第21話マーシュ・カウズバートの訪問
「……よし!こんなモンかな?」
わたしは厨房に用意された大人数分の朝食を前に、腰に手を当て、満足気に息を吐いた。
スクランブルエッグに厚切りベーコン。アムカムボアのばら肉シチューと、ハニートースト。
実際に調理をされたのは、アムカムハウスの料理長なんだけど……。
実に100人近い人数分の料理だ。盛り付けを手伝わせて頂いた。
本当は、お給仕もお手伝いしたい所だったのだけど……、アムカムハウス内での仕事も落ち着いて、メイドさん方の手も空き、皆さん此方に回って来た。
わたしが出るまでも無いのだ、と……。奥に引っ込んで居なさい、と……。シクシクシク……。
『食堂の看板娘』の仕事が、無くなってしまつたのでつ……。
まあ、ソニアママやアンナメリーに、必要以上に騎士団の前に姿を見せない様に、と言われてしまったしなぁ。
……目下絶賛失業中ですの。
でもまだ、裏方の仕事なら幾らでもあるモンねー♪
要するに、お客様たちの眼の届かない所で仕事をすれば良い訳なのだ!
こんな風に調理の手伝いとかね!下拵えやお皿を並べるとか、お片付けや皿洗いだってある!
室内なら、お洗濯やお掃除だって出来るモノね!
尤も、メイドさん達にそんな事してるのを目に止められると、忽ち仕事を取り上げられてしまうのだけどね……ァウ!
それでも、隙を見ては仕事を見つけてやってしまうのさ!ウヒ!
そんな感じで見つけた洗濯物のお仕事で、東棟の南側にある広場一杯に洗濯物を広げ干し終えて、気持ち良く伸びをしていたら、見知った姿が目に飛び込んで来た。
「マーシュさん?!こんな早い時間から、どうなさったんです、か?」
そこに居たのは、コープタウンの鍛冶工房の工房長、マーシュ・カウズバートさんだった。
「おお!クラウドの嬢ちゃんじゃないか!なんだ?村の手伝いか?」
「はい、そうなんですけ、ど……。マーシュさんは、どうされたんです、か?……もしかして、武器防具の納品です、か?」
マーシュさんは大きな革袋を、右肩に引っ掛ける様にして持っておられた。
ん?でも納品にしては荷物が少ないかな?
「うん?まあそんな所だ……。そうだ嬢ちゃん丁度いい、騎士団が居るのは何処か分るかね?」
「あ、ハイ、此方の東棟の先に、臨時の宿舎が、作ってありまし、て……。ちょうど手も空いた所です、ので、ご案内します、よ」
「そりゃ助かる。頼むよ嬢ちゃん」
どうやらマーシュさんは騎士団本体では無く、兵站部隊の人に用向きがあるらしい。
「去年の秋口に、少しばかり手を貸した物があってな……。その仕上がりを見に来んだよ」
そう言えば去年、2ヶ月くらい王都に行かれていたんだっけ。
マーシュさんは、その時に手掛けた仕事の出来を確認に来たらしい。
騎士団がコープタウンに着いた時は、時間が無かったので、アムカムハウスに落ち着いてから見に来て欲しいと、頼まれたと云う事だ。
「ま、それ以外にも仕事はあるんだがな……。お!居た居た!!おい!フレッド!!」
「え……?あ!カウズバート師!いらして下さったんですか?!」
騎士団が簡易倉庫として張ったテントの近くまで来ると、そのテント前に居た人にマーシュさんが手を挙げて声を掛けた。
フレッドさんと呼ばれた人は、騎士団の他に人達の様に革のジャケットやブーツ、グローブは身に付けていなかった。
代りに全身カーキ色のツナギっぽいウエアと、普通に革のブーツという格好だった。
黒いサイケな柄のバンダナをハチマキの様に黒髪の頭に巻いて、まるっこい顎の周りの無精髭が凄い。
青い垂れた目が、ちょっとドロッとしてるかな?隈も凄いから寝不足なのかも?
何だろこの人?この出で立ち?ふぁんたじぃに似つかわしくないよ?!
手に持ったペンで頭をガリガリ掻き、もう片手のバインダーの書類をチェックしていた様は、まさにメカニックな人そのものなんですけどぉ?!!
フレッドさんはペンを持っていた手を上げて、マーシュさんに御挨拶をされていた。
「態々ありがとう御座いますカウズバート師!お持ちしてましたよ!」
そう言うとマーシュさんの近くまで歩み寄り、その両手を握って上下に揺らし嬉しそうに語りかけていた。
「師の残された四式改を調整し、現在改二として運用に成功しています!どうか見てやっては頂けませんか?!」
ナ、ナニ?なんだぁ??!なにやら更にファンタジーには不似合いな単語を吐き出して来て無いかい?!
四式?改二?
疾風るの?抜錨るの?!って言いたくなる単語だよね??!!
最初、マーシュさんを案内したら直ぐ引き上げようと思ってたんだけど、好奇心に引き摺られ、一緒にテントの入口まで来てしまった。
だって、四式とか改二とか呼ばれている物ってナニ?!
