第19話ハワード・クラウドの決断

 用意されたのは、胸元がハートカットされたトップで肩が大きく出たナイトドレス。

 ウエストラインを強調する様にキュッと締まって、そこから広がる様にフリル多目のティアードスカートが広がっている。

 スノーホワイトの生地は淡い青味が品が良い。

 見た感じもとても可愛らしく、わたしの好みの仕上がりだ。


 でも、またあの視線に晒されるのかと思うと気が重い。

 まぁ、気持ちの上ではとっくに持直してるんですけどぉ!やっぱりイヤな物は嫌だよね!


 その夜の使節団歓迎の催しは、立食パーティと云う形で行われた。


 案の定、ヤな感じの視線は纏わり着いて来てたけど、傍に着いて居るアンナメリーも、わたしがフーリエ氏の視線を嫌がっていると気付いた様で、何気に視線を阻む立ち位置を維持してくれた。


 もう既にそんな視線はスルー出来るから、平気っちゃぁ平気なんだけど……その心遣いが嬉しいよね!


「姫様?!やっぱり姫様だ!」


 聞き覚えある声が横から飛んで来た。


「御機嫌よう、ライサさん。楽しんでいらっしゃいます、か?」


「あぁ!姫様!そのお姿!やっぱり立ち居振る舞いも麗しいですぅ!!」


 止めて下さい!仕込まれただけですから!こう云う場ではちゃんとしなさいと、後ろで見ているアンナメリーとエルローズさんの視線がコワイんです!付け焼刃なんですよぉぉぉ!!


「ドレスの色合いがとてもお似合いです。本当に素敵ですよ、スージィ姫様」


 マグリットさんとジモンさんもいらっしゃった。

 ひぃ~~っ!マグリットさんソレ殺し文句?

 ジモンさんは、唯々ニコニコと頷いていらっしゃる!


 お三人共、騎士の正装をされている様だ。

 いつもの手甲、脛当ては無く、ジャケットも仕立ての良い物を召されている。

 肩にはエポーレットを着け、胸元に金のモールが施されている。

 見るからに軍の正装と云う感じだ。


 装飾は結構派手目かな?なんか宝塚っぽい?

 特にマグリットさんみたいな美人さんだと、男装の麗人っぽさがっパ無いっすよ?!

 気高く咲いてって事ぉ?!

 その上でその台詞!お、落しにかかってますの?!!

 


 「丁度良かった姫様、紹介致します。我が隊の大隊長です」


 マグリットさんが、見るからに剛健なオジ様を連れて来られた。

 身長は180以上は在るかな?黒髪で口髭を蓄え、頬に沢山の傷跡がある。

 鋭い眼差しは明らかに歴戦の戦士の物だ。


「お目にかかれて光栄です。アムカムのスージィ姫様。第十二機動重騎士団千人隊長セドリック・マイヤーと申します。此度の騎士団の指揮を任されております」


 マイヤーさんはそう自己紹介されると、ジッとわたしを見詰めて来た。

 ああ、良いなぁ……、生粋の戦士の眼だ。アムカムの皆と同じ目だ。あの代表とは全然違う!

 思わず嬉しくなって微笑んでしまう。


「初めましてスージィ・クラウド、です。皆様のご到着を、心より歓迎いたし、ます」


 自己紹介を返すとマイヤーさんは「ホウ……」と感心された様に呟かれた。


「流石アムカムの姫様ですな。物怖じしない強い瞳を持たれておられる」


 あれ?何か褒められた?思わず小首を傾げてしまった。


「いえ、どうも自分は目付きが良くないらしく、初見の……、特に婦女子方には良く怯えられてしまいましてね……」


 と、少し照れたように笑っていた。


「そんな事は、無いと思います、よ?とても情の深い、眼差し、です」


「大隊長!どう云う事ですか?!大隊長が女の子と談笑?マジですか?!!」


 マイヤーさんと笑い合っていると、わたしの後ろから少し素っ頓狂に声を掛けて来る人が居た。


「控えろカイル!アムカムの姫様だぞ!失礼致しました姫様。我が大隊の副長カイル・アーバインです」


 振り返るとそこには、綺麗なブロンドを靡かせて、優しい目をしたお兄さんが立っていた。

 瞳は澄んだ天色あまいろで、鼻筋が綺麗で整っている。

 わぁ……どうしよ、凄い美形だよ……。なんか後ろからライトアップしていない?


