第30話機動重騎士の激闘
2の
「堅固隊!コーネル!!何としても阻め!フルファランクス断続起動!必ず食い止めろ!!」
日が陰り、薄闇が迫ろうとする木々の間、堅固隊の隙間を抜け、刃の欠けたロングソードを振り降ろして来た
「フレッド!資材の確保を急げ!衛生隊!リサ!聖域展開の範囲を維持しろ!怪我人は重症者でもなければ、治療は手持ちの医療パッチを使わせておけ!衛生隊の魔力は我々の生命線だと知れ!!」
屠られた
セドリックは、そのまま次々と部隊に指示を飛ばし、再び溢れ出て来たアンデッドの頭蓋を叩き割った。
堅固隊と呼ばれる大型のタワーシールドを構えた者達が6名。横一列に並び、壁を築いていた。
盾を構える騎士と騎士との間は2メートル以上の開きを持っているが、その間には強力な魔力障壁が張られている。
『
盾装備者が使用する強固な防壁だ。
装備者が構えた盾を中心に、およそ半径2メートルに渡り展開される魔力の盾。
並列起動で横並びに展開された魔力の壁は、『フルファランクス』と呼ばれ、より強力に魔法、物理の耐性を持つ。
それは、荒波の様に押し寄せるアンデッドの群れさえ、瞬間的に押し返えしていた。
その壁の内側には騎士団本隊が控え、それを守る様に聖位職が張る聖域が、彼等の周りを囲っている。
アンデッド達は、その聖なる障壁を避ける様に、襲撃の波は正面のファランクスに集中していた。
堅固隊が声を上げ、タイミングを取り、並列起動を繰り返す。
並列起動の合間合間に生まれる、息継ぎの様なフルファランクスの途切れに多くのアンデッドが殺到する。
額に角を持つ巨躯が、一瞬薄まった防壁の隙間から、盾を持つ者を引き摺り倒そうと半ば腐敗した腕を伸ばす。
豚面をした肉塊が白く濁った眼を剥き、喉の奥をゴボゴボと泡立たせ、声無き叫びを上げながら頭を捻じ込んで来る。
溢れ出るアンデッド達を、堅固隊後方に構える騎士団本隊が次々と処理して行く。
ある者は
魔法を使う者であれば、炎弾を、光の矢を撃ち放つ。
皆それぞれの得物で、絶える事無く押し寄せる不死なる土石の流れに抗っていた。
「来ます!正面に大型1!特型2!!」
最前面で堅固隊を率いり『
針葉樹の間から、暗い眼窩の奥に怨火を灯し、巨大な頭骨が此方を睨む。
大型のスケルトンが、悠々と脚を踏み出し、前へと進んで来る。
その後方から、白く帯状の物が、交互に交差し合いながら、二つ、やはり此方へと突き進む。
『スカルセンティピード』
その体長は凡そ20メートル。白骨で形作られた大型の百足の様な身体に、巨大なスケルトンの上半身。その両手の蟷螂の様な凶悪な鎌が、獲物を無残に切り裂く。
それは脅威値110の悍ましき大型アンデッドだ。
コーネルの叫びに答える様に、ハワードが一歩前へ足を踏み出す。
「カイル!『
「ハイ!!」
「お任せを」
「ふはっ!遅れるなよ!ハワード!」
白い津波の様に押し寄せるアンデッドの塊りを、堅固隊の者達がタイミングを合わせ押し開き、4人が白い濁流の中へ飛び込んだ。
忽ちアンデッド達が彼等に群がり集まるが、次の瞬間、波が岩肌にぶつかり白い飛沫となる様に、アンデッド達の白い骨が、血の通わぬ腐肉が砕け飛び散った。
そのまま、まるで草原の草でも刈り取られる様に、アンデッド達がバタバタと砕ける様に沈み、散って行く。
右に左に刈り取る軌跡が蛇行し、草むらの様に林立する、白い群れの中に道を作る。
身を低くし走り抜けるジルベルトが、右手のロングソードと、左手のダガーを素早く打ち回し、次々とアンデッド達を刈り取っているのだ。
彼の前ではアンデッドの群れも、身の丈ほどもある草叢と何ら変わらない。
ジルベルトの左目を覆うアイパッチが、革鎧に刻まれた魔法印が、そしてロングソードとダガーがアイスグリーンの光を放つ。
淡い緑の軌跡が、白く揺れる波の様なアンデッド達の群れに、次々と道を刻んで行く。
