第28話辺境のプリンセス

 スージィが支度を整え、時間通りに壱の詰所に到着すると、オーガストが森へ彼女と同行するチームを引き連れ待っていた。


「スージィお嬢様!」

「お嬢様、またよろしく」

「お待ちしてました、お嬢さん」

「スージィ!待ってたよ!!」


「アリア?!」


 それは、成長の儀式時にスージィを見守っていた、ミリー・バレット、ケティ・フォレスト、イルタ・リンドマン、アリア・ブロウクの『チームアリア』の4人だった。


「スージィさん、この後はチームアリアと行動を共にして下さい。アンナメリーも、頼んだよ」

「お任せ下さい村長」


 オーガストはスージィをチームアリアに引き合わせると、そのままアンナメリーに目線を送り頷いた。


「え?え?アンナメリー?え?なんで?」

「お嬢様のお世話は、わたくしの役目ですので」


 気付けば、いつの間にかアンナメリーも普段のメイド服から探索装備へと変わっていた。

 何時の間に着替えたのか?!スージィは目を見張った。

 実際は、アムカムハウス内の通路を進みながら、他のメイド達の手に依り早着替えさせられていたのだが……。


 スージィが気付かなかったのは、そのシルエットがメイド服のままだったからだ。

 それでも、あれ?エプロン外したのかな?くらいには思っていた様だ。


 アンナメリーはいつものメイド服に、ブーツと肘までのグローブ、そしてアンダーコルセットと云う、探索お約束3点セットを身に着けていた。

 更に、腰回りには何本ものベルトが巻かれ、そこに幾つものポーチや複数のナイフも取り付けられている。

 紛れも無く『戦うメイドさん』がそこには居た。


 その事に気付いたスージィは、一瞬吐血し掛けるが、気合と精神力で平静を装う。

(アンナメリー??!マ・ジっ・す・かっ?!ヤベー!リアル戦闘メイドさんマジヤベっすーッッ!!)

 だが、その内なる声は叫びを上げている。



「ア、アンナメリー、お久しぶりです。今回はヨロシクお願いしますね……」

「ミリーさん、アンナメリーと、お知り合いなんです、か?」


 内面で、萌えのたうっていたスージィを、ミリー・バレットの声がリアルに引き戻した。


「あ、は、はい!アンナメリーとは、ミリアキャステルアイ寄宿校で3年間一緒だったのです」

「お久しぶりですねミリー・バレット。また会えて嬉しいですよ」

「ぅひぃっ!?い、いきなり後ろに?!お、驚かさないで下さいアンナメリー!!ほ、本当にコワイんですからっ!!」

「あら?久しぶりのクラスメイトとの再会なのに、ツレないですわねミリー?」

「ひぃぃ!だ、だから!コワイ!コワイぃぃ!!」


 いつの間にかミリーの背中側に回っていたアンナメリーが、ミリーの首筋に指を這わせていた。

 ミリーは、顔色を赤くしたり青くしたり、目玉をグルグルまわしたりと慌ただしい。


 ほむ、二人の学生時代、どんな関係だったのだろう?

 と、スージィが顎を摩りながら思案する。「も、もしや何やら尊ひ香りが?!」と自分の物差しで妄想し、鼻孔を可愛くプクリと広げた。



「対人戦闘に特化した、バイロス家の秘蔵っ子か……。期待してるよ!」

「宜しくお願い致しますアリア様。ブロウク家の長女様には、過分なご期待頂きまして痛み入ります」

「控えめな所がコワイねぇ。出来りゃ、一度手合せ願いたいトコロだよ」

わたくしで宜しければ、何時でもお相手致しますよ?」


 何故か二人は「くっくっくっ」「うふふふ」と目を細めながら笑い合っていた。


「アリアが『手合せ』とか言っても、既に卑猥なイメージしか浮かばない件」

「ケティ?!どゆことぉ?!!」


 ピリリとした雰囲気を醸し出し、男前な笑みを浮かべていたアリアが、突然MANZAIを始めた事でスージィは目を丸くする。

 そこへパンパンと手を叩き、オーガストが間へ入って来た。


「挨拶は其処までだ。時間は限られている、やる事は分っているな?」


「モチロンさ!」

「心得てございます」


 オーガストの問いに、アリアとアンナメリーが答える。

 他の三人も、その場で黙って頷いていた。


 アンナメリーはそのままスージィの後ろ側へ回り、失礼しますと一言述べて髪を結い始めた。


「スージィさん。貴女とアンナメリーのお二人には、今からチームアリアのメンバーとしてイロシオへ入って頂きます」


 オーガストがスージィの前に立ち、「そのままで聞いて下さい」と前置きし、話を始めた。

 スージィは小首を傾げ、何故?と云う表情でオーガストを見上げる。


「アムカムの森と生きる我々にとって、力ある者は敬い貴ばれます。貴女のお力は、村の誰もが知る所です。貴女がこの村に留まり、我々と共に生きて行く事を選んでくれた事に、村の者皆が喜びました」


