第7話スージィ・クラウド14歳の朝
まだ陽が地平から顔を覗かせる前。
朝の空気はまだ冷たく肌を刺す。
夜明け間際の白味を帯びた空は雲一つ無く、息を白くさせながら馬車に荷物を積み込んだ。
馬車は家の物では無く、村が派遣してくれた物だ。
荷物を上げるのを御者席から手を貸してくれているのは、村から迎えに来てくれたカロン・クルノーさん。
今年
「カロン、宜しく頼むぞ」
「は、はい!お任せください!!」
荷を上げ終えたタイミングで声を掛けられたカロンさんは、御者席で直立不動になり、上ずった声でハワードパパに答えていた。
『試練』を受ける者は誕生日当日、夜明け前に一人で家を出なくては成らない。
こうやって、村から迎えは出して貰えるが、家族は家で見送るだけで付いて行く事は出来ないのだ。
荷物を積み終わると、ソニアママとエルローズさんが声を掛けてくれた。
「いってらっしゃい、気を付けるのよスージィ……」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ハイ!行ってまいり、ます」
お二人に元気よく良く返事をした。
「くれぐれも無理をしない様に。良いね?」
「ハイ!大丈夫です、無理せず、やらせて頂き、ます」
ハワードパパにも笑顔を向けた。
家の外に出る前に、ハワードパパ、ソニアママのお二人と、エルローズさんに誕生祝いのお言葉を頂いた。
その時お二人に「おめでとう」と抱擁され、今も腕と頬に残る温もりが、冷えた外気の中で、尚の事ジワリと感じ入る。
どうも我が家の大人たちはこのトコロ、必要以上に過保護になりがちなのである。
原因は、一昨日の夕食時、わたしが泣き出してしまった事にあるのだが……。お、思い出すにも恥ずかしい黒歴史が、此処にも生まれてしまった!
「寂しくなったら、いつでも周りに助けを求めるのだぞ」とハワードパパが仰る。
や、やっぱりまた泣くと思われてるぅ?!
「だ、大丈夫です!ちゃんと、やり遂げて見せ、ます!」
胸の内では若干引き攣りつつも、両手をグッと握り締め笑って見せた。
カロンさんの手を貸り、そのまま馬車に乗り込む。
「それでは出ます」とカロンさんが告げ、馬車が動き出した。
東の空が赤味を帯び始めていた。
もう直ぐ陽が登ろうとしている。
『試練』を受ける者は、陽が昇り切る前に家を出なくてはいけないのだ。
ハワードパパ、ソニアママ、エルローズさんに見送られながら、動く馬車の上から手を振り、行ってきますの挨拶をした。
3人はその場に立ち、わたしを見送ってくれていた。
丘陵を下り、見えなくなるまでズッと……。
あ、やばいヤッパリ泣きそうになってりゅ!
「お嬢様は、皆様に愛されておられるのですね……」
そんな事をカロンさんがポツリと仰った。
「ハワードパパも、ソニアママも、エルローズさんも、皆さんとても、お優しいです……、から」
「そうですか」とカロンさんが笑顔で返してくれた後、真っ直ぐ前を見据えて馬車を操った。
カロンさん良い人だな……。気を使ってくれたっぽい。
わたしの涙目を見ない事にしてくれたみたいだ。
わたしは羽織っているマントに顔を埋め、チョッとだけ鼻をすすった。
馬車が進む中、陽が登り始め空が朝焼けに染まっていく。
空も大地も、世界が
朝の一時だけの世界だ。
そんな世界の中、カロンさんも無言で馬車を急がせる。
目指すのは壱の詰所だ。
陽が昇り切り、空の色も落ち着いたころ、詰所に到着した。
詰所前では既に団員の方達が待機されていた。
「おめでとうございます!お嬢様。これから1週間よろしくお願いします!」
「ありがとうござい、ます。ミリーさん!コチラこそ、お世話になり、ます!よろしくお願いし、ます!」
馬車から降りて最初に誕生祝の声を掛けてくれたのは、セシリーさんのお店のミリーさんだ。
ミリーさんは、わたしが1週間お世話になる4人の団員の内のお1人なのだ。
『成人の儀』の試練。
1週間、アムカムの森でのサバイバル生活。つまり野営だね。
1週間の野営の間、遠巻きに団員の方達が見守り、護衛をしてくれる。
しかも護衛は、中団位から上団位の実力者の方達が行ってくれる。
子供1人に中から上団員数人という贅沢振り!大変なお手数をかけているのですよ!
ミリー・バレットさんは斥候職で、黒っぽい革鎧を身に付けていらっしゃる。
スレンダーな身体に、ホットパンツから覗く白い腿が眩しいです!
「今日はおめでとうございます、クラウドのお嬢さん。今日からよろしくね」
「ありがとうござい、ます!よろしくお願いし、ます。イルタさん!」
イルタ・リンドマンさんは上団位
22歳にして
つまり神官長と同等クラスの傑物だ。
握手をした時に
イルタさんも今時流行のファッションらしい。
バッスルスカートから覗いた白い脚にドキリとした。
マントの上からも分る胸元のボリュームで、聖職者にも拘らずセクシー担当だと見た!ウームけしからん!