その道を、二つの影が砲弾のように突き進み、更に道を広げる。
その影が進む直線上に居る物は、影達に弾かれ砕け飛び散り、周りも巻き込み更に空間を広げてしまう。
影の一つは、難なく目標の前まで辿り着き、それに向かって咆哮を上げた。
『ハーキュリーズ・ハウル』
魔力を籠めたコンラッド・ブロウクの雄叫びは、一時的に自分を含めたその場に居る味方の筋力を底上げし、集中力をも上げる。
更に、咆哮に乗せられた魔力は大きな波紋となり、魔力の波を叩き付けられた相手は、一時的に動きを阻害される。
それが魔力で動く相手であれば、その効果は顕著だ。
魔力で動くアンデッドは、コンラッドの叫びで動きが一瞬止まってしまう。
その隙を見過ごすコンラッドでは無い。
歯を剥き出し、獰猛な笑みを浮かべ、獲物を刈り取らんと躍りかかった。
身を捻じり、巨大な戦斧を右側に引き絞り力を溜め、そのまま獲物へと疾駆する。
スカルセンティピードの硬直は一瞬だ。迫るコンラッドに向け、直ぐ様巨大な死神の鎌の様な両手を振り上げた。
だが、コンラッドにはその一瞬で十分だった。既にその巨大な獲物の懐に入り込み、必殺の一撃を撃ち放つ。
『リミット・アックスブロウ』
装備の魔法印をバーミリオンに輝かせ、憤怒の朱色に染め上げられた極激は、巨大な敵を躊躇い無く粉砕する。
腕を上げガラ空きになった胴部、百足の身体とスケルトンの上半身の繋ぎ目が、砕かれ爆散した。
支えを失い白く硬質で歪んだ柵の様な上半身が、打ち砕かれた勢いのまま、
百足の身体も、その衝撃で三分の一が砕け飛んでいた。
我が身に起きた事が信じられぬと言いたげに、開く術を持たぬ筈の髑髏の眼窩が、大きく見開かれた様にその闇を広げていた。
落下するその身体が地に振動を響かせるのとほゞ同時に、コンラッドが追いの一撃を落とす。
『メテオフォール』
神の怒りの如き赤く燃え上がる一撃が、絶大な衝撃を大地に響かせ、その人の姿に似せた巨大な頭骨を粉砕した。
◇
スカルセンティピードの二本の大鎌が、上方から勢い良くハワード・クラウドに向けて振り降ろされた。
ハワードは、光を帯びた灰色の両眼をカッと見開き、その人骨で形作られた歪なオブジェを……、目前に迫るその白刃を睨みつけていた。
その硬質な白き刃が振り降ろされるのを見据えながら、ハワードは、ぬん!という気合と共に、両手で握る黒い大剣を振り切った。
黒い大剣『グランドデバイダ』は、その巨大な黒い刃を淡く清浄な蒼の色に染めながら、暗さを増す大森林の空間に光を放つ。
振り降ろされたスカルセンティピードの二本の大鎌に、グランドデバイダの剣筋が描く青いラインが交差する。
その瞬間、大鎌は、飴細工か氷ででも出来て居るかの様に砕かれ、飛び散って行った。
突然、己が得物を失った事に、スカルセンティピードの物言わぬ筈の暗き眼窩奥の怨火が瞬いた。
と同時に、自分に歯向かう身の程知らずなちっぽけな存在に、頭骨を揺らしながら怒りの咆哮を上げた。
怒りを露わに大気を震わせる死者の叫びは、浴びせられた生者の正気を奪う物だ。だが、それはハワードには届かない。
スカルセンティピードは、失った両手に変わり、巨大な顎を開き獲物を食い千切ろうと、その長大な身体をうねらせ、目標へ突っ込んだ。
ハワードは、切っ先を敵に向ける様に大剣を顔の横に構え、腰を落とし身体を捻じり、弓を引き絞る様に力を貯めていた。
巨大な
その焔を模った様な肩当てから、蒼い輝きが一本の線となり、腕を通り大剣へと流れ、大きな魔力が収束される。
『インパクトブリット』
轟音を辺りに響かせ、青い衝撃となった大剣の一撃は、迫り来た巨大な頭骨を貫き粉砕した。
その衝撃は、百足の様な本体の殆どをも貫いた。
悍ましくも白骨で形作られたオブジェが、ハワードの前で音を立てて崩れ散って行った。
◇
「お主も上手く倒せたようだな……カイル?」
