第23話アウローラ騎士団の出陣

「どうだコレで!20年前より魔導効率は上がっている!現役に戻すってのは嘘じゃ無かったろ?」


「ああ!流石だマーシュ!これは良い……、十分だ!」


 ハワードパパがご自分専用の装備に身を包み、修練場で『慣らし』をされていた。


 わたしは、翌日に控えた騎士団の出立を前に、ハワードパパが本気装備をお披露目して下さると言うので、修練場まで見学をさせて貰いにやって来ていた。


 ほぼ全身真っ黒な装備で、黒い刃のツーハンドソードを軽々と振り回す。

 と、前方に、コチラも重装備を装着されたカイル様が吹き飛んでいた。


 引っ繰り返っているカイル様のお身から、白煙が立ち登ってる様に見えるんですけど…?

 大丈夫なのか?あれは生きておられる……の?


 ……あ、動いた。




 ハワードパパが装備されているのは、全身にフィットする様に作られた革鎧だ。


 全身の筋肉を浮き彫りにした様な造形に、焔が立ち上がる様な形の肩周り。

 持国天や多聞天などの、四天王像が纏う鎧を連想させるその姿は、正に鬼をも踏み潰す鬼神を連想させた。

 黒とダークグレイで噛み合う様に作られたその様相は、『灰色の鉄鬼神』の名に相応しい。


 装備の革の間には、高純度の魔鋼が挟み込んだあるそうだ。


 魔鋼と云うのは、ミスリルやオリハルコンなどの魔力伝導性の高い鉱物を加工した金属の事で、こうやって魔獣の革と圧着加工する事で、更に強度と魔導効率を上げる事が出来るのだそうだ。


 この装備の革素材は、その昔ハワードパパがお若い頃に仲間達と討伐した、高脅威値の魔獣の素材が使われていると仰っていた。


 その装備の名は『アルティメット・ウロボロス』


 名前から、かなりヤバそうな奴を討伐した雰囲気が、ビシビシと伝わって来ますの……。



 そしてその手に持つ、黒い大剣。

 ココから見ても、190センチあるハワードパパの身長よりも長い。多分2メートルを超える長さだ。


 柄も長くて多分50センチはある。

 柄頭には錨をスリムにした様な装飾が付けられ、中心に埋め込まれた小さな魔珠が、淡いブルーの光を放っている。


 厚みのある鍔は弓を逆にした様に湾曲し、その端が刀身へと向け鋭い爪の様に突き出てる。

 これにも繊細に、装飾の様な魔法印が施されていた。


 剣幅も太い。恐らく一般的なロングソードの1.5倍近くあるかな?

 それでも剣身そのものが長いので、武骨さは感じない。

 ブレード自体も肉厚なので、剣全体の重さはかなりの物だと思う。


 これはクラウド家に昔から伝わる物で、『グランドデバイダ』と呼ばれる剣なのだそうだ。

 強さはわたしのゲーム基準で、D装備の中位と言った所かな?

 大隊長やカイル様が持っておられる武器が、Dの下位程なので、此処に来てから見た武器の中では一番強いかな。



 刀身根元の、リカッソと呼ばれる刃が付いていない部分には、魔法印が刻み込まれ蒼く発光してる。

 そのまま刀身全体も、淡い光に包み込まれていた。


 革鎧に、経路の様に連なりに刻み込まれた魔法印も、光のラインとなりハワードパパの身体を照らし出していた。


 ハワードパパが剣を振る度、蒼い澄やかな光の線がその場を埋めて行く。



 ハワードパパが……、格好良過ぎる……!!!


 普段のわたしなら、確実に!相当に!!テンションがダダ上がりになってしまう所なのだろうが……、今日はちょと冷静だ。



「コォォォォォ………」


 ハワードパパが、静かに長く呼吸を吐いて行く。


 それにつれ、ハワードパパの身体から立ち上っていた闘気も小さくなり、淡い輝きを放っていた刀身や革鎧も、大気に溶ける様に光りが消えて行った。


「マーシュ!無理をさせたな!助かった!」

「いや、気に入って貰った様で何よりだ、クラウドの旦那!ワシも久しぶりに遣り甲斐のある仕事だったぜ」


 ハワードパパが、修練場の端にあるベンチに腰を降ろすと、その後ろにマーシュさんが回り込み、会話を交わしながらハワードパパの肩の辺りで作業をする様に手を動かした。

 すると、バシュッと音を立て、蒸気を吹きながら革鎧が前後に割れ、そのままマーシュさんの手で装備が外されて行き、ハワードパパの上半身が露わになった。


 うん、もうね、こういうギミックにはもう驚かないよ。……あの魔導装甲展開を見せられた後ですからね!