「おめでとうございます、スージィお嬢様。今日から1週間お供させて頂きます」
「ありがとうござい、ます。ケティさん!1週間、お世話になり、ます!」
ケティ・フォレストさんは召喚魔法を極めたウォーロックだ。
団位も21歳にして
ウォーロックの召喚魔法は攻撃に防御に支援にと多彩を極め、一人二役も三役も熟せる反面、習得が難しいのだそうだ。
しかし、それを弱冠21歳で使いこなすケティさんもやはり優秀で、上団位に上がるのもそう遠くないとハワードパパが仰っていた。
「誕生日おめでとうスージィ!これから1週間、アタシがしっかりとガードしたげるからね!」
「みゅ……あ、ありがとアリア!今日からよろしく、ね!」
3人とご挨拶を交わした後、4人目のアリアに抱き締められて、お祝いの言葉を贈られた。
アリア・ブロウクは、ブロウク家の長女だ。
そう、わたしと同い年のロンバートのお姉さんだ。
身内が指導に当たる事が多い学校の修練場で、良く顔を合わせるので見知った仲なのだ。
アリアは弱冠24歳にして、団位最高位の
アムカム12班の一つであるブロウク家の戦闘スタイル。
それは戦斧で敵を叩き割り、それを防御にも使う攻防一体の前衛の要。
そのスタイルはロンバートもアリアも同じだが、バトルマスターであるアリアの戦闘力はロンバートの比では無い。
既に個人で1個大隊をも抑えるとまで言われている。
近い内に『
因みに『
それは『グレード』と呼ばれ、『
グレード持ちになると内外に名前も知れ、2つ名を持っていたりする。
ライダーさんの『黄金の吸血殺し』とかね!因みにライダーさんは『
ンで、名前が知れ渡ると、王都や地方都市での要人警護や魔獣退治などの指名依頼なんかが来るそうだ。
実はアムカム最大の収入源って此処にあるらしい。
何しろ1人で大隊とタイマン張れるって戦力だ。
『
ついでに言うとハワードパパは前線を引退したので、今は『
落ちて『
わたしは間違っても『グレード持ち』とかになって、二つ名など付けられる事が無い様に!と、密かに誓っている!
何だかこうして冷静に考えると、アムカムの戦力ってかなりおかしい……?
1人で騎士団圧倒するとか、どうかしてるよ?!戦闘民族にも程があるよ?!それが何人もいるとか……。何故国が、そんな戦力を許しているのか分らないよね!
ンで、アリアと言えば、抱きしめたまま頬を摺り寄せて……。
「コレでいつでもウチにお嫁に来れるね!ウンウン!」
とかのたまって来た!
「い!行かない、し!お、お嫁とか、無い、し!ロ、ロンとも、何も、無い!し!!」
「違う違う。ロンじゃなくて、アタシのお嫁よアタシの!判ってるでしょ?ンフフー♪」
「にょぁ!ま、また、しょんな!んにゃぁぁ!」
そんな事を言いながらアリアが、抱き締める力を一層強くしてスリスリして来りゅ!
アリアの身体は、ロンバート家の例に漏れず大柄だ。
身長は180センチ近くあり、アスリートの様に強力な筋肉を持ってはいるけど武骨な物では無い。
引き締まりながらも適度な脂肪で保護され、激しくメリハリに富んでいるのだ!
その
アリアは、うなじが見えるくらいの長さでワイルドにカットしたロンバートそっくりなキャロットオレンジの髪を揺らし、頬を擦り付けりゅ!頭の両脇で揺れてる耳みたいに跳ねてる髪は、セットなの?寝癖なの??
わたしの身体も、巨大な胸部装甲に挟まれ身動きもとれなく、あぶぶぶぶと、翻弄されっぱなしだ!
そんなわたしの後ろから、責める様な声が飛んで来た。
「ア、アリア!またスーちゃんに、何言ってるのーーーっ!!??」
と叫んだミアが、わたしをアリアから奪い取った!
「にゅぁぶっ?!」
「スーちゃんは、何処にもお嫁に行きませんから!!」
そのままミアの堕肉に埋まる……。
あぁ柔らかス。むにゅみにゅっと埋まる感触を味わっていると、更に横から声が飛んで来た。
「儀式の日当日に、何やってんのよアンタはっ?!」
「まぁ、いつも通りでスーらしいけどね」
「ミア!ビビ、コリン、見送りに来てくれたの?」
ビビとコリンもミアの傍らに居た。
でもこの状況、コレはわたしのせいでは無いと思うのだけれど……、あえて何も言わない。
何故ならば!埋まっているのが気持ちイイから!!