「無事、討ち取られたでごぜぇます。旦那様」
「はぁっ!……はぁっ!……はぁっ!……ジ、ジルベルトさんの……お、おかげ……です……!」
頭を覆うヘルメットを外し、大の字になり息を荒げて倒れ込むカイル・アーバインに向かって、ハワードが彼の首尾を問いかけていた。
始めカイルは、グレイトスカルの巨体にそぐわぬ素早さと、その圧倒的な耐久力に翻弄され続けていた。
だが、ジルベルトの援護により、グレイトスカルの脛骨が破壊され、バランスを崩して倒れた所でその頭部を叩き割り、辛うじて仕留める事が叶った。
カイルにしてみれば、これは体力も魔力も絞り切っての辛勝だった。
「グレイトスカルの頭はやたら固いからな。それを、助けを借りながらもカチ割ったんだ!大したもんだ!」
コンラッドが、兵站部隊の者から受け取った水筒で、喉を潤しながら、カイルの首尾を讃えていた。
「ありがとうございます、クラウド卿!コンラッド殿!それにジルベルト殿も!カイルもだ!良くやってくれた!!」
セドリック・マイヤーが、4人に近付き感謝の言葉を告げていた。
今、戦線が維持出来ているのも、彼ら三人が居るからだ。
今も大型のアンデッドを撃退できたおかげで、敵の押し寄せる圧が随分弱まった。
彼らが同行していなければ、どうなっていたのか……、考えただけで嫌な汗が染み出て来る。
「なに、奴らは速くて攻撃力は高いが、叩けば脆い。何とでもなる」
なあ?と横目でハワードを見ながらコンラッドが言えば、ハワードも肩を竦めて見せた。
それを見ながらカイルが「そう言ってしまえるのは
「大隊長!敵が後退しています!」
前線からコーネルの叫びが響いて来た。
「ちっ!……遊んでやがるぜ」
コンラッドが忌々しげに言葉を吐き捨てた。
マイヤーが、コンラッドの言葉に同調する様に渋面を作った。
実際の所、これまでの奴らの攻め方は、此方を殲滅しようとしているとは到底思えない。
初激の乱戦で、幾人かの非戦闘員が犠牲になってはいるが、それ以降、隊列を持ち直した後は、ほぼ拮抗状態を保っていた。
「兵を引こうと後方へ下がる様子を示せば、周りから覆う様に包囲網を掛けて来るくせ、真正面から迎え撃ってやろうと構えれば、今度はひたすら正面からだけ突っ込んで来る……」
やっぱり遊んでやがる!とコンラッドが再び忌々しげに言葉を吐き捨て、飲んでいた水筒をハワードへ向け放り投げた。
ハワードはそれを片手で受け止め、自らも喉を潤す。
既に日は沈み、薄闇が広がる中、広げられた陣の周りに幾つもの清浄な輝きが立ち昇り、その周りを囲んで行った。
騎士団の中の聖位職を持つ者達に依る、『
聖職者たちが展開する聖域は、本来であれば、不浄なるアンデッド達を退け、奴らに特効を与える神域の輝きだ。
だが、これだけの不死者の群れに向けては、左程大きな効果は期待できるとは考え難い。
押し寄せる劫火にバケツの水をかけた所で、どれ程の役に立つと言うのか?まさに焼け石に水でしかない。
それでも、今、敵が撤退を始め、押し寄せる圧力を減らしているのなら、多少は息つぎの助けになるだろう。
少なくとも、最前線でファランクスを張る堅固隊には、交代で休めさせなくては。
フレッドが今、防御陣地を作る準備をしている、それが出来れば一時的な休憩は可能になる。
これは間違いなく持久戦だ。体力の温存こそが、全てを分ける鍵だ。
アンデッドの大群相手の持久戦など、これほど部の悪い物は無いがな……。
と、マイヤーは自嘲気味に口元を歪めた後、部隊に次の襲撃に備えての指示を飛ばした。
「……ケイシーは、……伝令は、無事アムカムまで……、辿り着いたでしょうか?」
トニー・イーストンが、コンラッドの横で座り込み、乱れた息を整えながら問いかけていた。
息を継ぐのに邪魔なのか、彼のヘルメットは頭の後ろ側に外されている。
「無論だ……、