 オーガストの言葉に、アリアが、イルタが、ケティ、ミリーが、そしてアンナメリーも嬉しそうに頷いている。


「我々は、貴女も、貴女のその力も受け入れいます。だが外の者は?彼らにとって貴女の力は脅威にしか映りません。貴女の力を知れば、彼らは貴女を排除するか、自らの管理下に置こうとするでしょう」


 穏やかだったオーガストの表情が、一転して厳しい物に変わった。

 それを受けスージィも、真剣な眼差しをオーガストへ向ける。


「しかし、貴女がアムカムの者である以上、我々は貴女をどんな者からも守ります!」


 オーガストがスージィの肩に左手を置き、右で握った拳を自らの胸に当て、力強く宣言した。


「貴女は今、『アムカムの姫』として、その役割を担い始めて下さっています。この事は、村の者全ての歓びです」



 アムカムと云う辺境にとって、家名を継ぐ事に重要なのは血筋では無い。

 力無い者が家督を継げば、簡単に家は失われ、村そのものも無くなりかけない。

 古来より、最も重要視されたのは『強さ』だった。

 その為に、より強い人材に家を継がせる事を、常に繰り返していた。

 アムカムにとって血筋は重要では無い。

 『家』と云う民を護るための入れ物が重要なのだ。

 まつりごとは、周りの優秀で経験豊かな者に任せれば良い。

 アムカムの旗頭は常に強く、人々の先頭に立たねばならない。

 でなければこの村は、簡単にイロシオに飲み込まれてしまうのだから。


 そんなアムカムの歴史的背景があるからこそ、スージィは『アムカムの姫』として、村人達に歓迎され崇拝もされていたのだ。


 しかし、当の本人は「ぇえーー……ひ、姫って……それはぁ……、ぁうーーー」と微妙な表情を作っている。

 そんなスージィの表情を知ってか知らずか、オーガストは話を続ける。


「その『姫』としての表の顔は、これから我々が守って行きます。そして貴女のその『力』も」


 オーガストの眼に力が籠る。

 その事に気が付いたスージィも、改めてその目を正面から見詰めた。


「騎士団は王都直轄の組織です。貴女のお力が騎士団に知れれば、それは同時に王都評議会に知れるものとなります。それは何としても避けねばなりません。それは御頭首も望まれてはいない。貴女の戦力としての存在は、アムカム『秘中の秘』なのです!」


 オーガストがそう言うのと同時に、スージィの髪を纏め上げたアンナメリーが、スージィの身体に外套マントを纏わせ、そのフードを深く被せた。


「お嬢様、少し暑苦しいかもしれませんが失礼します。髪は解けて外から見えない様に纏めました。髪色が分らぬ様、深くフードをお被り置き下さい」


 アンナメリーがフードを被せながら、そう言って来た。スージィがフードの奥からアンナメリーを見上げると、彼女はニコリと微笑み頷いた。


「スージィ、アンタはこの前、試練の後『占者ウァテス』のクラスを取った筈だ。今からアンタはチームアリアのウァテスだ。良いね?」


 アリアの言葉にスージィが頷く。


「ああ!そうだ!そうやって成るべく、言葉を使わない様にしておくれ!」


「申し訳ありませんスージィさん、ご不便をおかしてしまいます。ですが、貴女のお力なら必ず、御頭首を無事に連れ戻して頂けると信じています。そして、くれぐれも、全力で戦われる姿を、騎士団に晒さない様にお願いします」


 それは、この村で嘗てあった悲しい出来事を、再現させない為だとオーガストは言った。

 勇者伝説の事かな?やっぱり、昔、村と勇者と国との間で、何かがあったのだろうなと、それを聞いたスージィは思う。


 それでも、ま、全力は出せないんだけどねーと、抉れた山脈を思い出し、強張る表情を見せない様に、フードを深くかぶり直すスージィだった。


「馬を用意してあります。トレバー班長は既に『嘆きの丘』向かい、丘に残る騎士団に撤退指示を出している筈です。チームアリアはそこで班長と合流し、『黒岩』へ向かって貰います」


 荷物を持たない村の馬ならば、4時間もあれば黒岩へ辿り着ける筈だ、とオーガストは言う。


「スージィさん、どうか……どうか御頭首を……。お願いします!」


 オーガストがひざまずき、両手でスージィの手を取り、自分の額に当てた。

 そのまま、祈る様に願う様に、オーガストの口元から言葉が零れる。

 スージィは静かに口を結び、黙ってオーガストに頷くのだった。


――――――――――――――――――――

次回「チームアリアの出撃」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る