第11話アムカムの森の氾濫*
『試練』最終日。
その日の森は、朝からザワついていた。
午前中は、すっかり日課になっている『型練習』をして過ごしていた。
今日は剣に、少しだけ魔力を乗せてやってみたのだけれど……。
これが『氣』を籠めるのとは勝手が違い、思いの外難しい。
シッカリ意識して剣を振らないと、魔力が勝手にドンドン流れ出てしまうのだ。
魔力の流れをコントロールする訓練には丁度良いのかな?
これは村に戻ってからも、日々の修練メニューに加るのも良いかもね!
やがて何事も無く午前中が過ぎて行く……。
修練中にアリアがキャンプ地を出たのが分った。
アチラは既にお昼を済ませた様だ。
わたしはもう少しだけ修練を続け、その後軽くお昼を頂く事にした。
食事の後はユックリと時間をかけて体をほぐし、装備を整えた。
髪を後ろで紐で結んで纏める。
『試練』中はいつものピックテールは封印して、簡単なこの短めのポニーテールで過ごしてた。
髪を纏めてから二本の
脚に括り付けてあるシースナイフも、抜き差しして収まりを確認した。
そして
もう此処で狩をするつもりは無い。
『試練』も明日で終わりだしね。
食料は十分すぎる程ある。
残った食料は、お土産として持って帰るつもりだ。
だから、これから向かうのは狩猟では無い。
魔獣討伐だ。
野営地にしている小山から降りて、東側の谷間になっている低地へ着くと、既にそこには魔獣が居た。
まあ、分ってたから此処へ降りて来たんだけどね。
『グリーン・フロッグ』
脅威値『0.8』大型の蛙の魔獣だ。
体長は凡そ80センチ、大きさは中型犬ってトコかな?
雑食性で、動く物なら自分以外は何でも餌だと思ってる貪欲なヤツだ。
あまり群れる事の無い魔獣の筈なんだけど、それが10匹ばかりこの狭い谷間にゲコゲコと居る。
わたしが谷に足を踏み入れたところで、一番近くに居たカエルがわたしに長い舌を飛ばして来た。
ホント、動く物を確認すると忽ち舌を伸ばして来ンのね!
そんなモンに巻かれて、粘膜に塗れる様な事態は全力で遠慮しますから!
わたし、粘膜触手プレイとかゼッテーー拒否ですので!
そんなモンはね!妄想の中だけでねっ…………ぃえ、ナンでもないですぅ……。
ンも、メンドクサッなので!サクッと終わらせる!
向かって来る粘膜まみれの舌を、抜いた右の剣で斬り飛ばし、本体の前までサクッと移動して、そのまま頭から真っ二つに斬り開いた。
ついでに真横にも一匹いたので、左の剣を抜いて上から斬り落とし輪切りにした。
残りの蛙も間を置かずトントントンッ……と、縦に横に斜めにと切断して終わりだ。
コイツらの皮は、それなりに需要はあるらしいんだけど、今は回収してる時間が勿体ないので、このまま放置する。
直ぐ様、さらに奥の方から此方に進攻している魔獣に向け移動した。
『リトル・キラービー』
脅威値『0.6』名前の通り蜂の魔獣。
拳大の大きさの蜂で、どこがリトルなんだ?と言う気もするが、それが20数匹此方に向かってる。
攻撃性の高い凶暴な蜂なので、普通、子供達がこれだけの群れに出会ったら直ぐ様逃げ出さないと不味いんだけど……。
ま、わたしが逃げる訳にも行かないので、群れに突っ込んで片っ端から叩き落とした。
蜂を全部叩き落とした後は、足元のアチラコチラや、木の幹や枝に纏わり着く黄色い染みに意識を向ける。
『イエロー・ウーズ』
脅威値『0.2』スライム的な粘体の魔獣だ。
お座布団程の大きさの物が20数体いる。
コイツらはスライムと言うより、粘菌みたいな物で、ウーズ類の中でも低位のコイツらは、ジワリジワリと広がり移動する……んだけど、何かコイツらは妙に動きが速いかな?
コイツ等に捕まるとトリモチみたいに引っ付いて来て中々剥がせない。
その上でくっ付いたまま、直接消化吸収しようとして来る。
人の皮膚は、コイツら程度では簡単に溶かされる事は無いんだけど、布とかはその限りでは無いので、取り付かれると困った事になる結構嫌な奴等だ。
更に複数が集まると、大きな個体になって厄介だし、刃物でどうこう出来る相手でもない。
ま、それでも対処は難しくないんだけどね。
というわけで、薪を作った時の《ドライ》をコイツらに対して使う。
あっという間に乾燥して、カサカサになり、砕けて粉の様に成って散って行った。
るス〇ハリケーン!!なんちっち!
