第10話ミリー・バレットの報告書
「うん、今日もいつもの様に異常無し!」
あたしは誰ともなしに口にしていました。
「まあ、今更何かあるとも思えないけど……」
ケティが、自分のグローブに取り付けられている魔珠を磨きながら、答えを返して来ました。
きっと、そう思っているのはケティだけでは無いでしょう。
勿論あたしミリーも、イルタもアリアも同じです。
あたし達『チームアリア』全員、間違いなくそう思っている筈です。
「だとしても!気を抜くんじゃないよ?!無事に家へ送り届けるまでがアタシ達の仕事なんだ!油断せずに最後までやり抜くよ!」
おう!と全員がアリアの檄に返事を返して行きました。
今日であたし達『チームアリア』が、スージィお嬢様の護衛を始めて6日目です。
明日の朝を迎えれば、お嬢様の試練は無事終了となり、あたし達の仕事もお仕舞です。
実際の所、お嬢様はこの試練を今日まで全く危うげなく進めています。
ここまで円滑に試練を進めている子など、今まで殆ど居なかったのでは無いでしょうか?
勿論、型破りな子供はいつでも居ます。
ハッガード家のご兄弟などはその筆頭ですし、ウチのリーダーであるアリアもその口です。
でも、彼ら彼女らは体力に物を言わせた、謂わば野生児の体現なので、とても順調とか不調だとかの尺度で測れる物ではございません。
しかし、今回のスージィお嬢様の場合、それすらも凌駕してるのではないのでしょうか?
初日、自分の身体よりも遥かに大きい背嚢を背負って、ヒョコヒョコ森の中に歩き出した時は、正直心配でしかありませんでした。
わたし達を始め、村の子供なら誰でもやって来た事ではありますし、規格外なお力を持っている事も存じてはおりますが、こんな大荷物を背負っているお姿を見ると、やはり不安は感じてしまいました。
しかし、そんな心配は直ぐに驚愕に変わってしまったのです。
あれだけの大荷物を背負ったままだというのに、そのままお嬢様は物凄い速さで森の中を進んで行かれたのです!
道の無い木々の間を縫う様に、まるで平地でも歩く様に平然と進まれるのです!
正直焦りました。
危うく見失う所でした。
あたしにだって、チームアリアの斥候役を務めて来た自負と云う物が御座います。
幾ら規格外のお嬢様とはいえ、大荷物を背負っている相手を見失うなど、許される事ではありません!
それはそれはもう、頑張って追いかけました!
尤も、そう思っていたのはあたしだけでは無く、他の三人も置いて行かれそうになって、相当に慌てていた様ですが……取敢えず、何とか面目は保ちました……。
暫くお嬢様は、野営地になりそうな場所を物色していたのだと思います。
途中幾つも野営し易そうな場所は在ったのですが、お嬢様のお気には召さなかったのでしょう……最終的に、ブッシュの茂る小山の上を選ばれました。
この時も、足場の悪い場所を平気で登って行く姿には、あたし達全員目を見張ってしまいました。
あんな場所、荷物が無くても簡単には昇れるモノではありません。
しかし、真に驚愕すべきはその後でした。
お嬢様は物の半日で、鬱蒼とした小山の上をキャンプ場へと作り変えてしまったのです!
とんでもない魔力量です!
それほど広くないとはいえ、あれだけの仕事量尋常では在りません。
半日で終わらせる為には、大の男衆5人くらいの力は必要だったのではないでしょうか?
しかもその後薪作りまで始め、一区切りついたと思えば、もう陽が落ちかけていると言うのに、狩りまでしに行かれる仕事振り!お嬢様はどれだけ働き者なのでしょうか?!
しかも、その狩もとんでもない物でした。
まるで、最初から獲物が潜んでいる場所を知っているかの様に、迷いなく一直線にとんでもない速さで山を駆け下り、遠距離からのナイフ投げで
ハンターであるあたしでさえ、お嬢様がナイフを投げるまで、
たった一日で、お嬢様の規格外っぷりを改めて見せつけられた思いです。
……お嬢様の規格外っぷり……そう、あれはまだ記憶に新しい昨年の5の
村に魔獣が溢れたあの日。
縦横無尽に飛び回り、シャドードッグやブルータルバットを蹴散らす赤い軌跡。
その華麗な剣技の一太刀で、数体のブルータルバットを消し飛ばし、次の瞬間にはシャドードックを両断していました。
舞いでも踊るかの様に二本の剣を煌めかせ、若草色のスカートを翻し可憐に立ち回られるお嬢様のお姿は、今でも目の奥に焼き付いています。
あの日、そのお姿に魅せられ、お嬢様の崇拝者になった村の者は数多く居ます。
勿論、あたしもその内の一人です!!