「失礼致しました姫君。機動重騎士団筆頭百人隊長、このカイル・アーバイン、拝謁の機会を賜り、恭悦の至りで御座います」


 思わず見とれてしまっていたら、ナンカ大げさなご挨拶頂いて、目の前で片膝ついてわたしの手を取りそのまま……く、く!口付けをされた!!

 ナ、ナイトだ!ナイトな人だ!!ナイトな人が居るよ!!あ、騎士団だたっ!

 何言ってんだわたし?!!


「……スージィ・クラウド、です。アーバイン様。とても瀟洒しょうしゃなご挨拶です、ね。王都の騎士様は、皆さま、このようにされるのです、か?」


「姫!どうかカイルとお呼び頂く誉れをお与え下さい。我が膝も、姫の美しさに服従を求めております……。願わくば、姫とのご縁がこの先も……、永劫の時を刻もうとも、続く事を願わずには居られません」


 メッチャ気障な事言われてませんこと?!握られてる手に力籠ってきてますよぉ?!!

 下から刺さる熱い眼差しで、顔が火照って来てるの感じるんですけどぉぉぉ!!


「姫様!気を付けて下さい!カイル副長は評判の『タラシ』ですから!」


 ライサさんが後ろから警告を発してくれた!そうか!やっぱりタラシな人か!!


「実力は部隊一なのですが……、どうもコト女性に関しては……。おいカイル!姫様に失礼が過ぎるぞ!」


「何を言うんですか大隊長!オレは大真面目ですよ!これは本心です!!一目惚れですよ!!!」


 ぶはぁぁっ!!


「……お前なぁ」


「失礼致しますお嬢様。旦那様がお呼びで御座います」

「アンナメリー……。分りまし、た。直ぐ行き、ます。申し訳ありま、せん、父に呼ばれております、ので、これで失礼致し、ます。皆様はどうぞこの後も、お楽しみ下、さい」



 絶妙のタイミングでアンナメリーが連れ出してくれた。

 危なくフリーズするトコだったわよ!

 もう、まいったなぁ、絶対顔は真っ赤だ!

 美形な男の人って、みんなアンナんばっかりなのかな?

 やっぱり色男は敵だ!!


「アンナメリー……ありが、とう。ナンかね、どうしていいか・・・分らなくなった、よ?」

「油断ならない御仁ですね……。あの汚らわしい代表共々、今夜の内に処理致しましょうか……」

「ナニソレ?コワイんですけど?!出来れば止めて差し上げ、て!!」




     ****************************************





「カイル、ふざけ過ぎだ!もう少し立場と云う物を考えろ!」

「いや、大マジですよ?オレは!彼女、後4~5年もすりゃ滅茶苦茶イイ女になりますよ?!絶対国中の評判になりますって!今から予約しておかないと間違い無く後悔しますから!!」