立て続けにこうも魔獣共が群れを成しているのは、やはり森のザワつきに関係してるんだろね。
……で、だ。そのザワつきの元が、……連中がもうそこまで来てる。
ミリーさんは気が付いているかな?
いや……、気付いて無いな。
あいつ等は気配を消すスキルが高い。
おまけにミリーさんの意識は此方に……わたしに向いている。
索敵に向けてる訳じゃ無い。
奴らは、ミリーさんのその認識の隙を意図せず突いて居る状態だ。
奴等、朝から森をざわめかせ、此方へ向かって来ている魔獣共。
凡そ此処から7~8キロ程奥、中層と言われている所から群れで上がって来ている連中。
『レッドポンゴ』
体長180を超える類人猿の様な魔獣だ。
体躯はマウンテンゴリラの様だけど、その名前の由来の長く赤錆色の体毛はオラウータンを思わせる。
黒々とした肌の中、緋色の眼が魔獣らしい光を放っていた。
コイツらは大きな群れで獲物を襲う、凶悪な魔獣の一つだ。
その脅威値は『16』
とても浅層に現れる魔獣では無いけど、
けれど、先制を受けたらどうなるか判らない。
でも、イルタさんもケティさんも居るから十分持直せる……けど、アリアが居ない今、戦線の維持はかなり厳しい……。
だがしかーし!見す見すわたしはミリーさんに怪我をさせる気などは、毛頭無い!!
なので、ミリーさんに近付いている一匹に向けて、スローインナイフを投げ放つ。
ミリーさんとレッドポンゴとの距離は凡そ5メートル。
奴らの脚力なら一跳びで届く距離だ。
その、ミリーさんを狙い澄ましている奴目掛け、手加減抜きでアンダースローでナイフを飛ばした。
此処との距離は40メートルってトコかな?
ギュンッ!と大気を切る音を響かせ、谷間から飛ばしたスローインナイフが高速回転で山肌を抉り、
次の瞬間には切り上がるナイフが、
弾け飛んだレッドポンゴを認識して、ミリーさん達も事態に気が付いた様だ。
直ぐ様イルタさんが防御の魔法を唱え、ケティさんがバフを掛ける。
直ぐ様わたしは残りのスローインナイフを引き抜く。
左右の腰回りには二つずつナイフシースを付けている。
ナイフシースは全部で4つ、一つにスローインナイフは三本収まっている。
全部で12本……既に1匹片付けているので、残り11本のスローインナイフを谷間を駆け上がりながら矢継ぎ早に投擲して行った。
山を削り草木を薙ぎ払いながら、11本の回転する刃が敵を次々と両断して行く。
手持ちのスローインナイフを全て使い切り、レッドポンゴ12匹を仕留めた。
この間でミリーさん達も態勢が整った筈。
わたしはミリーさんの近くを走り抜きながらアイコンタクトを取り、そのまま群れの奥へと走り込んだ。
取敢えず、近距離にはまだ5匹ほどのレッドポンゴが目視できる。
これをお任せして、わたしは奥に居る連中を殲滅する。
群れの数は全部で53だった。
既に12を潰し、5匹は任せるので残りは36匹!
アリアが居れば53匹のレッドポンゴなんて4人で楽勝だったろうけど、今はその抑えの壁が居ない。
でも火力だけ見れば、ミリーさんは上団位に迫ると言う話だ。5匹くらいは3人で全く問題無い筈。
わたしはそのまま、群れの中心に向け突入して行った。
コイツらは、先発の17匹がミリーさん達を襲った後、第二波、第三波として襲う為に隠れていたのだろうけど、……朝からわたしにはバレバレだったっての!
それにしてもコイツら、何で中層から態々上がって来たんだろ?
そんな奥から群れで上がって来るなんて……。これは今までにないパターンだ。
時々、コイツらより浅い所から上がって来る魔獣は居たけど、精々4~5匹が良い所だった。
あの『レッドデスストーカー』みたいにね。
………まあ例外が無い訳では無い……、昨年ハワードパパと対峙した『ツーヘッドボア』や『グレイウルフ』みたいなね……アワワ。
あ、あれは不測の事態が引き起こした突発的な例外であって!決してそうそう起こる事では無い!……ウン、無いのだ!!
いずれにしても、このままにしておけば此奴らは村に辿り着く。
結構東西に広がって散っているけど、このまま素直に通してやる気は無い。
いっそ『インパクト・ブラスター』でも撃ちまくれば楽に一掃出来るんだろうけど……ミリーさん達の眼があるので、そんな派手なスキルは使えない!
なので、一匹ずつ斬り飛ばす!
結構アチラコチラ、木の上だったりブッシュに隠れて居たりで散らばっているけど、たったの36匹だ!