そんなお姿を知ってはいても、やはり改めてそのお力を見せつけられると驚きの連続です!
でもでも!そんな規格外のお嬢様が初日に見せられた涙!
ああ云うお姿を見ると、やはり年相応なのだな、とホッコリしてしまいます。
「ああ!もう!!やっぱりあの時、飛んで行って抱き締めてあげりゃ良かった!!」
「やめてよアリア!お嬢さんの試練が台無しになるでしょ?!」
「そうは言ってもねイルタ!いざと云う時に力になるのがアタシらの務めじゃないか!」
「あれは『いざと云う時』では無いと思うのよ?」
「ああ!せめて一緒に添い寝して上げられれば!」
「やめてくださいアリア、なんか犯罪臭がします」
「ひ、酷くない?ミリー?!」
「アリアが男が寄ってこないから少女趣味に走った」
「ケ、ケティ?!」
相変わらずウチのチームは、リーダーの扱いがぞんざいです。
「そ、そんな事よりミリー!
「御心配には及びません!キチンと進めてますよ!」
「解ってると思うけど!そのレポートを元に、会報の最新記事が作られるんだからね!」
「勿論ですアリア!あたしに抜かりは在りませんから!」
あたしは、グッ!とサムズアップをアリアへ返したのです。
このあたしが、お嬢様の動きを見逃すはずが無いじゃぁありませんか!
あたしはそのまま、額にあるゴーグル型の遠眼鏡を装着し、ダイアルを操作してお嬢様に焦点を合わせます。
このゴーグルは、カウズバート工房のマリーベルさんに頼み込んで売って貰った、お気に入りの一品なのです!
店頭価格25アウルのトコロを、粘りに粘って15アウルの月賦にして貰ったモノ!
倍率16倍、左目は暗視機能、右目は魔力視機能の付いた工房自慢の技物なのです!!
これでお嬢様の動きは、常にバッチリ捉えているのですよ!!
先日も、み、水浴び中の!お、おおおお嬢様をを!シッカリ確認致してしぃまいましたしぃぃぃ!!
お嬢様のスタイルが良いのは、お店でサイズ合わせしていますから存じていました……。
最近では更にメリハリも付き、女性らしい線も目立ってきていましたが、流石に直に拝見する機会は無く……でもまさか、ココまでとは……。
まさか、あんなに可愛らしいお尻をぉを……あ、あ!いえ!なんでもございません!
しかし!危ない所で御座いました、もし!まかり間違ってアリアが目撃でもしていたらと思うと……残念な未来しか見えて来ません!
……でも、今は残念な事に……いえ、いえ!今は上手い具合に蔦が垂れ下がって見えなくなっておりますので安心です!毎朝、無事に沐浴されているのは確認しておりますのです!
そして今!ここから、お嬢様の居る小山の頂までは直線距離で凡そ70メートル。
こちらの方が標高が僅かに7~8メートルほど高いので、此処からだと、ちょうど見下ろす形でお嬢様の様子が伺えるのです。
今は、日課になっている剣の鍛練をされているご様子です。
きっともう、狩には行かれないのだろうと思います。
食料は十分蓄えられてしまった筈ですから。
今も竈に掛けられた鍋から湯気が上がっています。
もう少しでお昼ですからね、あたしも少しお腹が減って来たかもです……。
実際、お嬢様の調理する匂いが、此処まで漂って来る事が良くあるのですが……これがかなりキツイのです!
『試練』中、食料現地調達だと言うのに!何故そこまで美味しそうな調理が出来るのでしょうか?!
あたしたちの食料は、携帯食の干し肉や乾パンで賄っているので、食事に困る事は無いですけど……そんな美味しいそうな物は、断じて此処には無いのです!
『試練』中だと言うのにその食事事情、……可笑しいですよお嬢様?!
何故にお嬢様はそんなに女子力もお高いのでしょうか?!
強くて、お可愛くて、その上お料理まで上手だなんて……なんだかスンゴイ反則です!
