第12話スージィ・クラウドの儀式の終わり

 その日、陽の出と共に目を覚まし、簡単に朝食を済ませた後、野営地を片付けた。


 テントを畳み、持って来ていた食器類や道具を背嚢に仕舞い込んだ。

 お土産の角兎ジャッカロープのお肉や、クロウラーの糸も忘れない。

 結局糸玉は全部で3巻になった!

 最後まで綺麗に搾り取ってやったって感じ?フフン♪


 荷物を纏め上げた後は、野営地にしたこの場所の整理だ。

 竈を壊し、掘った穴を埋める。

 刈り取った草木は今日明日では伸びて来ないけど、一月もせずに直ぐ元のブッシュに戻るだろう。


 それがアムカムの森だ。

 ぼやぼやしていれば、忽ち人の居住域にまで侵食してしまう……此処は正に魔の森なのだ。


 この野営地の跡を遺さない様にするのは、自然保護とかの為じゃ無く、後々試練を受ける子達の為なのだ。

 つまり、先人の残した跡を利用して楽をせずに、自分の力を示せ!って事だね。

 実にヘビィなアムカムの村らしいよね!


 一通り野営地跡の片付けが済んだので、下へ降りて詰所方面へと戻って行く。


 初日にアリア達と分れたセーフゾーンの中の、杭が打ち並んでいる所で一旦足を止めた。

 暫くすると、アリア達がやって来た。


 わたしを確認したアリアが、ニヤリと男前な笑顔を投げて来た。

 それに笑顔で返すと、ケティさんが腕を上げて魔法を撃ち出した。

 撃ち出された魔法が上空で、ポンポポン!と軽い破裂音を連続で響かせる。

 なんか運動会を思い出す様な音だ。


 これは試練終了を伝える狼煙なのだそうだ。

 その花火の様な狼煙を見上げてから、わたしは詰所に向かって再び歩き出す。

 アリア達も、わたしの後から付いて来る。


 やがて詰所の北側広場に出ると、アルフォンスさんが団員の方達数人と、出発を見送ってくれた時と同じ様に詰所前で迎えてくれた。


「お帰りなさい、スージィさん」

「スージィ・クラウド、只今戻りました!」


 迎えの言葉に、只今とお返しすればアルフォンスさんは笑顔で頷いてくれた。

 そのまま詰所の中へと先導して頂き、着いた場所は出発前に通されたのと同じ神殿の印を掲げた小さな会議室だった。


 一週間前と同じ様に、アルフォンスさんが神殿の紋章の前に立ち、わたしがその前で向かい合う。


 アルフォンスさんは一歩わたしの前に踏み出し、片膝を付いてわたしと目線を合わせた。


「スージィさん、ご自分のタグを取り出して、私に見せて頂けますか?」


 わたしは言われるまま胸元からタグを引き出し、アルフォンスさんの前にそのまま差し出した。

 アルフォンスさんはそれをソッと持ち、確認する。

 そしてそのまま立ち上がり、高らかに祝詞を上げた。


「今、幼子が約定を果たし、無事我らの元へ還って来た!イエルナよ!この新たな同胞に光輝ある祝福を!」


 アルフォンスさんの祝詞が終わると、神殿の紋章が淡く光りを放ち、と同時にわたしも光の柱で包まれた。

 それは朧げな雪の様に、柔らかくわたしに降り注ぎ、やがて静かに消えて行った。


「これで『成人の儀』は終了です。おめでとうございますスージィさん」


 柔らかな眼差しと共に、アルフォンスさんから祝いの言葉を頂いた。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「おかえり、スージィ」

「おかえりなさい……スージィ」


 詰所の前には、ハワードパパとソニアママが揃って待っていて下さった!


「ハワードパパ!ソニアママ!!」


 荷物を放り出し、お二人の元に飛び込んだ!


「大丈夫?スージィ……。疲れていない?」


 しがみつくわたしの頭を優しく撫でながら、ソニアママが訊ねてきた。


 ソニアママに抱き付いたまま深く息を吸い込むと、懐かしいママの香りが胸いっぱいに広がった。

 ママの匂いに包まれると、わたしは帰って来たと言う安心感に満たされる。もっと深く顔を埋めたくて、ソニアママの身体に廻した手に力が籠ってしまった。




「スージィ……心細くは無かったかね?食事はちゃんと摂れていたかな?」


 ハワードパパが労わる様に声を掛け、わたしの肩に手を置き、そっと抱き寄せてくれた。

 そのままハワードパパにも手を伸ばし、キュッとしがみ付く。


 きっとハワードパパは、わたしと初めて森で会った時の事を思い出し、心配して下さっているのだと思う。

 今なら分ります……。ハワードパパの目から見てあの時のわたしは、食事もろくに摂れず、行くべき先さえ判らぬ迷い子だったのだろうと……。

 でも大丈夫ですよ?ハワードパパ。

 もう、あの時のわたしとは違いますから!

 ちゃんと1人で狩りも調理も出来ましたし、こうして帰って来れる場所があると判っていますから!!

