第8話スージィ・クラウドのサバイバル その1

「アタシ達が案内出来るのは此処までだ。此処から先は自分で進むんだ」


 アリアが森の奥へと向かい指を差した。

 此処は、森の入口から1キロ近く奥へ進んだ場所。セーフゾーンのほゞきわだ。


「此処からもう少し先までがセーフゾーンだ。さっき打ってあった太い杭の所までが、アンタ達が今迄狩りをして来た境界線。ンで、こっから先は基本、子供は進入禁止の領域だ」


 アリアの説明に頷き返す。


「アンタには、杭からコッチのこの領域で野営をして貰う」


 アリアが、突き出した指先を今来た方向へ向け、もう一度グルリと正面へ回しながらそう言った。


「アタシ達のチームは、これから離れた所でアンタを見守って行くからね!シッカリやんなよ!」

「頑張って、スージィお嬢様」

「お嬢さん、お怪我だけは気を付けて」

「お嬢様なら何の問題もありません!安心して見守ってます!」

「ありがとう、イルタさん、ケティさん、ミリーさん。よろしくお願いしますアリア」


 励ましの言葉をかけてくる4人にお礼を述べてから、森の奥へと歩みを進めて行った。





「さて、取敢えず野営場所を探さないとね」


 アリア達と別れてから暫く進み、辺りを見渡しながら独りごちた。

 まだ陽が昇ってからそんなに経っていないしね、吐く息が白い。


 東の木々の葉影の間から、陽の光がチラリチラリと漏れ、目に眩しい。

 この時間から野営場所を探して、拠点創りを始めるのが初日のセオリーだそうだ。


 まぁ、ダーナやアーヴィンはその限りでは無かったそうだけどね!


 わたしは普通の庶民なので、定石には従って進めます。そう庶民ですからね!!

 大事な事ですから繰り返して言いましたよ?!


 取敢えず水捌けが良く、風除けがありそうな場所を探そう。



 アムカムの森は、平坦な土地では無い。

 村を見れば判る様に、波打つ様な起伏に富んだ土地だ。

 整備されている村の道ならともかく、その起伏に草木が生い茂り、崖や岩山まである。

 道なき道を歩む、山歩きに慣れている人だったらともかく、普通の人にはかなりハードな道程だと思う。


 ま、アムカムの子供達にとって、この位はまだ遊び場の延長なんだけどね!


 小一時間ほど歩き回り、良さそうな場所を探してみた。

 チョットした谷に流れる小さな沢の傍とか。

 岩山の抉れて窪んでる場所とか、過去に誰かが野営をしたであろう痕跡も見つけた。


 ついでに崖の露出した岩肌から、岩塩の欠片も見つけた。

 この辺からも、岩塩が取れるんだね。


 アムカムの森では、よく岩塩が見つかるのだけれど、それ程質も、味的にも良い物では無いので、積極的に掘り出される事は無い。

 塩は東の、ニューノックスポートから、良質な物が普通に流通して来るので、わざわざ此処で質の悪い物を掘り出しはしないそうだ。


 でも、毒になるほど質が悪い訳では無いので、イザと云う時には使う事もあるそうな。

 と、云う訳で!絶賛サバイバル中のわたしの今は『イザと云う時』なので、一欠けら持って行く事にする。

 岩塩が取れる場所も分ったしね!

 必要なら此処へ取りに来れば良いワケで、塩はこのサバイバル中には潤沢に使える事になった!


 さて、肝心の野営場所だけど……、どうせなら誰かの後では無く、手付かずの場所が良いな。

 なので今度は、この目の前に聳える斜面を登り上がって、この小山の様子を見てみようと思う。


 斜面に生える樹木や、飛び出している岩を避けながら登って行く。

 この辺の木は太くてもまだ、わたしが両手で抱えられる程の物しかない。

 結構ひょいひょいと進める。

 もっともっと森の深層へ行くと、幹が家程もある大樹がボコボコあるんだけどね!


 そんな大樹を薙ぎ倒し、カッ飛んでいた時代もあった様な気もするが……。今は思い出に浸る時では無い!今は忘れよう!ウン忘れてしまおう!!



 傾斜を登り小山の頂まで登ると、其処は、ある程度平らな土地になっていた。

 凡そ10平米くらいかな?勿論まっ平らな訳では無いし、草木もシッカリ茂っている。


 でも、ブッシュも良い感じに茂っているので、これを必要なだけ刈り込めば良い風除けにもなりそうだ。

 ミアの真似して、植物でテントの周りを覆うのも良いかもね!