アリアなんか、お嬢様の料理の匂いが漂って来ると、もう涎をダラダラ垂らして大変なのですよ!!
「いつも涎垂らしてるのはアンタじゃないか!ミリー!!」
「ひっ!人の!モノローグに入って来ないで下さいアリア!」
「何言ってんだかワカンナイよ?!」
「お嬢様の手料理は、美味しそうだと言ってるのですよ!!」
「確かに、此処まで漂ってくる匂いは食欲そそられちゃうよねー」
「スージィお嬢様は良いお嫁さんになる、それは間違いない」
「だろ?!ケティもそう思うでしょ?!やっぱりお嫁に欲しいよねー?」
「でも、アリアが言うと犯罪臭が凄いから、止めた方が良い」
「なんでさ?!」
もうこのMANZAIのお約束は固定されたようです。
「そんな事よりミリー、今お嬢さんは鍛練中なのかしら?」
「あ!そうですよイルタ!剣の鍛練中です!」
「……魔力は……使ってる感じがするんだけど……、剣なの?」
「あ、分りますか?剣に僅かに流し込みながら、されてるようです。剣筋に薄っすらと、魔力の光跡が見えます」
「元の魔力量が凄いから分り辛いんだけど……幽かに使ってるのが分るわ」
「へぇ、お嬢様は魔力もそんなに凄いんですね?」
「凄いわよ。今は制御する訓練で抑えているみたいだけど、……それでも今の私より遥かに大きいわ」
「うわぁ、そうなんですか?魔力まで規格外なんですね?」
「規格外も規格外よ!今は抑えているからあの量だけど、ポテンシャルは『
「うひゃぁぁ!お嬢様!どんだけですか?!!」
「さっすがスージィ!アタシの嫁になるだけの事はあるでしょ?!」
「遂にアリアは、犯罪に手を染める決心が出来たらしい」
「ケティ?!まだそのネタで引っ張るの?!!」
「それはアリアも同じ」
「あぁ!でも!そんなお嬢様はこの『試練』が済んだら、何のクラスを選択されるんでしょう?そして将来は、どんなクラスマスターになられるのでしょうか?!!想像するだけでワクワクしてしまいます!!」
「そりゃやっぱり、あれだけの剣の達人だ!今更かもだけど『ソードマン』から『ウォーリア』、或いは『ヴァンガード』経由で『ソードマスター』には行きつくよね!んでそのまま『バトルロード』かな?じゃなけりゃ、御頭首の跡を継いで『ウォーロード』として、団員達を率いて行くんだ?どうよ?!」
それは素晴らしい……素晴らしい未来予測です!アリア!!
お嬢様に率いられる村の猛者たち!目に浮かんでしまいます!!……でも!
「でも、お嬢様は斥候職の適性も極めて高いですよ!広範囲の獲物への索敵や、静かで且つ速やかに獲物を仕留める手際の良さ。どれを取っても一級品です!それにお嬢様は二刀使いです!高レベルの腕利き『レンジャー』は二刀を使い、前線を切り拓く物です!」
「二刀なら『バード』で使う者も居る。それにお嬢様は召喚術も使われると聞いた。『ウォーロック』も選択肢に入れるべき。前線で戦うならその先の『バトルメイジ』へとクラスチェンジするのもアリ」
「待って、お嬢さんは既に高位回復術の使い手でもあるのよ?優秀な回復術師の成長は団の、村の皆の為にも必要な事よ」
イルタが用意してくれたお昼を頂きながら、いつの間にか皆でお嬢様がこれから就かれるクラスに付いて熱く語り合っていました。
勿論、お嬢様の将来の事は、ご本人が自ら決められる事であり、あたし達が口にしているのは勝手な憶測でしかありません。
それでも、この先のお嬢様の事、村の事、護民団の事を想像すると、ワクワクせずにはいられないのです!
「さて、それじゃアタシはこのミリーの
「分ってますアリア!お任せください!」
「アリアも道中気を付けてね」
「ありがとうイルタ。夕方までには戻るから皆をよろしくね」
「くれぐれも犯罪には走らないで?」
「もうそれはお約束なの?!」
少し騒がしい出発となりましたが、アリアは壱の詰所へと向かって行きました。
さあ!『試練』も残す所、後わずかです!
頑張ってまいりましょうね!お嬢様!!
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次回「アムカムの森の氾濫」
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