一体何を作ったの?!気になって夜も眠れなくなるじゃにゃいのよ!ねぇ?!
テント前まで来ると、中からマグリットさんとジモンさんも出て来られた。
「姫様?!どうなさったんですか?こんな所へ!」
私を見つけたマグリットさんのセリフに、一瞬フレッドさんは目を見開いて「姫様?」と驚かれていた様だったけど、あまり騒ぎ立てない様にと、ジモンさんが制して下さった。
何故此処にマグリットさん達が居るのかと云えば、そもそも、騎士団本隊の先を行き、部隊進攻の要を担う先遣部隊の部隊長であるマグリットさんは、兵站全体の責任者でもあるのだ。
アムカムへ来る途中、コープタウンのマーシュさんを訪ねて、お声掛けをしたのもマグリットさんだと云う事だ。
「良くおいで下さいましたカウズバート殿。ローリング主任も首を長くして待ち侘びていましたよ」
マーシュさんが、マグリットさんジモンさんと握手を交わしていた。
フレッド・ローリングさんは、マーシュさんが王都に居る時に技術指導をされていた方で、兵站部隊の整備主任なのだそうだ。
言って見れば、マーシュさんの弟子のお1人って事らしい。
「今、整備を済ませた物から順に、稼動確認をする所だったんです。良かった!これでカウズバート師にも確認して頂ける!」
「ほぉ、それは良いタイミングだったか?なら早速見せて貰おうか!」
稼動確認?それは4式とか?改二とか言われてる奴の?
一体それは何の事なの?!見たい!みたい!!見たいいーーーー!!!
「なんだ?嬢ちゃんも見たいのか?」
マーシュさんがわたしを見て、そう仰った。
顔に出てたかな?好奇心剥き出しで、メッチャ物欲しそうな顔をしてた気もしる……ちょと恥ずかしくなった。
そんな恥じ入ったわたしを見て、苦笑しながらマーシュさんが、マグリットさん達に見学の確認を取ってくれた。
マグリットさんも笑顔で許可をくれたけど……。
なんかその微笑ましい物でも見る様な優しげな眼差しが、尚の事わたしの羞恥心を刺激して頬に熱を感じてしまう。
マグリットさんの御許可も頂いたので、皆さんとご一緒させて貰う事になった。
向かう場所は東棟にある修練場。
アムカムハウス本棟に連なる東棟は、元々アムカム領時代、城に仕える騎士さんや兵士さん達の宿舎だったそうだ。
そこにあった施設は、その時代のまま残され今も使われている。
それは学校にある修練場よりも、遥かに頑丈な造りになっているそうな。
グレード持ちの方達も良く使っているそうだから、かなりの強度がある物だと云う事が窺い知れる。
修練場の前に到着すると、その入口手前のベンチの上でボロ布の様になった人らしい塊が、息も絶え絶えな様子で蠢いていた。
良く見るとそれは、昨日お会いした騎士団のお1人、カイル様だ!
何でこんな場所でそんな状態で?!!
思わず駆け寄り、声を掛けようとしたのだけれど……。
何故か、マグリットさんもジモンさんも、スイッと目線を外し、見なかった事にして其処を足早に通り過ぎて行く。
マーシュさんとフレッドさんは、元より気にも留めず、談笑しながらドンドン進んでいた。
……む、こりは……。見なかった事にした方が良いのでせうか?
特に酷い怪我をしている訳でも無いし、多分朝から夢中で鍛練に打ち込んでいたのだろう。暫く休んでいれば体力も回復しそうだしね。
そうだよね!ボロボロになってるトコを、女の子に見られるのは恥ずかしいもんね!ウン、ココは見なかった事にしてあげよう!
それが『気遣いの出来る女子』ってもんだよね!
ウン!見なかった事にしよ!そーしよー!
少し後ろ髪を引かれたけれど、そのまま皆さんの後を追って、修練場の建屋内へと入って行った。
ロッカールームやシャワールームのある、10メートル程の通路を抜けた先にある、分厚くて大きく武骨な両開きの扉を開け、修練場の中へと入る。
修練場の大きさは30×30メートルくらい。
2面コートの室内テニス場、って感じの大きさかな?
その中、地面の上に20個程、整然と背嚢の様な物が並べられていた。
その内の一つを背負って、背嚢の背負い具合を確かめている人が居た。
手甲、脛当てを着け、革のジャケットも身に着けているから騎士団の方だと分る。
その人にマグリットさんがお声を掛けていた。
「これから稼動確認するそうです!カウズバート殿!どうぞお近くへ!」
マグリットさんが声を上げて、マーシュさんを呼び寄せた。
「トニー、始めて貰えるかな?」
背嚢の後ろ側に回り、何やら確認をしていたフレッドさんに言葉を掛けられ、トニーさんと呼ばれた方は軽く頷いた。
この背嚢も、近くで良く見ると普通の物とはチョット違う様な気がする。
材質も布じゃないのかな?なによりダボっとして無くて、布よりずっと硬質な感じがする。
なんだか、宇宙服のバックパックみたいにも見える。
背嚢の左横に剣……、恐らくナイトソード……が突き立っているのが分る。あの位置だと抜き難くないのかな?