四桁に迫る数を
剣を一閃させる
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ミリーさん達の所へ戻ると、最後の一匹に止めを刺す所だった。
チラリと見ると、燻って炭になった様な個体が二つある。
ケティさんの使う召喚魔法かな?
屠られている後の二匹は、恐らく急所を一突きされたのだろう、綺麗な
ミリーさんの手際の良さが伺える。
脅威値16の魔獣5匹を、たった1~2分で始末するなんて流石チームアリア!仕事が速い!!
近くにはまだ、浅層の弱い魔獣がチョロチョロいるけど、群れでは居ないな……。
レッドポンゴを片付けた事で、朝からあったザワつきも、一先ずは収まった様だし……、コッチに来なければ放置で良いかな?
わたしは、ミリーさん達から少し離れた所を通り、野営地へ向け移動した。
目は合わせない……。まだ『試練中』だからね。
本来なら、わたしを護衛している『チームアリア』と接触するなんて事態はあり得ないのだから……。
……でも、今回のは異例の緊急事態だったし!取敢えずわたしは、ミリーさん達は見なかった事にするつもりでいる!!
もちょっとすればアリアも戻って来るだろうから、アチラはあちらで対応を考えてくれる筈!
だからダイジブの筈!!
間違っても『試練』は失敗なんて事には成らない筈ぅぅ!!!
……はず、よね?だいじょぶよ……ね?
…………………と、とりあえず今は!この試練を無事終わらせる事だけ考えよう!ウン!
今夜が過ぎれば『試練』は終わりなんだから!!
おっと、そうだった!今夜最後の晩餐の為に、お芋を採って行こうと思っていたのだ!
三日前、今居る丘陵の南側斜面に、ホド芋が在るのを見つけたのだ。
ミアに、こういった日当たりの良い南の斜面で見つかる事がある、と教わっていたので、探していて正解だった。
ホド芋はマメ科の植物で、大きく膨らむ根茎が食べられる栄養豊かな野生の食糧だ。
その味はジャガイモとサツマイモを合わせたような味で、煮込んでも焼いても美味しく頂ける。
なので、シッカリ煮込んで、お芋のポタージュスープも作れた。
おかげでその後の食事が豊かになったのだ!
とりあえず、ホド芋の群生地で良く育って居そうな蔦を見つけ引き抜くと、3~4年は育って居そうな大きな芋がゴロゴロと出て来た。みんなわたしの拳ぐらいある。
これを5個位持って帰って、2つは蒸かしておやつに、3つは夕食に使お!へへ……。
と、ホド芋を持って斜面を眺めていたら、ちょっと悪戯心が沸き上がった。
芋を掘っていたチョット下は、良い感じの斜面になった草叢が続いていた。
まるで何処かの土手の様……。
コレ、草スキーって言うか、……草スベリが出来ンじゃね?
見下ろせば、20メートルちょい続く下り斜面。
樹木の間に出来た空間には草が生い茂り、午後の日差しを浴びながら、草の葉が風に凪いでいる。
草丈は10センチちょっとしか無いから、ノシバの類なのかな?
それが他の草丈の高い草を混ぜながら、この陽当りの良い斜面一杯に敷き詰められていた。
この青々とした絨毯に身を投げ出せば、そのまま草花がわたしを受け止め、下まで運んでくれるのではないかしらン?
そんな風に思ったら、やらずにいられない!
YOU!やっちゃいなよ!!とか頭の中で声が聞こえた?!様な気がした……?!
まぁ、とは言っても道具がある訳じゃ無い、元の世界なら段ボールとか敷いて滑るんだけどね!
でもでも!わたしの腰回りには、ウルフの毛皮で作った尻革が着いて居るのを思い出す!
これは、腰回りの防寒に役立っているのは勿論なんだけど、防水効果も高くって、濡れた地面に座ってもお尻が濡れないので、野外で座る所を選ばない優れモノなのだ!
なのでコレをソリ代わりにやってみようかな?と思った。
ソードホルスターから鞘ごと剣を外し、お芋と一緒に抱えて草の上に座った。
そのまま毛皮を脚の間から引っ張り出す様にして、お尻の下に広げた……。
コレ、ミニスカでお股に両手を突っ込んでいるような恰好って、ちょっとはした無いけど……誰も見てないから良いよね?!!
で、勢いよく前方の谷間へ向けて滑り出す!
この時、風属性の基本魔法『エア』を、お尻の下に空気の層を作る感じで唱えた!
あれだよ、イメージはエアホッケー!
これが思ってた以上に良い滑走だった!もう風の様に?!!
風か?!嵐か?!疾風の様に滑り抜いたのさっっ!