 向うの方で、カイル様が他の騎士団の方にズルズルと引き摺られ、修練場から出る所が目に入った。

 大丈夫かな?お怪我はしていないと思うけど……。

 でもアレ?気のせいかな?あのパーティの晩以降、真面に立っているカイル様を殆ど見ていない気がするな……何でだろ?


 そんな事を考えながら、ハワードパパに何時もの様にタオルをお渡しする。ハワードパパは、ありがとう と、やはり何時もの様に笑顔で受け取って下さった。


「……本気なんだな?旦那」


 マーシュさんが、外した革鎧を点検しながら、呟く様にハワードパパに問いかけていた。


「……ああ」


 ハワードパパが、わたしが渡したタオルでお身体を拭きながら答えられた。


「……アンタは引退したはずだぜ?」

「………」

「……ロランの黒岩か」

「……いい加減、取り戻さねばなるまい?」

「……ジルベルトもか?」

「ああ、コンラッドもな」

「……そうか」

「気にするなマーシュ。お主はまだまだ此処でやる事がある」

「………」

「すまんなマーシュ……」

「必ず……帰って来い」

「………ああ」


 それきり、お二人は黙り込んでしまわれた。



 今、お二人の話に出て来た様に、ジルベルトさんもハワードパパと一緒に行く事になっている。


 昨日、ソニアママと一緒にハワードパパのお荷物を整理している所へジルベルトさんがやって来て、ハワードパパが行くなら自分も行くのは当然だと仰って、ソニアママにお暇を告げられていた。

 その後、一緒に荷物を纏め上げ、ジルベルトさんがその荷物を持って行かれる事になった。


 今お名前が出たもうお1人。コンラッドさんと言うのは、ロンバートとアリアのおじいちゃまで、ブロウク家の先代頭首で御隠居さんだ。

 わたしも何度もお会いした事があるけど、凄く元気なおじいちゃまで、今も毎日毎朝、木を切り倒していると言っていた。

 自分も行くと言い出したコンラッドさんを、ブロウク家の皆さんは当然お止になったそうだけど、コンラッドさんは頑として聞き入れなかったそうだ。


 詳しい話はお聞きしていないけど、どうやらハワードパパ、ジルベルトさん、コンラッドさんの三人は、昔チームを組んでいたらしい。


 今、お二人の会話を聞いていると、もしかしてマーシュさんもチームの一員だったのかな?




 そんな事をしている内に、もう直ぐ午後のお茶の時間だ。


 今、エルローズさんとアンナメリーが、お茶の準備をしてくれている筈。

 お二人をお連れするのも、今のわたしのお役目だ。


 ハワードパパにも早くお着替え頂き、マーシュさんの片付けが終わったらお連れしないと……。


 今夜は、出立前の壮行会が行われると云う事だから、ユックリ出来るのは今の内だけだ。

 なるべく、ハワードパパとソニアママが、一緒に居られる時間を作ってあげたいと思っている。


 やがて、ハワードパパのお着替えの手伝いをしていると、アンナメリーがわたし達を呼びに来た。お茶の用意が出来た様だ。

 そのままお二人をお連れして、お茶の席へと向かった。


 明日はもう出発なのだ、ハワードパパには今日はもう、悠々と時間を過ごして頂きたい。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 あと数日で2の紅月あかつきになるとはいえ、アムカムの朝は、まだまだ冷え込む。

