第32話北方の三博士

「マヌーライトは、魔力伝導率が極めて高い鉱物だという事は、既に知っていると思うんじゃが……。その純度の高い鉱脈が、今此処に広がっている訳じゃ」


 テントを出たモリス・バルタサルが、小型のバックを肩にかけ、周りを指し示しながら歩みを進めていた。


「随分前から試行錯誤してたんじゃ。地中から自由に目当ての鉱物だけ掘り出せんもんじゃろか?と……」


 モリスの後ろには、ノソリとセイワシが、そして、その助手であるジョスリーヌ・ジョスランも、引きずられる様に連れられている。

 セドリック達騎士団の者達は、その後を追う様に、張り巡らせたバリケードの外側まで来ていた。

 その周りにはコーネルを始めとした堅固隊の者達が、周囲を警戒しながら歩調を合わせ進んでいる。


「まあ、そんな都合良くは行かんかったんじゃがな!……それでも!狙いの鉱物に影響を与える事は出来る様になったんじゃよ!後は、『アースウォール』の応用じゃ!」


 モリスは、バリケードから5~6メートル離れた場所で「違う」「もうちっとじゃな」などと呟きながら、何かを探す様にあちらこちらで地面に手を当てていた。

 ある場所でモリスが「うむ、ここじゃ!」と呟くと、持っていたバッグを開きその中から、折り畳まれた小型のサバイバルスコップの様な物を取り出した。

 モリスがそのスコップの太い柄と、後ろの取っ手を持ち、グイッと引くと、ジャコンという音と共にスコップが一段長く伸びる。

 そのまま、先端の鋭角に尖ったスコップの刃先を、勢いよくザクッと根元まで地面に突き立てた。


「コイツのイカした所は、狙いの鉱物がある限り効果が及ぶちゅーとこじゃ!名付けて『大地起こしアースノッカー』こんな事もあろうかと持って来たものじゃ!これで盛大に壁を打ち建ててやるんじゃ!!だがまあ、魔力が無くなりゃそれまでなんじゃがな!……と云う訳で、セイワシ君出せ!あるんじゃろ?君にも取って置きが?」


 話を振られたセイワシ・メルチオが片眉を上げ、助手のジョスリーヌに持たせていた丸い筒状の大き目なアジャスターケースの様なバックを受けとり、中から長さ30センチ程の真鍮色のスティック状のモノを取り出した。

スティックは、端が細い鎖で他の物と繋がっていて、ジャラリと音を立てながら、何本も繋がったまま取り出された。


「ふむ、この『魔力集積陣マナギャザリングシステム』の事だね。私も、こんな事もあろうかと持って来たものだけどね。これは此処の様に魔力圧と魔力流が膨大でなければ意味が無いし、制御は我々の様に魔力制御に精通していなくては使えないからね。実に局地的且つ使用者を選ぶこの上なく使い勝手が悪い代物なんだけどね。さあ、ジョスリーヌ君。準備は良いかね?」