「だからな、女性に予約とか言うのは……。もういい!どっちにしてもあの姫は、そんなタマじゃ無いぞ?」

「はい?どんなタマだって言うんです?」

「此処に来るまでに色々と噂は耳にしたからな……少し試してみた」

「は?何やらかしんすか大隊長?」

「挨拶を交わした時に少し殺気を籠めてみた。何、その辺の小娘なら座り込む程度の物だ。大した事は無い」

「ぅげぇ?!」

「驚いたぞ。動じるどころかケロリとして微笑みまで返して来た!コチラ程度の殺気など、そよ風程にも感じていないぞアレは!いやはや!アムカムの姫は底が知れんぞ!」

「な!何やってんスかアンタ?!!それこそ信じられねぇ!相手は御領主の姫ですよ?!笑ってる場合じゃ無いでしょうが!!何やってくれてんの?!」


「マグリットぶたいちょぉ……」

「分ってる、分ってるわライサ。この大隊長も副長も、放し飼いには出来ないもの……」

「アタシ達3人で頑張って行きましょう!部隊長!!」

「お願いよライサ、ジモン。信じてますから……」

「ライサを信じ切るのは少し危険ですけどね……」

「ジ、ジモンさんがヒドイよ?!!」





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 騎士団がアムカムに到着し、明けた翌朝。

 透明な朝の日差しと鳥の声が響く中、アムカムハウスは既に多くの人々の喧騒で包まれていた。

 それは嘗てこの建造物が、城として使われていた時代を彷彿させる物なのかもしれない。


 そんな朝のまだ早い時間、アムカムハウスの一室で剣呑な声が響き渡っていた。


「何と云う事か……。その程度の戦力で済まされるおつもりですか?そんな名も無い者達を騎士団と共にせよと?」

「しかしですね、フーリエ代表、現状これが最大戦力なのです。それに彼らはグレード持ちと、幾らも遜色はありません」

「ふん!誰も名を知らぬ者など、何の足しに成りましょうか?!国民はそんな者は求めておりません!そうで御座いましょう?フーリエ代表!」


 うむ、とコナー・クラークの言葉に、キャメロン・フーリエが厳しい面持ちのまま頷いた。



 此処は、アムカムハウスの一階にある第三会議室だ。

 評議会会議室の3分の1程のこの部屋で、男達が議論を重ねていた。


 1人は、昨日到着した使節団代表キャメロン・フーリエ。

 そしてもう一人、同じく使節団代表の補佐を務めるコナー・クラーク。

 アムカムの御三家とハワード・クラウドを交えての、調査団出立の為の話し合いだ。


 今、キャメロン・フーリエとコナー・クラークの二人は、アムカムの提供する戦力が足りないと不満を露わにしていた。

 それを村長であるオーガスト・ダレスが現状の説明を行い、諌めようと試みていた。


「……求めていないのは民では無く、お前達だろうが」

「止せ!サイレンス!」


 サイレンス・クロキが呟く様に毒を吐く。

 それをアルフォンス・ビーアスが諌める。


 ハワード・クラウドは只静かに、彼らの議論に耳を傾けていた。


「グレード持ちを……、Aグレード以上の者を付けるなら、後一月はお待ちいただかねばなりませんよ?」

「まだ1ヶ月も時間を掛けるおつもりか?!既に王都を発ち3ヶ月近くも時間を消費しているのですぞ?!国民は一日も早い解決を望んでいると言うのに!国民達に、不安な日々を更に一月も伸ばせと仰るのですか?!」


 オーガストの言葉に、コナー・クラークが立ち上がり声を荒げた。


「ならばお前達だけで行けばいい」

「だから止せと言っているぞサイレンス」


 再び毒を呟くサイレンス。

 それが聞こえたのか、コナー・クラークが神経質そうな目でサイレンスを睨む。


「大体に於いて、上位戦力が殆ど不在と云うのはどう云う事なのですかな?管理体制に不備があるのでは有りませぬか?」


 キャメロン・フーリエがコナー・クラークを手で制し、静かな口調でアムカムの管理体制に疑問を呈した。



「そもそも!グレード持ちの半数以上は国からの依頼で出払っているのだ!国の責任と云う自覚は無いのか?!」

「そんな物は我々の管轄では無い!調査団に言うこと自体が筋違いだ!!今問うているのは必要戦力をどうするお積りなのかと云う事だ!!!」


 サイレンスが我慢出来ぬと声を上げた。

 それにコナー・クラーが噛み付く。


「何度も言わせるな!グレード持ちは一月先まで戻らない!」

「それを何とかするのが其方の務めで有りましょう?!王国との約定!果たすつもりがお有なのですか?!」

「……!!今更此処でそれを持ち出すか?!戦力の提供も、技術供与も十分に行って居るぞ!!」

「フン!大体にして先程から失礼ではありませんか?!フーリエ代表に対する態度に敬意が全く感じられない!!フーリエ様はあのバルデモンテ将軍に連なる血筋のお方!世が世なら爵位をお持ちでもおかしくない!それを……!!」

