なんだと?!!」

「ぬぅ!弱き者から狙う気かっ?!」

「壁の華になるなど、ご遠慮頂かないと!今宵は皆様全てが主役でございます!有象無象がお相手など、もうお終いです!この者達でしたら、皆様方を退屈などさせませんわ!!」


 エレクトラが、『カドモスナイト』は今迄のアンデッドとはモノが違うと云い放つ。

 直ぐ様ハワード達は革鎧の魔法印を輝かせ、脇を抜けようとする髑髏戦士を、その硬質な鎧ごと粉砕して行くが、突如足元からせり上がる黒い壁に行く手を阻まれた。


「クソ!またコイツ等か!!」


 コンラッドが忌々しげに叫んだ。

 それは先にも見た、3体の黒い大形のアンデッド。それが再びハワード達の行く手を阻む。


「貴方がたは、もう少し此方で遊んで下さいな♪」


 マリーナが、巨大な黒い頭骨の上に立ち、ユラユラと空で鎖を揺らしながらハワード達に告げる。

 ハワード、コンラッド、ジルベルト、そしてカイルとトニーたち5人は本隊から分断され、前線で孤立させられた。


「ちぃぃっ!トニー!!カイル!!気張れよぉ!!死ぬんじゃ無ぇぞぉ!!!」


 コンラッドが、黒い巨体の突進をその戦斧で受け止めながら叫びを上げた。


――――――――――――――――――――

次回「褐色の享楽」

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