肩から伸びるストラップも、普通の物よりずっと太い。
胸元を止めるチェストストラップも幅が厚くて、左側のショルダーストラップと交差する場所には、大きな円形のパーツが付いている。
良く見ると、そのパーツの中心には魔珠が埋め込まれている様だ……。ん?いや、あれは……制御珠?
腰回りを止めるストラップも凄く太くて金属質だ。
なんだかラ〇ダーベルトっぽいか……?
もっと良く見ようと近づこうとしたら、ジモンさんに「此処でお待ち下さい」と2メートル以上離れた所で止められた。
フレッドさんも一歩下り、トニーさんに向け頷いた。
「
トニーさんが胸の制御珠に手を置き、そう唱えると制御珠が輝きを放った。魔力が注ぎ込まれたのだ。
シアンブルーの光が辺りを包むのと同時に、背負っていた背嚢……いや、バックパックが開いて幾つものパーツに分れ、トニーさんの身体を覆って行った!
胸部に!腹部に!腿に!腰に!腕に!肩に!
見る見るその身体が重装甲に覆われて行く!!
最後に頭部!
口元に左右からクラッシャーが伸び閉じる!
パーツが後から覆い被さり、フルフェイスのヘルメットの様に顔を隠した。
光が収まった時、フルプレートの重装甲を纏った騎士様がそこに居た!
なんっっっじゃ!!コリャーーーーーーーッッッ?!!!
度肝を抜かれたぁぁぁ!!!!
トニーさんの左腕にはカイトシールドが装着されていた。
鋭角な方が肘側、開いた方は手首側だ。
左手の手首の甲部分に、カイトシールドから突き出したナイトソードの柄の部分が見える。
それを徐に右手で引き抜き、そのまま空を斬った。
そのまま一つ、二つ、剣技の型を見せ、動きを止めた。
さっきからわたしの口は、顎が外れたみたいに大きく開きっぱなしだ!
目だって、これでもかって程見開いてる!!
良くこんな顔をビビ達にさせてたけど!まさか自分がする事になるとはっっ!!
こんな顔、ハシタナイのは重々承知しております!でもね!だけどね!!
これが四式?これが改二?
あり得るのぉ?!コレ有りなのぉぉ?!!
これ!どぉー考えてもパワードスーツよねっっ?!
この装着の仕方は有名アメコミヒーローの鉄な人とかだよね?!もしくは、燃える様な赤いバラ胸に添える教師な人達とか?!
何処行った?!ふぁんたじぃぃぃーーーーっっっ!!!
いや、でも仕上がりは確かに、重厚なフルプレートの
左胸のトコは、綺麗なブルーの制御珠が輝いてるけど、ちゃんとした鎧だものね!!
「ふむ……ミスリルとマジックチタンのβ合金か……。ミスリルの産地は……王都東のマイン鉱山だな?近場の
「はい、素材の質は落としましたが、魔力伝導率はオリジナルの80%まで上げる事に成功しています。これは実用に足る数値です。コスト面でも量産が可能になりました」
マーシュさんが、鎧をコンコンと叩いたり撫でたりしながら、フレッドさんと専門的な話を始めてしまった。
皆さんにとって、コレは当たり前の動作だった様で、今、目の前で起きた事に目を剥いているのは、わたしだけらしい……。マジか!
「姫様……、驚かれましたか?」
呆けていたわたしに、マグリットさんが伺う様に声をかけて来た。
「拠点防衛の要となる
そんな風にマグリットさんが説明をしてくれた。
普段から身に着けているグローブとブーツは、本当にそのまま手甲と脛当てになった。
パイロットジャケットみたいな上着と革のパンツは、鎧下となって衝撃を緩和する事に役立っているらそうだ。
マーシュさんは、まだフレッドさんとお話を続けていた。
取敢えず呆けから立ち直り、これ以上此処に居てもお邪魔になるだけだろうと思い、マグリットさんにお暇を告げてその場を後にしようとしたら……。
「嬢ちゃんすまん!旦那に今日中に整備を始めると言って置いてくれるか?なに、明日中には現役に戻してやると伝えてくれ!!」
と、マーシュさんにハワードパパへの伝言をお願いされた。
2~3日此方に滞在するとも仰っていたから、ココ以外にも何か整備する物があるのかな?
おっと、いつの間にかもうお昼の用意を始めないとイケナイ時間だ。
この後お昼をお届けする時に、ハワードパパにマーシュさんのご伝言をお伝えしよう。
皆さんにお邪魔をさせて頂いたお礼を述べて、その場を後にした。
大きな扉を閉めるまで、マーシュさんとフレッドさんの興奮した様な声が、修練場内で響いていた。
――――――――――――――――――――
次回「ソニア・クラウドの憂い事」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます