第20話ハルバート・イーストの哄笑
カタリ、カタリと硬質な物が触れ合う音が響く。
パキリ、パキリと乾いた枝が砕かれる様な音が広がって行く。
ザワリ、ザワリと森の中の澱んだ大気が蠢いて行く。
それは深い森の奥にも拘らず、命ある草木が生えぬ呪われた土地。岩や土くれが剥き出しになった広大な空間。
其処に生命を感じさせぬ悍ましい存在が、大地を覆い無数に蠢く。
それは、そんな悍ましい場所を見下ろす様にそそり立つ黒い岩山。
其処に穿たれた一つの
その岩の抉られた最奥には、一つの座が据え置かれていた。
無機物とも生物とも捉え難いその椅子は、骨とも臓物ともつかぬ造形で形作られ、ドス黒くてかり、ぬめる様な光沢を放っていた。
その椅子を、玉座の様に悠然と座る男の姿がある。
男の肌は椅子と同じ様にドス黒くてかりを帯び、長いドレッドヘアと黒い髭に覆われた顔はシニカルに口角を上げ、鋭い眼差しは赤い光を帯びていた。
その身体は衣服を付けず、全身を血管か蔦の様な脈管が覆い、まるで椅子と同化している様に脈動していた。
更に、その黒き王座に縋り付く様に寄り添う姿が3つ。
玉座の右側から、白い肌と緩くウェブの掛ったゴールデンブロンドの女がしな垂れかかる。
身に纏う黒いナイトドレスは、胸元がVの字に大きく開き、深く切り込まれたスリットから覗かせた腿を、玉座から伸びる脈管に絡ませていた。
その対となる様に座の左側には、褐色の肌と長い黒髪を揺らし、やはり椅子に身を摺り寄せる女がいる。
その身を包むのは、ストリングと僅かな切れ端のみで造られた、際どいビキニアーマー。
肩当てや手甲を身に付けてはいるが、その装いが戦の場で役目を果たすとは、到底思えない。
褐色の肌の女は、玉座の男へと密着度を高めようとすり寄りながら、その胸元へ顔をよせていく。
そしてもう一人。薄青い肌と僅かに尖った耳を持ち、白銀の髪を結い上げた女は、黒革のボンデージを身に纏っていた。
自らを戒める様に絞られた革のベルトが、辛うじて秘所を隠し、着けた首輪や手足の拘束具から垂れる赤錆びた武骨な鎖が、その身を動かすたびに無機質な音を響かせる。
女は身体を玉座の足元に投げ出し、そのまま男の脚にその身を縋り寄せていた。
三者とも豊満で蠱惑的な肢体を持ち、皆、血の様に赤い唇と
女達は玉座の男の身を、そこから伸びる脈管を、然も愛おしげに指を、唇を、舌を這わせ、恍惚とした表情を浮かべている。
巌の中に、女達の淫靡な息遣いが響く。
そんな4つの影が蠢く玉座の前に佇む、もう一つの赤い影。
胸元へ流れる、輝く様なプラチナブロンド。
切れ長な目と空色の瞳は冷ややかに辺りを映し、厚みのある艶やかな赤い唇は、感情を見せずに結び閉じれていた。
身に纏う物は血よりも赤いガーネットのドレス。その赤は露わにした肩と、零れんばかりの胸元の白磁の肌を際立たせる。
やがてその、血の様に赤い唇が開き、甘い声色が言葉を紡ぎ始めた。
「ハルバート様、如何で御座いましょうか?」
「おう、クラリモンド。取敢えず言われた数は上がってるぜぇ」
クラリモンドの問い掛けに、ハルバートが事も無いと答える。と同時に、三人の女達がクラリモンドへ鋭い視線を向けた。
「ありがとう御座います!10ヶ月余りでこの数を揃えられるとは……、流石で御座います。ロドルフ様もお喜びになられます」
「豚や小鬼共の巣が、幾つも見つかったからなぁ。おかげで幾分早まった様なモンだ。尤も、もうちっと時間かけても良かったんだがなぁ。せめて1年はかけたかったぜぇ?」
クラリモンドが静かに上体を傾け、礼の姿勢を取れば、その胸元が零れんばかりにたわわに揺れる。
ハルバートはそれを、口元を歪めながら楽しげに眺めていた。
「それもハルバート様のお力故で御座います」
「俺としちゃァ5年でも10年でも、いっその事100年でも構わ無ぇんだけどよ!なぁ?クラリモンド?!クハハッ!」
ハルバートが、もっと時間を掛けたかったと愉快そうに返す。
まるで時間を掛ければかける程に、己が楽しみが増えると言いたげに。
だが三人の女達は、ハルバートのその言葉に反応し、忌々しげな視線をクラリモンドへと投げかける。
当のクラリモンドの眼差しは冷ややかで、その表情に変化はない。
「流石に100年じゃアイツが生きて無ぇか?クハッ!……いや、奴なら100年経とうが200年経とうが、今のままだったとしても不思議じゃ無ぇな……クハハハッ!」
「何れにしても時間となりました。ご用意の程、お願い致します」
クラリモンドが静かに、玉座の上に在るオブジェに視線を向ける。
玉座の背板は高く、そのオブジェは背板の中心から上へと向かい突き出していた。
それは針の様な無数の牙を剥きだしにし、全てを喰らわんと口を開く餓鬼魂の如き首が複数絡み合う歪なオブジェだ。
そのオブジェの幾つかの口が、何かを求める様に僅かに開くのを、クラリモンドは目を細めて見詰めていた。
「俺が普通に創り出せる骨共は、1日100体前後が良いトコだ。上位種出すにしても精々1~2体だ」
ハルバートが、玉座と同化していた右腕を動かした。
パキリ、パキリッと腕と玉座を繋ぐ脈管が、砕ける様に千切れて行く。
「だが、こうやって地中の瘴気と繋がってやりゃぁ、倍近くまで効率が上がる!クハッ!最もおかげ様でクリエイトを止めるまで、このクソッタレな瘴気と繋がったままじゃ無きゃいけねぇからなっ!イイ加減動きが取れねぇンで退屈してたんだよ!クハハッ!……だがよ、思ったよりも来るのが早かったじゃ無ぇか?え?」
更に左腕も引き剥がし、両手で肘掛けを掴み押し、上半身も背もたれから離して行く。
ビキッビキ、バキリと脈管が引き千切られる。
玉座から離れる
女達が嬉しげな吐息を漏らし、玉座から離れようとするハルバートを見守っていた。
「はい、今年は雪解けが早う御座いましたので」
「……そうらしいなぁ。俺にはこの辺の気候は良く分らんがな!」
「恐らく一週間もすれば、この近くにまで到達するかと……」
「クハハッ良いぜ、良いぜ!!漸く身体が動かせるってぇ事だ!」
ハルバートは自由になった両腕で、左右に居た女達を引き寄せ肩を抱き、頭を撫でつける。
両脚に絡みついていた管脈も、パキリッと砕けた。
ハルバートが、身体から伸びる残りの管脈を引き千切りながら立ち上がる。
「手筈通り、宜しくお願い致します」
「任せろよ!クハハッ!マリーナ!来い!景気付けだ!使ってやるぜぇ!楽しませろよ!クハハッ!!」
「ハ、ハイ!ありがとう御座います……ハルバート様ぁ!あぅっ!」
立ち上がったハルバートは、足元に傅くマリーナと呼ばれた女の、結い上げられた白銀の髪を掴み、自分の顔の高さまで持ち上げてそのまま唇を奪う。
身体から垂れる鎖が絡み合い、激しく音を立てる中、女が苦しくも切なげな吐息を漏らして行く。
「楽しみだなぁ、え?クラリモンドよ?!」
ハルバートが玉座のある段上からクラリモンドを見下ろし、楽しそうに言葉を投げかける。
その手はマリーナの身体を包むボンデージのベルトを引き千切り、豊かな双丘を露わにさせた。
ハルバートの長く鋭い指の爪が、薄青い房の一つを握りつぶす様に深々と突き立って行く。
マリーナが悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げたてる。
ハルバートに次々と黒革が引き千切られ、その身には僅かにベルトの残滓が残るのみだ。
後ろからハルバートに掻き抱かれたマリーナが、嗚咽を漏らす。
ハルバートは更にマリーナの首筋に深々と己が牙を突き立てて行った。
巌の中に、マリーナの甲高い叫びが響き渡る。
「なぁ?俺の報酬は、どんな鳴き声を聞かせてくれるんだぁ?あ?楽しみだよなぁクラリモンド!クハハハッ!」
ハルバートは尚もマリーナの身体を弄び、蹂躙しながらクラリモンドに嬉しげに語りかけた。
クラリモンドは表情を動かさず静かな眼差しで「……ご随意に」と小さく呟いた。
玉座の脇に居る二人の女が、憎々しげにクラリモンドを睨む。
「イイぜ!イイぜぇ!クハッ!クハハッ!!クハハハハハハハハッ!!!」
途切れ途切れのマリーナの悲鳴と嬌声が上がり、絡み合う鎖がリズミカルな音を響かせる中、それを覆う様にハルバートの哄笑が巌の内に響き渡って行く。
それに呼応する様に、巌の外の空気が振動する。
地の底から上がる様な慟哭が震え響く。
その地に集う、全ての生者で在らざる者が、声なき声を発していた。
身に肉を纏う物も纏わぬ者も、双眸に怨火を灯し、温もりを持たぬ真紅の火が辺りを照らす。
万を超える不死の先兵が上げる怨嗟が、生無き大地を揺さぶり大気を震わす。
その日、イロシオ大森林の深層は、亡者の呪詛に埋まって行った。
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次回「マーシュ・カウズバートの訪問」
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