 陽は先程昇ったばかり、時間は朝の6時を回った所だ。

 今日は空が雲に覆われ、日差しは望めず吐く息も白い。


 それでも此処、壱の詰所前の広場は、人の多さで熱が立ち登っている様だ。


 後30分もすれば、調査団出立の時間だ。

 わたしとソニアママ、そしてエルローズさんとアンナメリーも、お見送りの為に此処まで来ていた。

 見送りにはわたし達の他に、オーガストさん御三家の方や、村の関係者も来ておられる。


 準備の済んだ騎士団の方達が、続々とこの広場へ集まって来ていた。

 改めて装備を展開して身に着けている騎士団の方達を見ると、皆さん一様に同じ重鎧と云う訳では無いらしい。


 中には軽鎧の様に軽目の方もいらっしゃる。

 持っている武器も、両手剣の方も居れば槍を持たれている方、防御特化と言いたげに、大きなタワーシールドを持たれた方、魔法専門かな?錫杖の様な杖を持たれている方も居る。

 中々にバリエーションに富んでおられる。


 出発される皆さんが、其々のチームに分かれて隊列を組み始めた。


 騎士団は5人で1班を作っている。それが1班から順に10班まであるそうだ。


 先遣部隊は最初の1班と2班。其処に部隊長のマグリットさんが加わり11名だ。

 因みに、第1班の班長はジモンさん。第2班の班長はライサさんだそうだ!

 …大丈夫なのか?大丈夫なんだろね…。いや!心配はしてませんよ!少ししか!!


 本隊は、第3班から第6班までの4班からなる20人。

 そこにセドリック・マイヤー大隊長と、副長であるカイル様が加わる。


 そして更に…。


「センセー、待ってくださいよー。早いですよセイワシ先生ーー」

「ふむ、何をしているのだねジョスリーヌ君!いつまでも食事に時間を掛けすぎなのだよ!時は待ってはくれないのだよ?!」

「センセが早すぎるんですーー。大体、ココのお食事が美味し過ぎるんですよー」


「相も変わらず、セイワシ君とその助手は慌ただしいのぉ。もちっと落ち着けんモンかのぉ?」

「ノソリ君は落ち着き過ぎじゃぞ?さては耄碌が始まったか?」

「モリス君こそ、此処の所腰が痛いと言い続けているではないかのぉ?身体が付いて来ていないのぉ」

「此れは最近、狭い坑道に入り浸っておったからじゃ!歳とは無関係じゃ!」


 今騒がしく目の前を通って行ったのは、学術調査の為に王都の大学から来られた先生方だ。


 魔導力学、セイワシ・メルチオ博士。

 構造地質学、モリス・バルタサル博士。

 魔法生物学、ノソリ・カスバル博士。

 そしてメルチオ博士の助手のジョスリーヌ・ジョスランさん。


 この三博士と学生さん一人の計4名が、学術調査団になるそうだ。


 それで、このカスバル博士がヒューマン……つまりわたし達と一緒だね……で、バルタサル博士はドワーフ。

 そしてそしてなんと!メルチオ博士が純血のエルフ!ついにお目にかかれたのですよエルフさんに!!


 で、エルフにも幾つかの種があるそうで、博士はサンエルフと呼ばれる種族なのだそうだ。

 その姿は、わたしが知っているエルフの様に、耳は長く、綺麗なブロンドの髪をしていた。

 見た目は二十歳そこそこのお兄さんに見えるけど、実年齢は75歳だって!凄いね長寿種は!


 因みに、他のお二人、バルタサル博士もカスバル博士も、同い年で三人共同級生なんだって!!