 取敢えず、適当に草刈りをして生活スペースを確保しよう。

 背負っていた背嚢を近くの木の傍らへ降ろし、ソードホルスターから剣を鞘ごと外し、背嚢に立て掛けた。

 ウン、このソードベルトって、こういう取り回しが簡単に出来るから良いよね!


 身軽になったトコで、背嚢の横に付けてある刃物、ブッシュナイフを抜き出した。

 ついでに言うと、腰回りにスローインナイフ、右の脚にはシースナイフも括り付けてあったりしる。

 ウン!刃物少女だ!


 ブッシュナイフは刃渡り30センチ程の小振りの物だ。

 それでもかなり楽に、ザックザックと小枝や藪が斬り落とせる。

 これなら直ぐにこの辺を斬り開けるだろうけど、それでも必要なだけ刈ろうと思えば2~3時間はかかりそうだ。


 なので!魔法も併せて使う事にする。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるクラウドの娘スージィ・クラウドが求め、大いなる風の導き手ジルフに訴える。我が得物ににその刃を宿らせよ!《ウインド・エッジ》」


 ブッシュナイフの刀身に沿って、風の刃が宿る。

 『風の刃』って聞くと、『真空の刃』なんかをイメージするかもだけど。

 でも、実際の所、コイツは、圧縮され、超振動する薄い空気の層だったりする。

 つまり、コレは超音波のカッターなワケだ。

 この超音波を発生させている空気の層が、『キーーーン……」とか言いながら、わたしの持つ刀身の周りを超高速で回っているのだ。圧縮され、振動する空気の層が光を偏光させ、仄かに黄色の光を発している様にも見える。


 この刃を纏ったまま、ブッシュナイフを振るうと、サクッと何の抵抗も感じず藪が刈り取られる。

 ウン、良いね!

 次はチョットばかり刀身が長くなったイメージを作って振るう。


 サクーンっとわたしの身長程に伸びた風の刃が、綺麗に草を刈って行く。


 イイジャン!イイジャン!!イイ感じジャン!!

 難なく刈り取れる使い勝手も勿論良いんだけど。

 何より威力が抑えられている事が良い感じですワよ!


 ちょっと前までだったらきっと、一振りでこの小山どころか周りの丘陵まで抉ってたはず!

 でも、ちゃーんとイメージ通りの威力で抑えられてる!!


 これってやっぱり、『氣』を小さくしてる効果が出てるって事だよね?!

 きっと今のわたしは人から見たら、ミアやビビ達位の魔力量しか感じ取られない筈!

 やった!これで人並み!平凡パ……バンザイ!ウヒヒ!!


 なーんて気持ちの良い刈りっぷりでござましょーかっ?!

 良いよね常識的って!凡人サイッコーよ?!!アハハ!


「アハ!あはははははははは!」

「むフぅ!」

「うひ!うひひひひひひひひ!」

「あは、あはは!あーはっはっはっははははーーーーあはっあはっあはっあはははははははははははは!!」


 はっ!?


 しまった!あまりの嬉しさに、つい夢中になってしまったか?!

 ナンか今、危ない人になって無かったか?わたし?!!


 藪は……、かなり刈り取られてますわねー。

 まだ5分と経っていないと思うんだけど、6~7平米は刈っちゃったか…?

 ヤバかったかな?もチョとでホントに禿山にする所だたかもっ!!

 取敢えず、まだ周りには風除けには使える程度の藪は残ってはいる。


 危なかったわー……と、切り開いた中心で安堵していたら、周りからガサゴソゴソと何やら這いずり寄って来る音。

 ま、ココに来た時から判ってたけどね。

 魔獣だ。

 小型の蟲の魔獣『ブラウンクロウラー』だ。


 それはその名の通り、茶色い芋虫の魔獣だ。

 まだ姿は見えないが子犬程の大きさの芋虫が、ズリズリズリと三匹程這いずってやって来ているのが分る。

 その脅威値は『0.2』

 子供でも1対1なら、1人で十分片付く相手だ。


 三匹はわたしを囲む様に、三方から近づいて来る。

 わたしは魔法を止めたブッシュナイフで、素早く手近な木から適当な枝を切落とし、細かい枝葉を切払って菜箸ほどの木の棒を作り上げた。

 ブッシュナイフは、その場の木の幹へ食込ませ手を離し、棒を持ったまま三匹が這寄る中心にと移動する。


 三匹が次々とブッシュの隙間から、わたしが切り開いた広場へとその姿を現した。

 相変わらず見た目は丸っこい、チョココロネみたいで美味しそうなヤツラだ。

 勿論食べないけどね!!


 キュッキュ、キュッキュと言いながら、チョココロネが間合いを詰めてくる。

 クロウラー達は、わたしとの距離が3メートル程になった所で一旦止まり、その頭部を上げ、わたしに向かってビュッビュビュビューーーッと白い物を浴びせ掛けて来た!!