「ふえー?わ、わたしですかーー?わたしもやるんですかーーー?!」

「ふむ、当然だろう?さあ準備を急ごうかね」


「うひょひょ!こりゃボヤボヤしとれんかのぉ!」

「当たり前じゃろう!ノソリ君、君もあるんじゃろ?さあ!出せ!出すんじゃ!!」

「うひょひょひょ!これかのぉ?!こんな事もあろうかと、密かに開発していた『魔核反発鍍金アンチアストラルコーティング』かのぉ?!」


 モリスに促され、ノソリ・カスバルも白衣の懐をごそごそと漁り、そこから薬瓶の様な物を取り出した。


「元々は魔力生成生物が持つ、瘴気が元になった澱んだ魔力を弾く為に開発していたんだがのぉ!アンデッドに対しては特効が期待出来そうだのぉ!!」


 そう言うと、セドリックに向け薬瓶を放り投げた。


「それ、大隊長!この瓶を、壁がせり上がって来たら投げ付けてやるが良いのぉ!さすれば、モリス君の安っぽい土壁が、たちまち高級な白銀の壁に早変わりだからのぉぉ!!」

「なんじゃとぉ?!薄っぺらいのはノソリ君の頭部じゃろうが!」

「薄っぺらいとか言っていないがのぉぉ!?大体頭部の話などしとらんしのぉぉぉ?!!ついにモリス君は耳まで耄碌してしまった様だのぉぉぉ!」


「ふむ、二人共、此方の準備も整ったからね。迅速に始めてしまおうかね」


 セイワシがジョスリーヌと共に、モリスの立っている場所を中心にスティック状の物を並べ広げ、半円形の蜘蛛の巣の様な魔法陣らしき物を描き出していた。

 するとジョスリーヌが、スティックを置きながら恐る恐る素直な疑問を口にした。


「あ、あのーー…………。なんでー皆さんはーー、こんな都合よくー、そんな便利アイテムをー、ご用意されてるんですかーー?」


 ジョスリーヌの言葉に、ノソリ、モリス、セイワシの三人は揃って呆れた様に口を軽く開き、眉を八の字に眉間には皺を寄せ、これでもかと言う程のジト目で彼女に視線を寄せた。


「な、なんですかーー?!なんでー、そんなーおかしなモノをーー見る様な眼でー、皆さんーわたしをーー見られるんですかーーー?!!」

「こんな当たり前の事が判らんとは……、呆れた娘じゃな……」

「全くだのぉ、全く持って嘆かわしいのぉぉ」

「ふむ、ジョスリーヌ君。君の師として私は実に恥ずかしいね」

「な、な、なんですかーー?一体なんだってー言うんですかぁぁーー?!」


「「「それが『定石セオリー』と言うモノだから」じゃ」のぉ」ね」


「い、意味がーー分りませんよぉぉーーー?!!」



「ふむ、さて、お遊びもこれくらいにして、始めてしまおうかね」

「も、もてあそばれたーーー?!」


 セイワシが広げたスティックで作った蜘蛛の巣の様な魔方陣は、モリスを中心に扇状に広がっていた。

 その蜘蛛の巣の端、一番外の線の内側のモリスの真後ろにセイワシが、その左手にはノソリが、右手にはジョスリーヌが其々立っている。


「やるぞ!準備は出来たじゃろうな?!」

「ふむ、問題無いね。我々三人で魔力制御を行うからね。モリス君は術の起動に専念するだけだね」

「あわわー、あわわわーーー」

「うひょひょ!モリス君。つまらんボケは必要ないからのぉ。とっととやってしまうがイイのぉ!あ、もう呆けは始まっておったかのぉ!」

「ヤカマシイんじゃ!ノソリ君は!やるぞーーーー!これがーー大地のーーーー雄叫びじゃぁぁぁぁーーーーっっっ!!!」


 モリスが地面に突き立てた、スコップの取っ手であるグリップを握り、スコップの本体である『アースノッカー』に魔力を込め、術式を展開して行く。

 それと同時に、モリスを囲む三人の足元が光を放ち、そのまま魔方陣へ光が流れ、中心のモリスへと光が集まって行った。


「ふむ、これの仕組みはいたってシンプルでね。イロシオの高圧魔力流の中に意図的に低圧の場を作りだす事で勝手に魔力が落し込まれると言うだけの話でね。その魔力流の経路を我々の魔力で形作る訳だから集中しないと一気に魔力が枯渇するからね。気を付けるようにね」

「あわー、あわーー!あわわわわーーー」

「ふむ、想定以上の魔力圧だね。魔導径を調節しつつ流速を押えないとイケナイね。一定速度を超えると乱流が発生してロスが多くなるからね。層流を維持しないと魔力がゴリゴリ削られるからね」

「ふぅわぁーーー、ふぅひぃぃーーー!け、血管がーーーキレそうーーですぅーうぅーー」

「うひょひょひょひょ!コリャ効くのぉ!肩が見る見る軽くなるのぉぉぉ!!」

「け、血管がぁー脳のー血管がーー切れそですー!切れてしまいますーー!は、鼻に!鼻がー鼻血がでー出るぅーーう!……ぅぶべボぉあぷぴぃ!!」

「うひょぉぉお!こ、こ、この娘!鼻血でなく!盛大に鼻水吹出しおったのぉぉぉ!!直視できぬ顔面になっておるのぉ……哀れな……可哀相にのぉ」

びぼびぃひどいーー、ばわいぼうぼかかわいそうとかー、ズビィー、ぶぇっばばいぜったいおぼっておもってーー。ズビッ、びびゃいぶぜにぃいないくせにぃーーズズビッズビュイッ!」