ハワードが、先程までよりも数を減らしたものの、未だ荒波の様に押し寄せるアンデッドを見据えながら答えた。
「しかし!たった一人で、これまで来た道を辿り戻るのですよ?!何事も無く抜けられるとは……、とても……!」
「まあ、順当に魔獣共は襲って来るだろうなぁ……」
トニーの言葉にコンラッドが、さも当然の様に答える。
「それが判っているのであれば……!たった一人で行かせるなど……、せめて後二人……いや!1チームで行かせるべきでした!」
「あの状況で、1チーム抜けさせる事が出来たか?思い出せ!」
「レグレスは森を知り抜いている。……そして、あ奴は必ず村まで帰り付く」
「そう云う事だ!それとも何か?お前等が1人で行かせたケイシーって奴の実力が、お前は信用でき無ェって事か?」
「そうじゃありません!奴とて機動重騎士の一人です!そう易々と魔獣に後れを取るなどあり得ません!」
「なら良いじゃねェか」
「……ですが!」
「信じてやれ……、どっちにしても、今お前に出来るのはそれだけだろうが?」
コンラッドの言葉にトニーが押し黙った。
「落ち着いて下さいトニー……、貴方、怪我をしてますね?脇を見せて下さい」
「え?あ……そうか?」
俯き座るトニーの傍らに、衛生隊の者が一人近付き片膝を付いた。
「肋骨が2本、折れていますよ?気が付きませんでしたか?」
「お……、そ、そうか」
「しょうがありませんね……、ハイ、大丈夫です、もう継ぎました」
「……あ、ス、スマン、リサ。助かった」
「……うむ、見事な物だな」
「リサは、我が大隊の優秀なハイプーリストですから」
淡い光を放つ、癒しの輝きを眺めながら告げるハワードの賞賛に、マイヤーが誇らしげに答えていた。
衛生隊長でもある第5班班長リサ・タトルは、この大隊に4人しか居ない聖位職の1人だ。
聖位職の装いは、前衛を預かる他の騎士団の者と多少異なっていた。
魔法職の装備は総じて、魔力効率の高いローブをベースにした物で構成されている。
ローブの上に胸当て、肩当、腰当などが装着されている形だ。
リサの装備のローブは飾り気のない武骨な物では無い。
スリットの入った長いローブからは、女性らしい、しなやかな腿が覗き伸び出ている。
その脚を覆うローブ地は清浄なる蒼のベルベッドで、その布地の縁や内側をミスリルの金糸銀糸で立体的に魔法印が刺繍されていた。
その為、高い魔法効率と、魔力を纏う事で得られる魔力や物理の耐性力は、下手な魔獣の革で作られた魔法装備よりも、遥かに高い性能を誇っていた。
彼女も、多くのプーリストと同じ様にラウンドシールドとメイス装備している。
今は彼女もカイルやトニーと同じ様にヘルメットを外し、左手のシールドは腕側面に固定され、メイスは腰のホルスターへ納め、両手をフリーにし、必要な相手に癒しを与えていた。
今のトニーの様に、戦闘中の高揚感から、自らが怪我を負っている事を自覚出来ていない者も少なくない。
そのまま戦闘を再開すれば、取り返しのつかない事になりかねない。
戦況が落ち着きつつある今、彼女はそんな者達を見廻り、彼らのメンテナンスを行っているのだ。
トニーの治療を終えたリサは、黒いショートボブを小さく揺らしながらカイルにふり向き……。
「貴方は……大丈夫そうですね副長。さすがです」
「君の愛をこの身に受けられないのは、残念でならないけどね……」
カイル・アーバインが、スッと立ち上がりながらリサに微笑みながらそう告げる。
リサはカイルの言葉に、黒い大きな目を一瞬しばたたかせ……。
「あら?受けるのは私の愛では無く、神々の愛ですよ?カイルは何時の間に、そんなに信心深くなっていたの?」
と驚いた様に言うと、コロコロと笑い出した。
――――――――――――――――――――
次回「黒い岩の誘い」
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