 それはブラウンクロウラーが吐き出す白い糸。


 その糸は粘着性を持ち獲物を絡め取る。

 糸を絡みつけられた獲物は、やがて大きな繭の様に固められ身動き一つ出来なくなる。

 その内、繭の中身が弱って動かなくなるのを待って、それを貪るのがコイツらの習性なのだそうだ。


 だがわたしは、そんなクロウラー達が三方から吐き出す糸をユラリと躱す。

 そしてクロウラーの糸が乱れ飛ぶをその中で、わたしは先程作った菜箸を高く上げ、交響楽団の指揮者の様にソレを振るい、そのままクロウラーの糸を菜箸に纏め上げていく。


 クルクルクルクルっと、まるで綿菓子を作るみたいに!


 コレって何か懐かしいんだ。




 昔、ガキンチョの頃近所にあったでかいスーパーの二階にゲームコーナーがあって、そこに綿菓子の機械も置いてあったんだよね。


 それで良く綿菓子作ってたんだよなー。

 まだ『オレ』が三つ四つのガキの頃だ。

 連れて行ってもらう度に作ってたな、と。

 もう、誰と行ってたのかも思い出せないけどね……。

 



 クルクルと棒を回し糸を絡め取って行く。

 キッチリと巻き取るので、それは綿菓子の様にフワリとしたモノには成らない。

 もう、両手で作った拳よりも大きくなっている。

 でもまだまだクロウラー達は糸を吐き出すのを止めない。


 因みに、コイツらは見た目の通り幼虫で、やがて成虫になる。

 それは『グリーンモス』と呼ばれる蛾の魔獣で脅威値も0.6に上がる。


 なんだか流木に括り付けたくなる様な名前だけど、攻撃は結構凶悪で上空から鱗粉を振り撒いて来る。

 あ、別に眠くなる粉では無いよ?でも麻痺毒ではある。

 これが筋肉弛緩効果があるので、まともに吸い込むと呼吸器がが働かなくなり死に至るヤバい奴だ。

 風上から襲われると、かなり厄介な相手らしい。


 あ、それからさっきから言っている『脅威値』ってやつ。


 これは護民団が設けている魔獣の強さの目安で、『1』で『1stファースト1人と対等』って事らしい。

 だから、『脅威値2』なら2人。

 『脅威値3』なら1stファーストの人3人と拮抗する戦力なんだって。


 『1stファースト1人と対等』と言っても個人の強さには差がある。

 前衛の人も居れば支援職も居る訳だから、そこは平均での目安でしかないらしい。


 なので『脅威値3』でも3人で挑んで負ける事もあれば勝つ可能性もある。

 確実に勝ちたければ、もう一人連れて行けって事なんだって。



 そんなこんなで巻き取った糸は、もう既にバスケットボール大にまで育った。

 クロウラー達も糸を吐くのを止めている。

 どうやらもう打ち止めの様だ。


 コイツらは体内で体液を合成する事で糸を作り、それを吐き出しているのだそうだ。

 身体の中に『糸袋』とかがある訳じゃ無いのだよ!

 と云う訳で今のコイツらは、体内の体液を全部わたしに向けて出し尽くしちゃったって事なんだよね!

 も、最後の一滴まで搾り取ってやった感じかしらね?!


 攻撃手段を失ったクロウラー達も、どうしようかとまごまごピコピコしてる。

 ちょとカワイイ。

 しかーしっ!出す物出し切ったオマイラに、もう用はねぇーのだヨっ!

 わたしはそのままクロウラー達を、ポポポーーンっと蹴り飛ばした。


 討伐しない様に手加減したので、3匹とも小山の向こうへ、ぴゅぴょぴょよ~~っ!と飛んでお空の光になって消えた。


 アイツらも、何日かすればまた体液が溜まる。

 何せこの糸も村が買い取ってくれるのだ。

 やっぱりこれも、村の子供達のお小遣い稼ぎの一つでもある。

 卵で越冬し、暖かくなって孵ったクロウラーから糸を搾り取れる今が稼ぎ時だ!

 なので討伐せずに追い払ったのだ。

 きっとこの試練中に、後1~2回はお目にかかれる筈だ。

 フッフッフッ、わたしの糧になる為に何時でも来るがイイだヨ!

 白いのタップリ溜め込んだらまた吐き出しに来るんだよ!わたしが幾らでも搾り取って上げるからね!フフン♪




 さてさて、野営地を整える筈がつい、余分な時間を費やしてしまった。

 さっさとテントを張ってしまおう。

 やる事はまだまだ沢山あるのだ!


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次回「スージィ・クラウドのサバイバル その2」

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