 

 ハワードパパの大きな手は、ダージリンの香りに包まれる様な落ち着きと安心感を与えてくれる。

 此処は帰って来て良い場所なんだと、その手の暖か味も改めて教えてくれている様だった。


「はい!大丈夫です、疲れはありま、せん!食事もちゃんと摂れました!お土産もあるのです、よ?!」


 ハワードパパとソニアママにしがみ付いたまま顔を上げ、お二人の質問に答えをお返しした。


 寄り添って立たれているお二人に、両手で抱き付いて下から見上げると、自然と顔が綻んでしまう。

 それを見たお二人も、目を細めて優しい眼差しを返して下さる。

 それが嬉しくて、お二人に縋る手に更に力が籠ってしまう。




 お二人と一緒の心地良い一時に浸っていて気付くのが遅れてしまったが……、ミアやビビ達もお迎えに来ていてくれた。

 既に同い年で試練を終えている、アーヴィンとロンバートも居た。

 それに一つ上の9段位の、ウィリーとコリン……更に、見送りの時はコリンが「何度も起したのに全然目を覚まさなかった」と言っていたダーナもいる。今日は寝坊をしなかったらしい。

 そんな皆に、其々お祝いの言葉を貰った。


 「再来月、ビビの試練が終わったら、これで皆、護民団の団員だ!」


 アーヴィンが嬉しそうにそう言っていた。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 お家にはソニアママと二人で帰る事になった。

 ハワードパパは詰所で『チームアリア』から『試練』の報告を受け、その後アムカムの御家長の方達との会議があるので、お帰りは夕方になるそうだ。


 お家までの馬車の操車は、ソニアママがして下さった。

 わたしがやりますと言ったのだけれど スージィは隣で大人しく休んで居なさい と手綱を譲っては貰えなかった。


 道中は、『試練』中の出来事をあれこれお話ししながら進んだ。


 高台に野営地を作った事。角兎ジャッカロープを狩って捌いて食事にした事。岩塩を見つけてラッキーだった事。持って行ったスパイスで料理の質が上がった事……。あと、お弁当のサンドイッチがとても、とても美味しかった事を、只思いつくままに取り留めも無く話し続けた。


 ママは始終ニコニコと、時折「そうなの?」「よかったわね」「それは素敵ね!」 と合いの手を入れられ、嬉しそうにお話を聞いてくれていた。



 お家までの帰り道は、もうわたしにとっては見知った風景だ。


 春のホジスンの池は、ターコイズの輝きを湛えて雑木林を映していた。

 水鳥が水面を進み作った波が、その雑木林を揺らめかせる。


 クロキの並木道のポプラ達は、三月ではまだ葉も無いけれど、その力強い枝ぶりを見せ付ける様に、空へと向かい伸ばしていた。


 三月の小麦畑は、まだ新芽が出たばかりで畑の大部分が大地の色を見せていた。

 でも、その土色と若い緑のストライプが丘陵を超えて波の様にうねり、何処までも続いて行く景色は、やっぱり春の香りを漂わせている。



 この道と景観は去年の夏、ハワードパパに連れられて、初めて見た風景だ。

 今はあの時とは季節も違い、見えているモノの情景は違うけれど、わたしにとってはもう、懐かしさを感じる風景になっているのが分る。


 たった一週間居なかっただけなのに、この道も、あの畑も、その木も、全部懐かしくて堪らない……。

 帰って来たと思える場所が、此処にあるのだ。


やがて、もうお家に到着すると言う直前、お家の前の丘陵を馬車が昇っている時、思い出した様にソニアママが……。


「そうそう、お家に付いたらね、スージィに紹介しなきゃいけない人が居るのよ!きっとあなたと仲良くなれると思うわ!」


 そう満面の笑みで仰ってこられた。

 ウン?誰だろう?お客様でもおられるのかな?


 敷地内に入ると、待って居た様にジルベルトさんがやって来た。


「お嬢、お疲れ様でごぜぇやした。こン度はおめでとうごぜぇます!」


 とお祝いの言葉を頂いて、荷台から荷物を降ろすのを手伝ってもらった。


「ありがとう御座います、ジルベルトさん!何事も無く戻って参りまし、た」


 わたしの答えにジルベルトさんは「さすがお嬢!ウム!さすが!さすがだ!」と何時もの様に『さすが』を連発して、ニコニコと嬉しそうにやはり何度も頷いていた。


 ジルベルトさんに荷物を持って貰い、玄関口に進むと、そこにはエルローズさんが待っていてくれた。

 エルローズさんからも、お祝いと労いの言葉を頂き、お礼を述べると、その後ろにもう一人誰か立っている事に気が付いた。


 わたしの目線に気付いたエルローズさんが笑顔を深め、その人をソッと前へと推し出した。


 前へ出て来たそのメイド服を着た人は、何処かでお会いしてたかな?見た事がある気がする……。


 身長はエルローズさんやソニアママよりも低い。でも、わたしからは少し見上げるお姉さんだ。

 艶のある綺麗なダークブロンドを後ろで纏め上げ、その上に小さめのヘッドドレスを乗せている。

 細い眉と切れ長の眼、ターコイズブルーに輝く瞳と、高めの鼻に乗せている小さなフィンチメガネが凄く知的に見えた。


 着ているメイド服は、落ち着きのあるミッドナイトブルーで、丈の長いワンピース。折り返した大きい白いカフスがワンポイントになっているのかな……。


 襟は羽では無く、エレガントな高めの立ち襟で喉元を隠してる。

 白い小さなボタンがそこから下へ、順に綺麗に並んでた。


 着けている白いエプロンも丈が長く、スカートの裾まで届いてる。

 肩当てのフリルは可愛いけれど、胸当てが無いので大き目の胸部装甲が強調されている気がするのは、お姉さんだからしょうがないの?!


 ロング丈からチラリと覗く踝が、黒いストッキングで覆われているのが分る。

 その足元は、黒くてストラップで止めた先の丸いラウンドトゥシューズだ。


 メイドのお姉さんは一歩前に出て来て、丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をしてくれた。


「初めましてスージィお嬢様。この度、お嬢様のお世話を仰せつかりましたアンナメリー・バイロスと申します」


 そう言うと、それはそれは蕩けそうな微笑みを、わたしに向けて送ってくれた。


――――――――――――――――――――

次回「アムカムの評議会」

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