「お嬢様。そろそろお時間です」
ビビ達の見送りを受けていると、詰所の入口に居たカロンさんに呼ばれた。
促されるまま詰所内に入る。
そのまま詰所内の一室に案内された。
ビビ達見送りの三人も一緒だ。
案内されたのは小さな会議室の様な部屋だった。
その中には一人の紳士がわたしを待っていてくれた。
アムカム御三家の一つ、ビーアス家の御家長アルフォンス・ビーアスさんだ。
今日の儀式は、このアルフォンスさんが仕切ってくださる。
子供を送り出すのは、御三家の大事な仕事なのだそうだ。
「本日はおめでとうございますスージィさん。今日と云う日を迎えられた事を、アムカム村を代表してお慶び申し上げます」
アルフォンスさんは、少し癖のあるライトブラウンの髪を短くまとめ、切り揃えた口髭げがおしゃれなおじ様だ。
身長はアリアよりも少し高い。
その良く通るバリトンの声でご挨拶を頂いた。
50代とは思えぬ若々しいお声だ。
「ご丁寧に、ありがとうござい、ます。アルフォンスさん。この度は、皆様のお手煩わせますが、何卒よろしくお願い致し、ます」
アルフォンスさんのお言葉に、会釈をしながらお礼を述べた。
「もう、十分にご理解頂いているとは思いますが……、改めて申し上げます。貴女はこれより、アムカムの森へ赴き、1週間1人で生き抜かねばなりません。貴女に手を貸す者も無く、食事も、寝所も、獣への警戒も全て1人で行わねばなりません。覚悟は宜しいか?」
「はい、覚悟は完了しており、ます。
「宜しい。では、此方を」
そう言うとアルフォンスさんは、隣に控えていたカロンさんに頷き合図を送る。
カロンさんは、手に持っていたハガキ大の木箱を開け、アルフォンスさんに差し出した。
アルフォンスさんは、蒼いラメ生地の布に覆われた箱の中から、ジャラリと鎖に繋がった金属片を取り出し、ソレを両手で恭しく掲げてから、わたしに見える様に差し出してくれた。
「此方が貴女のタグになります。大事にお持ちくださいね」
そう小さく囁いてから……。
「我らが幼子に守りが在らん事を」
と、声を張り、タグの鎖を両手で広げ、わたしの方へと近づけた。それを受け、わたしは片膝を付き、アルフォンスさんに差し出す様に頭を垂れる。
そのわたしの首へ、アルフォンスさんはソッとタグを掛けてくれた。
わたしはそのまま首に下げられた金属片を摘み、其処に刻まれている文字を確認する。
真新しい金属の板に刻み込まれた『スージィ・クラウド』の文字を。
勝手に口元が綻ぶのが分る。
なんかテンションが上がっちゃって来たわよ!
「ではスージィさん、そのタグを胸元で握り、誓いの言葉を」
わたしは逸る気持ちを抑え、アルフォンスさんに促されるままタグを握り言葉を紡いで行く。
「アムカムの民はイエルナの子。大地のイエルナに還るその時まで、命繋ぐがこの身の務め。我が身を無下にする事無く、この地へ戻ると誓い、ます」
教わった言葉を一語一句間違える事無く、歌う様に唱え上げた。
これは祝詞の様な物らしい。
『イエルナ』と云うのはこの地方の地母神だ。
秋の収穫祭も、このイエルナに捧げている。
この祝詞は、生存の厳しいアムカムの地で、地母神であるイエルナに帰依する事で、その祝福を得る為の物なのだそうだ。
言葉を紡ぎ終えると、アルフォンスさんの後ろの壁に掲げられている、幾つもの柱を重ね合わせた様な神殿の文様が淡く輝いた。
そしてそのまま、やはり淡い光の柱がわたしを包みこむ。
「約定は結ばれた。幼子よ、誓いを果たすべくその小さき足を前へ進めよ」
アルフォンスさんの言葉と共に、会議室のドアが開け放たれる。
促されそのまま進むと、ドア口でカロンさんがわたしの荷物を渡してくれた。
大きな荷物を、カロンさんの手を借りて背負いながら部屋の中を見渡すと、儀式の際中、わたしの後ろで見守ってくれていたミア、ビビ、コリン達と目が合った。
ミアは(がんばって!)と、ビビは(しっかりやんなさいよっ!)と、コリンは(いってらっしゃい)と、声を出さず口の動きだけで応援してくれた。
わたしもそれに対して(行ってきます!)と応えてから、前を向きドアを抜けて外へ出た。
もう此処からは、後ろを振り向く事は許されない。
詰所の裏側は20メートル四方の広場が開け、その先に道が拓かれて、森の奥へと続いている。
その森の入口に、4人の団員の方達が待っていた。
チームアリアの4人だ。アリアはニヤリと口角を上げ、コッチがお前の場所だ言いたげに首をクイッと動かした。
「幼子に大地のイエルナの祝福を!」
森へと歩き出すのと一緒に、後ろからアルフォンスさんのバリトンの声が大きく響き渡って来た。
アリアが、イルタさんが、ケティさんミリーさんが森の中へと消えて行く。
わたしはそれを追う様に森へと入る。
さっき自分の物になったタグをシッカリ握り。
光の通らぬその森の奥を、真っ直ぐその先を見据えて歩き出す。
いよいよこれから『成人の儀』の始まりなのだ!
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次回「スージィ・クラウドのサバイバル その1」
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