「汚ったないのぉ!鼻をかまんかのぉ!鼻水をのぉ!」

「ぅうーーうー、ズビビィイィィーーム、ズビィィム!ズビッ!もーー、お嫁にー行けませんーーシクシクシクーー、ずぶズビビィッ!」

「…………まだ、行く気でおったのか、……驚きだのぉ」

「ふむ、実に驚きのカミングアウトだね」

「酷すぎですーー!先生方がーひど過ぎですぅぅーーー!!」


「うほっほほぉーーい!来おったーーー!!滾る!滾る!!滾りまくりじゃーーーー!!!」


 地に突き立てたスコップを中心に伸び広がる様に地面に亀裂が走り、その大地に出来た隙間から淡い光が漏れ出ていた。


「起きろ!起きろーー!とっとと、おっ立つんじゃーーーーいっっ!!!」


 モリスが握るグリップを90度回し、太い筒状になった軸に向け、力一杯押し込んだ。

 その瞬間、亀裂から溢れる光が大きく輝いた。


「そーれそれそれそれーー!がはははははーーー!!」

「ほぉ、モリス君乗って来たのぉ」

「ふむ、珍しくノリノリだね」

「わ゛だじばー、ぞれどごろでばー、あ゛びばーぜんーー!あ゛だま゛がーあ゛だま゛がーわでる゛ぅーーー!!!」


 モリスが、ハンドルを押し込む速度を、まるでポンプで空気を送り込む様に上げていった。

 それに呼応するかの様に、大地から溢れる光も大きくなって行く。

 亀裂が更に広く大きく裂け走り、大地も送り込まれた魔力に依りにボコボコと膨れ上がって行った。


「行っっけーー!行くんじゃーーーーっっ!!!」


 辺りに雷鳴の様な轟音を響かせ、黒い岩壁が勢い良く地表を突き破り上がって来た。


 黒い壁は、モリスを頂点とした円を描く様に、周辺に居た僅かなアンデッドを弾き飛ばし、樹木を押し上げ、薙ぎ倒し、扇を広げる様に、遥か前方にある『黒岩』に向かいせり上がって行った。

 それは、『黒岩』前で蠢く悍ましき群体を囲い込む様に、急速に作り上げられて行く。


「今だのぉー!大隊長!!瓶を投げ付けるんだのぉーーー!!」


 ノソリの叫びに、セドリックが手に持っていた瓶を、せり上がって行く壁に向け投げ付けた。

 瓶は、未だ伸び上がる壁の頭頂部に当たると、そのまま容易く砕け散り、中味を辺りに撒き散らした。


「このコーティング剤はのぉ、ワシらの魔力を覆う様に0.02ミクロンの薄さで広がって行くからのぉー!こんな貧相な壁など、忽ち覆い尽くしてしまうからのぉーー!!」

「貧相とは何じゃー?!貧相とはーーーーっっ?!!」


 ノソリが言う様に、黒い壁は見る見るコーティング剤に覆われ、白銀の壁へと変貌して行った。


 それから僅か10分と経たぬ間に、騎士団の目の前には、高さ5メートルを超える白銀に輝く長大な壁が出来上がっていた。


「……これは、……とんでも無いな」

「コイツぁ、度肝を抜かれたぜ」


 ハワードとコンラッドが、壁を見上げながら目を見開き、呆れた様に呟いた。


「この『魔核反発鍍金アンチアストラルコーティング』はのぉ、持つ者の瘴気の大きさに比例して反発力が強まるからのぉ、内包魔力がデカい相手であればある程、近付くのが大変になってくるでのぉ!うひょひょひょひょひょ」


 ノソリが大地に手足を投げ出し、力無く寝転がりながら、自らの制作物について飄々とした調子で語っていた。

 その周りにはセイワシが、ジョスリーヌが、少し離れてモリスが同じ様に転がっている。


「ふむ、想定以上の消耗だね。さすがにゴッソリ持って行かれたね……。これは当分動けそうもないね」

「ぁーーうーー、死ーぬーーー、死んでーーしまいますぅーーー」


「こりゃ!なにボケっとしとるんじゃ!このままこの『壁』にも、『祝福』を与えるんじゃ!さすればアンデッドなんぞ、万の軍勢が来ようともビクともせん事請け合いじゃ!!」

「このままでも、5日やそこらは十分耐えきれるがのぉー!うひょひょひょひょーー」


 モリスが寝転がったまま、力の入らぬ拳を上げ、『壁』の更なる強化への助言を叫んだ。

 それを聞いたリサ・タトルが慌てて聖位者を集め、急ぎ壁を『聖成物』にする為の準備に走り出した。


――――――――――――――――――――

次回「錆色の連環」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る