「フン!アムカムに血筋に頭を垂れる者など居るモノか!」

「チッ!『辺境の血は薄い』とはよく言った物だ……!」

「『中央の血は香ばしい』とも良く聞くな!」

「!!なっ……!王国批判をされるお積りかっ?!!」

「もう止し給えクラーク君」

「サイレンス!良い加減にしろ!!」


 立ち上がるクラークをフーリエが手で制し、サイレンスの肩へアルフォンスが手を掛け、言葉の応酬を繰り返す二人を諌めた。



 それを静かに見守っていたハワードが徐に口を開いた。


「……10thテンスの者達だけでは心許ない。そう云う事かね?」

「む……、無論で御座います。名のある者達が向かってこそ、この調査も成功いたしましょう。当然、国民もそれで安心すると云う物です」


 ハワードの眼差しの圧力に押される様に、キャメロン・フーリエが一瞬息を飲む。

 しかしその怯みを押し返そうと、直ぐに身を前のめりにしながら自らの求めを訴えた。

 いつしかフーリエは、その額に薄っすらと汗を滲ませていた。


「時間も惜しいと……。直ぐにでも出立したいと。そう云う事だな?」


 更に強い光がハワードの眼に灯る。


「……は、……さ、左様に御座います。す、既に異変が起きてから1年近く経過しておりますれば……。国民の為には……い、一日でも早く、大森林に向かうべきと……か、考えております」


 フーリエは再び口を開こうとして、自分の唇が渇いている事に気が付いた。

 不器用に唇を舐め唾を飲み込み、ヒクつく喉を抑えながらハワードの問いに答えた。

 その隣ではクラークが、生まれて初めて受ける強者の圧に目を見開き、息も継げずに固まっている。


 室内の空気が重さを持ち、己が身体に伸し掛かって来る様だった。



「成る程……。相分った!ならばワシが出よう!!」


 だがハワードは、そんな室内の様相など気にも留めた風も無く、事も無さ気に言ってのけた。


「な!?そ、それは……?!」

「御頭首!何を?!」

「無茶だ御頭首!!」

「御頭首!お待ちを!」


 ハワードの言葉にフーリエが息を飲み、オーガスト、サイレンス、アルフォンスが目を見開き異を唱える。


「ワシでは戦力不足かな?フーリエ殿?」

「め、滅相もありません!音に聞こえた『鉄鬼神』で有らせられるクラウド卿に御出陣頂いて、一体何の不満が御座いましょうか!」


「ならば決まりだな。出立は三日後だ。その間に急ぎ準備を整える」

「御頭首!お待ちください!お考え直しを!!」

「なに、心配は要らんよオーガスト。久方ぶりの遠征だ!サイレンス!アルフォンス!支度を始めるぞ!!」


 戸惑うフーリエと、止めようとするオーガストを余所に、ハワードは1人声を躍らせていた。


「諦めろオーガスト、こうなった御頭首はもう止められん」

「しかし!……奥方様に何と言うつもりだ?!」


 早々にハワードの説得を諦めたサイレンスがオーガストを宥めるが、オーガストはソニアへの気遣いを口にする。


「すまんなオーガスト。これはワシの最後の我侭だ……ソニアへはワシから話す」

「……ご、御頭首……」


 オーガストの肩に手を置き、ハワードが静かな面持ちで告げる。

 その肩の暖か味を感じながら、オーガストは悔しげに両の手を握り締めた。


「フーリエ殿、其方は人員の休息に心を砕かれよ!イロシオは尋常ならざる魔境だ。十二分に体力の回復を図られよ!」

「……は。お心遣い……感謝致します」

「オーガスト!サイレンス!アルフォンス!イロシオ探索の準備だ!出立は三日後!2の蒼月あおつき29日だ!!」


 その日、ハワード・クラウドが調査団出立の決定を下した。


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次回「ハルバート・イーストの哄笑」

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