 見た目は全然違うのに、セイワシ君。モリス君。ノソリ君。と呼び合っているのがナンカ面白い。


 あ、それから助手のジョスリーヌさんはハーフエルフで、コチラも見た目は15~6歳の未成年に見えるけど、シッカリと25歳の成人だって。

 どうやらこの方、大学からこの三博士の面倒を見る様にと、お付きとして一緒に来られたらしい。



 そして、もう一組。王都調査使節団からの、監督要員だ。

 使節副官を務めるコナー・クラーク氏。そしてその補佐として事務官が2名。

 事務の方が大森林に入るなんて、どうかと思うんだけど……。

 彼らは探索の行程を記録に残し、それを王都へ伝えるという使節団最重要の仕事をしなくてはならないらしい。


 この方達は、身体を使う事が本業では無いのだから、どうか怪我などしない様に、気を付けて行って来て頂きたいと思う。


 そして、整備主任であるフレッドさんを加えた兵站部隊15名。


 この非戦闘員22名と騎士団の33名、そしてハワードパパを含めたアムカムの3名を合わせた55名が、今回のイロシオ調査団の全メンバーだ。


 尤も、大森林の中で、10キロとか15キロおきに、ベースキャンプを作って人員の交代をして行くそうなので、常にこの人数で居る訳では無いと言う話だ。


 初日の今日は、後詰めの団員10名も連れて出発し、『嘆きの丘』に最初のベースキャンプを作るのだそうだ。





「総員!出発準備!!」


 遠くの方で大隊長のマイヤーさんが、馬上から声を上げていた。


 出発の時間になっても、やはり曇天の空は、厚く低い雲が何処までも続き、陽の光は一筋たりとも地上を射していない。

 北に聳えるディパーラさえ、今は雲に隠れて姿が見えない。


 空気が湿気を帯びていないから、雨が降る事は無さそうなのが救いかな。


 いずれにしても、空は薄い灰味を帯びた厚い雲で蓋をされ、その先に広がっている筈の青い空を覗き見る事は今は出来ない。


 頭の上に広がっている、淡い薄墨を流して滲ませた様な模様は、ジッと見ていると何かの生き物にも見えて来る。

 東の空には、まるで丸まってる猫みたいな固まりまである。



 そういえば昔、もう少し濃い色だったけど、あんな灰色の猫が居たっけ……。





 全身が綺麗なグレーで、鼻先からお腹にかけては白く、足の先っぽも白い靴を履いているみたいな牡猫おすねこだった。


 朝の決まった時間にウチに来て、ブロック塀や、ベランダの支柱になっている鉄骨に身体を擦りつけてた。

 物怖じしない金色の目でコチラをジッと見て、お皿を出すと近くに寄って来て、そこに祖母が用意したミルクを注ぐと、ペチャペチャと直ぐに舐め始める。ミルクを舐めている間は、身体を黙って撫でさせてくれるので、毎日撫でていた。