……まぁ、風は大げさですけどね……、自分で走った方が速いんじゃね?ってツッコミは無しで!
ま、その位気持ち良かったって事ですよ!
なんというか、お尻に直に伝わる滑走感が何とも良くてね、風を切ながらジャンプ台みたいに、少し盛り上がっている所で軽く跳ね上がった時なんかは、着地した時、「ぅきゃン!」とか変な声出ちゃったけど……、それはそれで楽しかったのは間違いないしぃ!
なんかたのしーーっ!って感じで、滑り終わった時は、あははははーーって手足を投げ出して笑っちゃったものね!
……暫くは仰向けで青空と流れる雲と、風になびく草を眺め、草派の香りに浸りながら、その瞬間の空気に身を委ねてた……。
でも、ふと気が付くと、目の前に魔獣が居たのよね。
まあ、その辺に居たのは判ってたけど、気配も小さいし、コッチを襲って来る様子も無かったから放置ってたんだけど……。
でもコイツ、わたしから1メートルと離れて無い距離から、全然動かずにいる?なんでだ?
わたしはそいつの視線に気が付いて、あーによ?と思いながら両手で後ろで支える様に上体を起こし、両脚も直ぐ起き上がれる様にと、放り投げている脚を引き寄せ両膝を立て、そしてソイツを睨め付けた……。
『クロウルトータス』
脅威値『0.3』の陸ガメの魔獣だ。
大きさはゾウガメ程で、テールグリーンに染めた大きな棘の甲羅が特徴的な魔獣だ。
攻撃手段は頭突きだけなので、正面にさえ回らなければ子供でも楽に対処できる相手なのだ。
……なのだが、何故このカメは身動きもせず、わたしの真ん前にいるのだ?
ン?いや?なんか鼻息荒いかな?何かさっきからガン見されてる?
あ、頭を前後にズコンズコン動かし始めた。
そだ、この動きで頭突きかまして来るのがコイツの攻撃なのだ……けど、アレ?何でその場で頭動かしてるだけなんだ?なんで攻撃してこないの?威嚇かな?
にしても鼻息荒いな……、それにさっきからどこ見てるんだ?……どこ見てそんなにカメ頭動かしてン………!!!
ガババッ!!と咄嗟に身体を起こしてスカートを押えた!!
コ、コ、コイツ!コイツ!!わたしのミニスカの中ガン見して興奮してやがる?!!
普段、村の中でこのミニスカ履くときは、下に短いアンダーのスパッツを着けている。
でないと、ハワードパパが許してくれないモノね……。
最初、こんな下着が直ぐ見えちゃいそうな、短いタイトは許してくれませんでした。ウン。
アンダー履く事で、やっとお許しを貰えたのです……。
でもでも、『試練』中は……森の中は人目も無いので、この一週間はアンダー着けずに開放的に過ごしてたのですよ?!
で、ですので今もアンダー無しのショーツだけで……、薄布一枚だけで!エム字で開いてたそにょ奥をぉ……にゃぁああぁあああぁあああぁぁぁ!!!かっ!顔がが!モー烈な勢いで熱くなって行くにょぉぉおぉぅぅぅっっ!!
ず、ずっと……夏からずっと鉄壁で守っていたにょにぃ!こ、こんな……こんなバカガメに覗かれてしまう
し、しかも何だコイツ?!鼻息荒くズコズコと激しく動かすそのカメ頭は?!!
な、な、な!なんて……ひ!ヒワっ!ヒワひぃなっっっ!!
にょぁぁああ!こ、コイツぅ!に、にじり寄って……き、来やぎゃっ!!!
「きょっ!こ!きょのっ!エロガメがぁぁぁあああああっっっっ!!!!」
ドガゴゴン!!っと直ぐ様不埒なエロガメは、思い切り蹴り飛ばし、お空のお星様にしてやりましたともさっ!
――――――――――――――――――――
「はっ!これはっ?!!」
「ン…どうした、アラン?」
「ベルナップ、オレは……もしかしたら大変な物を逃したかもしれない!!」
「ン……それは大変だな」
「ああ!そうだ大変だ!決して見逃してはイケナイ物を逃した気がするんだ!!」
「何言ってんだ?アラン。相変わらず意味不明だぞ?」
「分らないかカール!これは大変な事なんだぞ!!」
「分らねえよ!まずお前が落ち着け!」
「ちくしょー……ちくしょー!!何故かカメが無性に羨ましいんだよ!!ちくしょーーっっ!!」
「ン、頑張れ、アラン」
「アラン……お前は一体何処へ行こうとしてるんだ……?」
「ちっくしょぉぉぉーーーーーっっ!!」
――――――――――――――――――――
次回「スージィ・クラウドの儀式の終わり」
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