 綺麗にミルクを舐め終えると、また直ぐに隣家の塀とか壁に身体を擦りつけに行ってしまう。


 祖母の話では、これは朝の見回りなのだそうだ。男は外へ出れば七人の敵が居るからね、大変なんだよ。と、ミルク皿を片付けながらニコニコした祖母が言っていた記憶がある。


 それから何年かして中学生になった頃、ピタリとその猫が来なくなった。

 何ヶ月かしたある朝、いつも用意していた猫用の皿を手持無沙汰にいじっていた時、祖母がポツリと、もう来ないかもね。と呟いた。


 男の子は旅に出ちゃうものだからね。と……。


 それとも……寿命だったかもねぇ。と祖母は続けた。


 確かにあの猫は随分と堂々として、貫録があったと思う。

 一度腰の辺りの毛が抉れて、肉が見える様な怪我をしていた時があった。

 見た目は凄く痛そうなのに、猫は気にした風も無く何時もの様に日課を続けていた。


 あの猫は、この辺のボスなんだよ。長く縄張りを守っていると色々あるもんだ。と祖父も言っていた。


 傷はいつの間にか綺麗に消えていたけれど、猫の世界は大変なんだな……とその時思った。


 その猫も、もう寿命だったのかも、と祖母は言う。随分な歳の筈だから……とも。


 猫は死期を悟ると、人知れず姿を隠すものだから……と。


 そんな猫の話を聞いた時は、意味も無くソレが『カッコイイ』と思った。

 人に死に姿を見せず、一人静かに朽ちて行くという様が寂しさを感じるものの、その寂しさを含めて『カッコイイ』と。

 それが男の死に様なのかと、物寂しい疼きを感じながらも、少し感動していたのを覚えてる。

 今思えばそれは、文字通り実に厨二な感じ方だったのだと思う。


 それから又何年かして高校生になった頃。たまたま通りかかった家の、サッシ窓の内側に佇んで居た猫を見かけた。


 それは見覚えのある灰色と白で、昔ウチに毎朝来ていた灰色の猫を思い出させた。

 でもそれは記憶にある猫よりも気持ち小柄で、挙動にもあの年老いた牡猫おすねこほどの落ち着きは感じられなかった。

 やがてその猫が、ユックリと家の奥へと消えて行くのを眺めながら、自分が昔感じた物悲しい想いが、胸の奥から溶けて行くのが判った。


 何の根拠も無いけれど、あの牡猫おすねこがこの家の猫だったのだと思ったのだ。


 きっとたった一匹で人知れず死を迎えたのでは無く、この家の家族に見守られながら、静かにその生涯を閉じたのだろう。

 何故かその時、そう思えて仕方なかった。


 もう、あの時に感じた『カッコイイ』と云う思いは何処にも無かった。


 只あるのは安心感だけだった。

 その時、本当に何の根拠も無く、自分の勝手な思い込みかもしれないけれど、ずっと引っかかっていた何かが溶け落ちていた。





 どういう訳か今、その時の記憶が甦る……。


 何故わたしは今、そんな事を思い出しているのだろうか?

 何故わたしは今、喉元に込み上げる何かに堪えているのだろうか?


 空はやはり灰色で、蒼天を塞ぐ天井の様に、灰色の雲が何処までも空を覆っている。



 その灰色の雲の下、えんじ色の外套を纏ったハワードパパが、レグレスに跨り進んで来る。

 レグレスには鞍が付けられ、腰の辺りにはハワードパパの荷物が据え付けられていた。

 その手綱は、大きな背嚢を背負ったジルベルトさんが持って引いている。

 レグレスの隣には大柄なコンラッドさんが、これも大きな戦斧を肩に担ぎ、並んで歩いていた。


 わたし達に気が付いたハワードパパが、わたしとソニアママの傍まで近付いて来られた。

 わたし達の前まで来ると、そのままレグルスから降りて、わたしと並んで立っているソニアママの前に立たれた。


 お二人は暫くの間向かい合い、お互い言葉を発する事無く、まるで瞳だけで語り合っている様だった。

 やがて静かにハワードパパがソニアママの背に手を回し、ソッと包み込むように抱きしめられた。


「……行って来る」


 ソニアママの耳元で、囁く様に告げられた言葉がわたしの耳にも届いて来る。


「…………ハワード……」


 ソニアママが、ハワードパパの背中に回した手を、キュッと握ったのが分った。


「……どうか……ご武運を」

「……うむ、お前も……、息災でな……」


 抱き合っていたお二人がユックリと離れた。

 名残惜しいように、何時までも触れていたいと言いたげに、お互いの腕に手を載せ合わせ、静かに距離を取って行く。


 そのままハワードパパは、ソニアママの手を優しく包むように握り、わたしへ視線を向けた。


 わたしと目が合うと、ハワードパパはえんじ色の外套をゆらし、一歩足を踏み出しわたしの前まで来た。

 そして、わたしの両の肩にその大きな手をソッと置かれて……。


「……スージィ、後の事は頼んだよ……」

「は……、はぃ……」


 わたしはその時、只返事を返す事しか出来なかった。

 本当は、お怪我の無い様に。とか、どうか御無事で。とか、必ずお戻り下さい。とか言いたい事は沢山あった筈なのに、何一つ言葉に出来なかった。


 やがて、マイヤーさんの出発の号令が聞こえて来た。


 ハワードパパはレグレスへ跨り、ジルベルトさんに手綱を引かれて隊の中心へと向かって行く。


 わたしとソニアママは手を握り合って、それを静かに見送った。


 やがて大隊が移動を始める。

 静かに厳かな儀式をする様に、ゆっくりと大きな生き物が身動きをする様に動き出す。


 わたしとソニアママは、それを只見詰めていた。


 隊の列が、詰所建屋の横にある、開かれた頑強な門を次々と潜り、通り抜けて行く。


 いつの間にか、隊列に埋まる様に見えなくなったハワードパパを、目で追おうと爪先立っていた。


 わたしとソニアママは、隊の最後尾が門の内に入り森の奥に消えて行くまで、その場でずっと見送り続けていた。


――――――――――――――――――――

次回「アムカムの聖域」

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